record43 服飾デザイナー
結局なんの収穫もないまま、もう昼過ぎになってしまった。
腕時計を見ると既に二時頃を示していた。
――さぁて、これから何をしようかな。
敦司は自分が使った食器を片付けようと立ち上がる。
部屋に戻ってまた漫画の続きを書くのもいいと思ったが、今はなんとなくそんな気にはなれなかった。
何をしようか考えながらも食器を片付け終わり、食堂を出ていこうとするとそこで久遠とばったり会う。
「あっ、敦司くんここにいたんだ! 部屋に居ないからどこにいるのかと思って探してたところなんだ」
「え? 俺をですか?」
「うん、だからちょうどよかった。これから時間空いてる?」
「別にやることもないですし、時間ならありますけど……何をするんですか?」
久遠が誘いに来るということはお菓子作りか何かだろうか?
なんとなく予想はつくが、一応聞いてみることにする。
「それは着いてからのお楽しみだよ! さあさあ、早く行こう」
「えっ、ちょっ、久遠さん!?」
「いいから、いいから~ きっと見られて良かったって思うからさ」
――見られて良かった? 絵か何かかな?
自分が漫画を描いていることは館のみんなが知っているわけであって、その関連で絵を見せてくれるというなら確かにおかしくない。
それに勉強にもなるし悪くもないだろう。
そう思い、既に階段を上り始めている久遠に自分も速足で付いていく。
その時気付いたのだが、前を歩く久遠が心なしかいつもより上機嫌なような気がした。
それが証拠に鼻歌まで口ずさんでいた。
――そこまでいい絵を見つけたのかな? いや、でも久遠さんって別に絵に興味はないよな?
けれど人は見かけによらず、意外な趣味を持ち合わせている場合もある。
もしかしたら、本当はプロの絵師って可能性だってある。
敦司が一人妄想を膨らませていると、前を歩く久遠から声がかかる。
「はい、着いたよ。じゃあここの扉を開けてみて!」
「えっ、俺がですか? 久遠さんの部屋なのに自分が開けるんですか?」
「部屋主がそう言ってるんだから問題ないって! いいから、はやくはやく」
「は、はぁ……」
なんとなくだが、女の子の部屋を開けるのは気が引ける。
まあ久遠は社会人なのだから女の子と言うよりは女の人なのだが……。
彼女に急かされながらも、敦司は渋々扉を開く。
すると誰かが久遠の名前を呼びながらも駆け寄ってくる。
「久遠ちゃん、やっぱり私にはこれは似合わな……いよ?」
おそらく部屋主が帰ってきたのかと勘違いをしたのだろう。
敦司だと分かるとよほど驚いたのか声がだんだんと小さくなっていき、語尾がなぜか疑問形になっていた。
――いや、うん。確かにこれは見れて良かったかもしれない。
敦司が予想していたものとは遥かに違うものだったが、見られて得をした気分だった。
それもそのはず、目の前ではいまだに状況がつかめていない柚唯がぽかんと突っ立っていた。
別にそこまでは普段と変わらずいつも通りなのだ。
ただ、柚唯の格好に問題があった。
簡単に言えば、上着を着ておらず下着姿なのだ。
すぐに目を逸らさなくてはいけないことは頭では分かっているのだが、身体を動かそうとしても言うことを聞いてくれない。
――なんというか……柚唯さんってやっぱり着やせするタイプだったんだな、うん。
悔しいが、柚唯から視線を外すことが出来ない。
やはりこれが健全な男子高校生の反応なのだろう。
敦司が部屋に入らずそのまま固まったままで居ると、後ろで待機していた久遠がひょっこり顔を出す。
「ん? どうかしたの? そんなに柚唯に似合ってない服だった?」
そして柚唯の姿を見て一瞬で状況を理解したのか「あ、あはは……」と苦笑いを零す。
「も、もう! 久遠ちゃんのばかぁーー!」
そこでようやく金縛りから解けたのか、柚唯が瞳をうるうるさせながらも大声で叫ぶ。
それから手で素早く胸元を隠すと、もう片方の空いている手で扉を勢いよく閉めた。
バタンと大きな音を立てて、敦司と久遠はあっさり廊下に追い出されてしまった。
しかし久遠の言っていた見せたいものとは、柚唯の下着姿のことを言っていたのだろうか?
まあ確かにかなりの目の保養にはなったし、記憶の片隅にもしっかり保存させてもらったが少し悪戯が過ぎるような気がする。
さっきの光景を頭の中でちらつかせながらも、なんでこんなことをしたのか理由を求めようと久遠の方へと視線を向ける。
ちょうど向こうも何か説明をしようと思っていたのか久遠と目が合った。
「あはは、参ったなぁ……本当はね、敦司くんには柚唯が来てる服を見てもらおうかと思ったんだよね」
「服、ですか?」
服と言っても柚唯は着ていなかったしどういうことだろうと首を傾げていると、分かりやすいように久遠が再度言葉を付け足してくれる。
「ほら、自己紹介の時にも話した通りあたしはファッションデザイナーだからさ。一応元の世界に戻ってからのことも考えて、デザインだけでも決めておこうかと思ってさ」
久遠はそう言いながらもどこから出してきたのか、メジャーを引っ張って腕いっぱいに伸ばして見せた。
言われてみれば館に来たときの自己紹介で、いいデザインが浮かばず困っていると自分から言っていたような気がする。
「それでね、柚唯にぴったりな服を作ってさっき試しに着てもらったんだけど……それで敦司くんに見てもらおうかと思ってあたしが呼びに行って扉を開けてもらったら、その間に柚唯が……」
恥ずかしくなって脱いでしまっていて、ちょうどそのタイミングで俺が扉を開けてしまったと。
なんて間が悪いんだろうか。
いや、でも男としてはここは喜ぶべきなのだろうか?
下手をしたら久遠にお礼を言ったほうが……まあ心の中で思っても、絶対に口には出さないが。
敦司は一度心を落ち着かせてから、久遠へと向き直る。
「とりあえず、自分はもう平気なので柚唯さんの方にフォローを入れてあげた方がいいんじゃないですか? 自分は外で大人しくしているので」
「それもそうだよね。じゃあお言葉に甘えて、ちょっと柚唯の様子を見てくるね」
その場で半回転すると、部屋の中に入ろうとノブを握るがそこで久遠の動きが止まった。
「どうかしたんですか? もしかして鍵まで閉められたとか?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけど……私たちが原因なわけで、今すぐ部屋に入って行っても逆効果じゃないかなーって」
「確かに……言われてみればそうかもしれませんね」
だとしてもこのまま柚唯を放っておくのも気が引けるし、かといってこの場には自分と久遠しかいないわけであって……。
「あの、お二人はここで何をしているんですか?」
「ん?」
声がした方を振り返ると、そこには真夜がいた。




