無属性の魔力(3)
それから更に一時間ほど経って、日が落ちる頃。
ようやくセレストさんが他の隊員を連れて戻って来た。
みんな疲れた顔をしていて、それでも、これから一度第二警備隊に戻って報告書を作らなければいけないそうだ。
セレストさんが申し訳なさそうな顔をする。
「すみません、まだ帰れなくて……。ユイは先に帰っていますか?」
「もし先に帰るならアタシが家まで送っていくけど」
セレストさんとヴァランティーヌさんの言葉に首を振る。
「ううん、待ってる。本もってきてるから、それよんで待つからいいよ。セレストさんといっしょにかえる」
「そうですか」
セレストさんが嬉しそうな顔をした。
そこでヴァランティーヌさんとディシーはそのまま帰るということで「じゃあね」「また明日ね」と挨拶をして帰っていった。
わたしはセレストさん達が乗って来た馬車に一緒に乗って、第二警備隊へ戻ることになった。
一番端に座って、セレストさんがその横にいる。
十四歳になって成長したからか、最近、セレストさんの膝に乗ることは減っている。
……馬車に乗り慣れてきたしね。
ギュウギュウに詰まって乗っているので少し狭いものの、全員がそうなので文句はない。
目が合うとレミさんがぺこりと会釈してくれたので、わたしも会釈をして返す。
その横には見覚えのある獣人の女性がいて、ニコリと微笑み返された。
「その後、具合はいかがですか?」
初経が来た時にお世話になった人だった。
「元気です。あのときはありがとうございました」
「いえいえ、元気で良かったです」
そうして会話をしているとヒョイと他の人に覗き込まれた。
小柄でヒゲをしっかり生やした厳つい顔のドワーフの男性だ。
「セレストの番は随分と可愛いな」
急に覗き込まれてちょっと驚いたけれど、敵意もないし、厳つい見た目のわりにニコニコしていて嫌な感じがない。
「そうでしょう、私の番は可愛いのですよ」
セレストさんが自慢するように言ってわたしの頭を撫でる。
「人間か? 若いな。まだ子供だろ?」
「ええ、ユイといいます。少し前に十四歳になりました。ユイ、こちらはバルセロといって第三救護室の一員です」
「よろしくな、嬢ちゃん」
そのまま第三救護室の人達が自己紹介してくれた。
ただ、十五人もいたので全員を一気に覚えきれなくて、でも第三救護室の人達は気にした様子はなく、むしろ「そのうち覚えられるよ」と笑っていた。
話を聞くと、なんとセレストさんは第三救護室のまとめ役なのだそうだ。
セレストさんが一番長くそこで働いているかららしい。
「セレストさん、だい三きゅうごしつでどれくらい働いてるの?」
と、訊けばセレストさんが「そうですね」と視線を斜め上に向ける。
「第二警備隊に入ってすぐに配属されたので、大体百年くらいでしょうか?」
「百年」
わたしの寿命よりも長いのではないだろうか。
でも竜人からしたら百年はそれほど長い年月ではないのかもしれないが。
人にもよるけれど、配属先が変わることも多いため、同じ部署にずっと勤めているのは珍しいようだ。
「最初の五年くらいは私も新人として見回りや警備にあたっていましたが、治癒魔法が最も得意でしたので、すぐに三班に配属されて第三救護室で働くことになったんです。……まあ、治癒魔法が得意になったのはウィルのおかげなのですが」
苦笑しながらセレストさんが教えてくれた。
以前も聞いたけれど、ウィルジールさんは子供の頃からセレストさんと仲が良くて、よく無茶をしては怪我をするウィルジールさんの治療をしていたので治癒魔法が上手になったそうだ。
「昔のウィルは今よりもずっとやんちゃで、街の外に出ては魔獣と戦ったりしていたんですよ。死にかけるとまではいきませんけど、怪我も少なくありませんでした」
……それは随分とやんちゃだったんだなあ。
でもなんとなく想像がつく。
今よりもやんちゃなウィルジールさんがセレストさんを連れ回してあっちこっちに行っては暴れていたのだろう。
現在のウィルジールさんだって、レッドベアの時もそうだけど、結構血の気が多かった。
「そうぞうつく」
「ですよね」
思わずセレストさんと顔を見合わせて笑ってしまう。
「無茶と言えば、セレスト、お前も今回なかなかに無理をしたって聞いたぞ。魔力回復薬も四本目を飲もうとしたとか?」
バルセロさんの呆れた言葉に全員がセレストさんを見た。
「え、大丈夫なんスか?!」
「アレを四本とかまずいでしょ?」
「……いくら強靭な肉体を持つ竜人でも危険である」
全員が口々にあれこれと言うので、聞き取れたのはそのくらいだった。
さすがのセレストさんもその勢いに押され、少し身を引いた。
