無属性の魔力(4)
* * * * *
馬車の事故があった翌日。
セレストは第二警備隊の隊長室を訪れた。
今朝、職場に到着するとすぐに呼ばれたのだ。
一隊員であるセレストが呼ばれることは珍しい。
……いや、そうでもないか。
新人の頃は、当時相方だったウィルジールがあまりに破天荒過ぎて、よく無茶をしては呼び出されて叱られていた。
第三救護室に配属されてからはなくなったが。
隊長室の前に立ち、扉を叩く。
中から誰何の声がした。
「誰だ」
セレストが答える。
「セレスト=ユニヴェール、参りました」
中から入れと声がする。
それを確認してから扉を開けた。
「失礼します」
そこには燃えるような赤い髪に、やや青みがかった金の瞳の竜人がいた。セレストよりもやや体格が良く、その顔立ちはどこか野性味があり、口角を引き上げると凄みがあった。
セレストの繊細な顔立ちとは系統が違うものの、整った顔だと言えよう。
入室したセレストに第二警備隊統括隊長ジェラール=ルクレールがペンを置いた。
「朝から呼び出して悪いな」
「いえ、問題ありません」
新人の頃はそれこそ頻繁に呼び出されていた。
その時に比べれば大したことではない。
「今回呼び出したのは、昨日の件だ」
セレストが聞き返す。
「昨日と言いますと、ラモーンズ通りの馬車の事故の件でしょうか?」
「ああ、それだ。その時に魔力譲渡を行ったと報告書にあったが間違いないか?」
「はい、番のユイより魔力を譲渡してもらい、それで治癒魔法を行使しました」
ジェラールが手元の書類に視線を落とす。
恐らく、昨日の事故の報告書だろう。
セレストは何か不備があったのだろうかと首を傾げた。
「何か問題がありましたでしょうか?」
それにジェラールが「あー……」と頭を掻く。
「本来、魔力譲渡はよほど相性が良くない限りは行わないだろう? 報告書にはユニヴェールの番は無属性だとあるが、魔力の反発はなかったか?」
「いえ、反発は起きませんでした」
むしろユイの魔力はセレストの魔力によく馴染んだ。
それが番だからなのか、無属性だからなのかは分からないが、おかげで迅速に治療が行えた。
「これまで無属性の魔力保持者は魔法が使えない、ただ魔力を持つだけの者だと考えられてきた」
セレストはそれに頷いた。
無属性の魔力保持者は魔力があるだけで、魔法士には向かない人々。
ただ魔力があるだけの一般人と考えられてきた。
中には魔力はあるのに魔法が使えない『外れ者』と呼ばれることもあった。
「だが、今回の件で無属性の魔力保持者は魔法が使えずとも、魔力を他者に分け与えることが出来ると証明された。しかも報告書を読む限り、譲渡しても魔力の反発が少ない可能性が高い」
そこまで言われてハッとセレストは息を呑んだ。
基本、魔力譲渡は魔力の相性が良くなければあまり行えない。
相性が良くない魔力を受け取っても魔法効率が悪く、あまりに相性が悪いと互いの魔力が反発し合って魔力酔いを起こしてしまうこともある。
そうして、もし無属性の魔力が他者の魔力と反発し難い性質を持っていたとしたら、それは素晴らしい発見であると同時に危険な発見とも言える。
魔法は使えないが魔力がある者。
魔力を使い切っても、その者がいれば、譲渡によって魔力を回復することが出来る。
魔力回復薬もあるけれど、それは日に二、三本が限度である。
しかしそばに無属性の魔力保持者を置き、その者に魔力回復薬を飲ませれば、その分、魔力を使うことが出来る。
それは無属性の魔力保持者が他者より魔力を搾取される可能性が出るということだ。
「……無属性の魔力保持者の奪い合いになる、と?」
たとえば以前のユイのように、無属性の魔力保持者が奴隷にされた場合、主人に魔力を譲渡させられ続けるということだ。
最悪、魔力回復薬を多量摂取し、無理に魔力を回復させてその魔力を搾取されるかもしれない。
魔力を持つ者が魔力を極限まで失うと具合を悪くしたり、気絶したり、酷いと死に至ることもある。
ジェラールが神妙な顔で頷いた。
「無属性の魔力保持者の魔力譲渡についてはあまり口外しないほうがいい。ユニヴェール、お前の番は良くても、他の無属性の魔力保持者は違う」
「了解しました」
セレストも大きく頷いた。
ユイはセレストの下にいるが、他の無属性の魔力保持者の安全までは責任を負えない。
