表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/121

父と息子 / グランツェールへ

* * * * *






「──……それで、お前はどう思う?」




 良い酒を手に入れたから飲まないか、と言われて来てみれば、そんなことを国王である父親が言う。


 それにグラスを傾けていたウィルジールは呆れた顔をする。




「どうって、セスのことか?」


「ああ、人間のつがいを得た彼が、過去の悲劇と同じ道を辿らないかというのは国王としても、一人の竜人としても、気になるところだろう」


「ふうん? そんなもん?」




 まだ番を見つけたことのないウィルジールには分からない感覚だが、竜人や獣人は番のためならどんなことでもしたくなってしまうらしい。


 特に竜人はその傾向が強いそうだ。


 ウィルジールはぐっとグラスの中身を飲み干した。




「俺としては心配する必要はないって思うけど」




 それに父親が眉を寄せた。




「何故だ?」


「セスは、セレスト=ユニヴェールは竜人の中でも理性的な奴だし、番のことが一番大事だから。番を苦しめることは絶対にしないさ」




 番を苦しめないために、自分が苦しい道を選ぶような性格の男が、自分の望みのために無理やり番の寿命を延ばすようなことはしない。


 そんなことをするくらいなら、血を吐くような思いでも、きっと番を手放すだろう。


 これでも子供の頃からの付き合いだ。


 親友がどれだけ理性的で我慢強いか知っている。




「でも誓約書はやりすぎだろ」




 まさか誓約書を書かせるとは思わなかった。




「あれ、俺だったら親父のこと嫌いになってる」




 ぐふ、と父親がむせた。


 少し咳き込んだ父親は「そんなにか?」と問う。




「それはそうだろ。あれって、結局はセスの言葉を信用出来ないって言ってるようなものだし」


「それは……。だが同じ竜人だからこそ、番という存在を知ってしまった者だからこそ、分かることもある。時に、番と共にいるためならば、それが悪手であってもやらずにはいられないことも……」




