帰りの旅にて 相談と結果
「幻虫、そんなものがなぜ姫様に……」
「三人とも知ってるんだ」
「ええ、私の師から特に厄介な存在として聞いています」
「俺は知り合いの魔法使いに、そういうものが存在すると聞いた事がある。しかし、その魔法使いは幻虫は出会う事すら難しいとも言っていた」
「そう、こんなところで出会うはずない奴だね」
僕やサムゼンさんにリルさんの言葉を聞いてリリさんが首をかしげる。
「私は詳しく知らないのだが、その幻虫とはどういうものなんだ?」
「珍しい病例とかが書いてある本によると、幻虫、または魔力食って呼ばれる奴で大神林の奥の方とか結構な秘境にいる。性質は、ある条件にならない限りはとにかく大人しい奴だよ」
「その条件とは?」
「高位の魔獣以外に寄生する事。元々、幻虫は寄生してる魔獣の魔力を吸収してて、高位の魔獣になると魔力とか生命力なんかが桁外れに多いから幻虫は常に満腹状態で眠ってるみたい大人しいんだ。もちろん寄生されてる魔獣には何の問題もないよ」
「つまり、姫様は幻虫に魔力や生命力を吸収されていると?」
「そう、常に満腹状態だった幻虫が魔力や生命力の少ないものに寄生すると満腹状態に戻ろうと、その少ない魔力や生命力を吸収されて寄生されたものは昏睡する。それと虫下しが聞かない理由だけど、なんていうか幻虫は半分、邪精とか幽霊みたいな感じなんだ。ああいう奴らに虫下しは効かないでしょ? それと同じだよ」
「そういう事ですか、道理で……」
リルさんは何かを思い出している仕草をして唇を噛み締めた。幻虫に思い至らなかった自分を責めてるみたいだ。
「…………姫様の身体の中の幻虫は自ら姫様に寄生したのか、それとも何ものかに寄生させられたのか。ヤート殿はどちらだと思う?」
「……サムゼンさん。それ、今この場で考えてお姫様に何か意味がある?」
「そうだな。すまない。それでヤート殿、今できる対処法はあるのだろうか?」
「今すぐ出来る方法としては幻虫を飢えさせておびき寄せる方法かな」
「それはどんな方法だ!!」
「リリ、私もあなたの事は言えないけど落ち着きなさい。さきほどサムゼン様に指摘されたばかりでしょう。王族の近衛が、それで務まるのですか?」
「…………くっ」
「今の姫様に何もできない事に焦る気持ちはわかります。姫様の体調管理を任されている私も同じ気持ちですからね。しかし、現状はっきり言って私達が焦ったところで、何一つ状況は良くなりません。無理やりにでも自分を落ち着かせない。それができないなら私は王族付き医務官としての立場からあなたにこの場からの退去を命じる必要があります」
「…………ふぅ、もう大丈夫だ。場を乱して申し訳ない。ヤート殿、飢えさせておびき寄せるとは、どんな方法なんだ?」
リリさんはリルさんに姉でも侍女でもではなく王族付き医務官として注意されて手を強く握りながら目を閉じる。その後、何度か深呼吸して最後に大きく息を吐いて目を開けた。……すごい、まるで別人みたいに落ち着いてるね。
「そのままの意味だよ。まず幻虫に寄生されてるものの魔力や生命力をギリギリまで減らす。そうすると幻虫は吸収できるものを求めて活発に動き出すから、そこで別に魔力や生命力が豊富なものを用意すれば自然とそれに移る。問題もあるけどね」
「問題とは?」
「僕に用意できるのは植物だけって事。お姫様に植物を使って良い?」
「それは……「そんなものは認められない」」
まあ、普通はそうだと思うけど拒否されたか。だけど現状だと植物を使うのが一番安全性が高い。それを使わないとなるとな……。
「ヤート殿、他に方法はないのか」
「あったら言ってる」
「そうか……」
「今のを却下されると、僕に出来る事が何もない」
「……姫様をこのままにしておくしかないのか?」
「そうなるんじゃない? でも、別に問題ないと思うよ」
「なぜだ?」
「お姫様のために、この馬車でどこかに向かってたんでしょ? そこに行けば良い」
「「「…………」」」
三人とも苦虫を噛み潰したような顔になった。どうやらできれば頼りたくない相手のようだ。まあ、僕には関係ないけどね。
「ヤート様、一つ確認したいのですが」
「何?」
「その言い方はヒドイと思いますが、幻虫への餌には、 例えば私ではダメでしょうか」
「姉さん!!」
