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旅の同行者(1)

 






「この辺りで休憩しよう」




 先頭を進んでいたアズヴェラさんが言い、それにエルデンさんも「そうですね」と頷いた。


 太陽は大体天上にあり、時間的に昼休憩という意味合いもあるのだろう。


 隊列が止まると途端に荷馬車からアルバレスト商会の人々が降りて、昼休憩のためにあれこれと動き出す。


 わたしもセレストさんに荷馬車から降ろしてもらう。


 小川のそばの拓けた場所で見通しが良い。


 アルバレスト商会の人達は『新緑の息吹』の人達に飲み物などを手渡している。


 セレストさんとウィルジールさんは近くにあった切り株に腰を下ろした。


 わたしはずっと座っていて固まった体を解すために、腕を伸ばしたり、腰を曲げたりと軽く体を動かしてみる。


 荷馬車は揺れが結構あった。


 特に王都の外に出てからは酷かった。


 王都へ来る時に乗せてもらっていた馬車がどれほど良いものだったのか、今になって思い知った。


 ……あの馬車はすごく快適だった。




「ユイ、大丈夫ですか? ずっと座っていて疲れたでしょう? 治癒魔法をかけると良くなりますから、少しかけましょうか?」




 セレストさんに訊かれて首を振る。




「だいじょうぶ」


「それなら良いのですが。ああ、水をどうぞ」


「ありがとう」




 差し出された水袋を受け取って、口を開けて数口飲む。


 旅の間、飲み水は貴重なものだ。


 それにあまり沢山飲むとトイレが近くなる。


 口を閉じて、セレストさんに返した。




「少し周りを歩いてもいいですよ。ただし、離れると危険ですから見える所にいてくださいね」


「うん」




 体を動かすわたしにセレストさんがそう言ってくれたので、ちょっとだけ歩いて回ることにした。


 いくつも切り株があり、そこを椅子代わりにみんなが寛いでいる。


 それでも『新緑の息吹』の人達は辺りを警戒しているようで、話しながらも、その目は森や道を見ていた。


 わたしは余っている切り株に近付いて年輪を数えてみたり、小川を覗いてみたり、セレストさんから見える位置でうろうろとする。


 振り返るとセレストさんと目が合った。


 ……ずっとわたしのこと、見てる?


 心配されているのか、気になるのか。


 きっと両方なのだろう。


 少し、前世の両親を思い出した。


 小さく手を振ると、セレストさんが振り返す。


 それからまた、わたしは小川を眺めた。


 透き通った水は意外と深いようで、小さな魚がやや離れた場所で泳いでいる。


 それをぼんやり眺めていると、ふと軽い足音が近付いて来た。


 振り返れば、アルバレスト商会のあの子供がいた。


 金茶の短い髪に、ダークブラウンの瞳。


 何度見てもディシーを連想させる色だ。




「これ、食う?」




 差し出された掌には飴があった。


 男の子を見れば、その向こうで、セレストさんがこちらを見ている姿がある。


 ……これも異性からの贈り物になるのかな?


 そう思うと受け取らないほうがいいような気がした。




「ううん、おなかへっていないからいい。ありがとう。……わたしはユイ。あなたは?」




 わたしが首を振ると男の子は「そっか」と飴をポケットに仕舞った。




「オレはシリル。アルバレスト商会で働いてる」


「わたしもグランツェールのだいにけいびたいで、じむいんをやってるよ」


「そうなのか?」




 座り込んでいるわたしの横に、男の子──シリルが来て、小川の水面を覗き込んだ。




「事務員ってことは計算が得意なのか?」




 その問いに頷いた。


 シリルが「いいな……」と呟く。




「オレ、商会で働いてるけど計算苦手で、間違えるのも多くて、だから雑用ばっかりなんだ。計算を出来るようになって、もっと商会の手伝いとかもさせてもらって、それで、いつか、大旦那様みたいに自分で商売をしたいんだ」