 その言葉には重みがあった。


 ウィルジールの母親は竜人だった。


 しかし母親は竜人であったものの、生まれつき体が弱く、いつも病気がちな人だった。


 それでも兄とウィルジールの二人を産んだのは驚くべきことで、そして、ウィルジールを産んでしばらくして産後の肥立ちが悪く死んでしまった。


 父親は最後まで、医者に母親を診せ、治療士に治癒魔法をかけさせ続けた。


 元より体の弱かった母親に二度の出産はかなりの負担をかけてしまったのだろう。


 治癒魔法をかけても母の体調は良くならなかった。


 それでも多少の延命にはなったのではと思う。


 けれども、結果的に母親が苦しむ時間を延ばしてしまっただけでもあった。




「……私はあれを楽に死なせてやれなかった」




 治癒魔法で騙し騙し延命させたものの、それは母親にとっては幸せなことではなかったらしい。


 ウィルジールは母親のことを覚えていないが、兄が言うには「母上は最期に『もう治癒魔法はしないで』とおっしゃっていた」そうだ。


 治癒魔法でなんとか生きながらえても、それは母親にとっては苦痛だったのかもしれない。


 父親はただ、愛する人を失いたくない一心だったのだと思う。




「竜人にとっても、番にとっても、延命など救いのない道だ。番を苦しめた事実は変わらない」




 ウィルジールは黙って父親のグラスに酒を注いだ。


 それを父親が一気に飲み干した。


 酒気の強い酒だが、一瓶を丸々飲み干したとしても、きっと父親は酔うことなど出来ないだろう。


 竜人は力ある個体ほど酒にも強い。


 あまりに魔力量が高く、竜人達の中でも飛び抜けて強い父親は竜王となり、そしてその魔力量故に寿命も他の竜人よりも長い。




「セス達に同じ思いをさせたくないって?」


「そうだ」




 それにウィルジールは溜め息を吐いた。




「それこそ余計なお世話だと思うぞ」




 セレストはそんな男ではない。


 そんな男であったなら、番を引き取った後に囲ってそのまま外に出さなかっただろう。


 あえて外の世界を見せて、感じさせて、生き方を選ばせて、自由を教えた。


 大事だからこそ、その世界を広めてやりたい。


 それがセレスト=ユニヴェールの愛し方だ。








* * * * *








 王都の五日目の朝。


 わたしとセレストさんの部屋に、朝早くからウィルジールさんがやって来た。


 もちろん、旅支度を終えており、わたし達も既に準備は整えてある。




「じゃあ行くか」




 そんな、軽い調子でウィルジールさんが言う。


 お世話になった王城の使用人の人達にもお礼を言い、早朝の人気の少ない中、こっそりと裏門から馬車を出してもらう。


 それで王都の適当な場所に降ろしてもらい、それからセレストさんとウィルジールさんと三人でアルバレスト商会に向かった。


 アルバレスト商会は大通り沿いにあるお店で、見た目にもオシャレな感じの大きい建物だった。


 それなりに大きな商会だと聞いていたけれど、実はかなり大きな商会なのではないだろうか。


 その商会の前には旅の準備をしている馬車が数台停まっている。


 それから『新緑の息吹』の人達も見えた。


 向こうもこちらに気付くと手を振ってくれる。


 セレストさんと手を繋いだまま、そこへ近付く。


「おはようございます」とセレストさんとわたしが挨拶をすると、アズヴェラさんが頷いた。




「ああ、おはよう。時間通りだな」




 他の人達も疎らだけど挨拶の声をかけてくれた。


 アズヴェラさんに「こっちだ」と手招きされ、ついていくと、慌ただしくしている商会の人々の中へ入って行く。


 その中心にドワーフらしき背の低い、けれども恰幅の良い男性がいた。


 男性はすぐにこちらに気付くと手を上げた。




「おお、あなた方がこの度の同行者ですね。ようこそアルバレスト商会へ。竜人の方々に共に来ていただけるとは大変心強いです」




 ワハハ、と男性が笑いながら近付いて来る。




「改めまして、エルデン=アルバレストと申します。アルバレスト商会の商会長を務めております」




 差し出された手をセレストさんが握り返す。




「初めまして、セレスト=ユニヴェールです。こちらこそ、今回同行させていただけて助かりました。グランツェールまでの二週間半、よろしくお願いします」




 その場でわたしとウィルジールさんも紹介してもらい、エルデンさんは「ええ、ええ、伺っております。よろしくお願いいたします」とにこやかに頷いた。


 エルデンさんと『新緑の息吹』はお互いに契約関係にあるそうで、そこそこ長い付き合いなのだとか。


 商会がどこかの街へ行く時には『新緑の息吹』が護衛として同行し、そのような仕事がない時は『新緑の息吹』は他の冒険者と同様にギルドから別の依頼を受けてお金を稼ぐ、といった感じのようだ。




「荷馬車ですが、それでもよろしければユニヴェール殿達もお乗りください。お嬢さんを連れて歩いたり馬に乗ったりするのは大変でしょう」


「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」


「いえいえ、こちらとしましても前払いで多めに依頼料をいただいておりますので、お気になさらないでください」




 荷馬車、と示されたのはグランツェールで通勤に使っている馬車と同じようなものだった。


 中が見えており、グランツェールでよく乗っている馬車は左右に座る部分があるけれど、こちらの荷馬車には座る場所はなく、代わりに荷物が積まれている。


 ちなみにセレストさんはアルバレスト商会と『新緑の息吹』に同行させてもらう代わりに、依頼料としてお金を前払いしてあるのだとか。


 普通は依頼完了時に支払われるものらしい。




「商人は信用第一ですから、お金を受け取った以上はきちんとそれに見合った対応をさせていただきます」




 ということだった。


 アズヴェラさんも頷いた。




「私達も前払いで分け前はもらっている。グランツェールまでの道は任せてくれ」


「はい、よろしくお願いします」




 セレストさんの横からウィルジールさんが言う。




「人手が必要な時は声をかけてくれ。俺は治癒魔法は苦手だけど、その分、戦闘系の魔法なんかは得意だから戦闘では役に立てると思う」


「分かった、その時は手を貸してもらおう」




 アズヴェラさんが頷き、そうしてわたし達は商会の準備が整うまでの短い時間を待つことになった。


「立っているのも疲れるから」と既に荷物を積み終えた荷馬車の一つに先に乗せてもらえた。


 セレストさんに抱えられて荷馬車に乗せてもらう。


 セレストさんとウィルジールさんはひょいと荷馬車の後ろへ乗り込み、アルバレスト商会の人々や『新緑の息吹』の人達が出発の準備をしているのを眺める。


 ……あ、あの子かな?


