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黒曜の髪 蒼玉の瞳 ~輪廻の先で出会った君を救うため、僕はこの世界で生きると決めた~ 転生医師の異世界奮闘記  作者: 神崎水花
第一章 転生で初めて人の温もりを知る

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第11話 やらかしちゃった?

「あらあら、フェリクス。その服も、ずいぶんと小さくなってしまったのね」

 朝食の席で僕の様子を見ていた母さんが、少し困ったように、でもどこか嬉しそうに目を細めて言った。

「毎日見ていると気づかないものだけれど、本当に、急に大きくなったわよね」

「そういえば、背も随分と伸びた気がするよ。最近は靴もきつくて……」

 言われてみれば、思い当たる節は多い。試しに腕を上げてみると、肩の周りが妙に突っ張り、袖が明らかに短くなって手首が覗いている。


「あの、甘えん坊だったぼっちゃんが、いつの間にこんなに立派になられて」

 食後の片付けを行っていたオデット婆さんが、しみじみと感慨深げに呟く。

「甘えん坊だなんて、やめてよオデットさん」

 アンリエッタさんの前で、そういう昔話はやめてよね。

 まったく、この館には男心を理解しない人が多すぎるッ。


 工業化されておらず、衣服を大量に生産する技術が無いこの世界では、服を安く手に入れる方法なんて存在しない。そもそも、成長に合わせて買い替えることが前提の『子供服』なんていう贅沢品は、余程の貴族でもなければまずお目にかかれない。

 庶民の生活においては、服は基本的に家の女性が布を買い、家族の体に合わせて縫って仕立てるか、あるいは町で中古の服を手に入れるしかないのだ。

 そして手に入れた服は、生地が擦り切れれば縫い繕い、穴が開けば当て布をして補強し、それこそ着倒してボロボロになるまで、大事に大事に着続けるのが当たり前の世界だった。


「アンリエッタさん。この子が着られそうな服は、まだ残っていたかしら?」

 母さんが尋ねると、アンリエッタさんは申し訳なさそうに首を横に振る。

「それが奥様、今お持ちの服はどれも似たような大きさでして。かといって、ご主人様の古い服ではまだ大きすぎますし……」

「仕方ないわね、近いうちにリヨンへ行きましょうか」

「え? リヨンに?」

「ええ、いつもの古着屋さん。覚えているでしょう?」

「うん。覚えてるよ」

 母さんの言葉に、僕はどう反応していいか少し戸惑う。


 こういう時、普通の子供なら、新しい(?)服を買ってもらえると喜ぶのだろうか? この世界ではたとえ古着であっても、状態の良いものを手に入れられるのは、かなりの贅沢なことらしい。でも、現代日本の、それも裕福すぎる家庭で育った僕には、正直……古着を与えられて喜ぶ、という感覚が分からない。

 むしろ、少しばかり抵抗感すらある……。


「ぼっちゃま、よかったですね」

 彼女の笑顔に水を差すわけにもいかず、僕は曖昧に頷いた。

「う、うん。やったー(棒)」


 リヨン──ここには、父さんが騎士として仕えるご領主様の城館がある。

 このあたりでは一番大きな町があり、コンスタンツェ領の村からは馬車に揺られて二~三時間ほどと、なかなかの距離。

 父さんは仕事で頻繁に行き来しているだろうけど、僕たち家族にとっては、滅多に訪れる機会のない場所だった。

 

「アンリエッタさん、あなたも都合をつけて一緒にお願いできるかしら? 男の子の服選びは、大勢でいたほうが楽しめると思うの。ほほほ」

「はい、奥様。喜んでお供させていただきます」

 アンリエッタさんが、母さんの隣で柔らかな笑顔で頷いた。

 リヨンへ、しかも彼女と一緒に行けるのは嬉しい。けど母さんも一緒か。はぁぁ。少しだけ気が重い。

 母さんとアンリエッタさんのコンビは、時々予想外の方向に話が飛ぶことがあるから、少し怖いんだよね。何事も起きなければいいけど……。


 それから数日後、僕と母さん、そしてアンリエッタさんの三人は、留守をオデット婆さんに任せて、まだ少し早い朝の時間に馬車へと乗り込んだ。

「では、オデットさん。皆が戻るまで館のこと、よろしく頼みますね」

「はい、奥様。どうぞお気を付けていってらっしゃいませ」


 ゴトゴトと揺れる硬い座席に身を任せながら、窓の外を流れていく見慣れた景色を眺めていた。徐々に、中世ヨーロッパのような木骨(もっこつ)が露出したハーフティンバー様式の家並みが遠ざかっていく。しばらくすると、ふっと視界が開け、目の前にはどこまでも続くかのような麦畑が広がった。風が渡るたびに、黄金色に輝く穂先がさざ波のように揺れ動き、一面に光の絨毯を広げているみたい。

 この世界の自然の風景は本当に美しくて、いつまで見ていても飽きない。


 道中、アンリエッタさんは僕が馬車に酔わないようにと、時折気遣って話しかけてくれる。母さんは母さんで、「リヨンは人が多いですから、物盗りにはくれぐれも気を付けるのですよ」などと、町での注意事項を僕に繰り返し言い聞かせていた。


 やがて、前方に石造りの城壁と、その向こうに無数の家々の屋根が見えてくる。そう、リヨンの町だ。村とは比べ物にならない規模と活気に、僕は思わず息を呑む。荷馬車や人々が行き交う喧騒、様々な品物を売り込む声、家々から漂う食べ物の匂い……その全てが新鮮で、少し圧倒される。

