デート(2)
セレストさんにフレーズを食べてもらえてちょっと嬉しい。
わたしはフレーズが大好きだ。
だからこそ、セレストさんにあげたかった。
……セレストさんは特別だから。
そうして、セレストさんはあっという間にピザを丸々一枚食べ終えた。
最初に注文したのと同じ大きさだったけれど、全く苦しそうな様子はない。
その後に、わたしと同じアイスが運ばれてくる。
「セレストさん、わたしが『あーん』したい」
と、言えば、セレストさんが器とスプーンをわたしのほうに動かした。
スプーンを取り、アイスを掬って、セレストさんに差し出す。
「あーん」
「……ん」
セレストさんが口を開け、ぱくりと食べる。
わたしが慎重にスプーンを引き抜いたら、それに気付いたのかまた小さく笑っていた。
「美味しいですね」
嬉しそうにセレストさんが微笑み、口を開ける。
またアイスを掬い、慎重にセレストさんの口に運んだ。
……これ、結構楽しい。
セレストさんがわたしにやりたがるのも分かる気がした。
スプーンを差し出す度に素直に食べてくれるセレストさんが可愛い。
ある程度食べたところでセレストさんが手を伸ばし、フレーズを摘むとわたしの口元に差し出した。
「先ほどのお礼です」
つん、と唇にフレーズが触れたのでかじりつく。
やっぱり大きくて、一口では食べ切れない。
セレストさんの手に自分の手を重ね、二口で食べる。
甘酸っぱくて、特有のいい香りがして、瑞々しい。
そうして最後の一口まで『あーん』でアイスを食べさせたからか、セレストさんは機嫌が良さそうだった。
「ユイ、ありがとうございます」
ギュッとセレストさんに抱き締められたものの、すぐに離れていってしまう。
少し残念だが、仕方がない。
飲み物を飲んで少し休憩してから、お店を後にした。
ちなみに、あんなに大きなピザだったのに値段が予想よりずっと安くて驚いた。
次に向かう先はいつも行く本屋さんだ。
セレストさんいわく「あそこが一番本の種類が多いんです」ということらしい。
腕を組みながら道の端を歩く。
「今日はどんな本を探しますか?」
ここ四年、ずっと種族に関する本を探して読んできた。
色々な種族についてそれで学んだけれど、最近はあまりそういった本を見かけない。
「今日は気に入った本があれば買う……かも?」
「そうですね、本との出会いはその場でなければ分からないものですから」
本が好きなセレストさんの言葉に頷き返す。
この世界の本は手書きなので一冊一冊、たとえ同じ内容のものであっても誰かが書き写したものだ。紙も安くはない。製本作業や書き写す手間などを含めれば本が高くなるのは当然だった。
そんな本なので、見つけた本はその場で買わないと二度と出会えない。
本は高いけれど、どの世界でも本好きはいるものだ。
特に竜人やエルフといった寿命の長い種族は本を好む傾向にあるそうだ。
……セレストさんもそうだ。
部屋や倉庫に沢山の本が置かれている。
たまにセレストさんは本の虫干しをしていて、そういう時のインクや古本の匂いは好きだ。
本屋さんに着き、セレストさんが開けてくれた扉から中に入る。
「いらっしゃい」
店主の男性に、セレストさんと共に「こんにちは」と返事をする。
「今日は新しい本が入ったから、ゆっくり見ていってくれ」
「新しい本……歴史書はありますか?」
「ああ、これだ。さっき読み終えたところだが、なかなかに面白いぞ」
店主の男性とセレストさんが新しい本について話し始める。
わたしは店内に並べられた本を見て回ることにした。
インクと古本の匂いはとても落ち着く。
本の背表紙には何も書かれていないので、気になった色の本を手に取って、中身に少し目を通して気に入れば買うけれど、気に入らなければ戻すというのを繰り返す。
ただ、いつもよく来ているので、どんな本がどの辺りに置かれているかは何となく分かる。
……種族の本はこの辺り。
適当に取り、本を開く。これは獣人に関する本らしい。
今までわたしも沢山の本を読んだけれど、本をよく書くのは獣人だ。
本を元の位置に戻し、何冊か離れたものを手に取る。
中身をパラパラと見ていき、内容に驚いた。
……これ、人間に関する本だ。
種族に関する本は読んできたけれど、人間を主軸としたものは少ない。
思わず、その場で文章に目を通していく。
この世界の人間は遥か昔、人族の中で最も数が多かったらしい。
そうして人間は長い間、魔族と戦争を続けていたが、戦の度に人間の数が大きく減っていったことにより戦争は終わり──……しかし、その後も人間は他種族と対立して減り続けた。
