結婚準備(3)
季節は冬になり、そろそろ雪が降りそうなくらい寒くなってきた。
あと一月もすれば新しい年を迎える。
仕事を終えてセレストさんと家に帰ると、セリーヌさんがすぐに出てきてくれた。
「セレスト様、ユイ様。アルレット様とジスラン様がいらしております」
それにセレストさんが驚いた様子で目を丸くした。
「母と父が?」
前回もそうだが、アルレットさんもジスランさんも突然訪問してくる。
セレストさんと顔を見合わせ、とりあえず荷物と上着をセリーヌさんに任せて、玄関横の来客用の居間の扉をセレストさんが叩いた。
その扉を開ければ、確かにアルレットさんとジスランさんがいた。
レリアさんが控えていて、わたし達を見ると一礼する。
それにセレストさんが軽く手を上げて応え、アルレットさんとジスランさんに声をかける。
「まだ冬も入り口なのに、もう来たのか」
アルレットさんはエルフで、金髪に新緑の瞳をしたセレストさんの母親だ。
ジスランさんはセレストさんの父親で色合いは同じだが、顔立ちは異なる。
セレストさんは母親似で、イヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんは父親似である。
セレストさんと二人でソファーに座れば、アルレットさんが口を開いた。
「雪深くなると来るのが大変だから。それに、ユイのことも気になっていたのよ」
「寿命の件か」
「ええ、まずはそちらを詳しく教えてちょうだい」
それにセレストさんが頷き、これまでのことを説明する。
もう何度も説明しているだけあってセレストさんは慣れた様子で、アルレットさんとジスランさんは静かに聞いていた。
セレストさんが全てを話し終えると、アルレットさんとジスランさんがホッとした表情を見せた。
「霊樹の実を授かったことも驚きだけれど……ユイが長生きしてくれるのはとても喜ばしいわ」
「……早くに番を失った竜人のその後は酷いものだ」
「私達も息子が廃人になった姿など見たくないので」
アルレットさんとジスランさんの言葉に、セレストさんは少し困ったように微笑むだけだった。
……そうならない道を見つけられて良かった。
アルレットさんが顔を上げる。
「霊樹の実といえば……ユイ、イヴとシルに霊薬を贈ってくださり、ありがとうございます。二人とも手紙で自慢していました。きっとあの子達の役に立つでしょう」
「お礼は要りません。イヴお兄ちゃんとシルお兄ちゃんも、結婚したらわたしの家族です」
アルレットさんがキョトンとし、ふ、と微笑んだ。
「なるほど、あの二人が自慢したがるわけですね。あの子達はユイに『兄』と呼んでもらえて浮かれていたでしょう? 昔から妹を欲しがっていましたから」
「喜んでもらえて嬉しかったです」
「セスとユイが結婚すれば、私達も義理の親子になります。何か困ったことがあれば、遠慮せず連絡してください。……とは言え、私達は旅で離れている場合が多いですが」
アルレットさんの言葉にわたしは頷いた。
アルレットさんもジスランさんも、わたしがセレストさんの番だと知っても反対しないし、結婚することについても好意的に受け入れてくれている。イヴお兄ちゃんもシルお兄ちゃんもそうだ。
……困ったことはないけど。
「あの……一つだけ訊きたいことがあって……」
「はい、何でしょう?」
この質問をするのは少し勇気が要る。
「お、お義母様、お義父様と呼んでもいいですかっ?」
緊張のあまりちょっと噛んでしまった。
わたしの質問にアルレットさんとジスランさんだけでなく、セレストさんまで目を瞬かせた。
そうして、アルレットさんとジスランさんが微笑んだ。
「ええ、もちろん。これからは是非、母と呼んでください」
「ああ、君の好きに呼んで構わない」
「ありがとうございますっ、お義母様、お義父様っ」
嬉しくて、つい声が弾む。
「では、今後は娘として接しよう」
「イヴやシルのほうが先に嫁を取ると思っていたが、セスのほうが先になるとは……」
二人が小さく笑う。
セレストさんも嬉しそうに目尻を下げてニコニコと笑みを浮かべている。
……前世のお父さんとお母さんには親孝行ができなかった。
今生の本当の親は奴隷のまま、既に死んでしまっている。
たとえ義理でもいい。セレストさんの大切な家族で、わたしも家族になる人達だから。
寿命の差があると知っても反対しないでくれたことが嬉しかった。
セレストさんとわたしの気持ちを認めてくれたから。
