不幸少女、会計さんに頼み事をされました
「あ、あのっ…… 姫乃ちゃん、生徒会で何か御迷惑をお掛けしてしまったのですか?」
私の顔はさぞかし青褪めていると思う。表情からは伺えないかもしれないが、顔色や態度で私がどんな心境でいるか察して欲しい。顔色も半分は前髪で隠れているので分かりにくいかもしれないが。
……今なら子を持つ親の気持ちが分かる。何故ならこの状況が自分の子供が通う学校からいきなり電話が掛かってきて呼び出されるシチュエーションと似ているからだ。実際に私の母も私が濡れ衣を着せられた時に身を縮めて学校にやって来る事が何回かあった。これは確かに緊張する。
尤も、私は姫乃ちゃんの親ではないのだが。
「えぇ。雑用でいいから生徒会に入れて下さいと言っておきながら、その雑用さえ満足に出来ず、ひたすら雪之宮会長に話し掛けていて、正直迷惑ですね。だから私は生徒会に入れるべきではないと反対していたのに……。こちら側の人間で更に彼女の前世が自分と関係があるからって雪之宮会長は優し過ぎです。そんな彼も日に日にストレスが溜まって来ているみたいですが」
「……こ、こちら側の人間? 前世……」
「あぁ、すみません。私としたことが、貴女は一般人でしたね。今のは気にしないで頂けると嬉しいです」
「は、はぁ……」
失言でしたと困った顔をする月城先輩。
今の会話から察するに彼も前世の記憶があるのだろう。実は私もそっちサイドの人間なんですが……。そんなことは口が裂けても言えない。
前世で魔女と関係のあるかもしれない人物となるべく接触をしたくないのだ。姫乃ちゃんを口止めしといて良かった。予め私が前世の記憶を持っていることは他言無用でお願いと言っておいたのだ。
そしたら姫乃ちゃんは了承ともに私が隠密なので敵にバレたら殺されちゃうからねと言った。何だか変な解釈をされてしまったが、本当に私の命が脅かされると思ったらしい姫乃ちゃんは私が前世持ちであることを言いふらしたりはしなかった。その点はしっかりとしているみたいである。
だから私は月城先輩が前世持ちだと知らなかった。恐らく彼も姫乃ちゃんに釘を刺したのだろう。
そんな以外と口が堅い姫乃ちゃんであるが、王子の件になると口が軽くなる。それは単に私が協力者であるが故かもしれない。
彼女は私に雪之宮会長の前世が白雪姫の王子様だったことを教えてくれた。彼の前世が王子様だと言われても格別驚いたりはしなかった。今世でもあだ名が王子であるし、納得してしまうのも無理はない。
彼が姫乃ちゃんの探している王子様なのかは今のところ分からないらしいが、限りなく黒に近い灰色だと思う。グレーゾーンだ。
雪之宮会長と姫乃ちゃん。とてもお似合いである。姫乃ちゃんが彼を好きになった時は私に任せてと言いたい。アレの出番だ。
「話を戻しますが、愛澤さんの親友である貴女から生徒会を辞めるようそれとなく促して欲しいんです。このままでは雪之宮会長も私も睡眠不足で倒れてしまいそうです」
聞くところによると、姫乃ちゃんのお喋りに付き合わされている王子は生徒会室で仕事をすることが出来ず、寮に帰ってから夜遅くまで生徒会の仕事をしているらしい。そんな王子のサポートを本来するべき人物は必然的に碓氷副会長であるが、彼は先程の様子で分かるように使い物にならないので代わりに月城先輩がサポートしているようだ。
会計の仕事に王子のサポート…… 確実に月城先輩が先に倒れてしまうだろう。何とかしてあげたいが、雪之宮会長が本当の意味で王子であると知った以上、姫乃ちゃんに生徒会を辞めるよう促すなんてもう無理だ。
現時点で唯一の手懸かりである彼を逃す筈がない。要は彼女がきちんと仕事をして、邪魔をしなければ問題ないと言うことであるなら私も手を打てる。
「や、辞めさせるのは無理だと思いますが、責務を果たすよう言っておきます……」
そう私が返せば、月城先輩は渋々妥協してくれた。
そうして話に一区切りがついた頃、月城先輩は懐から懐中時計を取り出した。今時懐中時計を持っているなんて珍しいのではないだろうか。愛用しているのか、やや古びたそれで時間を確認した彼は丁寧に私にお辞儀をしてから忙しなく走って行った。秒刻みで時間のロスを呟いていたところを見ると、彼は時間に厳しいタイプの人間かもしれない。
去っていく彼の後ろ姿を眺めながら私はホッと息をつく。何だか疲れた。早く帰ろう。当初は寮に帰ったら図書室で借りた本を読もうと思っていたが、そんな気にはなれない。姫乃ちゃんが帰って来るまで寝ていよう。
月城先輩の話的に姫乃ちゃんは生徒会室で雑談しているだけのようだが、これがまた中々帰って来ないのだ。今まではてっきり仕事が忙しいからだと思っていたのに……。
教室に戻った後、私は彼女に生徒会の仕事をきちんさせるにはどう説得するべきか考えながら寮に向かった。
*
「真央ちゃん! 真央ちゃん起きて! 」
「ぐはっ!」
前世の夢を見ることなくぐっすりと寝ていた私は突然腹部に感じた衝撃に思わず女の子らしかぬ声を上げてしまった。
