霊花
翌日、チューリップを持って出仕した。
チューリップを魔道具部に渡してもらおうとヴァランティーヌさんのところに行くと驚かれた。
「その花、どこで手に入れたんだい? 微かだけど精霊の気配を感じるよ」
ヴァランティーヌさんが手を差し出し、セレストさんがチューリップを渡す。
「精霊の気配?」
「ああ、そうさ。多分弱い精霊が時々、この花で休んでいるみたいだよ。……本来、精霊は精霊樹にしか宿らないんだけど、稀に魔力を含んだ植物で弱い精霊が休むことがあるんだ。霊花って呼ばれてね、エルフが使う特別な薬の材料として扱われる、とても希少なもんさ」
そうして、まじまじとヴァランティーヌさんがチューリップを眺める。
「精霊が宿ると、生命力も植物としての格も上がるから大きくなるというのが霊花の常識だ」
ただ、ヴァランティーヌさんが言うには「霊花は人が滅多に立ち入らない深い森にしかない」そうで、しかも地に生えているものだけのはずなのだとか。
精霊が宿った植物はこうして大きくなるので、これは霊花として当たり前らしい。
しかし、こうして切り花が霊花になったという話は聞いたことがないとのことだった。
「霊花自体は悪いものではないよ。ただ、霊花で作った薬は精霊に最も親和性のあるエルフやハイエルフにしか効かないから、セレストとユイには必要がないかもしれないけどね」
……エルフにしか効かない薬なんてあるんだ。
色々な種族がいるのだから、色々な薬があっても不思議はない。
「特別な薬ってどういうものですか?」
「精霊との親和性を深める効果があって……まあ、簡単に言えば一時的に魔法が強くなるね」
でも、エルフにしか効かないなら確かにわたしやセレストさんが持っていても意味はなさそうだ。
霊花は長持ちするけど枯れないというわけではないため、枯れる前に薬にするのがいいらしい。
ちなみにその特別な薬はエルフの間では高額で売買されるのだとか。
使った霊花の質が良いほど効果も上がり、値段も上がる。
「霊花は摘んだ瞬間から質が落ちていくものなのに、これは全く質が落ちてない。この花自体も高値がつくし、これで作った薬はユイがビックリするくらいの額で売れるだろうね」
ヴァランティーヌさんが「エルフは絶対買いたがるよ」と苦笑した。
「それで、ユイはこの花に何かしたかい?」
ヴァランティーヌさんの問いに首を横に振る。
水を替えてはいたが、居間のテーブルに飾って眺めていただけで特別なことは何もしていない。
それに昨日、仕事から帰ってくるまでは普通のチューリップだった。
セリーヌさんやレリアさんにも訊いたが、昼間、掃除をした時も普通だったそうなので、それ以降の間にチューリップはこの大きさに変化したのだろう。
わたしもセレストさんも家にいない時間でのことだから関係があるようには思えないが。
けれども、セレストさんがふと思い出したように言った。
「そういえば、ユイは毎日この花の水を替えて言葉をかけていました」
「言葉をかける? ……ちょっとやって見せてごらん」
わたしは頷き、ヴァランティーヌさんの持つ花に手を添える。
「綺麗だね。可愛いね。大切なお花、がんばって長く咲いてね」
いつも通りにチューリップに声をかける。
ヴァランティーヌさんがセレストさんを見て、セレストさんが頷き返す。
「ユイ、どうして花に声をかけていたんだい?」
「お花も生きているから、良い言葉をかけたら元気になると思いました」
ヴァランティーヌさんがわたしを見て、少し困ったように眉を下げた。
「それで霊花ができるとしたら大発見だねぇ」
だが、その表情は微妙なものだった。
それからは『普通はありない』という意味も感じられた。
「アタシの里に植物に詳しい子がいるから、ちょっと相談してみるよ。精霊樹の件もあるし……この花はとりあえず預かって、魔道具部で調べてもらってもいいかい?」
「ユイ、良いですか?」
「……うん……」
セレストさんからもらった花だから、手放したくない。
