新しい使用人(1)
「新しい使用人を雇おうと思います」
セレストさんの言葉に、お茶を淹れてくれていたセリーヌさんが「あらまあ」と微笑んだ。
それにはわたしも賛成である。
今現在、セリーヌさん一人でこの家のことを回してくれているけれど、食事作りに買い物に洗濯に掃除にとかなり負担が大きい。
それでもすぐに雇わなかったのは、セレストさん自身が他の人を信用出来ず、またアデライドと同じことが繰り返されないか気にしていたからだ。
だけど今回、雇うことを許可した。
……わたしが番であることを受け入れたってことも理由の一つかもしれないけど。
セリーヌさんの負担がやはり気がかりなのだろう。
この二年、セリーヌさんは頑張ってくれた。
いつだって家の中は綺麗で、洗濯物はきちんとアイロンがかけられていて、食事は美味しく、買い物などもして日用品を切らさずにいてくれて、わたし達が仕事中の来客応対もしてくれた。
まあ、セレストさんのことを知っている人はあまり昼間に訪れることはないのだが、それでも留守番もきちんと担う。
だけどセリーヌさんももう五十代も半ばなので、そろそろ無理を続けるのは難しい。
それもあって、新たに使用人を雇うことにした。
「どのような方を雇うのでしょうか?」
セリーヌさんの問いにセレストさんが答える。
「年齢はやや高めで、獣人か魔族辺りで見つけられたらと思います」
「それはいいですねぇ」
ふふふ、とセリーヌさんが嬉しそうに笑う。
「なんでその二種族なの?」
セレストさんがわたしの頭を撫でる。
「子供を大事にするからですよ」
なるほど、と納得した。
……あと一年半もしたらわたしは成人なんだけど。
セレストさんからしたら、まだまだ子供ということか。
ちょっとへこんだのは秘密である。
* * * * *
新しい使用人を雇うために、次の休日、セレストさんとわたしは商人ギルドへ向かうことにした。
商人ギルドは色々な物の販売だけでなく、雇用主と被雇用者との間を仲介する仕事も請け負っているそうだ。
ちなみに仲介は、最初に仲介料を払うだけでいいらしい。
雇用主の希望と被雇用者の希望を聞き、双方の希望に合った相手を紹介する。
しかも商人ギルド側である程度、身元を確かめて保証してくれるので安心して雇用出来る。
被雇用者も自分で売り込むより希望を聞いてもらいやすく、身元も保証してもらえる。
被雇用者も登録料を払うことになるが、その金額を払っても利点のほうが大きいのだろう。
商人ギルドは冒険者ギルドとさほど離れていない場所にあった。
……冒険者ギルドよりも綺麗かも?
建物も綺麗だし、中へ入ってみると、内装にもお金をかけてあるのが分かった。
「ようこそ、商人ギルドへ。本日はどのようなものをお探しでしょうか?」
受付はエルフの女性で、美人である。
「使用人を一名雇用したいと考えております」
「かしこまりました。ではあちらのテーブルで、こちらの書類に必要事項をお書きください。ご記入が済みましたら、お手数ですがこちらへお持ちください」
「分かりました」
エルフの女性はセレストさんの言葉に、すぐに書類を出して渡してくる。
あちら、と示されたテーブルにはペンとインクが用意されており、そこで記入すれば良いという。
セレストさんに手を引かれてテーブルへ向かう。
椅子を引いてもらったのでお礼を言って椅子へ座れば、隣の椅子にセレストさんが腰掛けた。
テーブルに置かれた書類を見る。
雇用主であるセレストさんの名前、年齢、種族、住所、雇用する際の希望、仕事内容、年間の報酬額など色々と書くところがある。
セレストさんは住所までをサラサラと書くと、わたしを見た。
「ユイはどのような使用人が良いですか?」
訊かれて考える。
「セリーヌさんみたいなおだやかな人がいい。あと、食事をおいしく作れる人」
ふふ、とセレストさんが微笑む。
「そうですね、食事が美味しいのは大事な点です」
雇用主の希望欄にセレストさんが種族のことも合わせてそれを書いていく。
……セレストさんって字が綺麗だよね。
丁寧に書かれた文字は整っていて、セレストさんの性格が垣間見える。
「どうかしましたか?」
ジッと手元を覗き込んでいたからか、セレストさんに訊かれて、わたしは素直にそれを伝えた。
「セレストさんの字、キレイで好き」
「ありがとうございます」
セレストさんが少し照れた顔をする。
