新しい使用人(3)
それから四日後。
レリアさんが我が家にやって来た。
「本日より働かせていただきます、レリア=ペリエと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
わたし達もお休みをもらっており、セレストさん、わたし、セリーヌさんでレリアさんを出迎えた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「よろしくおねがいします」
レリアさんがニコリと微笑んだ。
セレストさんからセリーヌさんにある程度レリアさんについて話がされてあったのだけれど、セリーヌさんが「あら」と声を上げた。
「やっぱりペリエさんなのね?」
そんなセリーヌさんにレリアさんも「まあ」と口元に手を当てて小さく声を上げた。
「オードランさん? まさかオードランさんもこちらで働いていらっしゃるのですか?」
「ええ、母の祖母の代からお仕えさせていただいております」
「そうなのですね。ああ、知っている方がいて良かったです。実はとても緊張していまして……」
セリーヌさんとレリアさんはどうやら知り合いのようだ。
思わずセレストさんと顔を見合わせた。
「あの、セリーヌさんとレリアさんは知り合い?」
訊くと、それまで和気藹々と話していた二人がハッと何かに気付いた様子で慌てて頭を下げた。
「失礼しました……!」
「申し訳ありません」
それからセリーヌさんが教えてくれた。
「私の娘とペリエさんのお子さんは友人同士なのです。私自身も家族でよくペリエさんのご実家のお料理屋さんに食事をしに行かせていただいているのです」
と、いうことだった。
そうか、と納得した。
ペリエさんが住んでいる場所もそれほど離れていないし、セリーヌさんもそうで、それなりに歳の近い子供達が近所にいれば自然と仲良くなるだろう。
でも知り合い同士で良かった。
これならレリアさんもセリーヌさんも働きやすいし、人間関係で困ることもないし、セリーヌさんがこうやって仲良くしている人なら安心だ。
セレストさんが微笑んだ。
「それは良かった。初めての場所で慣れない相手に囲まれての仕事というのは精神的にかなり疲労してしまいますから、知り合いがいるというのは心強いでしょう」
うんうん、とわたしも頷いた。
「それではセリーヌに仕事内容や間取りなどは教えてもらってください。私達は二階の居間におりますので」
「かしこまりました」
そういうことで、今日からレリアさんが働き始めることとなった。
とは言っても基本的に呼ばない限り、使用人は主人達の前に姿を表さないので、わたしやセレストさんが何かをすることはない。
あとはセリーヌさんとレリアさんの間で仕事を教えたり、この家での注意事項を伝えたりするのだろう。
居間に戻れば、セレストさんが揺り椅子に座る。
それから両手を広げて伸ばされる。
これはセレストさんの『わたしを抱っこしたい』という意味の行動で、わたしはそれに応えてセレストさんの腕の中へ行く。
膝の上に乗せられて、セレストさんごと、ゆっくりと椅子が揺れる。
「セリーヌとレリアが知り合いとは驚きましたね」
ふふ、とセレストさんが小さく笑う。
「うん、でも、そのほうがいいかも」
「そうですね、知り合いがいるならば長く働いてくれるかもしれません」
これでセリーヌさんの負担が減るといいな。
* * * * *
レリア=ペリエを雇い、二週間が経った。
特に問題もなくセレストとレリアの間の雇用契約は正式に結ばれ、レリアはユニヴェール家の使用人となった。
セリーヌとレリアは知り合いであったが、性格も合っていたようで、二人とも上手くやっていけているようだった。
レリアは気の利く女性だ。
しかも長く子育ての経験もあるからか、ユイともすぐに仲良くなり、よく仕えてくれている。
ユイもレリアに懐いている。
それは料理の腕前も関係しているだろう。
さすが料理屋の娘と言うだけある、レリアの料理の腕前はその辺りの食事処よりも良かった。
セリーヌの料理とレリアの料理。
どちらかを比べるわけではないが、セリーヌは庶民的な料理が非常に上手く、レリアは店で食べるような食事が上手い。
それぞれが交互に食事の担当をすることになった。
セリーヌはむしろそれに喜んでいた。