昔の人間は自分達以外の種を下に見て、差別して、冷遇し、それが災いした。
人間に流行り病が広がり、減っても、他の種族は助けようとしなかった。
他種族への態度が悪かった人間は同じ対応を返されたというわけだ。
その結果、今の人間は極端に少なくなり、保護対象となっている。
本を棚に戻し、小さく息を吐く。
あとどのくらい、この世界に人間はいるのだろう。
このグランツェールの街でもたまに人間を見かけるけれど、年嵩の人が多い。
子供もいるかもしれないが、ほとんどの人間は保護区で暮らしていて会うことはない。
セリーヌさんやわたし達のように保護区の外で暮らす人間は少ないようだ。
……何だか、寂しい……。
あまり広くはない店内でセレストさんを探せば、すぐに見つけられる。
本棚に顔を向けていたセレストさんだが、わたしが近づくとすぐに振り向いた。
「ユイ、気に入った本は見つかりましたか?」
「ううん、今日はなさそう」
セレストさんに抱き着くと抱き返してくれる。
「セレストさんは? 良い本あった?」
「店主お勧めの本を何冊か買うことにしました。ユイの欲しい本がなければ、公園に行きますか?」
「うん」
セレストさんが出してくれた左腕に手を添える。
いつも通り本を家に送ってもらい、わたし達は本屋を出た。
少し歩き、馬車の停留所で待つ。
セレストさんがわたしを見下ろした。
「ユイ、元気がないようですが……具合は悪くありませんか?」
「悪くないよ」
「そうですか?」
心配そうに見つめられて、セレストさんに抱き着いた。
「昔の人間は他の種族を差別してたって本当?」
少し驚いた顔をしたセレストさんが困ったように微笑んだ。
「ええ……まあ、そうですね。全ての人間がそうだったわけではありませんが『人間こそが基礎の生き物で尊い』という思想が強かった時期はあったようです」
「人間が嫌いな種族っている?」
「魔族の中には人間に迫害されていた種族もいますが、もうずっと昔のことなので、人間嫌い種族はほとんどいませんよ。今はどの種族も人間を保護対象として見ています」
「……みんな優しいね」
そっとセレストさんの手がわたしの頭に触れた。
「ユイ、歴史とは過去のことであり、あなたは何も悪くありません。……そうですね、たとえばですが物を盗んだ竜人がいたとして、ユイは私のことも物を盗む悪い竜人と思いますか?」
「思わないよ。セレストさんとその人は違うから──……あっ」
「そういうことです。同じ種族だからといって、同一視するのは違うでしょう?」
「……うん……」
セレストさんが優しく背中を撫でてくれる。
「大丈夫ですよ。ユイはユイで、皆もあなた個人を見ています。人間がどのような行動をして、どのような歴史を辿ったとしても、ここにいるあなたとは別人です」
「……嫌いにならない?」
セレストさんが屈んで、わたしと目線を合わせると微笑んだ。
「私がユイを嫌いになるなんて、天地が裏返ってもありえません」
もう一度、セレストさんにギュッと抱き着く。
「セレストさん、わがまま言ってもいい……?」
「ええ、もちろん」
「……帰って、セレストさんと暖炉の前でゆっくりしたい」
瞬間、ヒョイと横向きに抱き上げられた。
セレストさんはどこか嬉しそうに微笑んでいた。
「ユイが望むなら」
そのまま向きを変えてセレストさんが歩き出す。
それほど人通りは多くないけれど、全く人がいないわけでもない道を家に向かう。
相変わらず揺れが少なくて、でも流れていく景色の速さからセレストさんの歩幅の広さを感じる。
家からそれなりに距離が離れているはずなのに、あっという間に家に到着した。
セレストさんが扉の前でわたしを下ろし、チャイムを鳴らせば、レリアさんが出た。
「あら、おかえりなさいませ」
早く帰ってきたわたし達にレリアさんが目を丸くしている。
それに気付いたセレストさんがわたしの肩に触れて言う。
「可愛いユイとゆっくり過ごしたいので帰ってきてしまいました」
「まあ、そうでしたか。お茶の用意は要りますか?」
「ええ、居間にお願いします」
「かしこまりました」
レリアさんがニコニコしながら下がって行き、セレストさんと家の中に入る。
上着を脱いで壁のコート掛けに戻したセレストさんと二階に上がり、居間に行く。
靴を脱いで絨毯に上がり、カバンと帽子を外している間にセレストさんが揺り椅子に腰掛ける。
カバンから小袋を出してセレストさんに近寄った。
小袋からセレストさん用の組み紐を取り出して渡す。
セレストさんがそれを受け取り、髪を結っていた紐を外し、慣れた手付きで組み紐に着け替えた。
青い髪に、柔らかなベージュとオレンジがかった赤色がよく映える。
