不幸少女、変なのに目を付けられました
「おい、座敷童子! お前、俺ん家に嫁げ!」
「……はい?」
それは突然だった。
私は担任の先生に頼まれた教材を準備室に運び終わり、教室に戻ろうとしていた。放課後だからなのか、それとも準備室の近くは部室や教室がないからなのか、廊下には殆んど人気がない。
外から聞こえる運動部の声だけが微かに聞こえてくる廊下をとぼとぼと歩いていたのだ。
寮に帰ったら図書室で借りた本でも読みながらのんびりしようかなんて考えていたちょうどその時、バタバタと後ろで誰かの足音がして私の横を颯爽と駆け抜けて行った。後ろ姿しか見ることは出来なかったが、ネイビー色の髪をした男子生徒だということだけ分かった。
廊下は走ってはいけないと彼を注意する教師もいないのでスピードを落とすことなく角を曲がり、私の視界から消える。しかしそれも束の間、彼は再び角から現れ、あろうことか私の目の前で止まった。
そして冒頭の言葉に戻るというわけだ。
「えっ……えっと? ど、どちら様です?」
「お前、俺を知らないのか!」
「すっすみません。知らないです……」
目の前にいる人物は誰なんだ?私の聞き間違えでなければ、とんでもないことを告げられた気がするのだが。初対面で言われる言葉ではない。
それにあんな強引なプロポーズは嫌だ。彼の将来が思いやられる。あれでは彼女さんが可哀想だ。性格的にも暴君気質が見え隠れしている気がする。そして自意識過剰だ。私が彼を知らないと言った時のあの表情、本当に驚いていた。
改めて彼をまじまじと見やる。ショートレイヤーベースにカットされたネイビー色のガルテリオダイスショートヘアにキリッとした眉。ラピスラズリのような瑠璃色の瞳。やや目付きが鋭いが、整った顔をしていた。
身長も175cmは超えているのではないだろうか。王子とはまた違った美青年である。これは女子生徒から人気が高そうだ。だから彼も私が自分のことを知っていると思ったのかもしれない。
しかしながらここ1ヶ月、私は例のアレを作るのに必死だったので、王子以外で人気のある男子生徒を知らない。目の前にいる彼も人気者だったと初めから知っていたら直ぐに逃げていたと思う。
「俺は3年B組、碓氷和樹。座右の銘は《一銭を笑う者は一銭に泣く》。一応、副会長だ」
「は、はぁ…… 副会長さんでしたか」
座右の銘を言っとけば自己紹介が格好良く聞こえるだろうと思っている感じは何だ。
そして一応副会長とはどういうことだ。肩書きだけで仕事はサボりか。
「というわけで座敷童子、お前、俺と結婚しろ」
「け、けけけけ結婚? ど、どうしてそんなことにっ」
何なんだこの人は。先程の曲がり角に常識を置いて来てしまったのか? 一体どんな訳があってあんなぶっ飛んだことが言えるんだ。
「どうしてって…… お前、座敷童子の生まれ変わりなんだろ?」
「え…… あの?」
「座敷童子って福の神なんだよな? 座敷童子がいる家は栄える。だから結婚しろ」
「えっと……」
どうやら副会長さんは私が座敷童子の生まれ変わりだと勘違いしているみたいだ。きっと何処かで誰かが私のあだ名を呼んでいたのを聞いたのだろう。それにしたって座敷童子の生まれ変わりなんて普通の人はそう思わないのに。
「こんなところにいたんですか、碓氷副会長」
「……なんだ郁兎か」
「なんだじゃありません。女子生徒を困らせていないで早く仕事をして下さい」
私の肩を強く握っていた副会長さんの手を第三者が掴んだ。
アイスホワイト色のエアリーパーマヘアにルビーのように赤い瞳。黒縁眼鏡と口調が知的な雰囲気を引き立てているこれまた美青年が現れた。
「仕事つったって殆んど蒼馬の奴が俺の分もやってるだろ。それにお前だってやってくれてるからいいんだよ」
「よくありません! 雪之宮会長の補佐は本来、貴方がやるべきなんですよ? 私はあくまでも会計という仕事を任されているのであって──……」
「はいはい、分かった分かった。偶には顔出せばいいんだろ?」
今の会話だけでも分かる。副会長さんと喋っている彼はきっと苦労人だ。生徒会の仕事をしない副会長さんの尻拭いをしているのだろう。
上履きの色から彼は2年生。後輩に迷惑を掛ける先輩ってどうなんだ……。
面倒くさそうに頭をくしゃくしゃと掻き毟りながら副会長さんは私達に背を向けて歩き出す。そんな彼の様子を私の隣で見ていた会計さんは溜息をついた。
「あ、そうだ。郁兎! その座敷童子は俺の嫁だから手を出すなよな」
「わっ私はまだ返事も何もしてないんですけどっ!」
何故だ。どうしてこうなった。去り際に爆弾を落としていくのはやめて欲しい。まだここが生徒のいない場所だったから良かった。これが女子生徒の目に入っていたらと思うと恐ろしい。
副会長、碓氷和樹。私の近付いてはいけない危険人物リストに入れておかねば。次会ったら逃げよう。
「全く……。碓氷副会長はサボるし、書記も来ない。今年入った1年の男子生徒の監査と庶務もサボりがち。おまけに最近、騒がしい1年の女子生徒も不本意ながら生徒会に入って来たし、幼馴染みは相変わらず世話の焼ける。皆は私を倒れさせたいんですかね」
「あ、あの、大丈夫ですか?」
あまりにも可哀想で思わず声を掛けてしまった。彼は本当にストレスと疲労で倒れてしまいそうなくらい蒼白い顔になっているではないか。
彼の周りの人達は些か彼に迷惑を掛け過ぎなのではないだろうか。実際に見たのは副会長さんだけだから何とも言えないが。
……いや、ちょっと待って。最近騒がしい1年の女子が生徒会に入った? もしかしなくともそれは姫乃ちゃんではないだろうか。
「ああ、すみません。貴女にもご迷惑をお掛けしてしまい。碓氷会長には後できつく言っておきますので」
「い、いえ……。その、なんかありがとうございます。えっと……会計さん? 先輩?」
「自己紹介がまだでしたね。私は2年A組の月城郁兎と言います」
「あ、私は1年A組の黒咲真央です」
成り行きで自己紹介をしてしまった。
私の名前を聞いた月城先輩は目を少しだけ見開き、貴女が……と何やら意味深に呟く。私は嫌な予感がした。
「貴女があの愛澤姫乃さんと親友の黒咲真央さんでしたか。彼女の口からよく貴女の名前が出て来ますよ」
「え……」
「随分と仲が良いみたいですね。そんな貴女に彼女のことでお願いがあるのですが……」
" 彼女に生徒会を辞めるように言ってくれませんか?"
月城先輩の言葉に今度は私が倒れそうになった。
姫乃ちゃん、貴女一体何をやらかしたんですか……。