「私だけでは食事の内容が決まったものばかりになってしまうので、気にしておりました。でもペリエさんがいてくれるなら安心です」
セレストとしてもレリアの料理はなかなかに好みの味付けで、雇って良かったと思った。
それからレリアはユイに色々と教え始めた。
女性として必要な身支度の整え方だ。
セレストからしたらユイは元々可愛らしいので気にしていなかったが、娘二人を育てたレリアにとってはユイの状態は放っておけなかったらしい。
ユイ自身も興味はあるようで、時々、レリアと部屋にこもって教えてもらっている。
でも、必ず終わった後にユイはセレストに見せに来てくれるので、最近ではそれも悪くないと感じていた。
今日は化粧の仕方を教えてもらうそうだ。
事前にレリアが「化粧道具を買ってもよろしいでしょうか」と訊いてきたので、セレストは金を渡した。
……竜人の性だな。
番がより綺麗になってくれるならば、いくらでも金を使っても良いと思ってしまう。
ドラゴンの習性を色濃く宿す竜人は光り物が好きだ。
貨幣や宝石などキラキラしたものを集めることが好きで、大抵の竜人は金を貯める傾向にある。
それを惜しげもなく使うのは番に関することだけ。
自分にすら、さほど使うことはない。
膝の上に本を置き、それを読みながら待つ。
前回は爪の磨き方と爪紅の塗り方を教えてもらい、ユイの小さな爪はツヤツヤの淡い水色に塗られて可愛かった。
前々回はおしゃれな髪の結い方を学んで、自分で髪を編んだが、最終的にはセレストとお揃いの髪型にしてくれて嬉しかった。
それはゆっくりと花が開いていくようで。
それを近くで見られることが幸せだった。
暖炉の火に当たりつつ、本のページを捲る。
控えめに扉が叩かれた。
「どうぞ」
声をかけつつ顔を上げる。
少し開いた扉から、亜麻色の髪が少し覗いた。
けれども恥ずかしいのか、なかなか顔を見せてくれないユイにセレストは本を閉じた。
テーブルに本を置いて立ち上がる。
ゆっくりと扉へ歩み寄る。
セレストはそっと膝をついた。
「ユイ」
名前を呼べば亜麻色の頭が小さく揺れる。
「可愛くなった姿を見せてくれませんか?」
扉を掴んでいる手に触れて、そっと引けば、扉の向こうからユイが出てくる。
その姿を見て、ドキリとセレストの胸が高鳴った。
十四歳になり、ユイは以前よりもずっと成長したが、それでもまだまだ子供だと思っていた。
けれども化粧をしたユイは可愛かった。
可愛いと言うといつものことのように感じられるかもしれないが、今日のユイはいつも以上に可愛らしい。
肌にほんのり粉をはたいてあるようで、頬紅がユイの、ともすれば顔色が悪く見えてしまうそうな色白さに血色を与えてくれている。
口紅などはしていないが、十分可愛らしい。
普段下ろしている髪も上げてある。
それだけで今までよりも大人っぽくなっていた。
つい見入っているとユイが両手を体の前で合わせて、セレストを見下ろした。
「へん、かな?」
恥ずかしいのか、落ち着きなく瞳が揺れる。
セレストはそれに笑みこぼれた。
「いいえ、そのようなことはありません。とても可愛くて、大人っぽくて、素敵な女性になれていますよ」
思わず抱き締めてしまいたいくらいに可愛い。
ちょっと大人っぽくしているのが背伸びをしている風に見えて、また可愛らしい。
……一年半も経てばユイは成人する。
人間の成人は十六歳だ。
ほんの少し前まではあんなに小さくて、馬車に乗るにも膝に乗せていたというのに、あっという間に成長してしまった気がする。
そばで見て、知っているはずなのに。
その成長が嬉しくもあり、少し寂しくもあった。
「ほんと? セレストさんの横に並んでもおかしくない? 大人っぽく見えるかな?」
ユイの言葉に喜びでいっぱいになる。
その後ろではレリアが微笑ましげに控えている。
「大丈夫、大人っぽく見えますよ」
いつもの癖で頭を撫でてしまいそうになり、手を下げる。
せっかく綺麗に編んで纏めてある髪に触って崩してしまってはユイも残念がるだろう。
立ち上がりながらユイの額に口付ける。
「せっかく綺麗になるなら出かけようかと思っていたのですが、今のユイを見たら、外に出たくなくなりました」
「なんで?」
「可愛すぎて他の男に見せたくありません」
正直に言えばユイの顔が赤くなる。
「……じゃあお家でのんびりしよう?」
