好きになってもらいたい
「あの、セリーヌさん、レリアさん……」
翌日の午前、一階の使用人休憩室にこっそり行ってみた。
二人はセレストさんが雇っている通いの使用人で、セリーヌさんは人間、レリアさんは羊獣人で、どちらも娘がいる。二人とも既婚者なので『女性らしい』という点では確実に助言をもらえるだろう。
セレストさんは耳が良いから、あまり大きい声で話すと聞こえてしまうかもしれない。
扉を叩き、開けた扉の隙間から小さく声をかければ、二人が振り向いた。
「あら、ユイ様、どうかなさいました?」
「もしかしてお茶が切れてしまいましたか?」
立ち上がりかけた二人に首を横に振る。
「ううん、違います。……その、訊きたいことがあって……」
中に入り、二人のいるテーブルに近づいて小声で言う。
「……どうしたら『大人の女性』になれますか?」
そう訊いたわたしに二人が顔を見合わせた。
けれども、すぐに何かに気付いた様子で微笑ましそうな顔をする。
「まあまあ……! そうですね、ユイ様ももう十六歳ですからね」
「ユイ様はお化粧道具を持っていましたよね?」
「はい、あります」
レリアさんの確認するような問いに頷き返す。
「では、お化粧をしましょう。以前お教えした時からユイ様も更に成長されましたし、少し雰囲気を変えるのもよろしいかと。そうとなれば、流行りの色合いのお化粧道具も必要ですね」
「ではペリエさんはそちらを。ユイ様、一緒に服を見にお部屋にまいりましょうか」
と、二人が立ち上がる。
……何だかわたしより、やる気があるかも?
レリアさんは出かける準備をして、セリーヌさんもティーカップなどを片付ける。
「休憩中、ごめんなさい」
「いえいえ、お気になさらないでください」
「ユイ様が可愛くなれば、セレスト様もきっと喜びますよ」
レリアさんと別れ、セリーヌさんに促されて休憩室を出て自室に向かう。
部屋の扉を閉めるとセリーヌさんが「あまり騒がないようにしましょう」と小声で言った。
セレストさんの耳が良いことをセリーヌさんも知っているからだろう。
そうして、セリーヌさんがお仕着せの袖を捲った。
「さあ、ペリエさんが帰ってくる間に服を選びましょうか」
「でも、可愛いのしかないです……」
わたしの好みもあるけれど、服を買う時はセレストさんの好みもある。
だから服はスカートが多くて、フリルやリボンも多い。
……セレストさんは可愛いほうが好きなのかな。
しかし、セレストさんの横に並ぶなら大人の女性のほうが似合う。
少なくとも、子供っぽいわたしのままでは釣り合わないような気がした。
「ユイ様、女性らしさにも色々あります。色気のある方、可愛らしい方、男性的な雰囲気のあるかっこいい方……ユイ様にはユイ様の女性らしさがあります。ユイ様はセレスト様の番で、セレスト様のお好みにユイ様は合っているはずですから、無理せず、ユイ様の女性らしさを伸ばしていきましょうね」
「わたしの女性らしさ……」
「ええ、ユイ様はとてもお可愛らしいので、そこを磨いていくのがよろしいかと」
セリーヌさんと一緒に服を出して「これが可愛い」「これは子供っぽい」と話しながら、沢山ある服を合わせていく。全部セレストさんが今まで買ってくれた服で、もう着られないものもあるけれど、それでも全て大切なものだ。
「フリルやリボンより、レースのほうが大人びて見えるかもしれませんね」
というセリーヌさんの言葉もあり、フリルやリボンを外したり、レース主体にしてみたりした。
「スカートも短いものより、長いものにいたしましょうか。長いほうがおしとやかな雰囲気がありますからね」
「セレストさんは紳士だから、わたしもおしとやかになったほうがいいですか?」
「セレスト様は確かに紳士な方ですから、ユイ様は押しが強いくらいのほうがいいかもしれません」
……確かにわたしのほうからグイグイいかないとかも?