「いえ、飲んでませんよ。ユイのおかげで飲まずに済みました」
両手を上げて降参ポーズをするセレストさんに他の人達が首を傾げる。
「魔力譲渡ですよ」
「ね」とセレストさんに言われて頷き返す。
他の人達が「なるほど」「魔力譲渡!」と声を上げる。
「……だが魔力譲渡は属性が合わなければ難しいのではなかったか?」
その問いにセレストさんが頷く。
「ええ、普通ならば属性が合わない魔力を受け取っても効率が悪く、無駄になってしまいます。ですが……」
セレストさんがわたしを見た。
「わたしの魔力はむぞくせいです。まほうは使えないけど、魔力は沢山あるそうです」
「……そうか、無属性か」
それだけで全員に意味が通じたようだ。
「なるほど、無属性なら属性の値がない。純粋な魔力に近いからこそ、他の属性と一番反発が少ないかもしれない」
「確かにユイちゃんからは人間にしてはかなりの魔力量を感じます。それで無属性なのが勿体ないくらいですね。もし属性があれば魔法士になれたでしょう」
それにわたしは首を振った。
「むぞくせいでよかったです。もしぞくせいがあったらセレストさんの役に立てなかったから」
それにもし属性があって、魔法が使えたら、わたしはきっと戦闘用奴隷ではなく、別の奴隷として売られていたかもしれない。
あの賭博場にいたからこそセレストさんに会えた。
それに無属性だからセレストさんに魔力譲渡が問題なく行えたと思えば、悪いことではないのだ。
「ユイ、ありがとうございます」
感極まった様子のセレストさんに抱き締められる。
それに抱き締め返しながら、わたしは頷いた。
* * * * *
第二警備隊から家へ帰れたのは八つ目の鐘が鳴った、午後八時を少し過ぎた頃だった。
辻馬車の最後の便に乗って帰ると、家には明かりが灯っていた。
セリーヌさんがまだ待っていてくれたようだ。
「ただ今戻りました」
玄関の扉を開けながら声をかける。
「ただいま」
奥からすぐにセリーヌさんが出て来てくれた。
「お帰りなさい。遅くまでお疲れ様でした」
その優しい笑顔を見ると和やかな気持ちになる。
自分では気付かなかったけど、思っていたよりもわたしは緊張していたらしい。
「遅くまですみません、セリーヌ」
「いえいえ、お仕事で遅くなったのでしょう? つい先ほどお食事は温めておきました」
「ありがとうございます」
セリーヌさんとセレストさんがいくつか会話をして、セリーヌさんは帰っていった。
この時間になってしまい、辻馬車も終わってしまってないので大丈夫か心配になったけど、セレストさんが「セリーヌの家は近くですよ」と教えてくれた。
通りを二つほど離れた場所にあるそうだ。
それなら歩いて帰れるだろう。
まだ通りには少しだが通行人もいる。
セレストさんと一度二階へ行って上着と荷物を部屋に置いて、それから一階へ戻る。
食事はセリーヌさんが言った通り温めてあり、食器に盛りつけるだけだったのですぐに食事にした。
食堂へ持って行って、席に着く。
今までは向かい側に座っていたけれど、セレストさんの番になることを受け入れてからは隣り合って座るようになった。
これはセレストさんが何かとわたしの世話を焼きたがるため、自然とそうなったのだ。
「今日はユイも頑張ったので、特別にお菓子も食べましょうか」
セレストさんがワゴンからお皿を出してテーブルへ置く。
お皿にはセリーヌさんお手製のクッキーやケーキが並んでいて、わたしは思わず「おお」と声を上げてしまった。
いつもは食事を優先していて、夕食前にあまりお菓子を食べることはない。
「とは言っても食事が先ですよ」
「うん」
……ですよね。
お菓子があるからか、いつもより少し食事の量が少なめにしてあって、わたしはきちんと食事を食べ切れた。
残してもセレストさんが食べてくれるんだけど。
でも出来る限り食べるようにと言われている。
この二年でわたしはかなり成長した。
前はガリガリだったが健康的になってきたと思う。
セレストさんにはまだ「細いですね」と言われるものの、あんまり太っても困るので、わたしなりに最近は気を付けている。
食事を食べ終えてからお菓子のお皿に手を伸ばす。
セリーヌさんお手製のクッキーはサクサクとしていて、香ばしくて、甘くて、とても美味しい。
「今日はお疲れ様でした」
頭を撫でられて、わたしはクッキーをセレストさんに一枚差し出した。
「セレストさんもおつかれさま」
それを見たセレストさんが目尻を下げて笑った。
そうしてわたしの手からクッキーを食べる。
「ユイにこうしてもらうのは初めてですね」
整った顔が照れたように言うので、わたしもそれに気付いてちょっと顔が熱くなる。
……そういえば、そうかも?
