みんなで昼食
食堂で読み書きの練習をしているうちに人が増えてきた。
そういえば、勉強している間に鐘が一回聞こえていたので、もしかしたらそろそろお昼に近いのかもしれない。
午前中は文字を覚えて、読んで、手紙を書くことだけで終わってしまった。
書いた手紙はヴァランティーヌさんがまず読んで、文字を間違えていたら、丸で印をつけて返される。
そうしてまた最初から書き直しだ。
これが結構大変だし難しい。
ある程度、文章に関してはお目こぼししてもらえるが、誤字と脱字はしっかりチェックされる。
わたしもディシーも三枚以上書き直した。
でもそのおかげで正しい文字を覚えられたし、何度も書くことで文字にも慣れてきて最初より段々綺麗になってきたし、自分でも書きながら読み返すので文章自体も上達する。
わたしは五枚目でようやく受かった。
「うん、誤字もないし、文字もだいぶ上達したね。これならセレストに渡しても問題ないよ」
「よく書けてる」とヴァランティーヌさんに頭を撫でられる。
横でディシーも一生懸命、手紙を書いている。
チラッと見たけど文章力に関してはディシーの方が上で、わたしは「〇〇しました。〇〇がうれしかったです」みたいな作文か日記に近い。
多分、初めて書くから許してもらえているだけだ。
「この手紙はユイからセレストに渡すんだよ」
返された手紙を受け取って頷く。
インクがしっかり乾いているのを確認して、紙を丁寧に二つ折りにする。
勉強を始めて二回目の鐘が鳴った。
……えっと、六時と八時と十時と十二時に鳴って、朝家を出た頃に鐘が鳴っていたからそれが八時、勉強中に一回鳴って十時。ということは今のが十二時の鐘かな?
そんなことを考えていると、どんどん食堂に人がやって来て、賑やかになってくる。
食堂にはいい匂いが少し前から漂っている。
ここの食堂は器に盛られた食事が並んでおり、それを自分で取っていくようだ。
どの人達もよく食べるようで、遠目にも、器に盛られた料理の量の多さが窺えた。
この世界の人は大食漢が多いのかなとも思ったが、考えてみれば、背の高い人が多いので体格からしてわたしとは違うため、食べる量も必然的に多いのかもしれない。
……セレストさん、細身に見えるけど結構食べるし。肉限定だけど。
セレストさんを思い出していると、食堂の出入り口に見慣れた青が現れる。
その青はすぐにわたしに気付くとこちらへ近付いて来る。
「ユイ」
セレストさんがそばまで来て、わたしの前で屈む。
「勉強お疲れ様です。進んでいますか?」
その問いに頷いて、持っていた紙を差し出した。
セレストさんがそれを受け取り、不思議そうにしながら二つ折りになっていた紙を開いて、中を見て、驚いた様子で顔を上げる。
ヴァランティーヌさんが笑った。
「ユイからセレストへの手紙さ。まだ文章を書くのは慣れないようだけど、それくらいなら書けるようになったよ」
セレストさんの目が手紙に向けられる。
……凄い速さで読んでる……。
金色の瞳が忙しなく文字を追っている。
最後まで読み終えたのかセレストさんが顔を上げた。
「ユイ、手紙を書いてくださり、ありがとうございます。大切にします」
嬉しそうな笑顔にホッとする。
内容はセレストさんへの感謝と今日の勉強の報告みたいなものだったけど、喜んでもらえて、頑張った甲斐があった。
セレストさんの手がそっと頭を撫でる。
ヴァランティーヌさんよりも優しい手つきだ。
「午後は計算を教えようかと思ってるよ。この分なら、明日か明後日には本格的に座学を教えてもいいかもしれないねえ」
「そうですか。ユイは優秀ですね」
自分のことのようにセレストさんが喜んでくれる。
「私、帰っても文字の練習します」
ディシーの言葉にヴァランティーヌさんが「ああ、そうだね」と頷いた。
「ディシーもユイも日記を書くといいよ。文字と文章、両方の練習になるからね」
「はーい」
「は、ぃ」
そういえば机の上に中が真っ白な本があった。
あれを日記として使えばいいだろう。
今夜から、出来るだけ毎日書こう。
「さて、それはともかくそろそろアタシ達も昼食にしようかねえ。ディシーもユイもお腹が空いただろう?」
ヴァランティーヌさんの言葉にぐう、と音がした。
