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続きです。
新たな自分の部屋に入ると、少し埃っぽい匂いがで迎えてくれた。
部屋の右隅にはベッドと、この街にしては珍しく本棚が置いてあった。
棚だけで中身は無い。
長らく放置されていたようで、少々汚れている。
こんな場所にもクモは居るらしく、小さな巣が張ってあるのが見えた。
「ひとまず空気は入れ替えた方が・・・・・・良さそう、かな?」
窓らしい窓もないので入り口の戸を開けておく。
本棚の側には小さなテーブル。
金属製の簡単な作りで、その無骨さというか、素人が作りました感が妙な暖かみを付与していた。
そのテーブルの上には小さなランプが置いてあるのだが・・・・・・使い方が分からない。
そもそもまだ使えるかすら判断出来なかった。
これから自分の個人的なスペースになる場所なので、一通り目を通しておく。
収納スペースとかも特に無さそうで、使われていたときは本当に寝るだけの場所だったのだろう。
宿屋の部屋と同じくらいの広さだが、とっ散らかったリタの部屋を見た後だと広く感じる。
この空間を活かしきれるかは俺次第だ。
リタを反面教師に整理整頓は心がけようと思う。
この部屋には椅子に相当するものがないので、とりあえずベッドに腰掛ける。
最後に使われた日には丁寧に扱われていたようで、カタチとしては整っていた。
手で少しはたくと、存外埃が舞い上がるようなこともなく、ただ少し色褪せている程度のようだった。
特にぱっと見で分かる汚れも無いようなので、そのまま靴を脱いで横になる。
相変わらず硬いベッドだが、しかしこうして仰向けになるとやはりリラックスできるのだった。
昼間からこんな風に寝転んでいるのはちょっと人としてダメな気もするが、今は許しも出ているので喜んでダメ人間になる。
特にこれと言って疲れもないが、体質上・・・・・・なのかは不明だが容易に寝られそうだ。
これが一時の平穏でないことを願って、目を閉じる。
腹の上に両手を乗せて、指を組んで、呼吸の度に穏やかに腹部が上下するのを感じる。
そのゆったりとしたペース、おそらく俺の体にとって最も自然なリズムは容易く俺を眠りに誘った。
が。
結果から言えばそれは一時間に満たない平穏だった。
何やら物音がするのを感じて目を開くと、二匹の小動物が部屋の中を・・・・・・主に俺を中心にうろついているのが見える。
その視線は真っ直ぐに俺に注がれており、まるで獲物にでもされたような気分だ。
状況を理解したので表現を改める。
俺の周りを回るのは小動物でなく、ウルルとフルルだ。
まだ俺に気づかれていないと思っているようで、時折ベッドに手をかけたりしながらこちらの様子を伺っていた。
「・・・・・・あ、あのー・・・・・・」
なんだかそうやって眺められているのも変な気分なので、何故だかちょっと申し訳ない気持ちになりながらも体を起こした。
「おっ!?」
いきなり俺が動き出したのに驚いたようで、ウルルの肩が跳ねる。
短めな、おそらく犬科のものの尻尾も急角度でピンと立っている。
フルルの方はより派手に驚いて、あっという間に本棚の影に隠れてしまった。
まぁ全然見えるが。
二人の印象はわりと対照的なので俺の認識は正しいと思うが、念のため二人に・・・・・・いや、ベッドわきで硬直しているウルルに尋ねる。
「えっと・・・・・・どっちがウルルで、どっちがフルル?」
「おう! ウルルがウルルで、あっちの小さい方がフルルだぞ!」
すると、ウルルが元気よく手を上げて答えてくれる。
まぁ間違えてることは無いだろうと思っていたが、俺の認識に誤りは無かった。
すっかり硬直も解けて今では尻尾をぶんぶん振っている切り替えの早い方がウルルで、棚の影に身を潜め、しかししっかりこちらに視線を注いでいる方がフルルだ。
ちなみに二人の身長は同じだ。
明らかに姉妹で、というか双子かもしれないくらいに二人の姿は似ている。
ふわふわした耳に、くりくりした目。
口からは時折まだ小さな牙が覗ける。
では何故見分けられるかと言えば、決定的な違いがあるからだ。
体毛の色。
まぁ性格由来か目つきも違うのだが、こちらはより明らかだ。
ウルルは全体的に黒っぽい色で、顔とそれから手足がやや薄い灰色をしている。
対するフルルは全身の毛が真っ白だ。
