種族について
次の日も、第二警備隊へ行った。
今日もディシーと一緒にヴァランティーヌさんから勉強を教えてもらう。
場所は昨日と同じく食堂の片隅だ。
これからしばらくはこんな感じになるだろう。
今日は自分用にペンとインク、無地の本を持って来ている。勉強用の本だ。
でも持って来てくれたのはセレストさんだ。
荷物を入れる鞄をわたしは持っていない。
それに気付いたのは昨日の夜のことで、セレストさんが「しまった」という顔をしていた。
「荷物を入れるものは買っていませんでしたね……」
「明日、帰りに買いましょう」ということだったので、今日の帰りに鞄かバッグか、何か荷物を持ち運べるようなものを購入する予定だ。
これに関してはわたしも考えていなかったから、セレストさんは全く何も悪くない。
セレストさんは食堂まで来て、わたしの荷物を置くと、少し後ろ髪を引かれるような様子で仕事へ向かった。
それにヴァランティーヌさんは笑っていた。
「まあ、番を得た竜人なら仕方ないけどねえ」
と、いうことだった。
「さあ、今日は常識を教えていくよ」
空気を一新するためか、ヴァランティーヌさんが手を叩いてこちらを見た。
今日はディシーも自分の本とペンを持っている。
その顔は嬉しそうだ。
……自分のものがあると嬉しいよね。
「最初はこの世界の成り立ちから教えていこうか。ディシーとユイは『始まりのドラゴン』を知ってるかい?」
「はい、知ってます!」
わたしも頷いた。
「き、のう、ほん、よみ、ました」
ヴァランティーヌさんが「ああ」と頷いた。
「それなら、始まりのドラゴンについてもう少しだけ説明しようかねえ」
始まりのドラゴンは神様の御子だという。
この世界で唯一のドラゴンであり、神様の力を受け継いでいて、だからこそ生き物を生み出せた。
始まりのドラゴンのおかげでこの世界は生き物があふれている。
どの生き物も、元を辿ればドラゴンから生み出された。
「少し前までは魔族と人族は仲が悪かったり、人族同士でも争ったりしていたけど、今はみんな仲良くっていう雰囲気になってるよ」
……今で良かった。
ついでに手を挙げて訊く。
「ま、ぞく、ひと、ぞく、と、ち、がう?」
それにヴァランティーヌさんが頷いた。
「ああ、人族は基本的にアタシ達みたいな外見だけど、魔族は色々な外見の者が多いんだ。それに能力で言えば魔族のほうが有能なのが多い。魔族は見たことあるかい?」
「は、ぃ。しゃ、るる、さん、あった」
わたしが頷けばヴァランティーヌさんが驚いた顔をする。
「おや、シャルルと会ったのかい?」
「あぃ、さ、つ、した」
「そうかい、シャルルは喜んでただろう?」
訊かれて首を傾げる。
……喜んでた、かなあ?
リザードマンのシャルルさんは淡々としていて、喜んでいたか訊かれても分からない。
人と違って表情も判別出来ないし。
首を傾げたわたしにヴァランティーヌさんが笑った。
「ははは、まあ、あの見た目じゃあ分からないか。ああ見えて根は穏やかで優しい良いやつさ。見た目が威圧的だから子供に怖がられてるが、本当は子供好きなんだよ」
「だからまた会ったら声をかけてやっておくれよ」と言われて頷き返した。
シャルルさんはわたしに敵意を持っていなかったし、確かにちょっと見た目は怖いかもしれないが、悪い気配は感じられなかった。
ディシーが「いいなあ」と言う。
「私も魔族に会ってみたい」
「第二警備隊には魔族が何人かいるから、ディシーもそのうち会えるかもしれないね」
今は魔族と人族が仲良くしているなら会っても問題はないだろう。
それに魔族というのはちょっと気になる。
前世で色々本を読んだけど、ファンタジー系の本にはよく魔族という存在が出て来た。
人間の敵という位置が多かったが、この世界ではそうではないようだ。
「人族それぞれの種族については知ってるかい?」
「種族の名前と寿命は知ってます」
「な、まえ、と、じゅ、みょ、だけ」
ということで種族についても教えてもらった。