セレストさんの紳士なところは素敵だし、好きだし、良いところだけど、成人したわたしに対してまだ恋愛感情が薄いのはそういう理性的すぎる部分のせいかもしれない。
「わたし、セレストさんの理性をぶち壊していくくらい、強めに押していきます」
「ふふふっ、私はユイ様を応援しておりますね」
セリーヌさんがおかしそうに小さく笑っていたが、その表情はとても優しいものだった。
最終的に、服は落ち着いた柔らかな緑色の無地のワンピースに白色の長袖のレースシャツとレースのスカートを合わせることになった。ワンピースの襟には小花柄の刺繍があり、首元のリボンと糸の色が同じで可愛らしい。シャツの袖も手首はリボンでキュッと少ししぼって、袖先を膨らませる。それにふわふわのぺたんこ帽子を合わせる。
いつもはリボンやフリルが多いけれど、今回はシンプルで可愛い。
ワンピースの裾から覗くレースの白いスカートは軽やかだ。
「大人っぽくしたいなら編み込みはいかがですか? リボンを入れて編むとオシャレですよ」
「それがいいです」
「では、そういたしましょう」
服と髪型が決まったところで部屋の扉が叩かれる。
「どうぞ」と声をかけるとレリアさんが顔を覗かせた。
「あらまあ、何て可愛らしい……!」
声を抑えつつ、ニコニコしながらレリアさんが入ってくる。
その手には大きめの箱があった。
「さあ、新しいお化粧道具を買ったので、やってみましょうか」
そこからはレリアさんに一つ一つ、改めて道具と使い方を教わりながらお化粧をしてもらった。
レリアさんはなんだかとても嬉しそうだ。
「レリアさん、楽しいですか?」
「はい、女の子を綺麗にするというのはいつでも楽しいものです。娘達ももう手を離れてしまいましたし……」
「レリアさんのお子さんもきっと可愛いですね」
「ふふ、ありがとうございます。上の子は明るくて社交的で、下の子はのんびりさんですよ」
その子達にも、レリアさんみたいにクルンと丸まったツノがあるのだろうか。
「ユイ様は色白ですから、今まで通りお粉はあまり要らないですね」
顔を温かな布で拭い、化粧水でしっかり保湿してからクリームや粉を使って顔の下地を作る。
それから目に少しだけ線を引き、まつ毛を上げて、頬紅を入れる。
最後にわたしの瞳に似た色合いの口紅をつける。
口紅は初めてつける。
瞼にも色を塗る。今回は春らしい、薄紅色。
他にも柔らかな茶色や、沢山色のあるパレットみたいなものもあって、今までよりお化粧は悩みそうだ。
「ユイ様は十分、お可愛らしいです」
その間にセリーヌさんが後ろ髪を編み込みにして、手の爪にも爪紅を塗ってくれた。
爪紅は春らしい柔らかなピンクベージュで可愛い。
「はい、できましたよ」
鏡の中には相変わらずわたしは小さいけれど、いつもよりちょっとだけ大人っぽいわたしがいた。
色気とかはないけれど、可愛くて、いつもよりかは子供っぽくない。
……雰囲気、変わったかも。
どこがと言われると難しいが──……フリルやリボンの多い服はやっぱり子供っぽかったのかもしれない。
レースを使ったシャツやスカートのおかげで上品な可愛さになった。
「ユイ様、素敵です」
「ええ、本当に」
と、セリーヌさんとレリアさんが褒めてくれる。
……セレストさんも褒めてくれるかな?
