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魔獣討伐とお泊まりまで

 






 夏が過ぎて、秋も深まった頃。


 もうあとしばらくしたら冬が訪れる。


 そんな時期になりつつある中、仕事を終え、第四事務室まで迎えに来てくれたセレストさんと家へ帰る。


 いつものように辻馬車に乗って揺られているとセレストさんが言った。




「ユイ、三日後から魔獣討伐が始まります」




 ここでもうすぐ三年近く過ごしているので、その言葉を聞いても驚かなかった。




「もうそんな時期なんだね」




 魔獣討伐とは第一と第二警備隊からそれぞれいくつかの班を出し、冒険者も駆り出して、グランツェールの街の外にいる魔獣を一掃する任務だ。


 秋は食べ物が豊富なので魔獣が繁殖しやすく、この時期にある程度間引いておかないと、増えた魔獣が冬を越して成長してしまう。


 成長した魔獣は厄介なので小さなうちに駆除しようという話である。


 ただ、親のほうの魔獣も子育て中なので殺気立っており、それらと戦うのはどうしても危険を伴うそうだ。


 だが倒しておかないと春の大量発生に繋がる。


 それだけでなく、冬になると色々と入り用になる。


 これから冬支度をする家が増えるだろう。


 薪を得るために木こりが森に分け入る時に魔獣がいては安心して木を切れないし、流通する薪が少なくなれば値段も上がり、薪の奪い合いも起こってしまう。


 それに魔獣の毛皮は冬に欠かせない。


 肉も保存処理をして、冬の備蓄にする。


 どうしても冬場は肉を得難いのだ。


 沢山の魔物を狩り、春の大量発生を抑えつつ、木こりや狩人の安全、街の安全、そして冬支度に必要な魔獣の毛皮を集めるなど色々な目的もあるのが秋の魔獣討伐である。


 警備隊が倒した魔獣は警備隊の、そして冒険者達が倒した魔獣は彼らの取り分となる。


 大抵は売り払われるが、冒険者も冬は活動が鈍るため、この秋の魔獣討伐で稼いでおく必要があった。


 人手の欲しい警備隊と、仕事の欲しい冒険者。


 この討伐では依頼料と素材の両方が手に入るため、冒険者達もこぞって参加するのだとか。


 そうして街に残った警備隊は警備を強化する。


 隊員や冒険者が減ったからと悪さをする者も中には出てくる可能性もあるため、普段よりも警備隊の巡回が増えるそうだ。


 魔獣討伐の期間は三日。


 第一、第二警備隊、そして冒険者達とで街の周辺を探索し、魔獣を討伐して回る。


 わたしはあまり気にしてなかったけれど、討伐を終えた人々が帰ってくると街は賑やかになる。


 何せ大量の肉や毛皮などが流通し、普段はなかなか手に入らない魔獣の素材も出回る。


 討伐後には木こり達が森へ行くのだが、どうやらその護衛の仕事も冒険者達は請け負っているため、彼らもこの時期の実入りはなかなかに良いだろう。




「それで、今年は私も討伐に参加することになりました」




 セレストさんが珍しく溜め息混じりに言う。


 去年、一昨年とセレストさんは討伐の参加者から外れていたのだけれど、今年はそうもいかないらしい。




「街の北側を担当します。治療士として参加するけれど、魔獣が多ければ戦闘も行います。……今年は秋がいつもより早くきたので、もしかしたら魔獣の数が多くて予定より延びる可能性もあります」