改めて、人族は五種族に分かれている。
竜人が最も強く、強靭で、どの竜人も魔力を持っており魔法が扱え、ドラゴンの性質を色濃く受け継いでいる。
寿命は千五百年から二千年ほどとされているが、魔力を多く持ち強い個体ほど長寿で、竜王国の国王である竜人は既に二千年以上生きているそうだ。
ちなみにドラゴンの性質は持っているが、翼はなく、外見的特徴は瞳と牙、そして鋭い爪、普段は隠れているが肌を硬質な鱗にすることも出来るらしい。
それらは目に見える特徴であって、身体能力が総じて高く、五感も非常に鋭く、それ故に個の能力値自体が他の種族よりもずっと高い。
「竜人は本能が強いから、若いほど気性の荒い者も多いんだ。セレストはあの歳にしてはかなり気性が穏やかで珍しいんだよ」
……そうなんだ。
「でも怒らせたら大変なことになるからね」
それは竜人だからというよりも、普段穏やかで怒らない人ほど怒ると怖いというやつではないだろうか。
でもまあ、確かに怒らせないほうが良さそうだ。
別にわざわざ怒らせる必要もない。
ヴァランティーヌさんの言葉に頷いた。
ちなみにセレストさんが言っていたように、竜人はお酒や料理、宝飾品など人の手が入ったものが好きなのだとか。あと肉も好きらしい。
「次はエルフだね。エルフは森の人とも呼ばれていて、竜人の次に寿命が長い」
そしてエルフも全員魔力を持ち、魔法を扱える。
ただ竜人よりは体が頑丈ではない。
そもそもエルフは森にこもっていることが多く、あまり他の種族と関わろうとはせず、排他的な考えの者が多い。
だがエルフ至上主義というわけでもない。
単純に他の種族への興味が薄いだけらしい。
「でもアタシみたいにこうやって街で暮らすエルフも最近は増えたよ。大半は若いのだけどね」
昔に比べて、若いエルフは刺激を求める傾向にある、とのことだった。
……長生きだと色々あるんだろうなあ。
百年くらいしか生きられない人間ですら毎日同じことをしていたら飽きてしまうのだから、もっと寿命の長い種族が長い人生の中で変化を求めるのは当然なのかもしれない。
「次はドワーフだね。あいつらはとにかく物作りと酒が好きな種族だよ。特に酒に関しては竜人よりも好きで、ドワーフへの贈り物は迷ったら酒にしろと言われるくらいなんだ」
ドワーフは人族の中で一番背が低い。
でも物作りに長けている種族だからか、男も女も体つきがしっかりしており、男性はヒゲを伸ばしていることが多い。
寿命は五百年から八百年ほど。
とにかく浴びるように酒を飲む。
そして物作りが好きなので、武器や防具、装飾品だけでなく日用品なども広く手がけている。
ドワーフも大体は魔力持ちで魔法を扱える。
「それから獣人。獣人は魔族に負けないくらい多種多様だけど、犬族、猫族、鳥族、兎族が多いかねえ。細かく分けると数えきれないほどいるよ」
獣人の寿命は二百五十年前後。
人族の中で最も数が多い。
それは獣人族は多産だからで、一度で複数の子を妊娠、出産するため数が多い。
人間よりも体が強く、魔力持ちもそれなりにいて、そういう者達は魔法が扱える。
それぞれの獣人で能力に違いはあるけれど、総じて五感が鋭く、身体能力も高く、本能が強い。
「獣人と竜人はどちらも本能が強いから、番をすぐに判別出来るんだ。エルフとドワーフもそれなりに分かる。分からないのは人間くらいだね」
それに頷き返す。
セレストさんは竜人だからわたしを番だと判別出来るけれど、わたしは人間なので、セレストさんが番だと分からない。
「最後に人間。人間は人族で最も弱くて、数も少なくて、個体の能力値に差がある種族だね」
寿命は長生きしても百年前後。
魔力を持たない者が多く、魔力があっても適性がなくて魔法を扱えないこともある。
そして個々で身体能力や魔法適性などの有無があり、かなり能力値に開きがあるそうだ。
「人間の大魔法士も昔はいたみたいだけどね。ああ、そうだ、ユイは魔力を持ってるよ」
「えっ!」
ディシーがこちらを見る。
……わたし、魔力があるの?
