第24話 初めての依頼
さて、冒険者ギルドで初めての依頼ってやつを受けてみたはいいものの。
えーっと、アンさんから貰った依頼書のメモ書きはどこだったかな……あ、あったあった、これだ。改めてその内容を確認してみる。
一つめはインゴットの運搬で、二つめがゴブリンの討伐。
最後の依頼は、薬草の採取か──。
流石に今から町の外へ出て、ゴブリン討伐をこなすというのは、時間的に厳しいものがある。それに、薬草採集は……できればゴブリン討伐と合わせて行いたい。
かといって、はるばるリヨンまで来てだよ?
ギルドの説明を聞いて、登録したらハイ終了。というのでは、あまりにも時間が勿体無いのも事実。
僕には三か月という絶対的縛りがある。時間は大切にしないと。
だから試しに、このリヨン内で完結しそうな依頼──この一つ目の、武具屋の依頼ってやつを受けてみることにしたんだ。
幸いなことに、店の場所は大体頭に入っている。
以前、まだ父さんもアンリエッタさんもいた頃、リヨンに来た際に、物珍しさから何度か立ち寄ったことがあるんだよね。
男子としては、ほら。武器とか防具ってどうしても気になるでしょ。前世では歴史館や博物館くらいでしかお目にかかれないような代物だったから、ついつい足を運んでしまったのだ。
鈍く光を反射する胸甲とか、恰好いいと思わない?
ガントレットとか、男子なら心躍るはず。
……ただ、その時の感想は今でも覚えていて、とにかく値段が高すぎた。
とてもじゃないけど、子供の手持ちで買えるような物は何一つありはしなかったよ。この世界の武具は、全て職人による手作りの一点物だからだろうか?
まあ、とにかく高い高い。
それだけははっきりと覚えていた。
「たぶん、ここかな……?」
目的の武具店の前に着いた。
古めかしくも頑丈そうな鉄張りの扉を開け、一歩中へ足を踏み入れる。
目に飛び込むのは壁一面に掛けられた剣や槍、鈍い光を放つ厳めしい鎧の数々。その、独特の鉄と油の匂いが鼻をつく。
「こんにちは。冒険者ギルドの依頼を受けてきました、フェリクスと申します」
奥の作業場から槌を打つ音が止み、大きな影がのそっと現れる。
「お、ギルドからの依頼か。そいつは助かる……って、なんだ、ずいぶんと若い兄ちゃんじゃねえか」
「はぁ」
僕はどこへ行っても「若い」と言われてしまう。
この、おぼこい見た目のせいなのかな。
「おいおい、大丈夫か? 先に言っとくが、この仕事、見た目より楽じゃねえぞ?」
現れたのは店の主であろう、熊のように大柄な男だった。
年季の入った革のエプロンを身に着け、その太い腕は、そこらの冒険者もかくやというほどにゴツい。
冒険者より、この人の方が強そう……。なんて思ったりしたのは内緒だ。
「はい、 大丈夫です! こう見えて、力には結構自信がありますから、任せてください」
僕が胸を張ってそう答えると、大男は少し意外そうな顔をして、すぐにニカッと豪快に笑った。
「おっと、威勢がいいな、気に入った! 俺はゴードンってんだ、よろしく頼むぜ、フェリクス! ガハハ」
大男……ゴードンさんと比べると僕はまだまだ小柄。
そんな僕が『力には自信がある』なんて言うものだから、それが余程おかしかったのだろう。彼は腹を抱えてガハハと笑っていた。
「よし、じゃあ、これを持って行きな。それを持って、街の商人ギルドへ行けば、注文しておいた鉄のインゴットを出して貰えるはずだ」
ひとしきり笑った後、ゴードンさんはカウンター越しに一枚の注文書を差し出す。これを持って商人ギルドへ行け、と。なるほど。
鉄の精製は、どうやら王国が管理する特定の精錬所でしか行われておらず、ゴードンさんのような金属の加工を生業とする職人は、国が指定する団体を通じてのみ、インゴットを購入することが可能だそう。
それ以外の方法は無いのか、尋ねてみると、
「あとは、不要な武器・防具を溶かして再利用するぐらいしかねえ!」
と、ゴードンさんが顔を真っ赤にして憤っていた。
ふうむ、鉄は国の重要な収入源の一つ、なのかもしれない……。
「インゴットを一本、店に持ち帰ってくれれば、手間賃として銅貨一枚を払おう。まあ、お前さんみたいな若い兄ちゃんなら、一回に二本運ぶのがやっとじゃねえか? あんまり無理はするなよ?」
「わかりました。では、行ってきます!」
僕は注文書を受け取り、元気よく店を出る。
鉄のインゴットを一本運んで、銅貨たったの一枚かぁ。十本運んだって、銀貨一枚にしかならないぞ?
