10日目(7)―満ちてく心
まつ毛が触れ合うような距離で見つめ合った顔は、普段部屋でキスしたときとおんなじで。
もう少しこうしていたかったけど、耳元を刺す冷たさに、ここが外だったって気づく。
「もう、普通にデートしよ?……ここにいても、寂しくなっちゃうだけだし」
「うん、そうだね」
ミーナを喪ったときの記憶はまだ、生々しくて、まだちゃんとは見れない。
ミーナはもう、人に生まれ変わって、私の『恋人』になったのに、いや、もしかしたら、今、こうやって幸せだから、亡くしたときの事、思い出したくないのかな。
「コート、濡らしちゃったね……ごめんね?」
ミーナのコートには、さっき私が顔を埋めてたとこに、隠しようのなく濡れたとこにシミが出来ていて。
そんな姿にさせたのが、冷えた風がわからなくなるくらい顔を熱くさせる。
「いいよ、すぐ乾くし、わたしが泣かせたみたいなものだもん」
「ありがとね、ミーナ」
ぽんぽん、と、頭を撫でる手の感触に、心がゆっくりと蕩けてく。
それと一緒に、顔の熱が冷めていく。冬空の寒さに、耳や指先が痛くなる。
「寒くなっちゃったね……、何か、温かいもの買おっか」
「そうしよっか、もう、すっごく寒いね」
そういえば、ミーナのお散歩のルートでコンビニの近くを通るって言ってたっけ。すぐ傍に看板を見つけて、そこに向かって一緒に歩く。
自然に、手が繋がって、今度はミーナのコートの中に入れられる。
なんだろう、胸の中を甘くくすぐられる。どうせあと一分も歩けばコンビニなんてすぐ着いちゃうのに。
こうしているのは、ただ寒いからってだけじゃなくて、ミーナの、――『好き』な人の温もりを、もっと感じていたいから。
そう考えてしまうのも、きっとミーナと一緒で。そんな事に、もっともっと、好きになっていく。
「さっき公園見つけたし、そこで肉まん食べる?」
「うん、そうしよっか」
ミーナは相変わらず熱いのが苦手だし、それならホットドリンクよりは肉まんとかのほうがミーナにはちょうどいい。
コートの分ので、許してもらえたから、そのお返しと、私のお金で肉まんを一個買う。
コンビニを出てから、自然に手が繋がるのを見越して、先に普段繋がない左手に肉まんを持ち替える。
公園までも、もうすぐそこなのに、やっぱり手が繋がるのは変わらない。
それだけ、好きってこと。そんな浮ついたことを考えてたせいか、また体の奥から熱くなる。
公園のベンチに、身を寄せ合って座る。普段、部屋のベッドに一緒に座るときみたいに。
「手、あっためようか、やっぱり、素手だと冷えちゃうもんね」
封をしてたテープを取ると、白い湯気がゆったりと上っていく。
二人で、それに手をかざしてあったまる。ミーナの温もりとは違う、柔らかい温もりが二人の体を暖めていく。
「そろそろ、食べていい?」
もう大分手も暖まってきて、肉まんからの熱もそんなに感じなくなる。
「うん、先食べていいよ?」
そういえば、ミーナにとっては初めてだもんね。恐る恐る齧るのを、すぐ隣で見守る。
「すっごく、おいしいね」
吐いた白い吐息が、その言葉のときだけ濃かったように見える。
「よかった……、私も、食べていい?」
「うんっ」
ミーナが口をつけたとこを、じっと眺めてしまう。今更、間接キスなんかでドキドキしちゃうなんて。だって、もう直接キスをしたのなんて数えきれないのに。
意を決して、そこを食べると、もう肉まんはぬるくなってるのに、顔中熱くなって。
「私、もうお腹いっぱいだから、あとはいいよ?」
「え、そうなの?」
もったいないなぁ、なんて独り言みたいに言いながら、ミーナがもう一回肉まんを受け取る。
それを食べようとして、やっぱり、食べる直前で体が止まって、食べた後のほっぺが赤くなってる。
「わたしも、おなかいっぱいだよ」
「でも、そのまま捨てちゃうのももったいないよ……」
こうすればいいって頭に浮かんだのは、……想像するだけでドキドキしちゃう方法。でも、こうするしか、ないよね、きっと。
「……じゃあ、一口ずつ食べる?」
「……うん、いいよ?」
そう答えるミーナの声も、上ずってるみたいで。
ドキドキで胸がいっぱいになりながら、一つの肉まんをゆっくり二人で食べた。
こっちがお腹いっぱいです。ごちそうさまでした。




