デート(1)
それから数日後。今日はセレストさんとデートに行く予定だ。
この間と同じ格好に着替えて、自分でお化粧をする。
以前のお化粧より道具ややることが増えて少し時間がかかったけれど、綺麗にできたと思う。
最後に服とお揃いの帽子を被って、バッグを肩に下げて準備完了だ。
居間に行くと先に準備を終えたセレストさんが、いつもの揺り椅子に座って待っていた。
「セレストさん、お待たせ」
立ち上がったセレストさんが近づき、微笑んだ。
「それほど待っていないので大丈夫ですよ」
セレストさんが手を差し出してきたので、首を横に振った。
「今日は腕を組みたいな」
「では、家の外に出たらそうしましょうか」
うん、と頷きセレストさんの手に自分のそれを重ねる。
家を出る時にセリーヌさんとレリアさんが「いってらっしゃいませ」と送り出してくれた。
二人にも協力してもらったのだから、良いデートにしたい。
セレストさんと手を離し、差し出された左腕にそっと手を添える。
「まずは揃いのものを見に行きましょう」
「うん」
近くに装飾品を扱う商店が立ち並ぶ通りがあるので、二人で歩いていく。
手を繋ぐより、腕を組むほうが恋人っぽく見えるかもしれない。
セレストさんはいつも通り、きっちりとした装いをしている。
「ユイは身に着けるならどのようなものが良いですか?」
「恋愛小説だとネックレスが定番だけど、みんなから見えるものがいい」
セレストさんもわたしも服装的にネックレスだと見えないだろう。
パッと見は分からないけど、並んだらお揃いなんだと分かるようなものがいい。
……でも、指輪はちょっと重いかも?
そもそもこの世界で指輪を贈る風習があるのだろうか。
ジッとセレストさんを見上げる。
セレストさんが着けていても違和感はないけど、目につくもの。
「……髪紐とか……?」
わたしの視線に気付いたセレストさんが「なるほど」と言う。
「ですが、ユイは髪が短めなので髪紐だと着けにくいかもしれませんね」
「紐はブレスレットにする。左手に着ければ仕事の邪魔にもならないよ」
「それでしたら良さそうですね」
そんな話をしているうちに、目的の商店通りに着く。
そこそこ人が多くて賑やかだ。
でも、逸れてしまいそうなほどではなくて、店を見て回るのには困らなさそうだった。
セレストさんと近くの店から見て回る。
この辺りは露店が多く、結構お手軽な値段で色々なものを売っているようだ。
最初に立ち寄ったお店はネックレス専門だった。
何となくは眺めたけれど、あまり惹かれる感じはない。
セレストさんも眺めてはいるけれど、興味はなさそうだ。
お店の人にお礼を言って離れ、他の露店を回る。
「髪紐なら、ここが良さそうです」
セレストさんと一緒に立ち止まったのは、色とりどりの紐が売られているお店だった。
そのおかげかお店全体が華やかな雰囲気があって可愛い。
「いらっしゃい」
獣人の初老の女性が優しく声をかけてくる。
でも、その手元は忙しなく動いていて、大きなボビンみたいなものの中心から糸が何本も出て、外側に糸のまとめてある部分は垂れ下がっている。その糸をあっちにこっちに動かす手付きは躊躇いがない。
ジッと見ていると女性が微笑んだ。
「お嬢ちゃん、組み紐を作っているところを見るのは初めてかな?」
「はい」
「こうやっていくつもの糸を順番に組んでいくから、組み紐というんだよ」
糸を手前に、奥に、右に、左にと動かしていくのが面白い。
お店に並んでいるのは全て女性が作ったものだと教えてくれた。
組み紐はいくつもの糸を合わせて作るから頑丈らしい。
沢山の組み紐があるけれど、どれも配色が違うので面白い。
「組み紐は髪紐にもブレスレットにも使えるし、カバンにつけても可愛いよ」
と、女性が教えてくれたのでセレストさんと顔を見合わせた。
「お揃いにできそう」
「そうですね、同じ色を使ったものにしましょうか」
二人で並べられた組み紐を眺める。沢山あって目移りしてしまう。
……セレストさんに似合いそうな色ってなんだろう?