金貨一枚稼ごうとすると何本運ばないといけないんだ?
え? インゴット二百本!?(銀貨二十枚分) これは、想像していた以上に、なかなかに厳しい道のりかもしれない……。
しかも、結局、商人ギルドに顔を出す羽目になるという、おまけつき。はぁ。
……もしかしたら、そこでアンリエッタさんに会えたりしないかな? いや、仮にいたとしても、店頭にはいないだろう。
一目でもいいから元気な姿を見たいよ、アンリエッタさん。
待てよ? むしろ、簡単には会えない方が良いのかもしれない。
誰であっても、彼女を見る機会はない方が良い。彼女を借りたい、買いたい、なんていう輩は現れない方がいいに決まっている。
僕が金貨百枚を用意できる、その日まで。
複雑な思いを胸に抱えながら、僕は立派な建物へと足を運んだ。
あの忌まわしき記憶の、商人ギルドへと。
「こんにちは、ゴードン武具店の使いで参りました」
受付にいた小綺麗な身なりの女性職員に、預かった注文書を手渡す。
「はい、ゴードン様のところですね。確認します──鉄インゴットの注文書のようですが、何本、お運びになりますか?」
「えっと、とりあえず六本お願いできますか?」
僕がそう答えると、受付のお姉さんは目を丸くして、僕の華奢な体を上から順に見下ろしていく。ほんの僅かに、受付のお姉さんと見つめあうという、不思議な状況が生まれていた。
「ろ、六本!? ちょっと、あなた、本気で言ってるの? インゴットは一本でも十キロルはあるのよ? そんな細腕で、六本も一度に運べるわけが……」
「大丈夫です。たぶん運べますから、お願いします」
僕が真剣な目できっぱりと言い返すも、受付のお姉さんはまだ半信半疑といったところ。そりゃそうだよね。
だけど、僕の決して折れない様子を見て遂には諦めたのか、小さく溜息をつく。そして、パンパンと手を叩いて奥の倉庫番らしき男に、インゴットを六本持ってくるよう指示をだしてくれた。
「よいしょっと」
奧から運ばれてきた鉄のインゴットが六本。
鈍く輝く、ずしりと重いそれを、店から借りてきた木製の背負子にバランス良く載せていく。そして、気合を入れて背負い上げる。ふんが!
「おいおい、兄ちゃん、本当に大丈夫か? 無理すんなよ?」
奥からインゴットを運んできてくれた、人の良さそうな倉庫番の兄さんまでもが、実に心配そうな顔で僕を見ている。
「大丈夫です。では、ありがとうございました」
心配する彼らを尻目に僕は礼を言うと、しっかりと前を向いてギルドの建物を歩み出た。さあ、行くか。これぞまさに始まりの一歩!
初めて背負う、六十キロルという重量。
初めて担う、仕事という名の責任感。
さすがに最初、少しよろめきはしたけど、一度しっかりと重心を掴んでしまえば、足取りは驚くほど軽かった。地面を蹴る一歩一歩に、確かな力がみなぎっているのを感じる。
これも、日々の地道な努力と、あの『強化再生魔法』による肉体強化のお陰なんだろうな。感謝しないと。
ゴードンさんのお店に戻った僕は、店舗をそのまま素通りし、奥にあるであろう工房へと直接向かう。
一本一本が重く、場所を取るインゴットのような荷物は、必然的に置く場所が決まっていたからだ。工房の隅の指定された場所へ、インゴットを丁寧に下ろしていく。
そして、すぐにまた商人ギルドへと向かう。
この単純な作業を、僕は黙々と、何度も何度も繰り返した。
さすがに六十キロルを背負っての往復は骨が折れるけど、アンリエッタさんを取り戻すためだと思えば、何の苦にもならない。
むしろ、初めての仕事に充実感すらあったくらい。
そして、そろそろ目標の半分くらいは運んだだろうか、ともう一度ギルドへ向かおうと踵を返した、その時だった。
「待った、待った! おい、兄ちゃん、待ってくれ!」
背後からゴードンさんの慌てたような、切羽詰まった叫び声が聞こえてくる。
彼が、息を切らしながら追いかけてくる。
何だろう? また何かやらかしちゃったのかな……?