ヴァランティーヌさんとセレストさんに問われて頷いたが、チューリップが気になる。
わたしの視線に気付いたヴァランティーヌさんが笑みを浮かべる。
「もちろん、調べて問題がなければ二人に返すよ。霊花は薬の材料にもなるけど、家に持ち帰ると幸運を呼ぶとも言われているから怖がることはないさ」
と、いうことだった。
驚いたけれど、良い意味での変化なら怖くない。
ヴァランティーヌさんの持つ花にもう一度声をかける。
「綺麗なまま、帰ってきてね」
……この花はセレストさんの気持ちがこもってるから。
* * * * *
「セレスト、ちょっといいかい?」
チューリップをヴァランティーヌに渡してから数日後。
就業中、第三救護室にヴァランティーヌが来た。
得意というほどではないが、彼女も治癒魔法はそれなりに使えるため、ここに来るのは珍しい。
「ええ、構いませんが……?」
「……他には誰もいなさそうだね」
ホッとした様子で入室したヴァランティーヌが患者用の椅子に腰掛ける。
「あのチューリップなんだけど、元気がなくなってきちゃってねぇ。もしユイが良ければ、あの声かけだけでもやってみてほしいんだよ。もしユイが関係してるなら、それで元気になるかもしれないだろう?」
花屋で購入したただのチューリップが、霊花と呼ばれるものに変化した。
魔道具の件もあるので恐らくユイが関係しているのは確かだが、その理由がまだ分からない。
……ユイはあの花を気にかけていた。
自分の手元から離れて枯れてしまったら悲しむだろう。
「ええ、ユイならば頷くと思いますよ。あの花をとても気に入っているようなので」
「良かった。帰る前に魔道具部に寄ってもらえるかい? アタシも終業後にそっちに行くよ」
「分かりました」
そうして、終業後にユイを迎えに行き、説明をしながら魔道具部に向かう。
魔道具部は第二警備隊の建物の中でも人気のない奥まった場所にある。魔道具で実験をしたり、媒体となる魔石など高価なものを扱っているので、人の出入りを少なくしているのだ。
ユイは初めて来るそうで、魔道具部までの道でキョロキョロと顔を動かしている。
その仕草が出会った頃を思い起こさせて微笑ましい。
魔道具部の部屋の前に着き、扉を叩く。
中からエルフの男性が顔を覗かせ、セレスト達を確認すると扉を開けた。
「どうぞ」
室内には前回、魔道具の確認に立ち会った残りの三名とヴァランティーヌ、ディシーがいた。
ディシーを見つけるとユイが駆け寄っていき「お疲れ様」と声をかけ合う。
そんな二人の様子に皆が微笑ましげに目元を和ませた。
ユイは十六歳になったが、二人とも、セレスト達からすればまだまだ子供のようなものである。
「ユイ、霊花見たよ。本当に大きなチューリップで、何だか面白いね!」
「うん、でも、最初はビックリした。急に大きくなってたの」
「そうなんだ? 不思議なことがあるんだね〜」
セレストも近寄れば、ディシーに「ユニヴェールさんもお疲れ様ですっ」と声をかけられる。
出会った頃から元気で明るい、とても良い子だと思う。
「ディシーもヴァランティーヌもお疲れ様です」
「いやいや、こっちこそ終業後に来てもらってすまないね」
「いえ、花のことは私も気になっていたので」
エルフの男性が「こちらだ」と言い、更に奥の部屋に通される。
魔道具の素材や媒体となるものが棚に並べられており、窓辺に日当たりの良い場所に花が置かれていた。花瓶に一本しか入っていないのに、大きいからか存在感がある。
エルフの男性が花瓶を持ち、部屋の中央にある机に持ってくる。
確かに、ヴァランティーヌが言う通り、少し花の頭が下がって元気がないように見える。
「それじゃあ、ユイ、やってみておくれ」
ヴァランティーヌの言葉に頷いたユイが机に寄った。
手を伸ばし、花に触れないように優しく両手で包む。
「綺麗だね。可愛いね。……元気になってね」
ふわりとユイの髪が揺れた。
……これは、魔力?
