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不幸少女、親友は前世の天敵でした

 愛澤姫乃という人物は兎に角可愛かった。天使だ。私の癒しだ。

 あれから私は彼女の為に作っていたノートを渡し、一緒にお昼を食べ、寮に帰ってからは荷物を片付けるのを手伝った。

 私にしては積極的に頑張ったほうだ。お陰ですっかり仲良くなったと自分でも思う。一日の殆んどと言っていい程一緒に過ごしている気がする。

 私は彼女に対してなら緊張せずに喋れるようになった。そんな仲も深まったある日の夜、彼女は意を決したのか、何やら神妙な面持ちで私に告げた。


「あのね、真央ちゃん。信じてもらえないかもしれないけど、わたし、前世の記憶を持ってるの」

「え……」

「小さい頃から不思議な夢をよく見てね、それがわたしの前世らしくて……。前世のわたしはおとぎの国のお姫様だったみたい」


 信じられないよねと姫乃ちゃんは自重気味に笑う。信じられないもなにも私も同じく前世の記憶がある。そう彼女に言えば、彼女は目を丸くさせて驚いた。そして私も前世持ちであるのかと首を傾げて聞いてくる。

 私は自分の前世が魔女であると言うのを躊躇ってしまった。

 童話に出て来るお姫様にとって大抵の場合、魔女は敵。悪役だ。毒を盛ったり、呪いを掛けたりと生死に関わる悪質な行動ばかりする迷惑な奴。

 勿論、中には善良な魔女もいる。代表的な作品を上げればシンデレラだ。シンデレラに出て来る魔女はシンデレラの為に素敵なドレスや舞踏会に行くための馬車を用意してくれる。そう、優しい魔女は存在しているのだ。

 だがしかし、問題なのは私にその記憶がないこと。私が夢で見る前世は悪質な悪い魔女だけ。そこから導き出せる答え。恐らく前世の私は魔女は魔女でも性格の歪んだ悪い魔女の方だったのだろう。優しい魔女は私ではなく、別にいると踏んだ方が良い。

 そんな彼女にとって天敵も同然な私の前世を言ってしまったらどうなるのか。拒絶されたりするのが怖かった。だから私は咄嗟に嘘を付いた。


「……ざ、座敷童子」

「え? 座敷童子って童話に出て来るっけ?」

「その……日本の童話集で」


 私の前世は嘘だけど、座敷童子が出て来る作品はある。某作者の童話集に座敷童子の話があった。その点は調べられても大丈夫だ。


「そっか! だから真央ちゃんって座敷童子って呼ばれているのか」

「いや、あ…… うん。そんなとこかな」


 全然違う。そんな理由じゃないけれど、まぁいいや。

 お互いに前世持ちと分かってこれで話は終わりかと思いきや、彼女は本題なんだけどと話を進めた。

 私としては今のが本題ではなかったのかと突っ込みたかった。あんなに神妙な面持ちで話していたのに前世のカミングアウトは前座に過ぎなかったのか。


「実はわたし、自分の前世がお姫様ってことは分かるんだけど、どの童話に出て来るお姫様なのか分からないの」

「え? でも夢で見てるんじゃ……」

「それが…… 白雪姫っぽい夢も見るし、シンデレラっぽい夢も見る。後はいばら姫とか人魚姫の夢も見るの」


 それはまた…… 色々とまずいのではないだろうか?


 私の場合、複数の童話に出て来る魔女の夢を見ても、悪戯好きな魔女がおとぎの国中を飛び回って悪さをしているからだと理由付けられる。だから色んな作品の登場人物と接点を持っていてもおかしくないのだ。

 しかし彼女の場合はそうは行かない。複数のお姫様の記憶を持つなんてどう考えてもおかしい。

 それともなんだ?前世の彼女はありとあらゆる王国の王子を手玉に取っていたのか? 重婚? 