横にいるセレストさんも真剣な表情で組み紐を眺めている。
ふとこちらに気付いたセレストさんが目元を和ませた。
「ユイは何色が好きですか? 服は淡い色合いを好んでいるようですが──……」
「青と黄色」
セレストさんの問いに迷いなく答えると、キョトンとした顔をされた。
「セレストさんの色が好き」
真っ青な髪に、少しだけ緑がかった金色の瞳。どちらも綺麗な色だ。
目を瞬かせたセレストさんが嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます。私も、ユイの色が好きです。特にユイの瞳の色は綺麗な紅茶色ですよね」
そう言ったセレストさんが優しい眼差しでわたしを見つめてくる。
女性が、ふふふっ、と小さく笑った。
「もしかして番同士さん?」
「ええ、そうです」
「仲が良くて何よりだねぇ。夫婦や恋人同士で揃いのものを欲しがる人は多いよ」
「そういった方々はどのように選んでいますか?」
「お互いの色の組み紐を身に着けることが多いね」
女性とセレストさんの会話を聞き、もう一度組み紐を見下ろす。
……セレストさんの色なら、青と黄色がいい。
その色の組み紐はすぐに見つかった。
セレストさんの髪みたいに綺麗な青とちょっと緑がかった黄色の糸を使った組み紐は、先端が花みたいになっていて可愛い。手を伸ばしてその組み紐をセレストさんに見せた。
「これがいい」
女性が組み紐を手に取り、小さな袋に入れてくれる。
それから、セレストさんも別の組み紐を手に取った。
「私はこれにします」
見せてくれた組み紐は、柔らかなベージュっぽい糸とオレンジがかった赤の糸をつかったものだ。
セレストさんはそれを女性に渡し、女性は小さな袋にそれも入れた。
差し出された小袋をわたしが受け取り、セレストさんがお金を払ってくれる。
「帰ってから着けるといいよ。買ってくれてありがとうね」
それに頷き、肩から下げていたバッグに仕舞う。
「また同じ色のものが欲しい時は声をかけてちょうだい。色さえ分かれば、同じものは作れるから」
「その時はお願いします」
セレストさんの言葉に女性は笑顔で頷いた。
嬉しい気持ちでお店を離れると四の鐘が聞こえてきて、昼食の時間を教えてくれる。
「近くの店で昼食にしましょうか」
「うん」
また腕を組み直してセレストさんと道を歩く。
商店通りから出て、少し離れたところでセレストさんが立ち止まる。
「実は、ここにユイを連れて来たいと思っていました」
見上げたお店には『石窯焼きピザ』と書かれていた。
……ピザ? ピザって、あの?
看板を見上げているとセレストさんが「中に入りましょう」と言い、二人で店内に入った。
「いらっしゃいませ〜」と声がして、セレストさんが「二名です」と答えると「お好きなお席にどうぞ〜」と返ってくる。セレストさんと一緒に窓際の四人がけの席に座った。そこそこお客さんが来ているようだ。
小麦の香ばしい匂いが漂ってくる。
「ユイはチーズが好きそうだったので、きっとピザも気に入るでしょう。時々、セリーヌが丸くて平たい生地の上に色々な具材を載せて焼いたものを作ってくれますが、分かりますか?」
「うん、分かる」
「あれがピザです」
メニュー表を開いてみたものの、沢山の種類があって、どれを頼めばいいか悩んでしまう。
一枚が大きいとしたらそんなに食べられないかもと思っていると、セレストさんが微笑んだ。
「私がお勧めを頼んで、ユイも一緒に食べるのはいかがですか?」
「それがいい」
「分かりました。──……すみません!」
セレストさんが声をかけ、店員を呼ぶ。
飲み物といくつかの種類のピザを注文すると、店員は一礼して去っていった。
「この後は本屋に行って、少し離れていますが馬車で公園まで足を伸ばしてみますか? この時期、チューリップが咲いているそうで、とても綺麗らしいです」
「見に行きたい。チューリップ、可愛いから好き」
言いながら立ち上がり、テーブルを回ってセレストさんの横に座る。
不思議そうな顔をしたセレストさんが見下ろしてくる。
「いつも思ってたけど、正面よりこっちのほうがセレストさんに近いから、ここがいい」
セレストさんの腕に抱き着くと、反対の手が伸びてきて、わたしの頬に触れた。
優しく撫でられたのでその手に頬擦りする。
しばらくそうしていると店員が来て、飲み物を置いていった。
セレストさんは冷たい紅茶で、わたしはオロンジュのジュースだ。
綺麗なオレンジ色で、飲むと甘酸っぱくて美味しい。
「お待たせしました〜」
飲み物を飲んでいればピザが運ばれてくる。
まだ切れていない丸いピザが置かれ、セレストさんがナイフで綺麗に等分に切り分ける。
一つはトマトとチーズ、ハーブを使ったピザ。
一つはキノコをたっぷり使ったピザ。
一つはエビやベーコンなどが使われたピザ。
どれも大きくて美味しそうで、セレストさんが「熱いので気を付けてくださいね」と言った。