セレストさんが食べさせてくれることはあっても、言われてみれば、わたしがセレストさんに食べさせたことはない。
気にしたことはなかったけれど、竜人にとって給餌行為が求愛行動だというのであれば、逆にしてもらえるというのもかなり嬉しいことなのかもしれない。
「うれしい?」
「ええ、とても」
ニコニコしているセレストさんは上機嫌だ。
……これくらいで喜ぶなら、時々してもいいかも。
それからセレストさんがクッキーを取り、わたしの口元へ差し出してくる。
食べれば、セレストさんは嬉しそうだ。
なんとなくお互いにクッキーを食べさせ合って、食後のデザートにお菓子を食べた。
後片付けを二人でして、二階に上がる。
わたしは先にお風呂へ入り、セレストさんは家中にライトの魔法を点けて回る。
……今日は疲れたなあ。
あまり長湯すると寝てしまいそうだったのでサッと軽くシャワーを浴びて出る。
居間に行けば、セレストさんが暖炉に火を灯して待っていて、わたしの髪を魔法で乾かしてくれる。
髪を梳く手つきが気持ちいい。
「眠かったら先に寝てもいいですよ」
うとうとするわたしにセレストさんが小さく笑う。
「……もうちょっと起きてる」
わたしの髪を乾かした後にセレストさんもお風呂へ入りに行く。
いつもは寝る前に入るらしいが、今日はさすがに汚れたので早めに入ることにしたようだ。
暖炉の前でぼんやりしていると思ったよりも早くセレストさんが戻って来た。
揺り椅子に座ったセレストさんの足元まで絨毯の上を這っていき、セレストさんの膝に頭を乗せる。
セレストさんの大きな手が頭を撫でた。
「馬車のじこ、なんで起きたの?」
いつも辻馬車に乗っているけれど、あの馬車が暴走したことは一度もない。
「今回暴走した馬車は二頭立ての荷馬車だったのですが、どうやら二頭いた馬のうちの一頭が蜂に刺されて、それで驚いて暴れてしまったのです。もう一頭も突然暴れ出した相方に驚いて混乱してしまったのでしょう。荷馬車も積荷を下ろして軽かったので、速度が出てしまったようです」
「そうなんだ……」
蜂に刺されての暴走なら誰も悪くない。
馬も、御者も、誰にも責任はないだろう。
でもそれであんなに大勢の怪我人と二名の死者が出てしまったのは悲しいことだ。
「二人死んじゃったって……」
「ええ、そうです。残念ながら荷馬車を操っていた御者と通行人が一人、亡くなっています」
そう言ったセレストさんの声は静かで、どこか沈んでいる感じがした。
「セレストさんたちはがんばったよ」
手を握れば「ありがとうございます」とセレストさんが微笑する。
セレストさんも、他の第三救護室の人達も、他の第二警備隊の隊員の人達も、みんな頑張った。出来ることをやったと思う。
「あれだけの事故で死者が二名で済んで良かったと思います。亡くなられた方々には申し訳ないですが」
「それはセレストさんたちがいっしょうけんめい治したからだよ。そうじゃなかったら、もっと沢山死んでたかもしれない。セレストさんたちはがんばったの」
「ええ、そうですね、そしてユイも頑張りました」
キュッと手を握り返される。
その手をわたしもしっかりと握る。
セレストさんの膝に頭を寄せれば、もう片手で頭を撫でられる。
この手は多くの人を助けた優しい手だ。
わたしの好きな、大きな手。