 大旦那様というのは多分エルデンさんのことだろう。


 シリルの話す様子からして、それは将来の夢というより目標に近いのかもしれない。


 ディシーに色味が似てるからか、なんとなく、放っておけない気分になる。


 わたしは立ち上がった。




「かみとペン、ある?」




 わたしの言葉にシリルがキョトンとした。




「え? あ、多分、大旦那様に言えば貸してもらえると思うけど……?」




 不思議そうに首を傾げるシリルに言う。




「けいさん、おしえてあげる」


「いいのか?」


「うん、たびのあいだ、アルバレストしょうかいのおせわになるし、じかんもあるから」




 シリルの表情がパッと明るくなる。




「紙とペン、もらってくる!」




 と、シリルが駆けて行った。


 その姿はやっぱりディシーに似ていて、早くグランツェールに帰りたいと思う。


 シリルはすぐにペンと紙、インクを持って戻って来たので、切り株の一つを机代わりにして使う。




「じゃあ、もんだいつくるね」




 ……まずは簡単なたし算と引き算。


 ヴァランティーヌさんがわたしに教えてくれたように、わたしも教えられたらいい。


 人から受けた恩は、人に受け継ぐ。


 そうしてその人がまた誰かにその恩を受け継いでいってくれたら、少しだけど、きっと優しい世界になる。


 わたしは優しい人達から沢山の優しさを受け取った。


 それを他の人にも分け与えられたらいいなと思うし、それが誰かのためになればそれは素敵なことだろう。


 問題を作っている横で、シリルが真面目な顔でわたしの手元を覗き込んでいる。


 グランツェールに帰ったら、シリルをディシーに会わせてみたい。


 もしかしたら仲良くなれるかもしれない。








* * * * *








 昼休憩中に問題を作り、解き方を教えた。


 シリルはディシーと同じく計算が苦手で、でも覚えたい、出来るようになりたいという意欲は高かった。


 休憩を終えて荷馬車に戻った後も、セレストさんの膝の上に乗るわたしの横に来て、問題を解きながら計算の仕方を訊かれた。




「三十二に五十八を足すと……、えっと、三十に五十だから……。で、二と八……」




 シリルが指折り数えながら計算をする。




「さきにしたのかずからけいさんするといいよ。二と八をたすといくつ?」


「……十?」


「うん、じゃあ三十と五十と十をたすといくつ?」


「……九十?」


「せいかい」




 シリルは計算が苦手と言っていたけれど、恐らくやり方が分からないだけで、きちんと理解すれば出来るようになれる。


 ……シリルって何歳なんだろう?