さっそく、セレストさんが切り分けた一欠片を手に取ったので、わたしもまずはトマトとチーズのピザに手を伸ばした。一欠片を取るとチーズがよく伸びて離れない。
何とかチーズを千切ろうと手を動かしているとセレストさんがナイフで切ってくれた。
二人でピザにかじりつく。
もっちりした生地にたっぷりのトマト、トマトソースにチーズ、ハーブがとても美味しい。
特にチーズがこれでもかとかかっていて、食べる度に口とピザの間にチーズの橋が出来る。
「美味しいですか?」
セレストさんの問いに頷き返す。
セリーヌさんが作ってくれるピザも優しい味で美味しくて、ホッとするが、お店のピザがトマトソースもチーズもガツンと味が濃くて、間にオロンジュのジュースを飲めば、また美味しく食べられる。
ふと横を見れば、セレストさんもピザを食べている。
食べやすいよう細めに切ってあるが、それを数口で食べていて、食べる速度もある。
……セレストさん、食べ方が綺麗だけど沢山食べるんだよね。
わたしも一欠片を食べ終え、次に手を伸ばす。
今度はキノコたっぷりピザだ。こちらもトマトソースは少し使っているようだけれど、どちらかというとシチューみたいな色合いだ。でもやっぱりチーズたっぷり。
一口食べてみるとシチューに近い味がした。
でもほんのりトマトの味もして、キノコの食感も楽しい。
ピザは生地はもちもちしているけれど、ミミの部分はカリッと焼き上げられていて食感が良い。
「ユイ、口元にソースがついていますよ」
と、セレストさんがナプキンで拭いてくれる。
「ありがとう。……セレストさんはどうやって綺麗に食べてるの?」
「それは考えたことがなかったですね」
「口が大きいから食べやすいのかな……」
わたしも口を大きく開けて食べてみるけれど、何か違う気がする。
むしろ大きく開けると口いっぱいに食べ物が入ってしまうので良くない。
頬いっぱいにもぐもぐと食べるわたしに、セレストさんが微笑ましいという顔をした。
「まるでエキューみたいですね」
「…………エキュー?」
口の中のものを飲み込んで訊き返すと、セレストさんが頷いた。
「森にいる小動物で、ふさふさした長い尾が特徴です。大体が茶色で、木の実やキノコをよく食べていますね。今のユイのように、頬に木の実などを詰めて巣に持って帰る習性があるんですよ」
……リスのことかな?
セレストさんが「こちらも美味しいので是非」と三つ目のお皿を寄せる。
最後はエビやベーコンを使ったちょっと豪勢なピザだ。
一口かじる。文句なしに美味しい。
エビやベーコンに玉ねぎ、トマトソース、ハーブが使われていて旨みがすごい。
セレストさんもそれを食べている。
手が大きいので、セレストさんがピザを取ると小さく見えた。
……ううん、セレストさんからすれば本当に小さいのかも。
細めに切ってあるのはわたしが食べやすいように考えてくれたのかもしれない。
結局、わたしはそれぞれのお皿から三欠片ずつ食べ、残りはセレストさんが食べた。
「甘いものは入りますか?」
「入る」
即答したわたしにセレストさんが微笑み、デザートを注文する。
セレストさんは追加でトマトとチーズのピザも一枚追加していた。
思わずセレストさんのお腹に触ると不思議そうな顔をされた。
「どうかしましたか?」
「食べたもの、ちゃんとお腹に入ってるのかなって思って」
「入ってますよ」
セレストさんがおかしそうに小さく笑う。
でも、服越しに感じるのはわりと硬めの腹筋だった。
ウィルジールさんもよく食べるし、竜人はみんな食事量が多いのかもしれない。
ぺたぺたと触っているとセレストさんが困ったように微笑んだ。
「ユイ、触っていただけるのは嬉しいですが、外ではちょっと……」
顔を上げれば、他の席にいた人達がサッと視線を逸らした。
…………あ。
ついいつもの感覚で触っていたけれど、ここは家ではないから人目がある。
そもそも、お腹や胸辺りなどをあちこち触るのは良くないだろう。
「ご、ごめんなさい……」
他の人から見れば、セレストさんにわたしがベタベタくっついていたわけで。
注目されるのは当然だが、顔が熱い。
セレストさんから離れるとデザートが運ばれてきた。
白と焦げ茶色のアイスにわたしの好きなイチゴが添えてある。
セレストさんは先にピザが届いたようだ。
アイスは白いほうがバニラ味で、焦げ茶色のほうはチョコレート味で、どちらも濃厚で、でもそんなに甘すぎないので濃い味のピザの後でも美味しく食べられる。
わたしは小さなフォークでフレーズを刺し、ピザを食べているセレストさんに差し出した。
目の前のフレーズにセレストさんが驚いた顔をする。
「私にくれるのですか?」
それに頷き返す。
「ありがとうございます」
と、セレストさんがフレーズを食べる。
……うん、やっぱり口が大きい。
わたしだったら二口のフレーズも、セレストさんだと一口だ。




