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黒曜の髪 蒼玉の瞳 ~輪廻の先で出会った君を救うため、僕はこの世界で生きると決めた~ 転生医師の異世界奮闘記  作者: 神崎水花
第三章 黒が忌諱される理由

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第93話 森のふくろう亭

「はぁ〜、銀のグリフォン亭ねぇ。何よりも清潔で、食事もまあまあのお宿、か……」

 マリーさんが、甘く切ない吐息を漏らす。

「値段も、一泊あたり銀貨数枚から、でしょう? もしかして、お風呂もあったりするのかしらね。ふかふかのベッドに、湯気の立つお風呂……」

「お風呂ですか、それはいいですね……」

 アンリエッタさんもどこか、うっとりとした瞳で夢見るように呟いていた。


 そうだよね。清潔な部屋に、温かい食事。

 極めつけにお風呂とくれば……。女性なら猶更、そっちの方がいいに決まってる。

 過酷な旅路と、血生臭い戦いを乗り越えてきたんだ。今夜くらい、贅沢をさせてあげたい。心の底からそう思う。

 けれど──


「……すみません、お二人とも。その、銀のグリフォン亭なんですが。……今回は『森のふくろう亭』に、しませんか?」


 僕の残酷すぎる提案に二人の、華やかでいて、期待に満ち満ちていた空気が、しゅんと萎んだのが分かってしまう。

「今後の路銀のことを考えると、少しでも切り詰めておきたくて。ごめんなさい」

 

 申し訳なさで小さくなる僕。

 けど、僕がこの世界で、何よりも信頼する二人の女性の返答はさ。

 自身のちっぽけな罪悪感など、いとも容易く吹き飛ばしてしまうほどに。どこまでも思いやりに溢れ、清々しいほどに気持ちの良いものだった。本当に。

 

「そうよね。何は置いても、まずは稼ぐべきだわ。決まりね。しばらくはその、美味しいと評判の『森のふくろう亭』とやらに、お邪魔しようじゃない。なんなら、もっと安い宿でもいいわよ? 但し、知らない人との雑魚寝は、勘弁かな~」


「ですね。私も知らない人とはちょっと……。ただ、その、修道院ですか? 大部屋に寝台が並ぶとおっしゃってましたが、さすがにそれは、装備の盗難が少し心配ですね……」


 アンリエッタさんの口から初めて聞く、冒険者らしい視点。そして二人の、どこまでも優しい気遣い。

 その全てが、僕の胸を温かくするんだ。

 僕は最後の確認のために、もう一人の頼もしき仲間へと視線を移す。

 彼こそ、何を置いても、僕の決断を肯定してくれるだろう相手。

 けれど、それでもだ。


 彼は僕の視線に気づくと、想像通り、揺るぎない瞳で真っ直ぐに見つめ返し、力強く言い放つ。

「贅沢は、いずれ、ご主君がその御名声に相応しき地位を得られたその時に、幾らでもできましょう。今は備えろと言われれば、どこまでも備える次第。何事もご随意に」

 ほうら、清々しいほどにぶれないんだ。彼は。


 そうして、僕たちが辿り着いた『森のふくろう亭』は、受付の女性の言葉通り、少しだけ古びてはいたけれど。

 隅々まで磨き上げられた木の壁と、木目の美しい調度品。壁に飾られた、きっと、この宿の家族の手によるものであろう、素朴な花の刺繍。

 そして、扉を開けた瞬間に、僕たちの鼻腔をくすぐった、香ばしいシチューの匂いが堪らない。

 それらが一体となって醸し出す、あまりにも温かい雰囲気。

 高級さはない。

 けれどこの宿が、営む家族によって大切に、大切に、守られてきたことを、その全てが、物語っていた。


「はい、いらっしゃい! 旅の方たちだね、四人さんかな?」

 カウンターの奥から、朗らかな笑顔を浮かべた女将さんが出迎えてくれる。

 その後ろには、少しだけはにかみながら、母親のスカートの影からこちらを覗う、可愛らしい看板娘(?)の姿もあった。


 僕たちはこの宿が、一目で気に入ってしまったよ。


「ええ、四人なのですが、部屋は空いていますか?」

「ごめんね、うちは個室っていうのがなくてね。男女別々の大きな相部屋か、それとも、少しだけお値段は張るけれど、皆で一緒に泊まれる大部屋の、二種類だけなのよ、それでもいい?」

 

 降って湧いたような、思いがけない選択肢。

 頭の中でリーダーとしての僕と、健康な男子としての僕が、激しい論戦を繰り広げる。

 ……少しでも路銀を切り詰めるなら、当然、男女別の部屋だよな。

 それが、正しいに決まってる。

 でも……せっかく、四人揃ったんだ。同じ部屋の方がいいに決まってるじゃないか。その方が、夢がある……だろう?