「ま、ほう、つか、える?」
ヴァランティーヌさんが首を傾げた。
「どうだろうね。適性を調べてみないことには分からないよ。でもあんまり期待しないほうがいい。さっきも言ったけど、魔力があっても魔法を扱えないこともあるからね」
それに頷き返した。
「人間は数が少なすぎるから、今は保護対象になっているよ。特に子供は大事にする。だからディシーやユイがいたようなところは本当は許されないことなんだよ」
ディシーと一緒に頷いた。
千年ほど前までは人間はかなりいたらしい。
だけど人間同士で戦争を起こしたり、魔族と敵対したり、そんなことをしているうちに人間の数は一気に減ってしまったそうだ。
……それって自業自得だよね。
「今は竜人よりも少ないらしいよ」
基本的に寿命の長い種族ほど数は少ない。
長生きするのでそれほど子孫を増やす必要性がないため、数で言うと、獣人が最も多く、続いてドワーフ、エルフ、竜人、そして人間となっている。
人間はあまりに激減したので保護対象に分類されるようになった。
ただ正確な数は分からないらしい。
「人族の説明はこんなところかねえ」
話を聞きながらもしっかり本にメモを取った。
こうしておけば後で読み返せる。
もちろん、文字はこの世界のものである。
「それから、ディシーは知っているだろうけど、街の外には魔獣がいるから、一人で出ないように」
「まじゅ、う?」
「ああ、魔力を持ったことで独特な成長をした獣のことだよ。そんなに数は多くない。でも魔力を持っているから危険だし、殆どは凶暴でね、街の周辺は傭兵達がある程度狩ってくれているけど、完全に安全とは言えないからね」
ファンタジー系の小説で言うモンスターのことだろう。ものによっては魔獣と書かれているのもあった。
確かに魔力を持った獣というのは強そうだ。
「よぅ、へい、なに?」
わたしの質問にヴァランティーヌさんが「そうだねえ」と呟く。
「傭兵ってのは、雇い主の下で働く者達だよ。主に護衛が多いんだけど、全部の傭兵が雇われているわけではなくて、流れの者や個人で活動している者達は何でも屋に近い。魔獣を狩ったり、街の外へ行って薬草を集めたり、仕事内容は色々だね」
この街にもそれなりの数の傭兵がいるそうだ。
だけど、半分くらいは領主様に雇われていて、普段は街で出された仕事をこなしたり、魔獣を狩ったりして過ごしている。
何かあった時は警備隊と一緒に活動もする。
「最近は魔族の傭兵が多い」
わたしが会ったシャルルさんも元は傭兵で、五十年ほど前に他の町から流れてきて、このグランツェールの街に根を下ろした。
ヴァランティーヌさんが知る限り、グランツェールにいる魔族の中でリザードマンはシャルルさんだけらしい。
それもあって、見慣れない姿のシャルルさんはなかなか街の人と馴染めていない。
「ヴァンピールみたいに人族と見た目が近い種族なら受け入れられやすいんだけどねえ」
魔族の中には人族に外見が近い種族もいる。
全体的に見ると、そういう種族のほうが少ないものの、人族からは受け入れられやすい。
シャルルさんを思い出してみる。
硬質な鱗に覆われたシャルルさんは顔も爬虫類系で、人族から見れば近寄り難いだろう。
「しゃ、るる、さん、こ、わく、なぃ」
そう言えば、ヴァランティーヌさんが目を丸くして、それから嬉しそうに笑った。
「それを今度、シャルルに言ってやりな」
「きっと喜ぶ」と言うので頷いた。
「種族に関してはこんなところかねえ」
ヴァランティーヌさんが「質問はあるかい?」とこちらを見る。
……うーん、今はないかな?
もしかしたら後々疑問が出てくるかもしれないが、それはその時に訊けばいいと思う。
ディシーが手を挙げた。
「私が他の人族と結婚して、子供が出来たらどっちの種族になりますか!」
ヴァランティーヌさんが肩を竦める。
「両親のどちらかの種族にはなるけど、どっちで生まれるかは分からないよ」
セレストさんの家がそうだ。
お父さんが竜人で、お母さんがエルフで、長男のセレストさんは竜人だけど双子の弟さん達はエルフ。
でも全く分からないわけではないと思う。
寿命の長い種族のほうが増え難いなら、竜人とエルフの夫婦の場合、子供は竜人よりもエルフのほうが確率的に生まれやすいのではないだろうか。
……そうなると、わたしとセレストさんがもしも結婚した場合、子供は高確率で人間になっちゃうんだけど。
寿命の短い人間のほうが生まれやすい。
多分、そういう感じかもしれない。
「じゃあ私の結婚相手が獣人だったら、子供は人間か獣人になるってことですか?」
「そうだよ」
「本当にそうなんだ……」とディシーが感心した様子で呟いた。
「私は、子供は人間がいいなあ。他の種族だと育て方、分からないもん」
……ああ、そっか、そういう心配は出るんだ。
でもその場合は父親に訊くことが出来るから、完全に分からないというわけでもない。
ヴァランティーヌさんが「あはは」と笑う。
「そういう心配は相手が出来てからするものさ」
……確かに。
思わず、わたしもディシーも頷いたのだった。