ディシーは「えへへ」と頭を掻いた。
わたしもお腹が空いていたので一瞬自分のお腹の音かと思ったくらいだった。
ヴァランティーヌさんとセレストさんが微笑んだ。
「午後も勉強があるから、しっかり食べないとね」
紙とペン、インクを片付ける。
わたしとディシーは席を取っておくためにテーブルに残り、セレストさんとヴァランティーヌさんが食事を取りに行ってくれた。
「勉強、難しいね」
ディシーの言葉にうんと同意する。
「で、も、たの、し」
「うん、楽しい。奴隷のままだったら勉強なんてする余裕もなかったし、村にいても、きっと読み書きの勉強なんてそんなに出来なかったと思う」
「そう、なの?」
ディシーがまた一つ頷いた。
「私のいた村って小さくて、人間ばっかりで、毎日畑を耕したり動物を狩ったり、そういうので忙しくて、村に本もあんまりなかったから、読み書きって言っても自分の名前と数字くらいしか書けなかったの。きちんと文字を読めて書けるのは村長とか、村の中心的な大人くらい」
ディシーの村は田舎というか、地方の本当に小さな村だったのだろう。
本もなくて、小さな村なら、文字を目にすることもなかったのかもしれないし。
そういう暮らしだと確かに読み書きを習う機会もなさそうだ。
「だから勉強出来て嬉しい」
そう言ったディシーはとても嬉しそうだ。
前世のわたしも勉強をよくしていた。
……それくらいしかやることがなかったってのもあるけど。
病室の中で出来ることと言えば限られていて、本を読んだり、母が買ってきてくれる参考書などを読みながら勉強をしたりするくらいだ。
いつか健康になって学校に通い、他の子達と一緒に授業を受けて、一緒にお弁当なんかを食べて、放課後には買い食いしたり遊んだりして、家に帰るという生活を夢見ていた。
結局、一度もその夢は叶わなかったけど。
でも、今、似たようなことをしている。
セレストさんと詰所に来て、ヴァランティーヌさんに教えてもらいながらディシーと一緒に勉強して、こうしてこれから一緒に食事を摂る。
それは、わたしが夢見ていた生活に近い。
ディシーの手を握る。
「ディ、シー、と、べん、きょう、うれ、しぃ」
「私もユイと勉強するの、楽しいよ」
ディシーもギュッと手を握り返してくれる。
「ほら、二人とも、食事持って来たよ」
ヴァランティーヌさんの言葉に同時に振り返る。
二人は両手に一つずつ大きな四角いお盆を持っていて、そこにはいくつかお皿などが載っていた。
セレストさんとヴァランティーヌさんがそれぞれ、片手に持っていたお盆をわたしとディシーの前に置く。
十字に切れ目の入った大きな丸パンに野菜と肉がたっぷりの炒め物、黄色いスープ、飲み物は水だけど、デザートにオレンジによく似た果物が一切れついており、どれも美味しそうだ。
セレストさんやヴァランティーヌさんに比べて、わたしとディシーの量は少なめにしてあるので多分食べきれるだろう。
あとセレストさんの食事には大きなステーキが二枚ほどあった。
……竜人は肉が好きらしいけど、その量をよく食べられるなあ。
全員が席に着いて、両手を組んで食前の挨拶をする。
それから食事が始まった。
まずは水で喉を潤す。
水はレモンのような香りのさっぱりした味だ。
……パン、大きい。
持ってみると思いの外ずっしりと重い。
「食べられるだけ食べてください」
と、セレストさんが言った。
とりあえず十字の切れ目に合わせて半分にする。
……半分も食べられないかもしれない。
セレストさんに半分に割ったパンの片方を差し出せば、それを受け取ってくれる。
「そんなに食べられますか?」
セレストさんの問いに少し悩んだ。
「ちょ、っと、おおき、ぃ」
「食べきれなかったら残していいですよ。残った分は私が食べますから」
という言葉に甘えることにした。
頷いて、パンを手でちぎる。
かじりついたら残した時にセレストさんに食べてもらい難いので、少しずつちぎって食べたほうがいい。
横を見れば、ディシーは丸パンにそのままかじりついていて、ちぎっているわたしと目が合うと、ハッとした様子で自分の食べかけのパンを見た。
それから何故か手でちぎり出す。
ヴァランティーヌさんがクスクス笑っていた。
「食事の作法も教えないとねえ」