「私もユイの字が好きですよ。丸くて、小さくて、可愛いですよね」
褒めるように頭を撫でられた。
この二年でわたしもかなり字が上達したのだ。
ちょっと癖字でセレストさんみたいな整った形ではないけれど、セレストさんにそう言ってもらえると癖字も悪くないかなと思える。
そうして最後まで書き終えて、セレストさんがざっと書類の内容を確認すると立ち上がった。
「出してくるので、ここで待っていてください」
それに頷く。
セレストさんは受付へ行って書類を出すと、何かを受け取って、すぐに戻ってきた。
「控えも受け取ったので帰りましょうか」
椅子を引かれて立ち上がる。
「もう終わり?」
「ええ、商人ギルドのほうで人を探してくれて、数日中に連絡があるので、そうしたらもう一度こちらに来ます」
「そっか」
使用人を探すのは商人ギルド任せでいいようだ。
これはなかなかに良いと思う。
背後で「ありがとうございました」と声がしたので、振り返って小さく会釈をしておく。
セレストさんが「ユイ」とわたしを呼ぶ。
「帰りに商店に寄っていきましょう。何か欲しいものはありますか?」
「アメほしい。仕事中、あまいのほしくなる」
わたしの言葉にセレストさんが頷いた。
「なるほど、ユイは頭を使いますからね」
そういうことで、飴を買いに行くことにした。
* * * * *
商人ギルドに行ってから三日。
セレストさん宛てにギルドから手紙があった。
セリーヌさんが受け取ってくれており、仕事を終えて帰ってきたセレストさんがそれをすぐに読んだ。
「どうやら条件に合った者が見つかったようです」
思っていたよりも早かった。
「もう? 早いね」
セリーヌさんが「そうですね」と微笑んだ。
「竜人の方の使用人とは人気のあるお仕事ですから。きっと今回も多くの方が募集に手を挙げて、その中からセレスト様のご希望に合った方が選ばれたのだと思います」
「セリーヌさんのお家もそういう感じで雇われたんですか?」
「ええ、私の母の母、そのまた母が、セレスト様のご両親にお声をかけてもらい、それ以降ずっと働かせていただいております」
「すごい」
四代に渡ってというのは驚きだ。
だからセレストさんはセリーヌさんをとても信頼しているのだろう。
「この二年、セリーヌには無理をさせてしまい、申し訳なく思っています」
「すみません」とセレストさんが言い、セリーヌさんが首を振った。
「いいえ、セレスト様とユイ様の身の回りのお世話をさせていただけて私は光栄です。……娘の件で辞めさせられても仕方がないと思っておりましたのに、セレスト様は『仕事が増えるから』とお給金も上げてくださいました。セレスト様が非を感じられることなど、何もございません」
セリーヌさんはそう微笑んだ。
その笑顔は穏やかで、本当にそう思っているのだと分かるもので、セレストさんも釣られるように微笑んだ。
「そう言っていただけると助かります」
セレストさんとセリーヌさんの間に蟠りがなくて良かった。
……そういえば、娘のアデライドさんはあれからどうしているんだろう?
ちょっと気になったけれど、セリーヌさんに訊いて空気が悪くなるのはさすがに嫌だ。
「今週末の休みに商人ギルドへ行ってきます。後で商人ギルドへ返事の手紙を書くので、明日、配達所に持って行ってもらえますか?」
「はい、かしこまりました」
それから荷物と上着を置きに部屋へ向かう。
部屋で上着などを片付け、いつも通り、二階の居間へ行く。
今日はわたしの方が先に来たようだ。
暖炉には火が灯っている。
前もってセリーヌさんが火を焚いておいてくれたのだろう。部屋全体がほどよく暖かくて過ごしやすい。
暖炉の前に行って、揺り椅子を見る。
……揺り椅子ってどんな感じなんだろう。
試しにそっと座ってみる。
「……おお」
椅子に体を預ければ、ユラユラと椅子が前後に揺れて、なんだか面白い。
体重を揺れに合わせれば早く揺らすことも出来る。
初めての感覚に夢中になっていると揺れが止まった。
振り向けばセレストさんが椅子の背もたれに手を置いて、もう片手を口元に当てて立っていた。
「ユイ、あまり大きく揺らすとひっくり返ってしまいますよ」
その声は僅かに笑いが含まれていた。
「あ、ごめんなさい……」
思わず夢中になって揺らしていたところを見られたことに気付くと急に恥ずかしくなってくる。
椅子から降りようとしたが、セレストさんに手で制される。
