20.しっぽ
任せる仕事内容も両親と話し合い、正式にシリルは子爵領で働くこと決まった。形態がはっきりするまではこの屋敷、ベアティと同じ部屋で寝泊まりすることになる。
日中はインドラとベアティが交代でシリルに付き添っている。
実際、子供がどこまで動けるか、どういったシステムが必要か、あと手癖の悪さからここに来ることになったので監視のためだ。
「エレナ様。今日も僕頑張りました!」
仕事が終わると、シリルはその日の成果を報告してくる。
ランドール子爵領は山に囲まれているため資源が豊富だ。野菜や果物、獣などの収穫物は冬以外困ることなく、彼に任せているのはそれらの選別だ。
獣人たちが増えたことにより、身体が出来上がった大人には能力的に力仕事を任せることも多い。
ずっと人手が足りないので、言われたことをこなすのであれば子供でも問題ない。
「お疲れ様。量があるから大変でしょう?」
「いえ。これでご飯を食べられてお金ももらえるなら全く苦ではないです。エレナ様のためになるのなら、どれだけでもできます!」
ふんす、とアピールしてくるシリルに私は笑う。
私よりも小柄で女の子と見間違うほどの可愛らしい顔をしたシリルは、同じ歳だとわかっていても幼い子を扱うような気持ちなる。
――特にあのしっぽがいただけない。
ふさふさの白銀のしっぽが報告する際に嬉しそうに揺れており、つい表情が緩む。
「私たちのところにも、シリルがいてとても助かっていると報告が上がっているのよ。この調子で頑張ってくれると嬉しい」
「はい! 僕、頑張ります!」
ぱたぱたとしっぽを振り、ふわふわんと嬉しそうに微笑む。
そこだけ春の陽だまりのような空気感が半端ない。
インドラやベアティからも、彼が真面目に働いていると聞いている。しかも、その見た目もあり奥様方にとても可愛がられていて、職場の雰囲気もよくなったとか。
あと、私と一緒でそのしっぽに癒やされているのだと思う。
私の家族も最初スリをしていたことに難しい顔をしていたが、たったの数日でしっぽを見ると目を細めるようになった。
可愛がられるというのも一つの才能だ。
スリをして生計を立てていたこともあって、シリルはよく人を観察している。どう振る舞えば自分に有利になるかよくわかっている。
自暴自棄になって自分を売ろうとする危ない側面もあるが、基本相手のことも自分のことも客観的によく捉えている。
「今日は二日分成果を上げたよ」
「それはすごい! なら明日はお休みね」
「それだけど、明日は僕も護衛に参加したい。させてください!」
明日はオニール伯爵家との交流の日だ。
今回はこの子爵領で会合だ。そこに、死に戻り前の元婚約者であるケビンもついてくることは決まっている。
死に戻り前、山賊が増え辺境の地を共に守っていこうと、同じ歳の私たちの婚約が挙がった。
多分、違法奴隷のこともあり見えないところから獣人との関係が悪化し、種族関係なく影響を及ぼし生活環境が乱れたためだろう。
だが、今回は荒れている様子はないし、事前に両親には自分の気持ちは告げてあるのでケビンとの関係も問題ないはずだ。
出向くほうならもう少し病弱設定を続け、山越えは厳しいと参加しない手もあった。
だが、いつまでも逃げてばかりではいられないので、来るのであればここで会っておいたほうが今後のためだ。
何も動けないのもこれからの活動に支障をきたし、どこでどのような形で話題に上がるかわからない。回復はしたけどまだ無理はできないくらいの設定でいくつもりだ。
山越え必須の子爵領に好んでやってくる貴族もいないし、ここは誰も興味のない田舎の土地だ。近隣の貴族と仲良くしておくことだけ気をつけていればいい。
「隣の領主たちが遊びにくるだけで、危ないことはないのよ。だから、シリルはゆっくりしていていいの」
「でも、ベアティはエレナ様についているよね?」
ベアティに気を遣いながらも、たまにシリルは彼と張り合うような発言をするようになった。
「ええ。インドラとともに。二人は私の世話役兼護衛でもあるから」
「だったら一人増えても問題ないですよね? 僕、人を観察するのは得意なのできっと役立ちます」
大きな目で訴えられる。
「別に困っていないのだけど」
「そんな……。僕、いらないですか?」
いろいろ思惑はあるが、こき使うつもりはないので休んでほしい。
そう思って告げたのだが、悲しそうな声とともにシリルの耳がぺたんと塞がり、しゅんとしっぽが項垂れた。