ユイの無属性の魔力が僅かだけれど花に吸収されていく。
「わたしの大事なお花さん、もっともっと咲いててね」
ユイが声をかけると、それに反応するかのようにゆっくりと花が頭を上げていく。
どこか力のなかった頭が持ち上がり、茎や葉、花びらに瑞々しさが戻り、まっすぐに天に向かって花が咲く。まるで今日咲いたばかりの花のような鮮やかな赤色だ。
ユイが驚いた様子で手の中の花をまじまじと見て、こちらに振り返る。
その困ったような顔からは『やっぱりわたしのせい?』という言葉が聞こえてきそうだった。
エルフの男性が「おお……!」と声を上げ、花に顔を寄せた。
あまりに勢いよく近づいたので、ユイの手に触れるのではと慌ててユイを花から引き離す。
「今のは魔力譲渡か?」
「植物に? いや、だが霊花は魔力を含んでいるから、移すことは可能じゃないか?」
「水も肥料も意味がなかったのに……やはり霊花は魔力で育つのでは……」
他の三名が話し込む中、エルフの男性が花から顔を離すとこちらを見る。
「なるほど、霊花は確かに魔力で育つようだ。そして、そちらの彼女が行っている『声かけ』には無意識に魔力が込められていたのかもしれない。今のように手をかざして話しかけていたのであれば、ありえることだ」
「ユイが綺麗に咲いていてほしいと願い、無意識に魔力を込めたということですね?」
「ああ、そうだ。先ほど、彼女から魔力が漏れるのを貴殿も感じたはずだ」
それにセレストは頷き返す。
ユイがキョトンとした顔で見上げてくる。
「わたし、魔力使ってた?」
「ええ、量は多くありませんが魔力が体からあふれていましたよ」
「そうなんだ……」
ユイは魔法が使えないので、魔力の扱いがよく分からないのだろう。
しかし、無意識に魔力を扱っているのだとしたら危険である。
あの魔道具についてもユイが無意識に魔力を注いでしまっていたか、魔道具に使用された精霊樹が魔力に反応して吸収したか。どちらにしてもユイが触れることで意図せず魔道具が動いてしまう可能性は高い。
「しかし、魔力譲渡で普通の花を霊花にできるとすれば、とんでもない発見だが……」
チラリとエルフの男性がこちらを見る。
「他言無用でお願いいたします。もしもユイを狙う者がいれば、容赦しません」
「まあ、そうだろうな。エルフの中には霊花を欲しがる者も多い。黙っていたほうが賢明だ。……皆も、ここで見たことは内密に。霊花はエルフにとっては良い花だが、使いすぎれば毒にもなる」
エルフの男性がユイを見た。
「二日か三日に一度、こうして花に声かけをしに来てくれるか?」
「はい」
「すまないな。もう少しだけ、この花を借りさせてくれ」
ユイがもう一度頷き、花を眺める。
ディシーがユイのそばに来て、その両肩に手を置いた。
「大きいチューリップも可愛いよね」
「うん」
二人がジッと花を眺め、ディシーが「最後は薬にするの?」とユイに訊く。
ユイは「うーん……」と悩んだ様子で首を傾げた。
「ヴァランティーヌさん、霊花欲しいですか?」
ユイの問いにヴァランティーヌが小さく笑った。
「いや、アタシはいいよ。現場に出ることもそんなにないしね」
「そっか。……うん、でも、枯れて無駄になっちゃうのはもったいないから、お薬にはしたいかも」
ユイの言葉にエルフの男性が言う。
「そのほうがいい。これほど良質な霊花を枯らすのは、精霊にも花にも失礼だ」
ユイは目を瞬かせてエルフの男性を見た後、なるほど、という顔で二度頷く。
「お薬にしたら、日持ちしますか?」
「ああ、品質にもよるが数年から十数年は持つ」
「じゃあ、お願いします」
小さく頭を下げるユイに、エルフの男性が頷き返す。
「こちらこそ、これほど良質な霊花を扱える機会なんて滅多にない。貴重な機会を与えてくれて感謝する。この花の大きさならば、三回分くらいにはなるだろう」
ユイがこちらに振り向き、近づいてきて、背筋を伸ばした。
口元に手を当てる仕草をしたので耳を寄せれば、ユイが訊いてくる。
「お薬作ってもらうから、一回分あげてもいい?」
異性への贈り物というわけではないが、セレストに気を遣って訊いてくれたのだろう。
「ええ、いいですよ」
ユイが頷き、エルフの男性に言う。
「作ってもらうので、お薬一回分はお礼にどうぞ」
「いいのか? かなり効果の高い、貴重な薬になるが……」
「わたしは作れないので、作れる人にお礼は必要です」
エルフの男性が胸に手を当てて深く頭を下げる。
「ありがとう。その言葉に恥じぬよう、調合させてもらおう」
それだけエルフにとっては特別な薬なのか、それとも能力を認めたことへの感謝なのか。
どちらにしても、ユイの気遣いは伝わったようだ。
「薬を作る前には一度声をかける」
「はい」
「調合が済んだ薬はそちらに渡しておこう」
視線を向けられ、セレストは頷いた。
ユイがセレストの手を握ってニコリと微笑んだので、セレストも同様に返す。
「ええ、そうしていただけると助かります」
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