 そうなるとセレストさんと最低でも三日、離れることになる。


 ……仕事だから仕方ないけど寂しい。




「ユイと数日も離れるなんて……」




 横に座るセレストさんにギュッと抱き締められる。


 その声は寂しげで、セレストさんも同じことを思ってくれていたようだ。




「寂しくなるね……」




 たった三日くらいと思われるかもしれないが、わたしは十二歳からずっと、毎日セレストさんと一緒にいた。


 それこそ離れているのは仕事か寝る時かというくらい、わたし達はそばにいた。


 一日中離れていることなんてなかった。


 けれど、急に三日も別々になってしまう。


 仕事だから我が儘を言うわけにはいかない。


 わたしがもしついて行ったとしても、お荷物になるだけだし、それなら安全な街で待っていたほうがセレストさんも仕事に集中出来るだろう。


 ……でも家に一人は嫌だなあ。




「私がいない間はヴァランティーヌの家に泊まらせてもらえるよう話をしてあります。家だとセリーヌとレリアが帰った後に一人になってしまいますから」




 その言葉に驚いた。




「ヴァランティーヌさんのお家に泊まるの?」


「ええ、それならばユイが一人にならないので私も安心出来ますし、出仕の時もヴァランティーヌ達と共に行けば安全です。ユイはまだ保護対象ですからね」




 それに「あ」と思い出した。


 人間は数が少ないので基本的に保護対象である。


 そして人間の子供のわたしは、最低でも十六歳の成人まではセレストさんの保護下にある。


 当初、セレストさんと行動を共にしていた理由はそれだった。


 ……辻馬車くらいなら一人で乗れるけど……。


 セレストさんは過保護だから、わたしが一人で行動するのが心配なのだろう。


 第二警備隊の中ですら心配するのだ。


 街となると、更に不安なのだろう。




「それにユイも寂しくならないでしょう?」




「ヴァランティーヌの家にはディシーもいますから」と言うセレストさんに抱き着き返す。




「ありがとう!」




 初のお泊り許可が出た瞬間だった。


 一人で家で留守番するのはちょっと不安だったし、寂しかったので、とても嬉しい話である。


 それに最近はディシーもわたしも忙しくて、昼食の時間くらいしか顔を合わせていなかったので、久しぶりに一緒に過ごせるだろう。


 一緒にお菓子を食べて、お喋りして……。


 想像するだけで楽しくなってくる。


 セレストさんがいないのは残念だけど、でも、ディシーとヴァランティーヌさんと過ごす三日間はきっと楽しいだろう。








* * * * *








 それから三日の間、わたしとセレストさんはそれぞれ魔獣討伐に向けて準備をした。


 セレストさんはセリーヌさんとレリアさんへの説明をして、魔獣討伐の間の三日間、二人はお仕事がお休みになった。


 この家は三日間誰もいなくなる。


 そう思うと少し離れがたい。


 他にもセレストさんは武器を持って行くからと、剣の手入れをしていて、わたしはそれを眺めて過ごした。


 セレストさんの剣は片手で扱える細身の長剣だ。


 最初に鞘に入った状態で持たせてもらったけれど、見た目よりも結構重く、わたしがもし使ったとしても両手で振るうことになるだろう。


 それをセレストさんは軽々と片手で持っていて、その辺りは男女の差というより、種族の差なのだろうなあと思った。


 竜人のほうが人間よりも筋力が高いのだ。


 セレストさんが剣の手入れをするのを見ながら、ふと、その剣に細かな傷がついているのに気が付いた。




「剣、傷があるね」




 セレストさんが頷いた。




「これは第二警備隊に所属した時に、父が贈ってくれたものなんです」




 そう言ったセレストさんは微笑んでいて、多分、この剣はセレストさんにとって特別なのだろうと分かった。



「ずっと使ってるの?」


「そうですね、もうかれこれ百年以上は。第二警備隊に所属した頃、まだ新人の時はこれを毎日腰に下げて巡回に回ったり、魔物討伐に行ったり、色々とありました」




 それはまた随分と物持ちが良い。




「百年も経ってるのにキレイだね。錆びたり劣化したりしてないのが不思議」




 セレストさんがふふ、と小さく笑う。




「普通の剣なら百年も経てば劣化してしまいますが、竜人やエルフの持つ武器は保護や強化魔法が付与されたものが多いので、あまり劣化しないんですよ」


「そうなんだ? ……うん、そっか、そうだよね。普通の武器だと何度も武器を交換することになっちゃうよね」




 竜人やエルフは長生きだ。


 普通の何の魔法もかけてない武器だと、武器のほうが先に寿命がきて壊れてしまうだろう。


 たとえどんなに良い武器でも劣化はする。


 でも武器を頻繁に変えるのは良くない。


 前にシャルルさんに訊いたけど、武器というのは自分の命を預ける相棒なので、使い慣れたものが一番だそうだ。


 そうして武器が手に馴染むには時間がかかる。


 だからこそ自分の武器は大事に扱う。




「ええ、その通りです。何度も武器を変える者や使い捨てにする者もいますが、やはり使い慣れたものが良いので私の剣にも強化と保護の両方の魔法がかけてあります」




 そうして錆びないように定期的に手入れをしているそうだ。




「この剣はセレストさんのお父さんが選んでくれたの?」




 細身で、長く、剣身はほんのり青みを帯びており、セレストさんが持つとよく似合う。




「いえ、父の知り合いの鍛治職人の下へ行って、父と私と鍛治職人とでどのような剣にするか決めました。私に剣を教えてくれたのは父だったので、癖や向いている剣の種類などは父のほうが私よりも私のことを知っていたんですよ」




