25.隣人関係
どうしたと後ろを振り返ると、すぐそばまで来ていたベアティがにこりと微笑んだ。
「エレナ様、そろそろお疲れではありませんか?」
「……」
「お疲れですよね? あまり無理をされてはいけませんので、ここからは俺に捕まってください」
ベアティの瞳に木漏れ日が当たり、幻想的な光を放つ。
その瞳に魅入られていると、ベアティは瞳に私だけを写し再度口を開いた。
「あっ、そうね」
半ば無意識に返事をしてから、果樹園を抜けると急こう配になることを思い出す。
それを知っているベアティが声をかけてくれたようだ。
「なら、僕に」
「エレナ様、お手を」
何か言いかけたケビンを遮ると、ベアティにじっと見つめられる。
その瞳はこっちだけを見ろと訴えるようなものがあり、そういうことかと私はベアティの手を取った。
「ありがとう。そうさせてもらうわ」
ついつい目的があったため熱が入ってしまったが、ここからはまだ本調子ではない感じを出すべきとの助言だろう。
ケビンとは良好な関係を築きながらも親密になりすぎないよう、そして本調子ではない設定でいきたいことをベアティたちには話していた。
ケビンのことを話した時に任せてくれと言っていたが、実の話はしていないのに目標が達成した後とかなりいいタイミングで声をかけてくれた。
私はちょっと疲れたアピールでベアティに寄りかかる。
「助かるわ」
「エレナ様は夢中になると忘れてしまうようなので」
「ごめんなさい」
二歳しか変わらないのに、私が寄りかかっても重心がぶれない。
そういう意味でも頼りになるなと微笑み、ふと視線をやるケビンが右手を出して呆然としているのが目に入り、声をかける。
「すみません。何かおっしゃりかけていましたよね」
「……いや、何でもない」
ケビンは右手を引っ込めて、引きつった笑みを浮かべた。
「そうですか。……あっ、もうすぐそこです。見えてはいるのですが、ここから急ですので足元にお気をつけください」
「僕は大丈夫だ。逆に無理をさせてごめん」
「いえ。私がご案内したかったので見せることができて嬉しいです。それに元気は元気なんです。彼らのほうがよく私の状態を見てくれているので、無理をせずに済んでいます。逆に気を遣わせてしまってすみません」
「そう、ならいいんだ……」
そこで、じっ、とケビンは手を繋いだ私たちを見た。
「エレナ様に何かあってはいけませんので。従者の身でお話しに入る形になって申し訳ありません」
ベアティがフォローを入れながら、ぎゅっと私の手に力をこめ極上の笑みを浮かべる。
私は困ったなと思いながらそのままさせると、ケビンはさらに顔を引きつらせた。
「いや、倒れてはいけないから。僕のことは気にしないで。それに歳の近い者同士楽しく過ごそうと言ったのは僕だし」
「ありがとうございます。やはり外は心配ですのでいつものようにさせていただけたらと思います。失礼」
そこでふわりと横抱きにされる。
「……っ!? ベアティ!?」
「なんでしょう?」
「これはさすがにやり過ぎじゃない」
「でも、いつものことでしょう?」
頼んだとはいえ、ここまでしてほしいなんて言っていない。
だけど『いつも』を否定してしまうと設定が崩れてしまうので、ケビンたちがいる手前強く言えない。
むむむむっと睨むと、ベアティはさらにいい笑顔を浮かべた。
「大事なエレナ様に何かあっては困りますので。いつものように甘えてください」
「……そう、ね」
ひょいと抱えられた私を見たケビンが、眉根を寄せた難しい顔をする。
「……君たちはいつもこうなの?」
「いえ……、えっとそうですね。ベアティはとても力強く運動神経もいいので……」
「そう」
ケビンの顔が険しくなっていく。
もしかして、怪しい? 急すぎた?
私はなるべく自然になるように言葉を重ねた。
「えっと、このような形で話すことになりすみません。一度倒れて家族や周囲にとても心配かけましたし、完全回復するまでは周囲の厚意に甘えさせてもらっています。過保護といえば過保護なのですが、本当に心配をかけたので……」
なんとか理由をつけることができた。
言葉を選びながら話していると、ケビンが眉間に深い皺を寄せ、困ったように微笑を浮かべた。手を、ぐっ、ぱっと閉じたり開いたりと落ち着かない様子だ。
「あ、ああ。すまない。皆、エレナ嬢のことを大事に思っているのがよく伝わった。そのままで構わないし、なんなら僕が代わろうか?」
なぜ、そうなる?
「申し出はありがたいのですが、お手を煩わせるわけにもいかないので彼に任せます」
誰が好んで裏切り者の元婚約者に抱かれなければならないのかと、その手は断固拒否だと私は咄嗟にベアティの胸の服をきゅっと掴んだ。
すると、ベアティは笑みを深め、ケビンは渋い顔とわかりやすく正反対の表情をした。




