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黒曜の髪 蒼玉の瞳 ~輪廻の先で出会った君を救うため、僕はこの世界で生きると決めた~ 転生医師の異世界奮闘記  作者: 神崎水花
二章 取り戻すために

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第33話 ギルド騒乱

「おーいフェリクス。査定終わったぞ〜」

 ギルドのホールでひとり頭を悩ませていると、報酬査定の窓口から声がかかった。マリーさんがさっき、

「ああ、査定窓口のスクルさんね。見た目はちょっと怖そうだけど、仕事は早くて確かなのよ。そうだ、紹介してあげるわ」と言って、引き合わせてくれたおじさんだ。


 当のマリーさんは、スクルさんを紹介し終わるとすぐに、

「ごめんねフェリクス君、私はそろそろ混む時間だから先に帰るわね、またあの人たちに絡まれても面倒だし……また明日ね!」

 と言い残して、さっさと帰ってしまっていた。

 去り際に、「今日の報酬は、全部フェリクス君が受け取っておいて頂戴。私はあくまで、お手伝いしただけよ」という、あまりにもありがたく、けれど僕にとっては少しだけ、いや、かなり申し訳ない気持ちになる言葉を残して……。


 初めてのパーティーでの稼ぎは、一体どれくらいのものなのか。

 ……ただ、先ほどのマリーさんの言葉もあってか、いまや結果が良くても悪くても、どちらに転んでも申し訳ないという、何とも複雑な心境に陥っている。

 多く稼げていれば、それはそれで申し訳なく。かといって、少なければ彼女の貴重な休日を無駄にしてしまったようで、やはり申し訳ない。

 そんな、もやもやした気持ちを抱えたまま、僕は一人、査定窓口へと向かう。


「なあ、おい。いつの間に受付のアンとあんなに仲良くなったんだ? あいつ、見た目に反してガード固いし、で、ココじゃ人気者だろ。変な奴らの恨みを買わないように気をつけろよ? ほれ、これが今回の明細だ。確認しな」

 スクルさんがニヤニヤしながら、けど、どこか親心のような忠告を添えて、査定結果が書かれた書類を渡してくれた。

「はは……いつの間にか、こうなってました。査定、ありがとうございます」

「いつの間にか、ねえ。まぁ頑張んな」

 曖昧に笑って誤魔化しながら、僕は査定書を受け取った。


 はやる僕は、立ったまま査定に目を通していく。

 昨日と同じ、ゴブリンの討伐報酬に魔石の買取金額。それらに魔物どもが落とした数々の、お世辞にも状態が良いとは言えない装備品の類など。それら全てを合わせて……。

 しめて『銀貨十一枚と銅貨二枚』

 これが初めてのパーティー。

 マリーさんと二人で臨んだ成果の全てだった。


 凄いよ。僕一人で稼いだのが銀貨五枚弱だったことを思うと、単純計算でも倍以上の稼ぎになっているじゃないか。

 マリーさんの的確なサポートがいかに大きな助けとなるか、改めて実感した。

 ただ、これがもし通常のパーティーであれば、戦利品は当然頭割りになるよね? そうなると、本来の取り分は銀貨五枚と銅貨が六枚なわけか……。

 いくら頑張ったところで、ゴブリン程度の魔物を相手にしている限り、一人当たりの収入はこのあたり(銀貨五枚程度)が限度なのかもしれないなぁ。

 この辺が「青銅冒険者」の限界なのかも。

 ランクアップか……。

 

 そう考えると、やはりマリーさんが言ってくれた通り、まずは地に足をつけて一歩ずつ着実に頑張っていくのが、今の僕にとっては最善の道なのだろう。

 十一枚という結果に焦っても仕方ない。

 逸る気持ちを抑え込み、心中で自分に強く言い聞かせた。


 さてと、明日からはまた一人での活動に戻らないと。

 彼女の本業はギルドの受付であって冒険者ではないから。こればかりは、どうしようもないことなのさ。

 

 ──まだ空が白み始めたばかりの薄暗い早朝。

 ギルドの二階に借りた、殺風景な部屋で目を覚ます。

 顔を洗い、いつだったか市場で買い置きしておいた、既に硬くなり始めたパンに、これまた安物の、申し訳程度に薄っぺらなチーズを一枚載せれば、ハイ完成。

 これが今の僕の、質素極まりない朝の風景だった。

 彩りも、温かみも、何にもない。


 懐かしいコンスタンツェ家の食卓。

 父さんや母さん、オデット婆さんに、そしてアンリエッタさんと……皆でテーブルを囲んで食べた、あの温かくて美味しい食事が懐かしいよ。

 いま目の前にあるパンはパッサパサに乾燥していて、口に含むと口内の水分を根こそぎ奪っていく。これはもう、「食事」というより、ただ空腹を満たすためだけの「作業」に近いのかもしれない。

