14.影響
洞窟からベアティたちを助けて三週間が経った。
その間、獣人の子供たちは両親が迎えにき、それぞれ無事引き渡しが完了している。
彼らが生きて家族と再会できたこと、それだけで二度目の人生に大きな意味が持てたような気がして胸がすっと軽くなった瞬間だった。
最後まで皆を守ろうとしていた少年とは打ち解けることができ、ベアティとともに再会の約束をした。
ベアティはまだ本調子ではなく、私が定期的に回復魔法をかけていた。
魔法をかけると成人男性並みの体力で動き回り元気になるが、かけた夜は熱に魘される。
子爵領の洞窟に閉じ込められる前から、ベアティは実験という名で様々なことをされてきたようだ。
洞窟で出会った獣人の子たち以外の血も入れられ、長期間に亘る実験のせいで回復も時間がかかっているとみられた。
何より精神支配による精神への影響が強力で心身に負荷がかかり、ベアティを苦しめていた。
一気にかけるのは、魔法を使い出したばかりの私の体調を家族が心配する。
そのため話し合いの結果、最悪の事態は逃れベアティの調子が改善しているので、現在は三日置きにしている。
聖女スキルの中には回復魔法のほかに身体鑑定というものがあり、身体のどこの部分がどう悪いのかわかる。
初めはスキルからくる勘で動いていたが、ベアティの様子を見ながら回復魔法をかけていたらいろいろわかるようになった。
熱が下がれば必ず前の状態より精神汚染度が薄れているので、着実に成果は出ている。あと数回ほどかければそちらは大丈夫だと思われた。
私はベアティが寝ているベッドの横に椅子を置き、彼の様子をうかがう。
うう~んと唸っていたが、私の気配に気づいたのかゆっくりと目を開いた。ベアティは私の姿を目に留めると、ふにゃりと表情を崩す。
「エレナ様、いつから?」
「少し前よ」
「もうちょっとここにいる?」
ゆっくりと瞬きし、観察するような視線を私に向ける。
じっと見つめるその眼差しの奥には、縋るような弱気と私の挙動をすべて観察するような鋭さも孕んでいた。
こういった目をするときのベアティは、私に強い要望を抱えている。
「うん。ベアティが眠れるまでいる」
彼が望む言葉を口にすると、ほっと息をついたベアティはようやく希望を口にする。
「どこにもいかないで」
「うん。ここにいるよ」
熱で魘されるととても不安になるようなので、目を覚ますたびに私の姿を探し少しでも長く引き留めようとする。
羽化した雛鳥の親になった気分ってこんな感じかなと私は小さく笑うと、ベアティがくしゃりと顔を歪めた。
「いつも、ごめん」
「ううん。ベアティが頑張っている証拠だもの。そこは謝らないで、できたらありがとうと言ってほしいかな」
弱っているときは気持ちが不安定になるものだ。
少しでも気分が上がるようにと声をかけ、額に浮かんだ汗を拭き、新しく冷えたタオルに替える。
気持ちよさそうに息を吐き出したベアティは、熱に潤んだ瞳で私を見上げた。
「……ありがとう。でも、寝込んでばかりでお世話になりっぱなしなのは申し訳なくて」
「病人は世話されるものだもの。もし、私が弱ったときはベアティが助けてくれたら。助けてくれるでしょ?」
「もちろん」
力強く告げるベアティに、私はゆっくりと語りかけた。
「できる人ができることをしているだけ。頼れる人がいるときは素直に頼ったらいいの。元気になったら、ベアティにもできることが見つかるわ」
死に戻り前のベアティは、自分の望むように生きられなかったのかもしれないと気づいてから、私は立ち向かう者同士のような親近感を勝手に抱いていた。
心からベアティのこれからに実りがあることを願う。
眉間にしわを寄せて難しい顔をしているベアティの鼻をつんと押し、私は目を合わせた。
逃れるように視線をずらしたベアティの頬を、私は逃げるなと挟み込む。
「ベアティ、私の目を見て」
「……エレナ様」
おずおずと視線を合わせたベアティの頬をよしと撫で、こつんとおでこを当てて言い聞かせる。
「いい? ベアティは今でも十分頑張っているわ。それにこの状態になったのはベアティのせいじゃないでしょ?」
「でも……」
「でも、じゃない。悪いのはそいつら。ベアティは何も悪くない。気が引けるなら今はたくさん甘えて、元気になったら世話になったと思う人のために恩返ししたらいいじゃない。それにベアティをこんな目に遭わせた奴らがまた狙ってくるかもしれないし、とにかく元気になることが一番よ」
話を聞く限り、ベアティは実験体として特別のようだった。丈夫というのが選ばれた理由の一つようだが、ほかにも理由があるかもしれない。
丈夫というだけでどうして他人の血を受け入れさせられていたのかわからないし、死に戻り前のことを思うとベアティにはほかに何かあるような気がした。
ベアティは身体能力も高いため、元気になり稽古をつけたらそう簡単に人に攫われるようなことはないはずだ。
やはりまず元気になるのが一番だと頷いていると、考えるように目を伏せていたベアティはゆっくりと頷いた。
「わかった。元気になって恩返しする。そして、エレナ様のことは俺が守る」
白皙の美貌にふさわしい、冴え冴えとした瞳が私を捉える。
美しい双眸に見つめられ、私は神秘的な輝きに魅入られるように見つめ返した。あまりにもまっすぐな目に、ベアティの気持ちを疑う余地はない。
「楽しみにしているわ」
恩返しを期待しているわけではないが、元気になった後に目的があるほうがベアティも気持ちを立て直しやすいだろう。
この時のやり取りが後に大きな影響を及ぼすとは知らず 、私は前向きになったベアティの状態に自分も頑張ろうと気合を入れた。