二人に「さあ、セレスト様にもお見せしましょう」と部屋を出る。
セレストさんは居間で読書中だ。
ドキドキしながら居間に行き、扉を叩く。
中から「どうぞ」と声がして、扉を開けたものの、なかなか入れない。
扉の陰に隠れていると本を閉じる音がして、足音が近づいてくる。
それは扉の前で止まり、セレストさんの声がした。
「ユイ? もしかして、新しい服を見せに来てくれたのですか?」
セレストさんには何も言っていないので、知らないはずだ。
無理に見ようとせず、わたしが出てくるのを待ってくれている。
扉の陰からゆっくり姿を見せると、セレストさんが驚いた様子でわたしを見た。
「変じゃない……?」
前と同じ質問になってしまった。
初めてお化粧をした時も同じことを訊いた。
まじまじとわたしを見て、そして、セレストさんが嬉しそうに微笑んだ。
「とてもよく似合っていて、可愛いですよ。……化粧もしましたか?」
「うん」
「また一段と大人っぽくなりましたね」
膝をついたセレストさんがわたしを見上げてくる。
その嬉しそうな、眩しいものを見るかのような表情に照れくさくなる。
熱心に見つめられると少し気恥ずかしい。
でも、セレストさんに『大人っぽい』と言ってもらえるのが嬉しい。
立ち上がったセレストさんに手を引かれて居間に入り、いつもの暖炉前の絨毯に座ろうとしたものの、揺り椅子に座ったセレストさんが自分の膝を叩いてみせる。
……結局、いつもの定位置。
セレストさんの膝の上に座ると当たり前のように抱き寄せられる。
「本当にとても可愛いですよ、ユイ。今の季節に色合いも合っていますね」
と、セレストさんはニコニコ顔だ。
髪を編み込んであるからか頭は撫でられないものの、しっかりと腰に手が回されている。
ジッとわたしを見ていたセレストさんが言う。
「いつもと少し装いが違いますね」
「フリルとかリボンは子供っぽいから外してもらった」
「そうですか? 普段も可愛いと思いますが……」
そう言いながらもセレストさんはわたしの手を取り、爪紅に気付くと興味深そうに眺める。
「爪紅もユイの華奢な手に合う、可愛い色ですね」
「レリアさんが新しい色を買ってきてくれて、セリーヌさんが塗ってくれたの」
「ああ、なるほど。二人なら女性のものには詳しいでしょう」
随分と熱心にわたしの爪を眺めるので、首を傾げてしまった。
「セレストさんも塗る?」
「竜人は爪が伸びやすいので、そういった手間のかかることはしませんね」
「……セレストさんの爪、綺麗だから似合いそうなのに」
「ユイの小さくて可愛らしい爪のほうが似合っていますよ」
いつもと違いオシャレをしたわたしをセレストさんは気に入ってくれたようだ。
いつもより明らかに上機嫌だ。
「セレストさん、嬉しい?」
「はい、普段も可愛いですが、新しいユイの姿を見ることができて嬉しいです」
「大人の女性に見える?」
わたしの問いにセレストさんが目を瞬かせ、そして微笑んだ。
「ええ、可愛らしくて素敵な女性に見えますよ」
……これはまだ恋愛対象としては見てくれてないなあ。
以前も似たような答えを聞いた。
どちらかというと『可愛いものを見ることができて嬉しい』といった感じだろう。
わたしは恋愛対象として見てほしいのであって、愛玩的な可愛いでは意味がない。
不満に思っていれば、ギュッと抱き寄せられる。
「可愛すぎて外に出したくないと思ってしまいます」
しっかり回された腕はわたしを逃さないようにするためなのかもしれない。
セレストさんから逃げるつもりはないけれど、ちょっと残念な気持ちになる。
「嬉しいけど、今度こそ、おしゃれしてセレストさんとデートしたい」
「デート?」
「うん、本で読んだから。お店でデザート食べる時に『あーん』するのがデートの定番。いつもはセレストさんがしてくれるから、デートではわたしがしたい」
前は家で過ごしたけど、今回は出かけたい。
「ユイが給餌行為をしてくれるのは嬉しいですね」
セレストさんが微笑み、小さく頷いた。
「では、次の休日はデートをしましょうか」
と、言ってくれたので思わず顔を上げた。
「いいの?」
「ええ、もちろん。ユイがしたいことをしましょう」
セレストさんからは嫌がっている気配は感じられない。
恋人になることには少し考えるが、デートは良いらしい。
……前世の世界はどうだったっけ?
お付き合いして出かけたらデートなのか、お付き合い前でもデートと言えるのか。
「ユイはどこに行きたいですか?」
セレストさんに問われて、考える。
この四年でセレストさんと街の色々なところに行ったけれど、特別どこが良いという場所はない。
「お店で美味しいものを食べて、本屋さんに行って、街の中をお散歩して、セレストさんとお揃いのものもほしい」
結局いつもと変わらない気はするけど、大事なのは気持ちの違いだ。
同じ場所でも保護者と被保護者のお出かけと、恋人同士になるためのデートとでは違う──……はず。
「お揃いですか……」
「うん、何か身に着けられるものがほしい」
それにセレストさんが嬉しそうに目尻を下げて笑う。
「そうですね、ユイとお揃いのものがあると私も嬉しいです」
優しく手を握られたので、握り返す。
きっと、わたしがこれから頑張って長く生きたとしても、この大きな手に追いつくことはない。
……それでも、いつか、セレストさんをドキドキさせたい。
ちゃんと女性として見てもらえるように、もっと頑張ろう。
フリルやリボンたっぷりの服はそろそろ卒業である。
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