 僕は義務のように口へ放り込むと、喉を通らないそれを、仕方がないので水で無理やり胃袋へと流し込んだ。


 ふぅ……。アンリエッタさんはちゃんと、ご飯を食べれているのだろうか。

 ロルフという男は『新たなる働き口が見つかるまでは、ギルドが責任をもって衣食住を保証する』とは言っていたけれど、果たしてどこまで信用してよいものか……。

 あれだけ契約だの、約束だのと、それを盾に主張を繰り返した男だ。

 約束だけは守ると信じたい。


 何の喜びもない朝食を腹に詰め終えたら、階段を降りて冒険者ギルドのホールへと向かう。朝早いこの時間は、まだ依頼を受けに来る冒険者の姿もまばらだった。

 これが、ギルドの二階に宿を取ることの、唯一にして最大の利点かもしれない。


 さあ、どうしようか。

 とうとう、運命の朝になってしまったぞ……。

 例の、ほら、名前に関する件だよ。

 あれのせいで、今日マリーさんの列に並ぶのが、正直言って怖い。めちゃくちゃ気おくれしてしまっている!

 えっと、……隣のさぁ、人の良さそうな顔をした、ベテラン風のおばさんの列じゃ駄目なのかな? マ、マリーさんが嫌なんじゃないよ? ほら、このままだと呼ばされるだろ? だから……。

 今さら違う受付に並んだら、マリーさんは一体何て思うだろう。

 結局、意気地のない僕は、吸い寄せられるようにマリーさんの列へと、とぼとぼと並んでしまうのだった。ああ駄目な奴。


 うん。決めた。僕は決めたぞ!

 今日は、絶対に波風を立てないようにしよう。

 比較的空いている今のうちに、必要最小限の会話で! 可能な限り彼女の名前を発することなく依頼を受け、そして、すみやかにギルドを去る!

 ふふふ、まさに完璧なプランじゃないか。自分が恐ろしいよ。

 

 そんな、くだらない作戦を考えているうちに、あっけなく列は進み、とうとう僕の順番が回ってきてしまった。

 こういう時に限って、列の進みが早いんだからさ。

 本当に嫌になっちゃうよ。とほほ。


「……お、おはようございます」

 どう考えても、ここで僕だけマリーさんと呼ぶのは無理!

 周りの目もあるし、というか周りの目しかないし!

 昨日のお礼も言いたかった僕は、少し緊張しながらも、当たり障りのない無難な挨拶を選択してしまうが、結果は如何に……。

「…………」

 シーン……。

 いつもなら、朝から元気いっぱいの爽やかな笑顔で、

『おはよう、フェリクス君』

 と挨拶してくれるはずのマりーさんが、今日は書類に目を通すばかりで、僕と目線を合わせてもくれないぞ。さぁ、困った。


「……あの~アンさん?」

 僕が、不安になって、もう一度呼びかけると、

「ふーーーーーっ」

 目の前でわざとらしく、これみよがしに大きく、そして長いため息をつかれてしまう。えええ、なんでー!?

「はぁ……。あのねえ、フェリクス君?」

 心底呆れたような、それでいてどこか楽しんでいるような感じで、彼女はようやくこちらを向いて続けたんだ。

 

「私とキミの間で、これからは何と呼ぶか、昨日決めたわよね~? それとも、たった一晩ぐっすり寝たら、もう綺麗さっぱり忘れちゃったのかしら?」

 じろり、と少し据わったような、緑色の瞳で僕を睨みつけてくる。

 ひぃ! こ、怖い!

「い、いえ、 忘れてません。も、もちろん覚えています! でも、ここはギルドの受付カウンターですよ? 他の冒険者の方々の目もありますし……」

 

「ふーん? それが何の問題なの?」

「問題しか無いですよ!」

 鬼だ、僕の目の前に緑の鬼がいる。

「はぁ、つまりフェリクス君は、共に死線を乗り越えたかもしれない、私の名すら呼んではくれないということね?」

 しゅん、と効果音がつきそうなほど、わざとらしく肩を落として、悲劇のヒロインみたいに悲しんでみせるマリーさん。

 うわぁ。なんかもう色々お察しだよ。

 

「あーあ、こんなに悲しいなら、もう私の受付、出入り禁止にしちゃおうかな。はぁ、本当に残念だわ」

 次々に僕の退路を断っていくマリーさんが、策士すぎる。

 もう、僕はタジタジだよ。


「わ、わかりましたよ。わかりましたから! 呼べばいいんでしょ!? 呼べば!」

「はい、どうぞ~」

 くっ、可愛いじゃないか。

 にこり、と悪戯が成功した子供のような笑みを満面に浮かべる彼女。

 ぐ、ぐぬぬぬ……。

 どうあっても、ここで「マリー」と呼ばせる気だ、この人は!

 ああ、背後から突き刺さる、他の冒険者たちの視線が怖い! 痛い!

 

「……っ! おはようございます。マ、マリーさん!」

 ええい、もうどうにでもなれ!

