王都観光(2)
船着場には小さな船がいくつかあった。
小さいと言っても種類があって、一人用らしい本当に小さな船もあれば、二人用くらいのものもあり、複数人向けのやや大きなものも並んでいる。
船着場には不思議な男性がいた。
体に鱗模様があって、人に近いけれど、ちょっと魚みたいな雰囲気もある。
…………えっと、魚人族だっけ?
本で読んだ時には、確か、手に水掻きがあって、背中や足にヒレがあり、水辺で生きる魔族。
実は脇腹にエラがあって水中でも呼吸出来るのだとか。
ミリーさんがその人に話しかけた。
「買い物観光をお願いしますにゃー」
どうやら案内所で案内してもらってここに来ると、船の代金をいくらか安くしてもらえるらしい。
セレストさんが代金を支払った。
船の大きさはやや大きいものにしてもらった。
わたしが初めて船に乗るので、小さいものよりは、大きいもののほうが安定するからだそうだ。
船には一隻につき一人、魚人族がついていて、水中から船を引っ張ってくれるらしい。
「どうぞ、ゆっくり乗ってくださいね」
魚人族の男性に声をかけられ、頷き、そっと慎重に船へ乗る。
先に乗っていたセレストさんの手を借りて、その隣に座った。
水面に合わせて微かだけれど、ゆらゆらと船体が揺れて、それは不思議な感覚だった。
「今日は風も波もないので、初めて船に乗るには本当に良い日ですよ。是非楽しんでいってください」
そう言って男性は水中へ入った。
ミリーさんが船の先頭に立って振り返る。
「気になるお店がありましたらお気軽におっしゃってくださいにゃー」
船がゆっくりと前へ動き出す。
するすると水面を滑るように動く感覚が面白い。
「怖くありませんか?」
セレストさんの問いに首を振る。
「ううん、おもしろい」
「そうですか、良かった。ああ、船の上では立ってはいけませんよ。場合によってはひっくり返ってしまいますので、座ったままでいるように」
「わかった」
川の左右には、ミリーさんが言っていた通り船の屋台が並んでいる。
食べ物もあるけれど、お土産に良さそうなものが多い。
「ミリーさん、おうとのおんなのこのあいだではやってる、おしゃれなものってありますか?」
まずはディシーの分のお土産だ。
「それでしたら髪飾りか腕輪がオススメですにゃー。髪飾りはガラスで作った花や植物のものが、腕輪は玉を丸く磨いて連ねたものが流行ってますにゃー」
「それでしたら二軒先の店がいいですよ。若者向けのものが多くて、種類も豊富ですから」
ミリーさんと魚人の男性が教えてくれる。
そういうことで、まずは髪飾りと腕輪を見ることにした。
屋台の前で船を止めると、お店の人が「いらっしゃい」と言う。
あまり大きくない屋台だけれど、そこかしこに髪飾りやブレスレット、ネックレスなんかが飾ってあって、カラフルだ。
「うちは玉とガラスを使ったものが売りさ。どうぞ見てっておくれ。どれも良い品ばかりだよ!」
獣人の女性だった。
「ぎょくってなんですか?」
初めて聞く言葉だ。
「玉っていうのは宝石の仲間だよ。見た目は石に似ているんだけどね、磨くと綺麗な模様や色になるんだ。しかも宝石より安くて、綺麗なのさ」
「これが玉だよ」とブレスレットを渡された。
紫色の丸いものが連なっている。透明感があって、光に当たるとキラキラと反射させて煌めいている。
「きれい」
「だろう? こういう風に玉にして使うから、そのうち玉って呼ばれるようになったらしいよ」
それは分かりやすい呼び方だ。
セレストさんがわたしの手元を覗き込んだ。
「なるほど、確かに宝石に比べて輝きはありませんが、綺麗なものですね」
「そちらは透明なものですが、こちらのように不透明なものもあり、模様も多種多様なんだよ。最近は男性も玉の装飾品を身につけるのが流行り始めていてね」
「一つどうだい?」とセレストさんに玉を勧めていて、セレストさんも渡されたブレスレットを受け取って眺めている。
代わりにわたしはさっき渡されたブレスレットを返した。
それからお店の中を見る。
カラフルな色味で見ているだけでも楽しい。
ディシーには髪飾りもブレスレットもあげたい。
お揃いの色やデザインのほうが良さそうだ。
「あの、かみかざりとうでわで、おそろいのものはありますか?」
「あるよ。こっちにあるのがそうだね」
指差されたところを見れば、お揃いの色やデザインのものが並んでいた。
ブレスレットだけでなく、ネックレスやピアスもあり、髪飾りと合わせたらとても良さそうだ。