瞼を開けて一番最初に目に入ったのは姫乃ちゃんの顔だ。相変わらず綺麗で羨ましい顔をしているなぁなんてぼんやりと見やる。
……いやいや、おかしい。私はベッドで寝た筈だ。ならば最初に目に入るのは姫乃ちゃんではなく白い天井だろう。
覚醒しきれていない頭で何故だと考えるが、また腹部に衝撃が走る。
「ぐへっ!」
「もう真央ちゃん! 寝惚けてるの? おーきーてーよー」
「お、起きる! もう起きた!」
だから私のお腹で飛び跳ねるのはやめて欲しい。二度の衝撃で流石に目が覚めた。
私は漸く姫乃ちゃんがお腹にダイブしてきたことに気が付く。なんて起こし方をするんだ。いくら姫乃ちゃんの体重が軽くてもお腹にダイブは駄目だ。
姫乃ちゃんは私が起きたことを確認すると私の上から退いた。
ベッドの近くにある目覚まし時計を見れば時刻は18時30分。姫乃ちゃんは今帰って来たらしい。帰宅の挨拶もそこそこに彼女は私に聞いて欲しい話があると興奮気味に言った。
取り敢えず落ち着いてと私はベッドから出て二人分の飲み物をテーブルに用意する。その間に姫乃ちゃんは手洗いとうがいをしに洗面所に向かった。
それは私のお腹にダイブする前に済ませて欲しかったと思ったのは内緒だ。
「……それで、何かあったの?」
「うん! あのね、蒼馬会長とはまた違う王子様に会ったの!」
「へぇ……。雪之宮会長は白雪姫の王子だったよね。今度はどの童話の王子を見つけたの?」
「シンデレラの王子様だよ! 碓氷和樹先輩って言って一応副会長らしい!」
私は飲んでいたお茶を吹き出した。
待って、姫乃ちゃん。今誰って言った? 凄く記憶に新しい名前が聞こえた気がするのだが……。
聞き間違いかともう一度姫乃ちゃんに聞き直したが、彼女の口からは碓氷副会長と言う名前が再度出て来た。
あの人の前世、王子だったのか……。全然そんな風には見えなかった。
あくまでも前世だからあれだけれど、雪之宮会長があまりにも王子の型に嵌っているので、てっきり他の王子も雪之宮会長みたいだと勝手に解釈してしまっていた。
碓氷副会長は姫乃ちゃんと同じタイプだ。見た目は王子に見えなくもないくらい整っているが、中身が残念なプリンスである。
姫乃ちゃんも見た目はお姫様そのものだけれど淑女とはかけ離れたアグレッシブなプリンセス。
前世に中身を置いて来てしまったようだ。かく言う私は前世に殆ど置いて来たようだけれど。性格だけは置いて来てよかったと心底思う。
「それでね、和樹副会長から聞いたんだけど、この学園に王子様って5人いるんだって」
「ご、5人……」
「うん。今年2人入学して5人」
多くないかと思ったが、童話に王子様が出てくるケースは少なくはないので5人くらいいてもおかしくはない。
むしろお姫様が姫乃ちゃんだけなのがおかしい。しかも姫乃ちゃんが複数のお姫様の記憶を持っているとなると…… うん、修羅場だ。
今世でも彼等がお姫様である姫乃ちゃんに恋をしたらお姫様は今のところ姫乃ちゃんだけなので5人で彼女を取り合う争奪戦である。
うわぁ……と思わず同情の目を姫乃ちゃんに向けてしまう。そして相変わらず名前で呼ぶのが早い。
「……雪之宮会長と碓氷副会長以外で分かってる王子っているの?」
「んーっとね、生徒会の書記さんと、監査さんと庶務さんだって和樹副会長から聞いたよ。まだ会ったことないけど。和樹副会長にだって今日初めて会ったし」
碓氷副会長…… 口が軽過ぎだ。雪之宮会長は知っていても教えなかったんだろうけど碓氷副会長が今日初対面である姫乃ちゃんにペラっと言ってしまったのか。
それにしても生徒会は王子の集まりと言っても過言ではない。意図的にそうしているのだろうか?
会計さんの名前は姫乃ちゃんから出て来なかったので月城先輩の前世は王子ではないみたいだけれど。
そして書記も監査も庶務も来ていないって……生徒会は大丈夫なのか?
副会長も殆どサボりならば現在の生徒会は雪之宮会長と会計の月城先輩の2人で仕事をしていることになる。
……負担が重過ぎる。せめて姫乃ちゃんだけでも2人の仕事を手伝うよう言わなければ。
そんな私の心情とは裏腹に生徒会室に現れない3人を探す気満々でいるのか、拳を挙げて意気込む姫乃ちゃん。
「そ、そのうち顔を出しに来ると思うよ……。私も情報を集めてみるから」
「そうかなぁ。そうだといいなぁ。真央ちゃんの情報は頼りにしてるよ! 蒼馬会長のマップを作っちゃうくらい真央ちゃんの情報収集は凄いからね!」
「うっ……うん」
出来ればアレは忘れて欲しい。もうあんなのは作らない。普通にメモ程度にする。徹底的に調べなくていいだろう。
一通り姫乃ちゃんの話が終わったので今度は私の番だ。雪之宮会長と月城先輩が倒れたら生徒会は終わる。確実に機能しなくなる。何としても姫乃ちゃんを使い者になるよう仕向けなくては。
結局その日の夜は授業の復習の時間と読書の時間を削って姫乃ちゃんを説得する羽目になったのだった。