 僕が、ちょっぴり不純な葛藤に、言い淀んでいると。

 隣にいたミゲルさんが開口一番、有無を言わさぬ響きで言い放つ。

「女将殿。我々は一つのパーティーです。ましてや私は、ご主君のお側を離れるわけには参りません」

「あら、そうなの? なら、大部屋しかないわね。ちなみに寝台は、うち自慢の大きなものが二つあるだけだから、皆さんで仲良く使って頂戴ね」

 

 ちょっと待って。寝台が二つだって?

 聞こえましたか、皆さん。二つですよ? 

 つまり、だ。

 僕とアンリエッタさんが……という、奇跡の展開もあり得るってこと?

 

 いや、それだと……残る寝台は、ミゲルさんとマリーさんの組み合わせになってしまうじゃないか。それはそれで、何だか凄く悔しいぞ。羨ましいぞ! 

 さらりと言われた衝撃の事実と可能性に、僕の胸は絶賛、小躍り中。

 ああ、グリザイユ。なんて素晴らしい街なんだろう。


 そんな僕の内心の、歓喜の舞も露知らず。

 女将さんは指を折りながら、にこやかに続けた。

「では、朝晩の二食付きで四名様、一泊、銀貨一枚になります。ご宿泊は何泊のご予定?」

 いかんいかん。ここで、浮かれてどうする

「今は手持ちが少ないので。ひとまず五泊分でお願いできますか? できれば後日、延長させてくれると嬉しいのですが……」

 

「宿泊中に、延泊代金さえ頂ければ大丈夫よ。一旦、部屋を開けてしまうと、約束はできないけども。それでいい?」

「はい、十分です。ありがとうございます」

「じゃあ、丁度夕食の時間だから、召し上がってから上に上がるのが、いいかもね」

 

 食事の席で僕たちは、料理自慢の亭主が作ったという、絶品のシチューに舌鼓を打っていた。なんだろうこの味。ひどく、懐かしい感じがする。

 疲れた心と体に、じんわりと染み渡っていくような……。

 そんな、あまりにもアットホームすぎる空気感の中で。

 マリーさんがふと、口を開いた。


「そうそう、フェリクス君。さっきの路銀の件だけどさ。この辺りで、ちゃんと決めておかない?」

「それは、僕も思っていました。報酬の取り分とか、ですよね?」

「ええ。そうね」

「ちなみに、普通の冒険者パーティーはどうしてるんですか?」

 この辺の知識に関しては僕や、アンリエッタさん、ミゲルさんに至るまで。てんで、持ち合わせていなかったのだ。なにせ、このパーティーが生涯で最初のパーティーなのだから。

 そして願わくば、生涯最後のパーティーであることを願って。

 

「そうねえ」

 マリーさんは一度スプーンを置くと、まるで先生のような、頼もしい顔つきになる。この表情、いつぞやのアンリエッタ大先生と同じじゃないか……。おっと、いけない。笑ったら叱られるところだぞ、ここは。

 

「パーティーで得た報酬は、一度全部、共有の資金にするの。そこから薬代や、食費なんかの経費を支払って、残った分を貢献度に応じて分配する。それが、冒険者パーティーの基本的な、やり方かな」

 

「え? 貢献具合で増減するのですか? ……てっきり、等分なのかと」

「ほう、なるほど。実力主義、というわけですな?」

 僕の驚きに、ミゲルさんが感心したように、頷く。

 

「実力主義というか。やっぱり、一番危険な目に遭う前衛職の取り分が、多めになることが多いみたいね」

 マリーさんの言葉に、隣に座るアンリエッタさんの表情が、ほんの少しだけ曇ったのを見逃す僕ではなかった。元プロの、アンリエッタさんウォッチャーを舐めるなよと、声を大にして言いたい。