「うわぁ……」

 おっと、いけない。こんなの、まるで子供じゃないか。

 ちらりと横目でアンリエッタさんを見ると、彼女も珍しく少し目を輝かせているように見えた。やっぱり、久しぶりのお出かけが嬉しいのは彼女も同じようで。なんだか少し、ほっとする。

 

 馬車を降り、石畳で舗装された比較的広い通りを歩く。

 たどり着いた古着屋は、様々な衣類が所狭しと積み重ねられた、少し薄暗い雰囲気の店だった。革製品と、古布独特の少し埃っぽい匂いが混じり合っている。

 店の奥から出てきた恰幅のいい店主は、人の良さそうな笑顔で僕たちを迎えてくれた。


「いらっしゃいませ、奥様。坊ちゃん、ずいぶん大きくなられましたねぇ」

「ええ、おかげさまで育ち盛りでして。この子に合う、できるだけしっかりした生地の上着とズボンをいくつか見繕っていただけますか?」

 母さんが店主と話している間、僕はアンリエッタさんと一緒に、並べられた古着を見て回る。色々なサイズや色のものがあるけれど、どれもこれも、見知らぬ誰かが着ていたものだ、と思うと、少しだけ複雑な気持ちになるんだよね。

 よく見れば、小さなシミや、繕った跡があるものも……。う、うーん。


「ぼっちゃま、こちらはいかがでしょう? 生地もまだしっかりしていますし、色合いも落ち着いていて、よくお似合いになりそうです」

 アンリエッタさんが、僕の背丈に合いそうな上着を見つけてきてくれた。

「うん、サイズは丁度いいね。少し袖は長いけど、これならまだしばらくは着られそう」


「あら、なかなか良いじゃない。でも、ちょっと地味かしら?」

 いつの間にか店主との話を終えた母さんが、僕たちの服選びに加わってきた。そして、僕の希望などお構いなしに、次々と自分の好みの服を引っ張り出してくる。

「フェリクス、こんな色はどうかしら?」

 そう言って、母さんが赤い上着を僕の体に当ててきた。

「まあ奥様、赤は確か……燃えるような愛、情熱の色でしたでしょうか?」

 アンリエッタさんが、どこか面白そうに相槌を打つ。

「そう、そうなのよ! きっとフェリクスに似合うと思うわ」

「でも、ぼっちゃまですから、誠実さを表す『青』などもお似合いになるかと存じますが、いかがでしょう奥様」

「あら、青もいいわねぇ。騎士の方々も好んで着る色だと聞くし。さすがアンリエッタさん。……でも、やっぱり燃えるような赤も捨てがたいと思わない?」


 燃えるような愛(赤)の色とか、本当に止めて。

 僕の服なのに、僕の意見は聞いてもらえないのかな?

 僕の意思とは関係なく、母さんとアンリエッタさん(と、時々店主)によって選ばれた青だの赤だのの上着に、ズボン、肌着などが、あれよあれよという間に積み上げられていく。


「ふぅ。ずいぶんな量になってしまったけれど、これで一体お幾らくらいになるのかしら?」

 母さんが少し心配そうに呟くと、アンリエッタさんが「少々お待ちください」と、手のひらに指で何かを書くような仕草で、一生懸命に計算を始めた。


 ようし、ここは私の出番だな。

 たまには格好いいところを見せようではないか。フッ。

 さあ、見たまえアンリエッタ。麗しの君よ。

 私は、計算も早いのだよ。


「そんなの簡単だよ。青のチュニックが銅貨十二枚でしょ? 赤いのは十五枚。そのズボンは二本で十六枚、肌着が全部で……あとは靴か。うん、全部合わせて銀貨六枚と銅貨八枚だね」

 僕がこともなげに合計金額を告げると、その場にいた三人が、

 一斉に「「「えっ?」」」と固まった。

 あれ? なんだろう、この妙な緊張感は……。思わず背中に冷や汗が伝う。


「て、店主さん……! すみません、ちょっと計算していただけますか!?」

 母さんが、少し上ずった声で店主に確認を促す。

「は、はいっ! ただいま!」

 店主も慌てた様子で、帳簿と計算板を取り出した。


「…………」

 えーっと、店主さん。計算遅くない?

 これくらい、暗算でぱぱっと出来るでしょうに。

「…………お、奥様……」

 しばらくして、店主が恐る恐る顔を上げた。

「……ぼ、坊ちゃまの仰る通り、銀貨六枚と銅貨八枚で、間違いございません」

「はぁぁ!?」

 母さんが、あんぐりと口を開けたまま固まっている。

 母様、一応貴族の奥方なんですから、はしたないですわよ?

 ほうら、お口をお隠しになさって?

 

「フェリクス! あなたいつの間に、そんな計算ができるようになったの!? まさか、アンリエッタさん、あなたが教えてくれたの?」

 興奮気味に詰め寄る母さんに、アンリエッタさんはぶんぶんと首を横に振る。

「い、いいえ! (わたくし)は計算は、全く教えておりません」

 彼女も、かなり狼狽えている様子だった。


 ……あ、これは、もしかして、やっちゃった感じ?


 後で聞いた話だけど、どうやらこの世界。一部の商人などを除けば、読み書き計算といった学問は、どちらかというと花嫁修業の一環として、女性の方が嗜むことが多いらしい。

 男性、特に貴族階級の男子は、何よりもまず武芸を優先されるのが一般的で、僕くらいの年の子が複雑な計算を暗算でするなんてことは、まずあり得ないことだそう。それに、どうやら計算も早すぎたみたい……。


 ……うーん、異世界の常識って、難しいなぁ。

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― 新着の感想 ―
風景描写に続くこの世界の価値観や学力、風習が何気なく織り込まれるお話ですね。 このお話で世界観が広がったように感じます! 神崎先生はお話ごとにテーマを決めて書いているのですか??
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