 おとぎの国の世界の法律が分からないのでなんとも言えない。

 その前にまず、ある時は王女、またある時は継母と姉にいじめられる少女、またある時は海の中で生きる半魚人。

 ……どんな策士だ。演技派女優もびっくりである。やはり根本的に有り得ない。


「色んなお姫様の夢を見るけど、一人だけ変わらない人物がいる。それが王子様。王子様だけはいつも同じなの。だから私はこの学園に王子様を探しに来たんだ」

「な、なるほど」

「王子の記憶を持った人に会えば何か分かるんじゃないかって。このモヤモヤした前世の記憶をなんとかしたいの。だから真央ちゃん、協力してくれないかな? 王子様探し」

「えっ」

「お願い真央ちゃん。わたしたち友達だよね? 協力してくれるよね?」


 そんなうるうるした目と脅し文句は狡い。断るに断れないではないか。しかも2回目の協力しての言い方的に私の選択肢はyesかハイの二択だった。

 ……仕方が無い。折角出来た友人の頼みだ。引き受けよう。

 私が了承の意を表せばキラキラと目を輝かせる。先程のうるうるしたお目目はどこ行ったのだ。


「ありがとう! 真央ちゃん! 流石持つべき友! 親友!」

「親友……」


 親友、なんて良い響きなんだ。

 

 些か親友になるには早過ぎる気がするし、実のところ上手く言い負かされた気がするが、この際どうでもいい。親友万歳。


「真央ちゃんは王子様っぽい人って見かけた? わたしね、後先考えずこの学園入学しちゃったけどよく考えてみれば、わたしの探してる王子様の記憶を持つ人が同年代じゃない場合もあるって気付いて……。もしかしたらまだ生まれていない可能性もあるよね! どうしよう?」

「お、落ち着いて……。確かに姫乃ちゃんが探してる王子様の記憶を持った人が運良くこの学園にいるとは限らないけど、王子様っぽい人ならいたよ」

「本当にっ?」


 グラグラと私の肩を揺らす姫乃ちゃん。目がぐわんぐわんする。全然落ち着いてない。結局数分間揺すられた。

 私の顔色に気付いた姫乃ちゃんは漸く私の肩から手を離す。ごめんっと勢いよく謝られた。

 何だろう、見た目はお姫様なのにお淑やかさが欠けている残念な感じは。

 出会い頭は心細そうな顔に容姿の助けもあり、儚いお姫様のようだと思ったけれど、仲良くなるにつれてその認識は払拭された。中身が全然お姫様っぽくない。私の理想のお姫様像が崩れさっていく。

 どちらかと言えばあれだ、世間知らずでじゃじゃ馬娘っぽい当て馬な脇役令嬢。そっちのが合ってるかもしれない。


「それで誰なの? 王子様って」

「……生徒会長だよ。雪乃宮蒼馬先輩。姫乃ちゃんは入学式いなかったから分からないだろうけれど、女子生徒から王子って呼ばれてた」

「それって前世が王子様だからそう呼ばれてるのかな!」

「それは…… 違うと思うよ。彼の容姿がね、童話に出て来る王子様みたいに整ってるからだよ」


 流石に自分の前世を公で明かさないだろう。殆んどの人間は言いふらさない。言ったところで信じてもらえるかも怪しい。

 だから姫乃ちゃんのケースはとても珍しいのだ。まさか出会って間もない私に話すなんて。


「その生徒会長さんって何クラスだか分かる?」

「確か3年A組ってうちのクラスの女子が言ってた気がするけど?」

「ありがとう! 明日行ってみる!」

「は?」


 思わず間抜けな声を出してしまった。

 いや、だって上級生のクラスだよ? 乗り込むの?

 彼の親衛隊に目を付けられるのが落ちである。


「え? 何かまずかったかな? あぁ、生徒会長だから生徒会室に行ったほうが会える確率は高いってこと? じゃあ生徒会室に行こうかな」

「……うん、頑張って。姫乃ちゃんは近距離で王子様探しして。私はひっそりと情報収集することにするね」

「おお! 真央ちゃんは忍びだね。隠密! 流石座敷童子! よろしく!」


 何が流石なのか分からない。

 座敷童子って忍びだったの? 勝手に家に住み着くからあながち間違えでもないのか?

 それにしても凄い行動力だ。私には無理。なんとか接近戦に巻き込まれずには済みそう。

 私は姫乃ちゃんみたくアグレッシブに動けないのでひっそりと王子様探しとやらをします。


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