9日目(7)―繋がるコト
ミーナって、すごいな。試合が始まっても、どうしたらいいのか全然わからないまま自分のゴールのほうでぼうっとしてる私と違って、ミーナはいっぱい動き回って、相手のボールを取ろうとしてる。
猫だったときも、ボールとかねこじゃらしとか、動くものを追っかけてたから、その名残かもしれないけど、同じ人間の女の体で、あんなに動けるのが、ちょっとうらやましい。
偶然、私のほうにボールが転がって、それをミーナが教えてくれたやり方で思いっきり蹴ると、ミーナのもとまでつながって、心の中が明るくなる。
あんなに嫌だったのに、ミーナのおかげで、ちょっとだけ好きになれた。ミーナの一緒にいる日々は、こんな事まで楽しくしてくれるってことに、頬が緩んでしまう。
そんなこと、思ってたから、なのかもしれない。相手が、こっちに向かってきて、一瞬で抜かされてたのを無意識で追いかけて、そのまま足がもつれて転んでしまった。
手も痛いけど、すりむいてはなかった。だけど、右膝がジンジンと痛む。
立てないまま、右膝を抱えて座りこんでしまう。ミーナが、心配そうにこっちを見つめてくる。
「大丈夫!?」
「う、うん、ちょっと……」
そう言ってる間にも、ミーナは私の右足の裾をまくって、私の膝を見つめる。
痛みを主張してたとこから、ちょっとだけ血が漏れていた。
そこに、ミーナの顔が近づいていって。
「な、何するの……?」
言い終わる前に、もう、ミーナの温もりが、傷口の辺りの肌に伝わってくる。
傷の痛みよりも、ドキドキで、頭が混乱してくる。傷口、舐められたんだ、私、ミーナに。
「消毒、……もう済んだし、保健室で絆創膏もらってきな?」
ミーナも、ちょっと顔が赤くなってて、きっと、ずっと走り回ってたからでも、寒いからでもない。
「わ、わかった、……ありがと」
私も、熱くなった頬を悟られないようにしながら、保健室に痛む足で向かった。
保健室のドアを叩くと、養護の先生と目が合う。まだミーナと恋人になる前に、この恋がいけないものじゃないって、そっと背中を押してくれた人。
「どうしたの?香澄ちゃん」
「体育で、足怪我しちゃって……」
「うん、わかった、じゃあ足見せて?」
さっきミーナに舐められたの、洗ってくればよかったかな。気づかれちゃうかな。
でも、そんな心配とは裏腹で、傷口を見て、それからの処置はあっという間だった。
洗面台からお湯を出してくれて、それで傷口を洗ったあとに、それから絆創膏を貼ってくれる。
「これくらいなら、来週には治ってるよ、お大事に」
「あ、ありがとうございますっ」
そのまま出ようとしたときに、気づいた。まだ、あの時背中を押してくれたから、ミーナと恋人になれたって、まだ言えてない。
「そういえば、美奈ちゃんとはどう?」
先生からいきなりそんな事言われて、ちょっとびっくりする。先生も、気にしてたのかな、私たちのこと。
「え、えっと……、私から告白して、お付き合いすることになりましたっ」
なんだろう、お見合いのときの話みたい。でも、私たちの関係が繋がったのは、先生のおかげなのかもしれない。
「よかったね、おめでとう。……幸せになってね」
そう言う先生の声が、ちょっと寂しそうだった。
……もしかして、先生も、同じ悩みを持ってたのかもしれない。だから、私に背中を押してくれたのかな。
「はいっ、ありがとうございます、先生」
「ううん、いいのよ」
でも、先生に、それを聞くことはできなかった。聞いてはいけないような気がしたから。
もう一回おじぎをして、保健室を出る。校庭に出ると、もう授業は終わりかけ。
ミーナがボールを追っかけてるの、ちょっとカッコよかったな。もっと見てたかったなんて、惚れた弱みっていうものなのかな。
「おかえり、カスミ」
「た、ただいま……なのかな」
ミーナの言葉にちょっと戸惑いながらも、片付けを手伝って、体育の時間が終わる。
このまま6限の時間をジャージのまま受ける人も多くて、終わったあとの更衣室はちょっと空いている。
まばらな人影の中で、誰も私たちのこと見てないのに気づいて、何故かミーナのほう見つめてしまう。
それは、ミーナも同じだったみたいで、……近づいた唇が、一瞬だけ重なる。
二人の部屋でならいつもしてる事なのに、学校で、誰かいるとこでキスするのは、イケナイことしてるみたいで、いつもよりドキドキしちゃう。
何も言えなくなって、ただ隣で着替えてるのを感じて、一緒に教室に戻った。
5日目(2)で出てきた保健室の先生再登場です。正直再登場させたかったからこのネタ突っ込んだ。
ついでに傷口舐めて消毒ネタもしたかった。元猫だからそういうの抵抗ないだろうし一度はやらせたかった。