思わず手を伸ばせば、またヒョイと抱き上げられた。
「ユイの色が視界にあると嬉しいものですね」
セレストさんが組み紐を優しく撫でる。
わたしも自分の組み紐を取り出し、左手首に合わせてセレストさんを見上げた。
「セレストさんに着けてほしい。ずっと着けたいから、外れないようにしっかり縛って」
「……分かりました」
セレストさんがわたしの左手首に巻いた組み紐を整え、長さを調整して丁寧に縛る。
わたしが言った通りにしっかりと縛ってくれて、手首に青と少し緑がかった黄色の組み紐のブレスレットが着いた。セレストさんの色だと思うと嬉しかった。
セレストさんに抱き着くと優しく抱き返される。
視界に青い三つ編みが映り、わたしの色の組み紐も見える。
「今日は甘えん坊ですね」
優しくて、嬉しそうなセレストさんの声がする。
「……がんばるのは、今日だけお休みする」
「ふふっ、そうですか」
ゆら、ゆら、と揺り椅子が揺れる。
「今日だけと言わず、いつでもお休みしていいんですよ」
……悪魔の囁きだ……。
大人の女性らしくなれるように頑張りたいのに。
「セレストさん、今日はずっと嬉しそう」
「ええ、嬉しいです。ユイにデートに誘っていただけたことも、給餌行為をしてもらえたことも、こうして甘えてくれることも……あなたが私の恋人になろうと努力してくださることが、とても幸せです」
ぽん、ぽん、と背中を優しく叩くように撫でられる。
「本当に、一瞬のうちにあなたは大人になってしまうのでしょうね」
「わたし、成人したよ?」
セレストさんを見上げれば、眩しそうに金色の目が細められる。
そうして、そっと額にキスされた。
「……そうですね」
手を伸ばし、セレストさんの首に腕を回してギュッと抱き着く。
「セレストさんから見れば小さくて子供っぽいかもしれないけど、もう大人だよ」
「はい、分かっています」
柔らかく抱き締められる。
「だからこそ大切にしたいのです。……本能のままにあなたに接してしまったら、きっと私は後悔するでしょう」
「わたしが『いいよ』って言っても?」
「ユイ、私を試さないでください……あなたとの関係を大事にしたいんです」
セレストさんはセレストさんなりに色々と考えてくれているらしい。
「……うん」
……でもね、セレストさん、わたしはちょっと寂しいよ。
十六歳になってから物理的な距離は縮まったけど、精神的な距離は離れたような気がする。
いつでも番になれる年齢だからこそセレストさんは慎重になっているのかもしれないが、わたしはもう、セレストさんの番になるって覚悟を決めているのに。
せめて恋人にはなってもいいのでは……と思ってしまう。
そこまで考えてふと気付く。
「恋人じゃないのに、一緒のベッドで寝てもいいの?」
セレストさんの体が固まった。
初めての反応に驚いていると、どことなくしょんぼりした気配を感じる。
「……ベッドは別々にしましょうか」
「やだ」
思わず即答すればセレストさんが体を離してわたしを見た。
「え?」
「え?」
何故か驚かれたのでわたしも意味が分からず訊き返す。
束の間、わたし達はお互いをまじまじと見た。
「……私と一緒に眠るのは嫌ではないですか?」
恐る恐るといった様子でセレストさんに訊かれて頷き返す。
「嫌じゃない。セレストさんと一緒に寝るの、安心する」
「そうですか……実は嫌なのかと思いました」
「そういう意味じゃなくて、ただの疑問だよ」
セレストさんがホッと小さく息を吐き、そして困り顔で言う。
「同じベッドで眠るのは、本当は良くないでしょうね」
それにわたしは笑ってセレストさんに寄りかかった。
「じゃあ、一緒に寝てるのはわたしとセレストさんの秘密」
「……秘密、ですか……」
何故かセレストさんが苦笑する。
「そういうことにしておきましょう」
困ったような、嬉しそうな、その表情の意味はわたしは分からなかった。
別作品ですが「推し魔王様のバッドエンドを回避するために、本人を買うことにした。」書籍2巻が1ヶ月後の6月5日に発売いたします!
ご予約是非よろしくお願いいたします( ˊᵕˋ* )
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【追記】
セリーヌとレリアは仕事中、家名で呼び合っています。
私的な場(仕事外)では名前で呼ぶこともあるかもしれませんが、使用人として仕事中は切り替えています。
セレストは主人なので二人を呼び捨てており、ユイは『名前+さん付け』です。セリフのところが少し分かりにくくて、すみません。