「アンリエッタさん。言いたいことがあるなら言ってみてください。僕も同じ考えかも、しれません」

「……いえ。ただ……」


「このパーティーは、フェリクスさんも、マリーさんも、ミゲルさんも。皆さん本当に素晴らしい方たちばかり、です。……だから、その……貢献度、ではなくて。等分では、いけないのでしょうか……?」

 加入から一番日の浅い彼女だから。丁寧に、言葉を選んでの発言なのだろう。

 けれどその瞳には、彼女なりの確固たる信念が宿っていた。


「……僕も、アンリエッタさんと、同じ意見です」

「え?」

 マリーさんの、少しだけ驚いたような声。


「うーん。前衛が危険なのは、分からなくもないですが……、でも、前衛が倒れたら後衛も無事ではいれませんよね? 全員が命懸けなんです。僕はそこに、差をつける理由が見当たらない」

 世間の常識が、何だって言うんだ。

 そんなものが僕を救ってくれたことは、ただの一度もない。そんな定規で測れるような関係なら、僕たちはとっくに終わっている。


「商売上の付き合い、みたいなパーティーではなくて。『契りの円環(フェルツェンギルデ)』は僕にとって、半分家族みたいなものだと思ってるんです。そんな皆と、収入で差をつけたりするのは、違うかなって」

 僕の言葉に、アンリエッタさんが今日一番の、嬉しそうな瞳で見つめ返してくれた。


「だから、僕たちのパーティーの報酬は、常に等分。それはもし、今後人数が増えても変わりません。……駄目でしょうか」


 僕の宣言に、マリーさんは一瞬きょとんとして。

 それから、降参したように柔らかく笑った。

「……ふふ、そうね。それが一番、フェリクス君らしいわね」

 彼女は可愛らしく、人差し指を立てる。

「そんな、嬉しいことを言ってくれるのなら。じゃあ、前から思ってたことを、言ってみてもいい? ほら、魔の大森林で野営をした時の話に、繋がるのだけれど……」

「遠慮なんか、いりませんよ。言ってみてください」


「いずれパーティーで、大きな『魔道袋』とか、欲しいな~なんて思ったり」


「魔道袋、ですか? 確かに、以前聞いた覚えがありますね」

「でしょ? だって、ほら。私たちのパーティー、半数は女なのよ。色々持って歩きたいものは多いの。そうよね? アンリエッタさん」

 急に話を振られたアンリエッタさんが、びくりと、小さく肩を震わせる。

「え、あ、はい……。その、申し訳ないとは、思うのですが……変えのお洋服とか、は、肌着なんかは、多めに持っておきたいとは、思います……」

 

 肌着……ッ!?

 あ、あの、世の全ての男子の、夢と希望を討ち砕いた、憎きカボチャパンツのことを言ってるのっ!? 僕の内心の叫びなど、露知らず。

 不意にそんな単語を、口にさせられてしまったアンリエッタさんは。その雪のように白い肌をほんのりと、桜色に染めて。

 恥ずかしそうに、僅かに、俯いてしまうのだ。


 「でしょ? 今までは男二人に女性一人だったから、私も我慢してたけどさ」

 マリーさんはそう言いながら、くすりと笑う。

 やれやれ。どこまでが本当なのやら。けれど、彼女の提案には続きがあった。


「だから、こうしない? 稼ぎの半分は、全てパーティーの共有財産として貯金するの。 魔道袋を買ったり、それこそ、皆の装備を修理したりね。もしかしたら、いつか拠点も欲しくなるかもしれないわよ? いつまでも宿屋暮らし、という訳にもいかないでしょうし。いざという時の備えとして貯めておくの。そして、残りの半分を、私たち四人で綺麗に等分する。どうかな?」


 一見合理的で、それでいて誰よりも仲間を思いやった、彼女の提案。

 こんなの、もう、採決を取る必要さえ感じないよ。

 

「私はそれが、いいです」

 アンリエッタさんが最初に、はっきりと頷いて見せる。そして、僕の方を向いて、少しだけはにかむように付け加えた。

「ただ、もし、私にも頂けるのでしたら。そのお金で皆さんに少しずつ、お返しして行きたいと思います」


『一緒に返していこう』

 ──あの日の二人の会話のままに。その健気さが、たまらなく愛おしい。


「僕も、アンリエッタさんと同じ考えです」

「異議なし」


 僕たち『契りの円環(フェルツェンギルデ)』の、最も重要なルールは。

 こうして、温かいシチューの湯気が立ち上る食卓の上で、静かに産声を上げたのだった。

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