いつもとは逆にセレストさんが絨毯の上に腰を下ろしたので、セレストさんを見下ろすような格好になり、それが少し不思議な感じがした。
普段は見下ろされる側だから。
「ユイが座ると椅子が大きく見えますね」
言いながら、セレストさんが椅子の肘掛けの先端に手を置き、ゆっくりと椅子を揺らした。
規則正しくゆったりと揺れるのが心地良い。
ふわ、と欠伸を漏らしたわたしにセレストさんがふふ、と笑った。
部屋の扉が叩かれて、セリーヌさんがワゴンを押して入ってくる。
いつもと逆の位置にいるわたし達を見て、セリーヌさんがニコニコしながらお茶を用意して静かに出て行った。
その足音が聞こえなくなってから、わたしは声を抑えてセレストさんに訊く。
「そういえば、アデライドさんってどうなったの?」
わたしは盗まれたものが返ってくればそれで良かったし、アデライドさんのことはわりとどうでも良かった。
でも、ふと気付いてしまったのだ。
四代に渡ってセレストさんの家に仕えたセリーヌさんの家だが、アデライドさんがクビになったことで、それは多分途絶えることになるだろう。
人間であるセリーヌさんは、きっと、働く場所も限定されてしまう。
恐らく娘のアデライドさんも。
そういう意味ではセレストさんの下で働くというのは、必ず仕事に就けるという安心感と生活の安定があったと思う。
しかしそれはセリーヌさんの代で終わる。
もしもアデライドさんが結婚して、娘が出来たとしても、セレストさんはその娘を使用人に雇うことはない。……気がする。
今回使用人を新たに雇うというのは、もしかしたらセリーヌさんが辞めた後のことも考えてのことなのかもしれない。
わたしの質問にセレストさんが困ったように少しだけ眉を下げた。
「気になりますか?」
訊き返されて頷いた。
「ちょっとだけ」
それにセレストさんが苦笑する。
「彼女は盗みを犯しましたが、初犯でした。窃盗の初犯は基本的にはさほど重い罪には問われないのですが、いくつも盗んでいたことと、盗みに関してあまり反省していないということで更生施設に半年ほど入れられたそうです」
ちなみに窃盗の初犯で未成年または若年者の場合、様子を見て、厳重注意で終わることのほうが多いそうだ。
しかしアデライドさんはわたしから複数のものを盗んでおり、わたしから盗んだことについて反省してはいなかったようだ。
セレストさんの手で第二警備隊へ引き渡された時はかなり落ち込んでいる風に見えたのだが、どうやらそれは仕事をクビになったことと、セレストさんに振られたことがショックで気落ちしていただけらしい。
「その後は教会にいるそうですよ」
「教会?」
「更生施設から出た者を教会が受け入れているんです。罪を犯したわけですから、そうと聞いて雇ってくれる場所はなかなかありません。ですから、しばらくは教会で奉仕活動をして、自分達の信用を取り戻すのです」
なるほど、と思う。
罪を犯した者に対する目はやはり冷たいらしい。
でも、だからと言ってそのままにせず、きちんと本人達の行動次第では信用を取り戻せるのだろう。
施設を出た後に仕事に就けなければ生活していくのも難しいだろうし、そういう面の支援という意味でも、教会に身を寄せられるのは良いことだ。
「アデライドさんが反省して、真面目になっても、セレストさんはもう雇う気はない?」
「そうですね……。反省して、もう二度と同じ過ちを繰り返さないと言われても、やはりそう簡単には信用出来ませんね。……やり直す機会を与えることも必要だと分かってはいるのですが」
でもセレストさんの言葉を聞いて、ホッとしているわたしもいる。
セレストさんの番はわたしだ。
それでも、美人なアデライドさんを思い出すと少しだけ胸の辺りがモヤモヤする。
セレストさん本人がアデライドさんに興味がないと言っていても、セレストさんのことを好きなアデライドさんがセレストさんのそばにいるというのは正直に言うとあんまりいい気はしない。
そのことを伝えるとセレストさんがわたしの手を握って、嬉しそうに笑った。
「それは嫉妬と捉えてもいいですか?」
そう訊かれてストンと納得した。
……このモヤモヤした気分って嫉妬なんだ。
セレストさんのそばに女の人がいるのは嫌だ。
ヴァランティーヌさんとかはいいけど、セレストさんに恋愛感情を持っている人が近くにいるのは結構嫌だなと思う。
思うと同時に顔が熱くなる。




