1.
「エレナ・ランドール。おまえには失望した。今すぐその罪を償ってもらおう」
「……身に覚えがないのですが」
私、エレナは突然この国の第三王子殿下に責め立てられ、意味がわからずその場で固まった。
友人であるはずのマリアンヌの周囲には彼女を守るように五人の男性が立ち、私を見下ろしていた。
「なら、これがどうして君の鞄の中に入っている?」
強い口調で詰問し、殿下がこの場所に来てすぐに騎士に奪われた私の鞄から取り出したのは、黄色と焦げ茶色が交ざりあった美しい琥珀色の宝石だ。
「それはマリアンヌ様が預かってとおっしゃったから」
「これは教皇が聖女マリアンヌのために用意した、普段から回復魔法を貯めておける特別な魔宝石だ。それを簡単に人に預けるはずがない」
「私も断りましたが、無理やり渡されて」
ここに来る前に、どうしてもと言われ押し付けられた宝石。
私だってその価値はわかっている。そんな物を一時でも預かるなんてとんでもないと断ったのに、無理やり私の鞄に入れて、さっさと別のところに行かれてしまったのだからどうしようもない。
「言い訳とは見苦しい」
侮蔑をたっぷり含んだ声に、私は眉尻を下げた。
――本当なのに。
悔しすぎて頭がどうにかなりそうだ。
私は周囲を見回した。
それぞれふいっと視線を逸らし、私の味方をする人たちは誰もいないようだ。事の真偽よりも、どちら側に着けば安泰かは誰が見てもわかる。
その中の一人には、赤茶髪のケビン・オニールという私の元婚約者もいる。
マリアンヌと浮気し一方的に婚約破棄を突きつけ、そしてその後すぐに捨てられた男。
その時はそれなりにショックを受けたが、もはやどうでもいい。そもそもケビンに弁護など求めていない。
ケビンとは縁がなかった。それだけだ。
私はマリアンヌを見た。
彼女は信じられないと悲しそうに私を見ていたが、私の視線に気づくと、ふっ、とわずかに笑みを浮かべた。
――ああ、それがあなたの本性ね。
なんとなくわかってはいた。
婚約者を奪われた以降も、私を平然と親友だと言ってのけるマリアンヌのほうが私はずっと怖かった。
マリアンヌは身分も関係なく、初対面から私を気に入ったとものすごく気にかけてくれた。誰よりも優先して、私をそばに置いて何かあったら相談をされたりもした。
田舎から出てきた私は、単純に都会で身分も高いお嬢様が気取らず私と対等に話し、あまつさえ相談もされるほど信頼されているなんてと嬉しくて心を許していた。
だが、それは婚約者を奪われたことで変わった。
そのことが起こるまではマリアンヌに乗せられ私も親友だと思っていただけに、初めは受け入れられなかった。
ケビンを奪った後、私たちが婚約破棄してすぐなぜ捨てたのかと聞いた。
すると彼女は、「飽きたし、もともと私とは釣り合わないから。あれは遊びだったし、本気になられても困るもの。今からでもあなたに返してあげる」と詫びれもなく上から目線で言った。
マリアンヌにとっては、人の婚約者を奪うのは心を痛めるようなことではないらしい。
婚約者も親友も同時に失くしたことに悲観していたが、その後のマリアンヌの異常さに私は恐怖心を覚えた。
浮気事態許せないことだが、それが本気で惚れたからだとかならまだ救いようがあった。だが、マリアンヌのこれはないだろう。
そんな理由で奪われ、関係を破壊された私の立場はどうなるのか。
しかも仮にも親友という相手から生涯を過ごす予定の相手を奪って、味見して飽きたから返そうと思える神経を疑った。
ずっとどこか彼女と付き合うのに違和感があったけれど、親友と呼ばれると期待に応えようとの思いが強くてそれらに気づかないふりをしていた。
私は彼女のことを放っておけなくて、むしろ頼られる心地よさにも酔っていて、ずっと彼女の言われるままにはせ参じ世話をしてきた。
でも、目が覚めた。
彼女の言う親友とは、自分の言うことを聞き、世話をする下僕のようなものだ。
七歳の時にお茶会に参加してからというもの、何かとマリアンヌに呼びだされることが増え、いつの間にか一緒に行動することが増えていた。
だけど、その件があってからどれだけ諭そうとも、距離を取ろうとも、私は彼女から離れることができないでいた。離してもらえなかった。
――なんでこんなことになったのか。私も周囲もどうかしているわよね。
どうしてこんなにも彼女の言い分が通ってしまうのか理解不能だ。
私は大きく溜め息をついた。




