表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒曜の髪 蒼玉の瞳 ~輪廻の先で出会った君を救うため、僕はこの世界で生きると決めた~ 転生医師の異世界奮闘記  作者: 神崎水花
第三章 黒が忌諱される理由

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

88/95

第88話 いざ、辺境伯都へ

 ガタン、ゴトン……。

 辺境伯都へと向かう乗合馬車は相変わらず、容赦のない揺れを僕に伝えてくる。

 向かいの席では、マリーさんとアンリエッタさんが何やらひそひそと、楽しそうに話し込んでいた。

 どうやらミゲルさんの、あの、あまりにも真面目すぎる忠誠心について、マリーさんが面白おかしく語って聞かせているらしい。


「そうなのよ~、やになっちゃうでしょ?」

「まぁ、そうなんですか?」

 アンリエッタさんは、まだ少しだけ戸惑いながらも、マリーさんの話にくすくすと、楽しそうに相槌を打っている。

 楽しそうに笑う、美女が二人。なんて華やかなんだろう。


 翻って、僕の隣を見てみようか。

 ご主君(?)である僕を、いかなる脅威からも守るのだと、微動だにせず、前だけを見据える、(いわお)の騎士(見習い)が一人。

 ……ミゲルさんは、頼りになる。頼りになるんだけどさ。


 何だってこの、記念すべき旅路の第一歩で、僕の隣がミゲルさんなんだろう。おかしいじゃないか。

 僕の、羨望混じる視線に気づいたのだろうか。

 マリーさんが、僕に笑いかけた。

「フェリクス君。次の休憩地点に着いたら、席替えね」

「え?」

「私とアンリエッタさん、次は、ミゲル君とアンリエッタさん、って組み合わせで順番に隣に座っていくの。せっかくだから、少しでも、皆で親睦を深めていきたいじゃない?」


 そんな正論をさ、キラキラとした笑顔で言われてしまえば、僕に反論できるはずも無く。ぐうの音も出なかった。

 僕たちの新しい旅は、やっぱり、マリーさんの掌の上で始まるらしい。

 僕はほんの少しだけ拗ねた気持ちで、馬車の後ろを流れる景色を眺めていた。

 その視界の端で、アンリエッタさんとマリーさんが、花が咲くように、楽しげに笑っている。


「……ご主君」

 隣に座るいわおさんが、静かに、僕に話しかけてくる。

「はい、なんでしょう?」

「……良い、光景ですね」

 彼の視線の先にも、僕と同じように、笑い合う二人の女性の姿が映っているはず。

 

「本当に。……なんだか夢みたいです。アンリエッタさんがまた、あんな風に笑ってくれて。マリーさんも本当に、楽しそうだし」

 僕は心の底から、そう思う。

「そういえば、ミゲルさんは、そういう女性っていないのかな?」

「そういう女性とは、何でしょうか?」

「だから、その……ミゲルさんっぽく言うなら、『お慕いしている女性』だよ」


 気が付けば、向かいの席の二人も、興味津々といった様子でミゲルさんの答えを待っていた。

「……いませんね。何分、私は、八歳の頃から小姓として城館で仕えておりましたので」

「ええっ!? 八歳から!? それじゃあ、恋の一つも知らないまま、今まで来たっていうの!?」

 僕もアンリエッタさんも、突然の彼女の大きな声に驚き、思わず肩を震わせる。けど、当のミゲルさんは全く動じない様子。それどころか、どこ吹く風といった感じだった。

 彼は澄ました顔で、ただ切り返す。

「ほう。そのおっしゃり様ですと、マリアンヌ殿は随分と、色々とご経験されてきたようですな」


「なっ……!?」

 マリーさんの勢いが、ぴたりと止まる。

 その顔がみるみるうちに、赤く染まっていくぞ。

「ば、馬鹿言わないでよ。私も、そんな、色々ってわけじゃ……ごにょごにょ」

「聞こえませんな」

「うう……」

 ミゲルさんすごい。

 あのマリーさんを言葉で、完全に黙らせたぞ……!?