抱き着いてくるユイを受け止め、そのまま抱え、揺り椅子へ戻る。
扉の隙間でレリアが一礼すると静かに扉を閉めた。
可愛い番を腕の中に、セレストは満足げに笑みを浮かべたのだった。
* * * * *
扉を閉めたレリアは元来た道を戻る。
料理屋の娘であり、結婚して、子供達を育てた後にレリアは働くことを決めた。
別段、金銭的に苦しいというわけではないが、子供の頃から実家の料理屋で働いていたレリアにとって、子育てがほぼ終わると時間が空いてしまうようになった。
家でぼんやり夫や子供が帰ってくるのを待つというのは、なかなかに寂しいものである。
それならば働こうと考えたのだ。
羊獣人は使用人として人気が高い。
さっそく商人ギルドに行き、登録して、それから一ヶ月ほどの間にいくつか声がかかった。
その中でこのユニヴェール家が最も待遇が良く、給金の払いも良く、そして家からも近いという好条件だった。
しかも家には子供がいるという。
レリアは子供が好きだ。
自分の子でなくとも子供は可愛い。
そうして初めて見た主人達は穏やかそうだった。
竜人の使用人は人気があるけれど、気性の荒い竜人も少なくない。それが気がかりだったけれど、実際に会った竜人のセレスト様は物腰柔らかで丁寧な人だ。
その横でいい子にしているユイ様も可愛かった。
前もってお二人が番だと聞いていたが、確かにユニヴェール様はユイ様をとても気にかけており、最終的にレリアを雇うかどうかの判断も委ねていた。
でもユイ様は可愛らしい服も着て、髪もきちんと梳いてあるのに、それだけで女の子らしいことをあまりしていない様子なのが気になった。
女の子を二人も育てたからかもしれない。
もっと手を入れればユイ様は可愛くなるだろう。
つい、口を出したくてうずうずした。
そうしてレリアはユニヴェール家と契約を結んだ。
しかも最初に準備期間として三日ももらえた。
あまり待遇の良くないところだと、その日のうちに働くこともあるそうなので、これはかなり驚いた。
しかも初日にユニヴェール家に行くと知り合いがいて、更に驚いた。
セリーヌ=オードランという女性が子供の頃からレリアは知っている。
結婚する前は少し離れた借家に家族で住んでおり、よく実家の料理屋に家族みんなで食事をしに来てくれていた。
そして結婚後は新しく家を買い、娘を一人産んで、でもやっぱりよく料理屋に食べに来てくれていた。
ここ二年近くは来ていなかったが……。
彼女は昔から穏やかな人だった。
使用人になり、色々と教えてもらっているけれど、優しく教えてくれるし、いつもニコニコと笑顔で話しかけてくれるのでレリアとしても助かっている。
他にも使用人として働いている友人達の話では、あまり良くないところに当たってしまうと人間関係がつらくて長続きしないとか、仕事がきついとか、そういうこともあるという。
でもユニヴェール家はそんなことはない。
主人達もおおらかで、先輩のオードランさんも穏やかで、仕事も家でやっていたようなことの延長線なのでつらくない。
それにユイ様に教える時間が楽しい。
今日はお化粧の仕方を教えた。
十四歳では少し早いかと思ったけれど、ユイ様が「大人っぽくなりたい」とこぼしていたのを聞いて、教えることにしたのだ。
セレスト様に化粧道具を買いたいと伝えたら、あっさり許可と共にお金を渡されたのには驚いた。
……そういえば、竜人は番に関してはお金をケチらないって聞いたことがあったけど、本当だったのねぇ。
簡単な化粧道具を購入し、少しだがお化粧を教えたら、元から可愛らしい顔立ちだったユイ様は更に可愛くなった。
年齢的にまだ可愛らしさのほうが大きいが、あと数年もしたら更に成長するだろう。
番が美しくなってセレスト様も喜んでいた。
レリアも、また子育てをしているような気分で楽しくて、子供と接する喜びを思い出していた。
……うちの子達はあんまり口出しすると嫌がるのよねぇ。
それが成長だと言えば嬉しいのだが、子供が手を離れていくのは何度経験しても寂しいものだ。
「さあ、今のうちにお掃除しちゃいましょう」
……今度は何を教えようかしら?
そんなことを考えながら、レリアは使った後の化粧道具を丁寧に片付けたのだった。
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