「魔力があれば良いから人を餌にする事はできる。でも、はっきり言ってリルさんじゃ魔力が足りない」
「そうですか……、残念です」
「他に何か聞きたい事ある?」
「ヤート殿、ヤート殿が植物を使った場合の成功率はどのくらいだろうか?」
「……初めてやる事だからハッキリとは言えないけど、さっきの偽毒の解毒よりは低くなるよ」
「高くて六割くらいか……、リリ殿、リル殿、ヤート殿に任せてみないか?」
「サムゼン殿、本気で言っているのか?」
「もちろんだ。このまま、あのもののところに向かっても確実に姫様が助かると言う保証はない。確実な保証がないなら、ここでヤート殿に任せても同じだ。むしろ旅を続けるより今すぐに処置する方が姫様の負担も少なくなるはずだ」
「それは……、そうだが……」
「リル殿、姫様の身体はどうなのだ?」
「早ければ早いほど良いのは確かです」
三人とも悩みながら真剣に話し合ってるね。それにしても、サムゼンさん達が会いに行こうとしてた奴って、どれだけ嫌われてるんだ? なんだか面倒くさいフラグがたった気がする。気のせいにしたい。そんな風に僕は僕で悩んでると三人が僕の方を向いてリルさんが一歩前に出た。
「ヤート様」
「何?」
「姫様をお願い致します」
「……わかった」
「ヤート殿、必要なものを言ってくれ。できる限り用意する」
「特に必要なものは無いよ。ただ、お姫様を馬車の外に出して欲しい。植物には日光や土があった方が良いからね」
リリさんがお姫様の身体を抱き上げて外に向かう。その顔には、お姫様への心配や自分への不甲斐なさなんかが満ちていて、僕の横を通り過ぎる時に本当に小さな声で「姫様を頼む」ってささやいてきた。……頼まれたからには僕のできる範囲で全力でやるよ。
外に出ると馬車の周りにいた騎士達が、こっちを険しい顔で見てる。どうやらリリさんの表情や雰囲気なんかで察したみたい。そんな中、リリさんの大声が響いた。
「お前達、これから姫様への処置を行う。手の空いているものはこの場と戦闘の後始末をして周囲の警戒にあたれ!!」
「「「はっ!!」」」
リリさんが一声かけると馬車のすぐ横があっという間に片付けられ、その空いた場所にリリさんがお姫様を寝かせた。てっきり寝かせる事を反対してくると思ったんだけど、ごく当然のように地面に寝かせた。
「ヤート殿、これで良いだろうか?」
「うん、使うのは植物だから、どうしても地面に近い方が良いから助かるよ。それにしても、お姫様が汚れるから地面に寝かせる事に反対されるかなって思ってたよ」
「本音を言えば姫様を地面になど寝かせたくはない。しかし、今の姫様に何もできない私の感情などあっても意味がない。むしろ姫様が回復するようにヤート殿に協力する事こそが近衛の私としての今の役割だ。いくらでも協力する。だから姫様を頼む」
「わかった。全力でやるよ。リリさん、離れて」
「それはできない。近衛は主のそばを離れない。そういうものだ」
「……じゃあ、一歩だけ下がって、あと僕が良いって言うまで絶対に下手に動かないで」
「…………了解した」
ものすごく不満そうだけど一歩下がってくれた。まあ、下がってくれたのならそれで良いし僕は自分の作業に集中するだけだ。まずは深呼吸をしながら気持ちを落ち着かせていく。そして今の僕ができる最も精度が高い同調をしてお姫様の状態と周りの状況を確認する。植物達の様子から周りに異常はないみたい。サムゼンさんを始め騎士の人達や、兄さん、姉さん、破壊猪もいるけど自分でも確認する。それと幻虫の位置と様子を確認する。やっぱりお姫様の魔力や生命力が少なくなってるせいか少し動き始めてる。それでも、まだ最悪の状態じゃない。確認が終わって後は僕が始めるだけ、三人の顔を見ると三人がそれぞれうなずいてきた。僕は腰の小袋から二つの種といくつかの薬草を取り出し、まず一つの種をお姫様のすぐそばに埋めて魔法を発動させる。
「始める。緑盛魔法・超育成・吸命花」
魔法の発動とともに種を埋めた場所から、ほとんど黒に近い濃紅の植物の芽が生えてくる。始めに双葉が開き次に双葉の間から茎が伸びていき大人の膝ぐらいまで葉を広げながら伸びて蕾をつけた。そして蕾が膨らみ色がより黒色に近づくと蕾が震え始め花が開くと、その様子を見ていた三人を始めとした周りの騎士達の緊張が一気に高まる。なぜなら開いた花には動物のような口があり鋭い牙が並んでいたからだ。開花した吸命花が周りの様子を確かめるように顔のような花を動かし、目の前に横たわっているお姫様に気づくと本来なら笑うはずのない植物である吸命花がニタリと笑い、お姫様の腕に噛み付いた瞬間にサムゼンさんの声が響き渡る。