 

 僕たちの間に、なんともきまりの悪い沈黙が流れ始める。そんな空気を救ったのは、アンリエッタさんの優しい声だった。

「でも、ミゲルさん。それなら、フェリクスさんのことだけではなくて、ご自分のお相手も、探していかねばいけませんね」

 彼女がそう言って柔らかく微笑むと、ミゲルさんは今度こそ、少しだけ照れたように視線を逸らすのだった。なんて、珍しい……。


 それから幾許かの時が流れ、ガタガタと揺れ続けていた馬車がゆっくりと速度を落としてゆく。やがて少しの木々と、小さな清流が流れる開けた場所で車輪を止めた。御者が騒々しく休憩を告げる。


 僕たちはようやく、容赦のない揺れから解放され、一人、また一人と、馬車から降りていく。僕も早く降りたい。待ちきれないよ。

 

「ん~~~っ!」

 マリーさんが、凝り固まった体をほぐすように、大きく、気持ちよさそうに伸びをしている。大きく上下する懐かしき『たわわ様』にも、気分が悪すぎて……今は何の興味も湧いてこない。

 ミゲルさんは、すぐさま周囲を警戒し、危険がないかを確かめている。このあたりはさすが、元騎士見習いと言えるだろう。

 

 僕の隣ではアンリエッタさんが、森から吹いてくる、少しだけ湿った緑の薫りを、気持ちよさそうに浴びていた。

 僕はというと、そんな彼女たちの様子を気にする余裕もなく、足早に、その『清流』へと向かうばかり。ああ気持ちが、悪い。馬車を降りたというのにまだ、世界が揺れているようで、どうしようもなく、気持ちが悪かった。

 

 清流のほとりにある、苔むした巨石に、どかりと腰を下ろす。

 冷たい水に指先を浸すと、酔った体に、心地よい冷気がじんわりと広がっていくようで気持ちいい。

 

 少々離れ過ぎたせいで、僕の知らない所で小さな、けれど、決して許されざる事件が起きていたのを、僕は気づくことができなかった。

 

  ◆ ◆ ◆

 

 馬車に同席していた、他の旅人たちの潜めた声。

 それがアンリエッタの、人ならざる長い耳に届いてしまっていた。

「ねえ、この旅、大丈夫? なんだか、嫌な予感がするわ」

「なんでだ?」

「だってほら、あの女性……。あんな真っ黒な髪、私は見たことがないもの。黒は、不吉の色っていうでしょ」

「凄い美人なのにな……気の毒に」

「あなたねえ」

 

 その、心ない言葉に、アンリエッタの楽しそうだった表情が、ふっと消えた。

 彼女は何も聞こえなかったかのように、休憩する馬の側へと身を移し、その黒髪を隠すように少しだけ、俯くのだ。草を食む馬へ視線を移す振りをしながら。

 固く握りしめられた彼女の白い指先だけが、その心の痛みを物語っていた。

 

 その小さな震えを、見逃す者などいない。

 少年の忠臣を自負する、忠魂逞しき青年が、動いた。

 

 ミゲルは何も言わずに、彼女と旅人たちの間に、静かに、けれど、決して越えられない壁を作る。悪意なき誹りを、好奇と欺瞞に満ちた視線を、その広い背中と左腕に持つ大きな盾で、全てを遮るように。

 

 物言わぬ、守護の壁。

 アンリエッタは驚いたように、ミゲルを見上げる。

 そして、次の瞬間。

 彼女はいまだかつて、金髪の少年にしか見せたことのなかった、花の綻ぶような、どこまでも優しい笑みを浮かべた。

 彼の騎士にだけ届くように。静かな感謝を込めて。


  ◆ ◆ ◆


 ふと、僕は振り返る。

 いつもなら、こんな時、一番に僕を心配して隣に駆けつけてくれる人が、いたはずだから。

 そんな僕の目に映ったのは──

 ミゲルさんの大きな背中に、守られるようにして立つアンリエッタさんの姿だった。そこで彼女が、ミゲルさんだけに向けていた、柔らかに微笑む姿だったんだ。


 僅かに彼女と視線が、絡み合った気がした。


 近くて、遠い。

 その瞳は心配そうに、こちらを気にしているようで。

 けれど、そこには「駆けつけたい」という想いと、「行ってよいのだろうか」という戸惑いの色が、確かに、揺れていたように思う。


 ……ああ、そっか。

 僕はそこで、ようやく、理解したのかもしれない。

 彼女はもう、僕の世話をするだけの、使用人じゃないことを。

 僕が、ただ甘えていいだけの、お姉さんでもないことも。


 マリーさんと、ミゲルさん。僕がこの世界で得た、新しい大切な仲間たち。その輪の中に、彼女は自ら、入っていこうとしてくれているのだと。

 僕の側にいつもいるだけではいけないと。契りの円環(フェルツェンギルデ)の一員として、皆と新しい関係を築こうと努力している姿。

 ……彼女はそういう、気配りができてしまう人だから。


 健気で、やっぱり大人びていた彼女の姿に、僕の口からぽつりと、本音がこぼれてしまう。


「……何だか、寂しいな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