 わたしより少し背が高いものの、そこまで歳が離れている風には感じられない。


 わたしよりいくつか歳上か、歳下か。


 ちなみに読み書きはかなり出来るようだった。


 わたしが教えている間、セレストさんも時々シリルに教えてくれていたが、あまり喋ることはなかった。


 でも前のシャルルさんの時のように怒ったり不機嫌になったりしている様子はない。


 教えていても、シリルに触らないように、あまり近付きすぎないように、気を付けているからかもしれない。




「シリルに計算を教えてくださり、ありがとうございます。この子は働き者なので、計算が出来るようになれば、私としましてもとても助かります」




 紙の裏にもう一度問題を作って、それをシリルが唸りながら解いていると、エルデンさんにそう言われた。


 わたしは軽く首を振った。




「おせわになっているおれいです」




 こうしてグランツェールまで旅に同行させてもらえることで、わたしは歩いたり馬に乗ったりしなくて済むし、安全に帰れる。


 でもわたしに出来ることは限られている。


 むしろ、旅に慣れていないわたしに出来ることのほうがとても少ないだろう。


 それに旅の間、時間はかなりある。


 わたしの言葉にエルデンさんがワハハと笑う。




「いや、ユニヴェール殿が羨ましい。この歳で他人に教えられるくらい計算が出来て、事務仕事も出来るなんて、将来有望ですね」




 セレストさんも小さく笑う。




「ユイが番で良かったといつも思います」




 それにちょっと照れくさい気持ちになった。


 ……わたしも。


 わたしも番がセレストさんで良かったと思う。


 まだ番というのを完全に受け入れられたわけではないけれど、セレストさんが番で、わたしを引き取ってくれたのがセレストさんで良かったと、わたしもいつも思う。


 エルデンさんはわたし達を見ると、またワハハと笑った。




「本当に、お二方を見ていると妻に会いたくなってきます」




 それにセレストさんは微笑んでいた。








* * * * *









 ユイが同族の人間の少年に計算を教え始めた。


 やや人見知りなところのあるユイにしては珍しいと思ったが、その少年を観察して、なるほどと納得する。


 少年はディシーによく似ていた。


 髪や瞳の色もそうだけれど、雰囲気も。


 ディシーのことが大好きなユイにとっては放っておけなかったのかもしれない。


 歳の近い、それも同族の異性である。


 セレストとしてはあまり面白くないのだが、しかし、ユイはセレストのことを気にしてくれているようだった。


 近付いて来た少年を見た時、ユイはすぐにセレストを見た。


 まるでこちらの様子を確認するような仕草だった。


 ユイは優しい子だが、意思がないわけではない。


 本当に嫌なことは嫌だと言う。


 そんなユイがセレストのことを気にして、同族の少年ときちんと距離を置いてくれているのに気付いて、セレストは申し訳ないと思う以上に喜びを感じてしまった。


 ……ユイの心に私はいる。


 それがとても嬉しかった。


 しかも、荷馬車に戻るとユイは自分からセレストの足の上に来た。


 まるでそれが当然という風に、自然な動きで戻って来てくれたこともまた、嬉しかった。


 ユイは少年と話していても、時折、セレストを見上げてくる。


 明らかにセレストに気を配る様子にアルバレスト商会の商会長は笑っていたが、セレストにとっては喜ばしいことだった。


 それだけユイの心に自分がいると感じられる。




「ご機嫌だな、セス」




 森に入り、薪を拾っているとウィルジールに言われる。


 これで不機嫌になるほうがどうかしている。




「ええ、良いことが分かりましたので」


「でもさ、同族の同じ年頃の異性だぞ? あんな風に顔突き合わせて話してて、気にならないのか?」




 指差されたほうを見れば、少年と『新緑の息吹』の一人とユイの三人が火を熾して盛り上がっているようだった。


 全く気にならないと言えば嘘になるが、こうして見ていても、ユイは少年達からやや距離を置いている。


 グランツェールにいた時も、異性との身体接触をしないように気を付けてくれていたが、距離までは考えていなかった。


 そのユイが今は距離に気を付けてくれている。


 どのような理由で変化があったにせよ、それがセレストのためだということは分かる。




「ユイは私の番だという自覚を持ってくれています」




 そうでなければ、ああはしないだろう。


 それに、あまり束縛したくはない。


 番だからこそ相手を束縛したいという本能はあるものの、セレストは、ユイの生い立ちを思えば自由を与えたいと願っている。




「でもまだつがってはないだろ?」


「ええ、ですが、ユイはまだ十三歳です。今、正式に番となったとしても結婚は出来ませんし、私自身も恋愛感情があるわけではありません」




 番として大事にしたい。


 ユイを家族として大事にしたい。


 慈しみたいと思う気持ちはあるが、それは恋愛感情ではない。


 そういうものはユイがもっと心身共に成長して、セレストをそういう対象だと思えるようになって初めて始まるものだ。


 セレストからしたら番になってくれるなら、ユイがそばにいてくれるなら、最悪、結婚しなくてもそれはユイの自由だと思っている。


 ……番と夫婦になりたい気持ちは強いが。




「あー、まあ、今の状況で恋愛感情があったら、俺はお前を殴って目を覚まさせなきゃいけなくなるな」




 ウィルジールが低く笑った。


 番は半身であり、伴侶であり、運命の相手だ。


 だが、それで出会った瞬間に恋愛感情が湧くというわけではなく、出会い、付き合っていく中で芽生えていくものだ。


 本能はあくまで本能である。


 事実、エルフやドワーフは本能的に番を察することは出来るものの、番ではない相手と伴侶となる者も多い。


 竜人も獣人も本能が強いけれど、やはり必ずしも番と伴侶になるとは限らず、中には良き友人や家族で終わる者も実は少ないがいる。




「さすがに未成年の子供に恋愛感情は抱きませんよ」




 それに人間は十六歳で大人として認められる。


 もしも恋愛感情を持つようになったとしても、それ以降の話になるだろう。


 今はただ大切な存在として慈しみたい。


 薪を集め、ウィルジールと共に戻れば、すぐに気付いたユイが駆け寄ってくる。




「わたしもはこぶ」




 と、手を差し出された。


 セレストはその手に拾った薪をいくらか渡す。




「尖ったものが多いので気を付けてくださいね」


「うん」




 そうして焚き火に戻る。


 戻りながらも、すぐにユイが振り返った。


 セレストの姿を確認するそれに、セレストは自然と笑みが浮かぶ。


 慣れない環境で少し不安もあるだろうが、セレストを頼ってくれているようで胸が温かくなる。


 焚き火には少年と『新緑の息吹』の一人が待っており、セレストとウィルジール、ユイの運んだ薪から良さそうな枝を取って火にくべる。


 夏場なので寒くはないが、獣や魔獣がいるため、焚き火は必要だ。


 少年がアルバレスト商会の別の者に呼ばれて、その場を離れていった。


 ウィルジールと『新緑の息吹』の一人は周辺の見回りをしに行くというので、セレストとユイは火の番を任された。


 セレストは荷物から毛布を持ち出して、焚き火よりやや離れた位置にそれを敷いた。




「ユイ、ここに座ってください」




 毛布を叩けば、ユイは素直にそこに座る。


 セレストも横に座り、焚き火に薪をくべる。




「……セレストさん」




 そっと名前を呼ばれてセレストは横を見た。




「はい、なんでしょう?」


「その、シリルのこと、おこってる?」




 ユイが恐る恐る訊いてくるのでセレストは首を振って否定した。




「いいえ、怒っていませんよ。ユイがきちんと気を付けてくれているので、嫌な気分にならずに済んでいます。ありがとうございます、ユイ」




 小さな頭を撫でる。


 紅茶色の瞳が「よかった」と細められた。




「ユイも友達が出来て良かったですね」




 そう言うとユイが首を傾げた。




「ともだち?」




 その反応にセレストは苦笑をこぼす。


 どうやら少年はまだユイから友人とは思われていないらしい。


 それに内心でどこか安堵しながらも、少しばかり少年を可哀想に思う。


 少年のほうはどう見てもユイを友人のように思っている風だったので、その差に気付いてしまったセレストは苦笑するしかなかった。







* * * * *

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― 新着の感想 ―
ユイの場合を見て改めて思うと、番の出会う前の人生はどうなってるかは基本的にランダムみたいやな⋯⋯奴隷商で自分の商売品の買取先が悲惨な子が番だった(買取先が決まった段階で気付いた)場合とか、犯罪者とそれ…
シリル君は、ディジーの弟じゃないの?
[一言]  読書の効果が早速出ております(*´艸`*)  番と伴侶にならないパターンは、年齢差も理由にありそうですね。出会った時相手が年上で既に結婚して子供や孫まで…となると、さすがに恋愛感情は育ち…
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