「全員、動くな!!!」
サムゼンさんの動けば斬るという殺気の込められた声により、吸命花を切り捨てようとしたリリさん、お姫様に近づこうとしたリルさん、それに周りの騎士達の全員の動きが止まる。
「始める前にヤート殿が、良いと言うまで下手に動くなと言っていただろう。ヤート殿に任せると決めた以上動くな。姫様に対して何もできない我らにできる事は周りを警戒する事と無事に処置が終わるよう祈る事と見守る事だけだ。重ねて言うぞ。全員動くな。動くなら斬る」
ふー、正直サムゼンさんの宣言は助かる。はっきり言って全力で同調しながら魔法を使っているせいで、僕には他の事にかまってる余裕がない。僕が今しているのは、まず全力の同調でのお姫様の状態確認、吸命花がこれ以上成長しないようにする事とお姫様から必要以上に吸収しないようにする事の二つの制御、さらに常にお姫様の状態を確認して薬草を使う時を判断しないといけないから本当に余裕がない。
周りの動きが止まり風が吹き抜ける音、たぶんリリさんの歯を食いしばる音、周りの騎士達の鎧が擦れる音、そんな音しかしない中、僕はひたすらお姫様をじっと見ながら同調する。お姫様は吸命花に生命力や魔力を吸収されているせいで、肌が青白くなり唇や爪の色も悪くなりギリギリ死んでないという状態だ。自分でお姫様をこんな状態にしたけど、前世の死ぬ直前の僕を見ているようでイヤだね。でも、だからこそ絶対に助ける。関わったからには絶対に助けてみせる。
時々、薬草でほんの少し回復させながら、その時をじっと待つ。まだかまだかと込み上げてくる焦りや不安を押さえ込んで、その時が来るのをじっと待つ。そして、ついにその時が来た。
「来た。改めて言うけど、絶対に動かないで」
僕がそう言うとゴクリと唾を飲む音が聞こえ、また緊張が高まってきた。そんな中、同調している僕には、吸収すべき魔力や生命力が極端に少なくなり空腹になった幻虫が完全に目を覚まし動き出した事がわかった。幻虫が向かう先は吸命花だ。自分の食事を邪魔する存在に寄生しに向かっている。その証拠にお姫様のお腹がボコリと小さく盛り上がり、その盛り上がりが胸へ、その次は肩へと腕に噛み付いている吸命花に向かってゆっくり移動していく。それを確認した僕は、まず吸命花を種に戻して回収し別の種を埋めて魔法を発動させる。
「緑盛魔法・超育成・光陽草」
吸命花の噛み跡を巻き込むように成長していくのは、吸命花とは真逆の純白の植物だ。この光陽草は、開花して花に日光を受けるとゆっくりと結晶化するという変わった特殊な植物で、結晶化の際に高位の魔獣にも匹敵する魔力を溜め込む性質がある。つまり空腹が極限になっている幻虫の前に、特大の餌を置いたというわけだ。当然、幻虫は光陽草に溜め込まれつつある魔力を感じて移動速度が上がり、吸命花の噛み痕まで到着して、噛み痕から光陽草に移った。
僕は幻虫がお姫様から光陽草へと完全に移った事を確認すると光陽草に巻き込まれていた腕を解放する。その後に急いで腰の小袋から薬草団子と水生魔法を混ぜて強薬水液を作りお姫様を回復させる。そしてお姫様の血色が良くなった事と光陽草に幻虫が定着した事を確認できたら緊張が解けて思わず座り込んでしまった。
「ヤート殿!!」
「あー、気が抜けて座っただけだから大丈夫」
「では、姫様は!?」
「うん、幻虫を移す事に成功した。お姫様の回復もできたから、もう大丈夫だよ」
僕がそう言うと周りのみんなが泣いたり歓声を上げた。決闘の後とは違い達成感が込み上げてきた。……面倒くさい事は嫌だけど、やっぱり巻き込まれるなら人助けの方が良いや。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
注意はしていますが、誤字・脱字がありましたら教えてもらえるとうれしいです。
感想・評価・レビューなどもお待ちしています。
あと後半の植物がご都合主義的な感じになりましたが、大神林には色々な植物があるという事でお願いします。