それならば黙っていたほうが良いだろう。
「第三救護室の者達にもそう伝えておくように」
その言葉に頷き、考える。
あの時は気にしなかったが、確かに無属性の魔力は使用方法が色々とあるだろう。
これについて広めるのは危険だ。
「話は以上だ」
「失礼します」と声をかけ、隊長室を出る。
……早めに皆に伝えておかないと。
それにユイやヴァランティーヌ達にも。
無属性の魔力の可能性は大きいが、そのためにユイを含めた魔力保持者を危険に晒すのは間違っている。
歩き出しながらセレストは唇を引き結んだ。
……魔力譲渡はしないよう気を付けよう。
* * * * *
昼食の時間になるとセレストさんが迎えに来てくれて、一緒に食堂へ向かう。
いつもは食堂の広い場所で食べるのだけれど、セレストさんが話があるからということで、食事を持ってヴァランティーヌさんとディシーと四人で近くの空き部屋に移動する。
あまり広くはないそこは会議室の一つのようだった。
食事をテーブルに置き、席に着く。
「それで、話ってなんだい?」
ヴァランティーヌさんが問う。
「実は昨日の事故の件で、ユイの無属性の魔力について、それから魔力譲渡を行ったことを出来れば口外しないでほしいのです」
セレストさんの言葉に全員が首を傾げた。
「それは構わない、というか人の魔力の属性について他人に話すのはあまりいいことではないしねぇ。別に誰かに話すってこともないけど。理由は?」
「無属性の魔力は魔力譲渡の際に反発が少ないのです。昨日、私自身も感じましたが、無属性の魔力は譲渡された後に非常に馴染むのが早かったんです」
ヴァランティーヌさんが「なるほど」と唸る。
わたしとディシーは首を傾げたままだ。
「えっと、それって何か問題があるんですか?」
代弁するようにディシーが訊いてくれた。
「魔力には人それぞれ属性があるということは知っていますか?」
セレストさんに問われて二人で頷く。
「そのため、魔力を他人に与えても属性が違うため、多少なりとも反発があったり、普通よりも魔法に魔力を多く使用する、いわゆる魔力酔いや魔法効率の低下などの弊害があるのです」
それも昨日似たようなことを聞いた。
「ですが無属性の魔力は純粋な魔力に近い分、反発がなくて魔力酔いもし難く、与えた相手の魔力とも馴染みやすく魔法効率の低下が起こり難い、という可能性が出てきたのです」
「それっていいことじゃないの?」
わたしが訊くとセレストさんが困った顔をする。
「私とユイの間で譲渡する分には利点です。……たとえば、無属性の魔力の奴隷と魔法士の主人がいたとしましょう。主人の魔法士が魔力切れを起こした時、そばに無属性の魔力を持つ奴隷がいたら、主人の魔法士はどうすると思いますか?」
それは考えるまでもない。
「どれいから魔力をもらうと思う」
「ええ、そうです。それが一度であればまだ良いのです。しかし、もしその主人が奴隷に何度も魔力回復薬を飲ませて奴隷から無理に魔力を搾取したらどうなるでしょうか?」
「……そっか」
そうなれば奴隷はきっとボロボロになる。
わたしとセレストさんの間ではそういうことがなくても、他の人の間では関係性が違う。
奴隷でなかったとしても、強制的に魔力を譲渡させられるかもしれない。
そうならないためにも今回の発見は秘密にしよう、ということなのだろう。
「他のむぞくせいの魔力の人があぶなくなる」
「その通りです。ただでさえ魔法士の中には無属性の魔力保持者を『外れ者』と蔑む者もおります。そんな人々にこのことが知れれば、無属性の魔力保持者に酷いことをするかもしれません」
「うん、だまってたほうがいい」
ヴァランティーヌさんとディシーも頷く。
「そうだね、気を付けるよ」
「私も誰にも言わないよ!」
それにセレストさんが「お願いします」と言う。
「第三救護室の者にも、昨日の事故に当たった班にも話してありますので。今後、ユイからの魔力譲渡は控えようと思います」
少し残念だが仕方がない。
……やっとセレストさんの役に立てると思ったんだけどな。
わたしがセレストさんのために出来ることなんて少なくて、それでも魔力譲渡だけでも出来たら嬉しいと考えていたのだが、そうもいかないらしい。
内心で小さく息を吐いたのは秘密である。
* * * * *
ジェラール=ルクレールという男はもうすぐ千二百歳を迎える竜人である。