色は赤や緑、黄色、オレンジなど、様々だ。
ディシーの髪は茶金で柔らかい色合いだ。
明るく元気なディシーには暖色系が似合うと思う。
思い浮かべながら並べられた商品を眺めた。
……こういうのが似合いそう。
オレンジがかった赤色の小さな花の密集した髪飾りに、よく似た色の玉を使ったブレスレット。ブレスレットのほうには小さな緑の玉が交互に連なっており、オレンジがかった赤い玉には少し縞模様がある。
「ディシーのおみやげ、これにします」
指差せば、セレストさんが頷いた。
「ディシーに似合いそうな色ですね。それにユイの瞳の色と似ていて、きっと彼女も喜ぶでしょう」
お店の人がそれを小さな箱に入れてくれる。
「すみません、同じものをもう一つお願いします」
セレストさんの言葉に首を傾げる。
「ヴァランティーヌの分ですよ。親子で同じものを持っているのもいいでしょう?」
……そっか、ヴァランティーヌさんの分。
ディシーはヴァランティーヌさんの養子になり、つまり、二人は母娘になっている。
きっとお揃いのものをつけたら可愛いだろう。
ヴァランティーヌさんも美しい見た目だから、華やかな髪飾りなどは特に似合いそうだ。
「うん、ふたりともにあうとおもう」
そう言えば、お店の人が「あいよ、じゃあ二人分だね」ともう一組分も小さな箱に入れてくれた。
それを小さな紙袋にまとめて入れて渡された。
セレストさんがその代金を支払おうとしたので、わたしは思わず声をかけた。
「あの、セレストさん、わたしがはらう。ふたりと、しょくばへのおみやげは、わたしのおかねでかいたい」
ディシーにあげるものは自分で買いたい。
それにいつもお世話になっているヴァランティーヌさんや第四事務室の人達へのお土産はわたしが買うべきだと思うのだ。
セレストさんが頷いた。
「そうですね、ではここはユイにお願いします」
お店の人に値段を訊いて、わたし自身のお財布から代金を支払った。
働き始めてからもらった給料の半分ほどは毎月セレストさんに渡しているけれど、残りの半分はわたしのお小遣いとして貯めている。
今回の旅ではそれを持って来ていた。
豪遊するほどはないけれど、ちょっとしたお土産を買うくらいなら出来る。
……ディシーとヴァランティーヌさんは喜んでくれるかな。
「良い買い物が出来ましたね」
セレストさんの言葉に大きく頷いた。
お店の人にお礼を言って、船がまた動き出す。
「他にはどのようなものをお探しですにゃー?」
ミリーさんの問いに答える。
「はたらいている、しょくばのひとたちへのおみやげもかいたいです。……でも、あんまりたかいとかえないかも、です」
第四事務室はそれなりに人数がいるので、一人に一つとなると高いものは沢山買えない。
それにミリーさんが「うーん」と悩んだ。
船を引っ張っていた魚人の男性が言う。
「それなら『水の御守り』はいかがですか?」
「水の御守り?」
「ええ、綺麗な貝殻に飾り紐を通した御守りです。魚人族と人魚族の間では家族や友人などの親しい人の安全を願って贈るものですが、最近ではお土産としても人気が出てきたんですよ。値段も安いし、沢山買ってもかさばらないのでオススメですよ」
それなら渡す時に相手も気兼ねせずに受け取ってもらえるかもしれない。
「それにします」
「良い店にご案内しますね」
魚人の男性がスイスイと泳ぐ。
それに合わせて船も進んでいく。
揺れがあまりないので、これなら船酔いとかいうのも起きなさそうだ。
いい天気で、水面がキラキラ輝いている。
他にも同じように船に乗っている人達がいて、その人達も楽しそうだった。
通り過ぎる時に手を振ってくれるお店もあった。
お店はそれほど離れていなかったようで、船が一つのお店の前で停まった。
「いらっしゃい」
そこには下半身が魚の女性がいた。人魚だ。
魚人族は男性のみ、人魚族は女性のみという変わった種族で、主にお互いの種族と結婚することが多いそうだ。
ちなみに魚人は魚寄りの外見で、人魚は人寄りの外見をしている。
「水の御守り、お一ついかが? 健康や安全を願う御守りなの。……って、あら、なんだ、あなたの紹介だったのね」
お店の人魚の女性が、船を引っ張ってくれていた魚人の男性を見て、笑った。
セレストさんと二人で首を傾げる。
「いやぁ、実はうちの妻の店でして」
「夫がすみません」
それに全員が納得した。