 僕が、半ばヤケクソ気味に、しかし他の冒険者にも聞こえるように、はっきりとした声でそう呼んだ、まさにその瞬間。

 ざわざわっ! ぴたりと空気が止まり、僕の後ろに並び始めていた冒険者たちの列から、明らかに困惑と、驚きと、そして嫉妬が入り混じったような騒めきが起こったのが分かったよ。

 ひそひそと何かを囁き合う声、息を呑む音、明らかに僕に向けられた、敵意のこもった視線までをも感じる。


「おはよう、フェリクス君。昨日はお疲れさまでした。ふふ」

 マリーさんは僕の返事に大層ご満悦といった様子で、ぱあっと花が咲くような、それはもう見事な笑顔を見せてくれていた。


「報酬は、目標には足りなくて残念だったけど、焦りは禁物よ。まずは地に足をつけて、着実に頑張って行きましょうね」

「頑張ります。あ、ところで、マ、マリーさん」

「なあに?」

「その、昨日の依頼の報酬のことなんですけど……やっぱり、マリーさんの分もお支……」

 僕がそう言いかけると、彼女は自分の唇に人差し指をあてて「しーっ」と内緒のポーズをとり、僕にだけ聞こえるように小声で囁いた。

 

「いいのよ、それは。他の方に聞かれると、ちょっとまずい話になるからね。昨晩も言った通り、報酬は全部フェリクス君が持っておいてちょうだい。その代わり、また今度、美味しいエールでも奢ってくれれば、それで十分よ」

 話し終えると、今度は打って変わって、いつもの仕事モードの通る声で、

「はい、その件はおしまい! では、本日の依頼はこれね?」

 と、手際よく依頼書を僕に差し出してくる。

 

 マリーさんは、どうしても僕と一緒に行った依頼の報酬を、受け取ってはくれない。僕の個人的な事情を知って、協力してくれているのは、本当に頭が下がるほど助かるけれど、あまり一方的に甘えてばかりいるわけにもいかないし。

 アンリエッタさんを取り戻すまでは、彼女の厚意に甘えさせてもらうとしても、いつか必ず、この恩は返さなきゃ。


「……はい、今日の依頼はそれです」

「じゃあ今日も気を付けて、頑張っておいでね」

 マリーさんはカウンターの中から、ひらひらと手を振って僕を応援してくれた。

 嬉しいけど、これがまた輪にかけて目立っちゃうんだよね。参った参った。


 僕がマリーさんに礼を言い、ギルドの出口へ向かおうとするまでの短い間にも、後ろに並ぶ冒険者たちの、様々な囁き声が嫌でも耳に入ってくる。

「おい、聞いたか? あいつ、アンさんのことを『マリー』と呼んでたぞ?」

「マリーが本名なのか? どういうことだよ、それ?」

「知るかよ、俺に聞くなって! でも、アンさんが、あんな嬉しそうな顔するなんて、初めて見たぞ」

「くっ、ほら見ろ、嬉しそうに手まで振って……」

「くそっ、一体どういう関係なんだ、あのガキとアンさんは! アイツ、ただの新人じゃなかったのか!?」

「抜け駆けはずるいぞ!」


 そんな嫉妬と憶測と、若干の敵意が入り混じったざわめきの中、予想だにしない、まさかの勇者が現れたんだ。僕は思わず足を止めて、振り返ってしまう。

「マリーさん、おはようございます。今日も綺麗ですね!」

 

 僕の後ろに並んでいた、少し気の強そうな顔つきの冒険者? 彼が、僕の真似をして、満面の笑みで馴れ馴れしく「マリーさん」と呼びかけていたんだ。

「……」

 けど、マリーさんは、その勇気ある(?)呼びかけには一切反応せず、ただ無言で視線を返すだけ。

 急速にギルドホールからは音が失われ、固唾を飲んで見守る僕たちがいた。

 

「マ、マリーさん? マリーが本名だったとは知らなくて。 いやだなもう、早く教えてくれればいいのに」

 勇者が、空気を読まずにさらに馴れ馴れしく続けるも、

「…………」

 マリーさんは完全無視だった。

 ただ彼に、冷ややかな視線を向けるのみ。

 

「……」

「あ、あの……ア、アンさん……おはようございます……」

 奴の敗北が決定した瞬間だった。

 場の空気を感じ取ったのか、それとも、無言の圧力に屈したのかはわからない。

 けれど、勇者が慌てていつもの呼び方に戻すと、

「はい、テリーさん、おはようございます。本日のご用件はなんでしょうか?」

 マリーさんは先ほどまでの表情から一転、完璧な営業スマイルで応じる。

 

 そこには冒険者の癒しと評される、ギルドナンバーワンの呼び声高い、美しき受付嬢様がお戻りになられていた。御光臨あそばされていた。

 ヤダ。女性って、怖い……のかも、しれないわねッ。

 

 その、あまりにも露骨すぎる対応の違いを見て、さっきまで僕の後ろに並んでいた他の冒険者たちは、もはや隠すことなく、またひと騒ぎし始める。

「おいおいおい。俺たちはマリーって呼んじゃいけないのかよ。なんでだよ!?」

「ずるいぞ! 不公平だ!」

「だから、知らんって! 俺に言わず直接言えよ!」


 ……やばい。このままここにいたら、絶対に面倒なことに巻き込まれる。

 僕は、これ以上ないほどの速さで、逃げるように冒険者ギルドを後にしたのだった。

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