16.隣の領地
二人は私に予定がないのなら、自由時間はそばにいたいと迷いなく告げた。
私が待ったをかける間もなく訓練を切り上げたので、ならピクニックにでも行こうと山へと出かけた。
ベアティたちを発見して以降、定期的に騎士たちが巡回をしているが、私自身も理由をつけて回るようにしている。
一度目の人生で衝撃的なことは覚えているが、ベアティのことを知らなかったことといい、当時に見逃していたこと、忘れてしまっていることもあるかもしれない。
ほかにも思うことがあり、できるだけ自身で足を運び子爵領の状態を確認しておきたかった。
「あっ、そういえば……」
景色のいい場所でシートを広げ、のんびりとお茶をしていると黄色い花が目に入る。
それは死に戻り前、婚約者だったケビンとの思い出の花だった。
その当時はただの子供。婚約が決まり恥ずかしそうにこれから一緒だねとプレゼントされと、ほのぼのとした思い出である。
だが、その花を見て今まで忘れていたことを思い出した。
「どうされたのですか?」
「もうすぐ隣の領主一家と会う時期だったなって」
春の収穫を終え、本格的に夏が始まる前のこの時期、隣の領地、オニール伯爵家との交流が定例となっている。
オニール家には、同じ歳の伯爵家長男のケビンがいる。
これまで何度か顔を合わせてはいるが、記憶を思い出してからは会っていない。
昨年はちょうど私が倒れた時期と重なったため、頭を整理したかったのと病弱設定で私は顔を出さないことにした。
「ああ。エレナ様と同じ歳の子供がいるのでしたっけ。奥様が婚約者候補の話をされていましたね」
インドラのセリフに、ベアティがカチャンとカップを落とした。
その拍子に中の紅茶が零れてしまったが、それに構わず私に詰め寄る。
「本当ですか? エレナ様は婚約されるのですか?」
「私も初耳でお母様たちが言っているだけよ。それにまだ候補の段階のようだし、私にその気はないからお母様にも事前に話しておくわ」
そう告げると、ベアティはあからさまにほっと息をついた。
私という安定剤を取られると思って焦ったのだろう。
安心すると、慌てて落としたカップの片づけをし出す。
その様子を見ながら、今の今まで忘れていた存在を思い、私は苦笑した。
貴族である以上、政略婚の可能性もあるけれど、私の相手は貴族でなければならないわけではない。
両親は嫁にやるなら強い相手だと私が赤子の頃からずっと言っているらしいので、同じ辺境男子なら強くて私を守ってくれるだろう程度の判断なのだろうが、浮気男のケビンは眼中外だ。
確か死に戻り前の婚約は、領地が近いし関係が良好な家同士のため進んだ話だ。
オニール領までは、ここから馬車で半日以上かかる。それでもまだ近いほうだ。
そもそも子爵家は山々に囲まれて、どこに行くのも山越えしなくてはならず、隣の領と親交を深めるのも一苦労なほど辺境の地だ。
死に戻り前、私自身も嫁いでも通える距離で、互いに協力できるのではないかと思い了承した。だが、約束を反故にし裏切るような男は断固拒否する。
両親たちがケビンを薦めるのも領地から近いのも理由に入っていたし、今回も同じなら私の意見を聞いてくれるはずだ。
「エレナ様が決めたなら、私は意思を尊重します」
「意思って。でもそうね。彼とは絶対ないから、もし今後もそういう話が出ても私はないってことは覚えてくれたら。帰ったらいつどちらの領地で会うのか確認しないと」
毎年のことだからそんなに前もって話をすることではなかったので、すっかり忘れていた。
カップを片付けたベアティが、眉を寄せながら聞いてくる。
「エレナ様はそのような方とお会いになるのですか?」
「そのような? 警戒するような人じゃないのよ。むしろ大切にすべき隣人だから」
「大切、ですか」
インドラは辺境を治めるということがどういうことかわかっているが、ベアティはここにきて他家と交流しているところを見せてこなかったので、降ってわいたような交流に気持ちが落ち着かないようだった。
原因に心当たりもあり、私はわかりやすく説明をする。
「そうよ。王都からの援軍は距離的に期待できず、辺境の地は何かあっても自力で守るしかないの。そのため、辺境に住む者同士情報交換は欠かせない。今は両親たちがその辺やってくれているけれど、将来を見据えて子供である私たちも交流を積極的にしなければならないの」
「領地経営について少し習いました。確かに情報は大事です。エレナ様は子爵領のためにお会いになるということですね」
「ええ。そう。同じ歳ということもあって今後通う学園も一緒で付き合いはでてくるし、良好な関係は築いておくべき相手の一人。だけど、それ以上は望んでいないから変な気は回さないでね」
さっきも言ったが、婚約は絶対しない。
ケビンに思うところはあっても、子爵領のためにオニール伯爵家とは友好関係を築いていたいので、交流中はなるべくお利口に過ごすつもりだ。
「あくまで隣人としての良好な関係のみ。それ以上のことは望んでいないとのエレナ様のお心を理解いたしました。当日も含め、今後のことはお任せください」
予防線を張って再度考えを述べると、ベアティは意気込みやけにいい笑顔で宣言した。