奥さんのお店だからオススメしたのもあるだろう。
でも、見たところ綺麗な御守りが並んでいる。
親指の爪くらいの大きさの小さな可愛い二枚貝に綺麗な飾り紐が通してあり、房になっていて、風が吹くと上に吊るしてあるものが揺れる。
「ここにある御守りは全部私と娘の手作りなんです。貝殻の模様はみんな違って、同じものは一つとしてないんですよ」
言われてみれば、同じような貝殻でも、よくよく見ると模様が微妙に違っていて面白い。
しかも飾り紐もそれぞれ違うので、確かに同じものというのはなさそうだった。
値段を訊いてみたらかなり安かった。
第四事務室は三十人いるが全員分買えそうだ。
「しょくばのひとたちにあげたいんです。えっと、三十ほしいです」
「まあ、そんなに沢山買ってくれるの?」
人魚の女性が嬉しそうな顔をする。
「それなら飾り紐の色合いが被らないように選んであげましょうか?」
「おねがいします」
女性の申し出はありがたかった。
沢山あって、どれを買うべきか分からなかった。
でも女性は「どの色も素敵なのよ」とあれこれ選んでくれて、確かに見るとどれも飾り紐の色が違っていてた。
お土産を持って行って、自分達で選んでもらうというのも楽しいかもしれない。
全部紙袋に入れてもらい、代金を支払う。
セレストさんが荷物を受け取ってくれた。
「沢山買ってくれてありがとうね!」
人魚の女性が笑顔で言ってくれて、わたしも笑顔になる。
「お礼に好きなものを一つどうぞ」
と、言われてミリーさんを見た。
それからセレストさんを見ると頷き返された。
「ミリーさん、よかったらえらんでください」
「え、私ですかにゃ?」
「はい、きょうあんないしてくれたきねんに」
「嬉しいですにゃーっ。私、実は水の御守りを持っていなかったので、気になっていたんですにゃー!」
ぴょんぴょんとミリーさんが飛び跳ねる。
そうしてミリーさんは可愛いピンク色の飾り紐の御守りを選ぶと、首につけていたリボンにそれを括りつけた。
「ありがとうございますにゃー! これからは毎日つけますにゃー!」
ミリーさんがつけると更に可愛くていい。
買い物のおまけで選んでもらったけれど、喜んでもらえて良かった。
ふとセレストさんが一つを手に取る。
オレンジがかった赤い飾り紐のものだ。
それの代金を払うとわたしへくれた。
「ユイの健康と安全を願って」
真っ白な貝殻のついた可愛い御守りだ。
……わたしの分?
見上げればセレストさんが微笑んだ。
「ありがとう」
わたしも青い飾り紐のものを買う。
本当は同じように目の色に合わせたかったけれど、セレストさんの僅かに緑がかった金の綺麗な色に似たものはなかった。
「セレストさんのけんこうとあんぜんをねがって」
買ったばかりのそれをセレストさんに渡す。
するとセレストさんが嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます。大事にしますね」
そう言って、本当に大事そうにローブの中へと仕舞う姿に胸が温かくなる。
その後はセレストさんのほうのお土産を買って、小腹が空いたので屋台で軽食も買って遊覧しながら食べた。
もちろん、馬車で待ってくれているケンタウロスさんへのお土産も買い、戻った時に渡した。
それから最後に綺麗で大きな橋を見ながら渡って、一番最初の案内所へ戻ったのだった。
「今日はありがとうございました」
「ありがとうございました」
ミリーさん達にお礼を言う。
おかげで楽しい王都観光が出来た。
「こちらこそ楽しい一日をありがとうございましたにゃー。御守り、大事にいたしますにゃー」
「私にもお土産を買ってくださり、ありがとうございました。美味しくいただきます」
案内所に行って正解だった。
きっとセレストさんと二人だったら王城の周りくらいしか回らなかっただろうから、色々と楽しめて本当に良かった。
ミリーさん達に手を振りながら案内所を離れる。
「良い方達でしたね。観光も面白かったですし、気に入った本も買えましたし、楽しい一日でした」
セレストさんの言葉に頷く。
王都はどこを見ても綺麗で、面白くて、それに今日だけで沢山の種族に会えて興味深かった。
王都には色々な種族がいるだろうとは思っていたけれど、想像以上に多種多様な種族がいて、道を眺めるだけでも楽しいかもしれない。
「うん、たのしかった」
帰ったら忘れずに日記を書こう。
今日という素晴らしい日を忘れないために。