けれども左足の先っぽだけは靴下でも履いているみたいにウルルと同じ黒色をしている。
おそろいの服を着て、パンツにはしっかり尻尾穴が開いていた。
たぶん服も下着もフォスタが仕上げたのだろう。
というかもしかしたら、今俺が着てる服も浴場で渡されたものだからフォスタの作ったものかもしれない。
「何じろじろ見てるんだ?」
尋ねるだけ尋ねてほっといてしまったので、それを許さないウルルがベッドの上に這い上がる。
ウルルに場所を空けるために、俺は伸ばしていた足を畳んであぐらをかいた。
「いや、なんでもないよ。ありがとう。フルルも・・・・・・そんなところに居ないでこっちに来な。まぁそこが落ち着くならそこで構わないけど」
ベッドによじ登ったウルルは俺の真似をしてあぐらをかこうとするが、それには足が短いらしく苦戦している。
フルルは俺の言葉を聞いてこちら側に出てきはするが、両手でベッドの縁をつかんで下から覗くような状態で落ち着いた。
「なぁ、ところで・・・・・・二人って、その種族的なのはなんなんだ?」
犬の要素が入っているのは明らかだが、もしかしたら似てる別の種かもしれないので当事者に直接尋ねる。
「おう! ウルルだぞ!」
それにウルルはまた元気よく手を上げてくれた。
「は、はは・・・・・・」
さっそく制御不能の片鱗を感じて苦笑いする。
しかしそこに、フルルが遠慮がちに付け足してくれた。
「ワーウルフ・・・・・・って、フォスタが言ってた・・・・・・」
その言葉は尻すぼみで、明らかに正しい事実を語っているであろうにも関わらず自信なさげだった。
「なるほど、ワーウルフね・・・・・・」
喜んでくれるだろうかとお試しで撫でようとフルルの頭に手を伸ばすが、ベッドの影に引っ込んでしまった。
俺が手を引くと数秒後に同じ位置からまた頭を出す。
代わりにウルルの頭を撫でといた。
しかしなるほど、ワーウルフということは犬、というよりはオオカミなわけだ。
まぁその差がどんなものなのかはほとんど知らないが。
「えっとじゃあ・・・・・・いくつ? 何歳?」
質問ばかりになってしまうが、やはりまずはお互いについて知るのが定石だろう。
外見通りなら・・・・・・いや、見当もつかないな。
「分かんない!」
「・・・・・・知らない」
そして当の本人たちからもその答えは返ってこない。
なんじゃそら、と思いつつもフルルの回答もウルルと同様であることから真実なのが分かる。
「ふむ・・・・・・なるほど」
なんか分かった風な雰囲気を出して頷くが、実際のところ得られたものは少ない。
とりあえずウルルが無警戒なのをいいことに、より詳しく観察してみることにした。
目の前で座る、結局あぐらを諦めたウルルの手をつまむ。
短な指も柔らかな毛で覆われており、気分としては本当に犬猫と触れ合っているようだ。
肉球の色は毛の色と揃って黒。
その弾力はなかなかに魅力的だった。
手のひらを弄ばれているウルルは「なんだコイツ」という表情をして、指先をモニョモニョ動かしている。
やがて「やめて!」と手を払われてしまった。
小さな体のわりにかなり力が強い。
「ごめんごめん」
謝るとウルルは耳をぴくりと動かして答える。
手をいじくられたのが変な感じだったのか、毛づくろいするみたいに舐めていた。
犬も毛づくろいってするんだっけ?
なんとなく、その様子をじっと見ている。
頭を下げたことで自然こちらに向く頭頂部が視界で揺れる。
その揺れがなんだか可愛らしかった。
しばらく眺めていると、やがて部屋の外からパタパタと少し慌てた様子の足音がやってくる。
「あっ、やっぱり!」
開け放たれたままの扉越しに、フォスタと目が合った。
「こーら、ダメでしょ。勝手に閉まってる部屋に入っちゃ」
「開いてたよ」
毛づくろいに熱が入ってしまったウルルに代わってフルルが答える。
フォスタは「本当・・・・・・?」と呟くが、それは置いておいて深くため息をついた。
「ごめんね、マナト。邪魔しちゃって」
「あ、いやいや。開いてたのはほんとだし、全然構わないよ」
普段の行いの所為か疑いが晴れ切らないようなので、一応そこに関しては弁明しておく。
「いや・・・・・・ほんと、ごめんね・・・・・・」
未だ申し訳無さそうにフォスタは項垂れる。
気にしないで、と言ったところで今は大した効き目は無さそうだった。
続きます。