 アルバレスト商会の中に、一人だけ、子供が混じっている。


 男の子だろう。わたしよりもいくらか背が高い。


 その髪色を見て懐かしくなった。


 柔らかな金茶色の髪はディシーを思い出させる。


 ……ディシー、元気にしてるかなあ。


 半月近くも離れて過ごしていると寂しくなる。


 でも、これから帰るのだ。


 ……あそこがわたしの居場所。


 そう思うと早く帰りたくなる。


 それにディシー達へのお土産も早く渡したい。




「お待たせいたしました。準備が整いましたので、出発してもよろしいでしょうか?」




 エルデンさんがやって来る。




「はい、我々は問題ありません」


「では出発いたしましょう」




 エルデンさんと数名が荷馬車に乗り込んでくる。


 それを確認し、先頭で馬に乗ったアズヴェラさんが全体の様子を見た後、手を上げ、前へ向ける。


 それに合わせて馬車がゆっくりと動き出す。


 ガタゴトと荷馬車が揺れる。


 ……あ、そっか、馬車と違うんだっけ。


 座っている荷馬車の床から直に地面のデコボコ加減が伝わってくる。


 しばらくは良いけれど、ずっと乗り続けるのはきついかもしれない。


 座りの良い位置を探してもぞもぞしていれば、セレストさんがわたしを見た。




「ユイ、こちらに」




 セレストさんが胡座をかいて、膝を叩く。


 思わず足とセレストさんを交互に見る。




「そのままだと痛いでしょう?」




 差し出された手を思わず掴めば、そのまま軽く引き寄せられて、セレストさんの胡座の上に座ることになる。


 確かにこちらのほうが痛くない。


 頭を撫でられる。




「旅は長いので無理はいけませんよ」




 その時、昨日読んだ本を思い出した。


 竜人は番へ触れ合いや過度な干渉をしたがる。


 これもそういうことなのだろうか。




「セレストさん、いたくない?」


「ええ、私は大丈夫ですよ」




 ……強がっているわけではなさそう。


 揺れるからか、わたしの腰にセレストさんの腕が回っていて、しっかりと支えてくれている。


 背中はセレストさんに寄りかかっている。


 ちょっと落ち着かないような、でも安心するような、不思議な気持ちを感じたけれど、それは嫌なものではない。


 ふと顔を戻せばウィルジールさんだけでなく、エルデンさんを含めたアルバレスト商会の人達が微笑ましそうな顔をしていた。




「ふふ、私も妻に会いたくなりました。今朝、挨拶を済ませたばかりですが」




 エルデンさんがワハハと笑う。


 わたしがセレストさんの番だと知っているようだ。




「悪いな、あの二人はまだつがってないんだ。ほら、年齢的にもまだ色々問題あるし」




 ウィルジールさんが言う。


 それにエルデンさん達が納得した様子で頷いた。




「なるほど、お嬢さんはまだお若いですからね。結婚なさるにしても年齢的に難しいでしょう」


「今は仲を深め合ってる最中ってわけさ」


「微笑ましい限りです。私も妻も若かりし頃は似たようなものでしたが──……」





 なんて話をしているうちに馬車は大通りを抜けて、王都の門に辿り着く。


 王都は外壁に囲まれており、その壁には四方に門があり、そこを守護する兵士達がいる。


 ちなみに王都内の治安を守る警備隊はまた別にいるそうで、王都には王城を守護する騎士と、王都を守護する兵士と、そして治安を守る警備隊の三種類がいるのだとか。それぞれ仕事が違う。


 セレストさんの弟であるイヴォンさんとシルヴァンさんは騎士だ。


 門のところで兵士達に身分証を見せる。


 わたしの分はセレストさんが持っている。


 全員分を確認し、旅の理由を伝え、問題なしと判断を受けて、やっと王都の外へ出られるのだ。


 門の外に出ると途端に風景が一変する。


 街並みは消えて、草原が広がり、遠くに森もある。




「ああ、やっぱり外はいいな」




 荷馬車の後ろを馬でついて来ていた『新緑の息吹』の一人が嬉しそうに言う。


 わたしはつい、訊いてしまった。




「まち、きらいですか?」


「いや、嫌いじゃないけど、エルフは森の中にある村で生まれて暮らしてるから、ああいう街っていうのは落ち着かないんだ」




 急に話しかけたわたしに嫌な顔もせず、その人は答えてくれた。


 エルフの村は自然と調和した造りなのだそうで、王都やグランツェールのような街並みとは違うらしい。


 その人は村を出て四十年ほどらしいが、今でも王都の街並みや人の多さにはなれないのだとか。


 やはり生まれ育った環境のせいか、森や草原など自然の中のほうが良いということだった。




「エルフのむら、いってみたい」




 セレストさんがそれに笑った。




「そうですね、そういう機会もあると思いますよ」




 でもその笑みは少しだけ困ったようなものだった。


 どうしてかなと首を傾げたけれど、セレストさんは微笑んでいるだけで、その理由は口に出すことはなかった。




「うーん、エルフの年寄りは他の種族に興味がないからなあ。行っても楽しいかは分からないぞ?」




 エルフの村について話してくれた人も苦笑する。


 ……そっか、エルフは排他的なんだっけ。


『新緑の息吹』の人達もヴァランティーヌさんも気さくだから、そのことをいつも忘れそうになってしまう。


 でもいつか、エルフの森に行ってみたい。






 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
王様は竜人で、番以外とは性行為、子作りはしないしその気にもならないのですよねきっと。 ビジネスパートナーの王妃様が竜人なら、それは王妃様も同じですよね。 王妃様は、自分の番との恋愛や結婚は諦めたから…
4話前の「竜王陛下」で『王妃はいつもお前を心配している』とありますが、番ではない現王妃がいるということですか?
[一言]  ユイがドワーフよりエルフの方に興味があるのは、ヴァランティーヌやセレストの家族がエルフだからかな?  ドワーフやエルフの描写が、もふもふ(獣人)やつるつる(魔族)より少ない気が(笑)  …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