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二度目の人生は離脱を目指します  作者: 橋本彩里
白銀と元婚約者

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21.目標


 しっぽや耳は気持ちに正直で演技できないとインドラから聞いているから、本気で落ち込んでいるのがわかる。

 多分、シリルは少しでも早く居場所を確立したくて焦っているのだろう。

 半年前も似たようなことがあったなぁと、私はできるだけ優しい声を出した。


「いいえ。シリルはよくやってくれているわ」

「だったら」


 囚われ奴隷にされた両親たちのことも心配だろうし、一刻も独り立ち、まとまったお金が必要だと考えているのはわかる。

 そのためには、貴族である私に取り入るのが一番早いと思っての言動だろう。

 実際に力があるのは両親だが、両親が私に甘いことは見ていて理解しているだろうしと考え、私は瞼を伏せた。


 ――気持ちはわからないでもないけれど……


 シリルはとても賢いし、強かさもある。

 それが別に嫌いじゃない。利用できるものは利用したらいい。

 私も施しをするのでなくシリルの働きに期待して実際働かせているのだから、むしろそれくらいのほうがちょうどいい。


「それはシリルの仕事じゃないでしょう?」

「だけど、僕、もっと働けるよ。役に立てる」


 必死に訴えてくるシリルと、なぜかそわそわしだすベアティ。

 私は人生二度目だ。シリルの焦る気持ちも、ベアティが不安に揺れ出した気持もなんとなくわかる。


 ――そんなことで不安になることないのに……


 それぞれ自立できる強さを得るまで、面倒を見るつもりでいる。

 居場所なんてなくならないし、思い描いている計画があるので、今、彼らがいなくて困ってしまうのは私のほうだ。


「まだ数日だけど、シリルが頑張っていることを皆わかっている。ずっと見ているわけじゃないけど、インドラやベアティが認めているのがその証拠よね」


 私のそばに害を及ぼす人物を置いておくことに、彼らが賛成するはずはない。

 部屋を提供することを提案したのはベアティからだ。監視の意味もあるだろうけれど、追い出そうとしなかったのは、獣人の少年に対して思うこともあるからだろう。

 インドラも同じ種族の子供に同情している節もある。


 それでも、何か子爵家に悪影響を及ぼすと思えば二人は容赦なく提言してくるはずだ。

 だけど、二人ともそれはない。


「エレナ様」

「お嬢様!」


 感極まった声とともに、きらきらした眼差しが私に向けられる。

 二人とも出会いが出会いだったから、私に恩を感じてくれることはわかっているのだけど、飽きもせず伝わる好意に私は思わず笑う。


 私は単純だから、好意を向けられると相手に甘くなる。

 そうすると、さらに喜んで彼らは私のためにとあれこれ動く。

 なんだかドツボのループのような関係が出来上がっている気がするが、言葉を惜しんでいては信頼関係を築けない。


「そこで喜ぶのもどうかと思うけど。二人が私についてくれて感謝しているし、二人のおかげで自由にできることも増えたから」


 二人がいなければ、シリルを働かせる、しかもここに住まわせようとは思わなかっただろう。

 やはり獣人は人族より身体能力が高く、一対一で隙をつかれたらこちらの分が悪い。数は圧倒的に人族のほうが多いため、力関係では人族が勝っているだけである。


 彼の境遇に同情するが、彼が私や私が大事にしたい者たちを傷つけない保証はない。人となり、そういったことがわかない。

 私の我が儘で連れ帰り、現状が悪くなるなら捨て置くことになる。それなら最初から関わらないほうがいい。

 かわいそうだと思うことと、それらは別の話だ。


 でも、二人がいるから私はしたいようにできる。

 私のしたいことができ、罪悪感を抱かずに心を救ってくれている彼らには感謝している。

 うんうん、と頷いていると、インドラとベアティが力強く返事した。


「もちろんです。お嬢様の平穏を守るのが私の仕事ですから」

「俺もです! そのように信頼してもらえて嬉しいです」

「今更何を言っているの? こんなに一緒にいるのに。信頼しているからいろいろ任せているの。ベアティがいてくれるから、シリルのことも両親が許可してくれたんだよ」

「エレナ様!」


 ベアティが熱っぽい声とともに、やけどするのではないかと思えるほど熱い眼差しを私に向けた。


 ――見る人が見たら、私に恋しているとでも思われかねないくらい情熱的よね。


 喜ばれすぎてちょっと引くこともあるが、そばにいる人の機嫌がよくて関係が良好なのが一番だ。

 働いてもらっている以上、気持ちよく働いてもらいたい。


「ベアティはたまに自信なくすけど、私は二人に感謝しているから。二人がいるおかげで外出も以前よりしやすくなったし、楽しいよ?」


 ベアティを気にかけ話していたら、シリルが落ち込んだ。


「シリル?」


 見つめ合っていると、シリルが


「僕は狼獣人です。人間の子供よりは強いです。きっと役に立つし、大人の懐に入るのは得意です」

「でも……」

「エレナ様、お願いします!」


 働き手がほしいといっても、ブラックな環境を作りたいわけではない。

 それぞれが協力して、強い領地を作っていけたらいい。


 ここに住む限り、それらは住む人のためでもあるので、頑張れば自分たちに返ってくることが実感できる領地にするのが私の目標だ。

 子爵家を、この領地を守るのは、一人の力ではできない。

 ならば、住む者全員で立ち向かえる力を作ればいい。


 シリルが子爵領(ここ)に定住するにしても、いずれ出ていくにしても、手に職や自信をつけること、人との繋がりを増やすことで、これからの人生を豊かにできる。

 だから、本来は庇護すべき子供だけど、彼自身で生きていけるように仕事を提供しているだけなのだ。それ以上のことは望んでいない。

 私はふるふると首を振った。



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