そうして、千二百年生きても彼はいまだに番を見つけられずにいた。
……もう諦められたと思ってたんだが。
つい先ほど出て行った若い竜人に、つい羨ましさを感じてしまい、苦笑する。
昔はジェラールも番という存在に憧れた。
番を探すために数百年、世界各国を回ったこともある。
それでも番は見つけられなかった。
そうしてジェラールは三百年前、故郷に戻り、功績を挙げて第二警備隊の統括隊長となった。
竜王陛下への手紙を書くために便箋を取り出す。
羨ましいと思うが妬ましさはない。
どれほど羨ましく思っても、他の竜人の番はジェラールの番になることはないのだ。
竜人が番を得られる確率は全体の半分程度。
同じく本能の強い獣人でさえ、番以外と結婚することが出来るというのに、竜人は番以外と婚姻することはない。
ある意味では、酷く不器用な種族である。
他の人族よりも強く、気高く、しかし番には弱い。
ジェラールは番を求めている。
それは本能だ。
だが番を見つけられずにいる。
それが苦しい。
苦しいが、今は番は見つからないほうが良いとも感じている。
このグランツェールの街の守護を任せられており、第二警備隊の統括隊長という立場上、弱みとなる存在はないほうが良い。
それに竜人は番に願われたら断れない。
もしその番が良くないことを願った時、ジェラールですら断り切れないと思う。
「無属性の魔力、か」
セレスト=ユニヴェールの番は無属性の魔力保持者だ。
彼の番はある意味では有名人である。
元戦闘用奴隷であり、この第二警備隊で最も若くして働いている人間の少女だ。
この街で生活している人間の、それも子供となれば殆どが保護区にいるため、彼の番とその友人であるという人間の少女二人は第二警備隊でよく知られている。
一人は受付で、一人は事務方で。
どちらも若くして働いており、勤務態度も真面目なことと、第二警備隊は基本的に成人ばかりなので子供というのは良い意味でも悪い意味でも目立つのだ。
子供が警備隊にいることに反対する者もいる。
が、表立って口に出さないのは竜人であるユニヴェールの番ということと、第二警備隊最古参の一人であるヴァランティーヌ=バルビエの養い子だからだ。
竜人の番に口出しをするのは恐ろしい。
それに古参のバルビエは殆どの隊員の教育に関わっているため、なかなか頭が上がらない。
何より子供であっても二人は真面目に仕事に取り組み、きちんと結果を出している。
結果を出している以上は文句は言えない。
ジェラールとしても、子供であっても才覚があり、真面目に勤務するのであれば反対はしないし、人間の子供なので人目のある場所にいたほうが良い。
一度、二人がまだ働く前に挨拶に来たことがある。
どちらも酷く痩せていて、小さくて、けれどもその瞳にはしっかりと光が宿っていた。
奴隷の中には自意識を捨ててしまう者もいるが、あの二人は自分の意思を持ち、そうして仕事を行うことを決めたのだろう。
ユニヴェールやバルビエが保護者で良かった。
あの二人は世話焼きな性格なので、子供達を放置したり、無理に言うことを聞かせようとすることはない。
……まあ、ユニヴェールのほうはそうならざるを得なかったと言うべきかもしれないが。
新人の頃に『破天荒で手に負えない』と言われたウィルジール=エル・アルナルディと組んでいたせいか、ユニヴェールも当時、よくこの隊長室に呼び出したものだ。
今はウィルジールも落ち着いているから良いものの、街の子供達の親玉だったウィルジールは本当に手を焼かされたものだ。
そんなウィルジールに振り回されてきたからか、ユニヴェールは竜人にしてはかなり理性的だ。
番を見つけたことを羨ましく思うのと同時に、微笑ましくも思う。
……苦労人に癒しが出来て良かったな。
無属性の魔力という問題はあるが、黙っていれば、ただ魔力があるだけの一般人だ。
「まあ、竜王陛下には報告しておかないとな」
他の無属性の魔力保持者のためにも。
どうするかは竜王陛下の裁量に任せるが、陛下ならば悪いようにはしないだろう。
それに黙っていたほうが良いと判断されたなら、それでいい。
誰かを不幸にする発見など、広めるべきではないのだから。
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