わたしもディシーも固まった。
……やっぱり食べ方、汚いよね……。
「それについては、それぞれの家で教えたほうがいいでしょう。ここでは人が多くて落ち着かないでしょうし」
「そうだね、それに騒がしい」
「ユイ、食事の作法は私が家で教えますね」
セレストさんの言葉に頷いた。
食べ方が凄く綺麗な人だから、教えてくれるのがセレストさんなら安心だ。
「ははは、とりあえず食事を食べな。今は食べ方についてとやかく言うつもりはないよ」
ヴァランティーヌさんに言われて食事を再開する。
パンは焼いてから少し経っているようで、常温だけど、表面が少しパリッとしていて中もしっかりとした噛み応えがあって、セレストさんの家で食べるものより香ばしい。
……セレストさんの家のほうが好きかな。
セレストさんの家のパンは柔らかくて食べやすい。
それにパンにチーズをかけてもらえる。
ふと視線を動かせば、別のテーブルの人の中に、おかずの炒め物をパンに挟んで食べている人がいた。
あの食べ方も美味しそうだ。
でも口の大きさ的に、パンにおかずを挟んでも、一緒に食べるのは難しそうだ。
パンをお皿に戻して次に炒め物を食べる。
肉と野菜がたっぷり使われたそれは、なんと言えばいいのか、濃い塩味というか、前世の中華に味が近い。野菜のシャキシャキした食感がほどよく残っているのも楽しい。
この味なら野菜を沢山食べられそうだ。
その後に、今度は黄色いスープに手を伸ばす。
小さめのマグカップに入っているから、カップごと持って、口をつける。
温かいけど熱くはなく、口の中に入ったスープから優しい甘さが広がった。
……あ、カボチャっぽい?
恐らくカボチャを使ったスープなのだろう。
まろやかな口当たりにカボチャの優しい甘みと味がして、飲みやすい。
パンと炒め物とスープを食べ進めていく。
ディシーもわたしもつい無言になる。
……美味しいものを食べると喋らなくなるって本当だよね。食べることに集中しちゃう。
特にパンとカボチャのスープの組み合わせが好きかもしれない。
パンと炒め物とスープを食べ終えたら、最後のデザートだ。
オレンジみたいな柑橘系の果物である。
セレストさんの手がそれを取った。
「オロンジュはこうして、実と皮を分けて食べるんですよ。汁が飛び散って目に入るととても沁みるので気を付けてくださいね」
言いながらセレストさんがオレンジみたいな果物、オロンジュを皮と実で分けてくれる。
「あ、りが、と」
「どういたしまして」
実だけ渡されて端をかじってみる。
……うん、味の濃いオレンジだ。
かなり甘酸っぱい。
果汁もたっぷりで、そのまま口に押し込んだ。
口から飛び出してしまわないように、口元を手で押さえつつ噛み締めると、たっぷりの甘酸っぱい果汁とオレンジのいい香りがした。
食べたことがあるのかディシーは自分で皮と実を分けて食べている。
柑橘系でさっぱりしており、食後の口直しには丁度良い味だ。
もぐもぐとオロンジュを噛みながら見上げれば、セレストさんも同じく実に分けたオロンジュを口に入れているところだった。
……やっぱりセレストさんのほうが一口が大きい。
身長からしてセレストさんは背が高いので、必然的に手が大きかったり一口の量が多かったりするのは当たり前だが。
「お腹いっぱい食べられましたか?」
セレストさんの問いに頷いた。
「おぃ、し、かっ、た」
「美味しかったです!」
ヴァランティーヌさんも頷いた。
「しっかり食べたし、午後も勉強やってくよ」
「はーい」
「は、ぃ」
美味しい食事も食べたし、午後も頑張ろう。
沢山食べたので眠くなりそうだけど、集中して勉強しよう。
「五つ目と六つ目の鐘の間に休憩時間がありますので、その頃に一度こちらに様子を見に来ますね」
「勉強頑張ってください」と頭を撫でられる。
「せれ、すと、さん、も、がん、ばっ、て」
どんな仕事をしているかは分からないが、仕事なので、きっとどんな内容でも大変なものだろう。
「はい、私も仕事を頑張りますね」
微笑んだセレストさんに頷き返す。
……お互いに頑張ろう。
「お菓子を持って来ていますので、休憩時間に皆で食べましょうね」
ディシーが「お菓子!」と喜んだ。
これは午後の休憩時間が楽しみだ。