 セレストさんが苦笑する。


 いつもはあまり口数の多くない父親が、その時だけは鍛治職人にあれこれと言ってセレストさんの剣に注文をつけたのだとか。


 セレストさん自身もそれには驚いたらしい。




「父は家族を大事にする人でしたが、厳しい面のほうが多かったので」




 セレストさんのために色々と口を出して、剣に必要な素材も父親自ら集めて、そこにセレストさんの希望と鍛治職人の意見が入って出来たのがこの剣だった。


 細身だけれど頑丈で、しなやかで、魔法とも馴染みやすいミスリル鉱石も使われている。


 そうして柄の部分には宝石があしらわれている。


 セレストさんの髪の色とよく似た青い宝石だ。




「この宝石は魔石と言って、魔力を貯めたり魔法を付与したり出来るものです。これは私の属性に合わせて母が用意してくれました」




 魔石は一般的なただの宝石よりも高いそうだ。


 そうそう買えるものではないらしい。




「この剣には何度も助けられました」




 その声からしても、大事なものだと伝わってくる。




「この剣はセレストさんのお父さんとお母さんの愛情なんだね」




 素敵だな、と思う。


 目に見える形で、それも息子を長く守ってくれる存在として親の愛情が分かるものだ。


 セレストさんが「そうですね」と剣を見る。




「私もこれを見る度に両親を思い出します」




 きっとセレストさんのお父さんとお母さんも息子の身の安全を願って剣を贈ったんだろうな。


 いくら人族の中で一番強い竜人であっても無敵というわけではない。


 怪我もするし、最悪命を落とすこともある。


 少しでも自分の身を守れるように。


 何かあっても生き残れるように。




「いいお父さんとお母さんだね」




 前世の両親を思い出す。


 わたしの父と母も愛情深い人達だった。


 今のわたしの両親はいないけれど、前世の両親が沢山愛してくれたから、今生に両親がいなくても寂しくない。


 ……それにセレストさんがいるしね。


 セレストさんが頷き、ふと顔を上げた。




「そういえばユイはお泊りの準備は出来ましたか?」




 それにわたしは大きく頷いた。




「うん、大丈夫。服に下着に日用品、寝間着も入れたし、今日買ったお菓子も用意してあるよ」




 仕事帰りにセレストさんとお菓子を買いに行った。


 わたしを預けるお礼のお菓子と、わたしがディシーやヴァランティーヌさん達と別に食べるお菓子だ。


 もし足りないものがあった時のために、セレストさんからお小遣いをいくらかもらっているので、もし何か入り用になっても大丈夫だろう。


 もちろん、無駄遣いをするつもりはない。


 それに魔獣討伐中の三日間はヴァランティーヌさんもディシーも、そしてわたしも当たり前だが仕事がある。


 昼間は第二警備隊で仕事をして、夜はヴァランティーヌさんの家にお邪魔させてもらうという感じになる。


 残念ながらディシーと夜更かしは出来なさそうだ。




「ヴァランティーヌも確か家を持っているので、明日の朝は私と一緒に第二警備隊に向かい、帰りはヴァランティーヌとディシーと共に二人の家へ向かうことになると思います」




 そう言われると急に寂しくなる。




「セレストさん、まだ剣の手入れって時間かかる?」




 訊けば「後は全体を拭いて終わりです」と返ってきて、セレストさんが綺麗な布で丁寧に剣を拭いた。


 最後に剣を鞘に戻し、テーブルへ置く。


 セレストさんの手が剣からきちんと離れてから、わたしはセレストさんに抱き着いた。


 明日から三日間も会えないのは寂しい。


 それに少し不安もある。


 何かこれが心配だと言えるものがあるわけではなくて、ただ漠然とした不安感と寂しさが胸に広がる。




「出来るだけ早く帰ってきますね」




 わたしを抱き返しながらセレストさんが言う。




「ううん、無理しないで。セレストさんが無事に帰ってきてくれるのが一番嬉しい」


「では怪我をしないように気を付けます」


「うん」




 頷けば、優しく頭を撫でられる。




「いい子で待ってるね」




 わたしの言葉にセレストさんが頭上で小さく笑う。




「ユイはいつでもいい子ですよ」







 

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