……新しい家族も大切にしたい。
「改めてよろしくお願いします、お義母様、お義父様」
アルレットさん──……いや、お義母様とお義父様が頷いた。
「ええ、よろしく」
「セスを頼んだぞ」
セレストさんと出会って、わたしは色々な意味で変わることができた。
もしもセレストさんと出会えていなかったら、全く違う人生を歩んでいただろう。
沢山の喜びも、悩みも、全部がいずれは幸せに繋がるものだと今は知っている。
それらを教えてくれたのは他でもないセレストさんだった。
そっと大きな手に触れれば、当たり前のように握り返してくれる。
「ユイ、ユニヴェール家にようこそ」
セレストさんの言葉にわたしは笑顔で頷いた。
わたしは本当の意味で、セレストさん達に受け入れてもらえたのだ。
それがたまらなく嬉しくて、幸せで──……少しだけ切なかった。
……もう、前世の両親には会えないから。
その分、ユニヴェール家のみんなとの関わりを大事にしよう。
セレストさんと微笑み合っていると、お義母様が言う。
「ところで、結婚式の日取りはもう決まっているの?」
「二人にはつい先日招待状を送った。……恐らく、すれ違いになったと思う」
「そう」
セレストさんが日取りを伝えるとお義母様が何故か小さく頷いた。
「まだ時間はあるわね。……セレスト、少し使用人と話をさせてもらうよ」
「それは構わないけれど……?」
お義母様が立ち上がり、お義父様もそれに釣られるように席を立つ。
首を傾げてセレストさんがお義母様を見る。
「人生に一度きりの式は、人生で一番美しい状態で迎えるべきだ。二人には結婚式まで毎日、エルフ秘伝の美容ジュースを飲んでもらうよ」
セレストさんがお義父様を見ると、珍しくお義父様が苦笑する。
「味はともかく、効果は確かだ」
……それってつまり、美味しくないってこと?
「セスとユイが結婚して、落ち着くまではグランツェールにいるつもりだ」
「……珍しいですね」
「親が息子夫婦を心配するのは当然だろう」
お義母様はレリアさんに声をかけ、お義父様と一緒に部屋を出ていった。
セレストさんは驚いた様子で二人の背中を見送る。
パタンと扉が閉まり、セレストさんが小さく息を吐いた。
「セレストさん、大丈夫?」
声をかけるとセレストさんが微笑む。
「ええ、大丈夫です。……母達は相当ユイを気に入っているようですね」
「そうなの?」
「父が典型的な竜人であるように、母も典型的なエルフなので基本的に他種族には冷たいはずなのですが……もしかしたら精霊に認められたことで同族という立ち位置に近いのかもしれません」
……そうなのかな?
でも、前回会った時も優しかったし、セレストさんとのことも気にかけてくれた。
わたしが首を傾げているとセレストさんに頭を撫でられる。
「何はともあれ、父と母が私達の結婚式に乗り気なのは良いことです」
「うん、お義母様とお義父様に認めてもらえて嬉しい」
「私も、ユイが父と母と家族になりたいと思っていてくれて嬉しいです」
セレストさんにふわりと抱き寄せられる。
「大好きな人の家族は、わたしにとっても大切な人達だよ」
霊樹の実を食べて長生きして、これからも沢山の出会いがあるだろう。
その中で沢山の別れも経験するかもしれない。
でも、きっと大切が増えることは良いことだと思うから。
微笑むセレストさんの嬉しそうな表情に、胸が温かくなった。
* * * * *
着替えを済ませて一階の居間でセレストさんと待っていれば、お義母様とお義父様が戻ってくる。
後ろにはレリアさんもいて、その手にはお盆と二つのグラスがあった。
……すごく緑色の液体が入ってる……。
グラスには濁った緑色の液体がたっぷり入っていた。
レリアさんが歩いても全然揺れないので、多分ドロドロとしているのだろう。
お義母様とお義父様が向かいのソファーに座る。
そうして、二つのグラスがそれぞれわたしとセレストさんの前に置かれた。
「これは……」
セレストさんが口元に手を当てた。
わたしでも微かに青臭さが分かるので、鼻の利くセレストさんはもっと強く感じているだろう。
若干身を引いているところからして苦手な臭いなのかもしれない。
お義母様が一つ頷いた。
「さっき言った通り、エルフ秘伝の美容ジュースだ」
「……これを飲めと?」
「ええ、結婚式まで毎日二人とも飲むように」
セレストさんが珍しく衝撃を受けた顔をしていた。
「心配しなくても野菜や果物を使っているだけだ」
「それは臭いで分かる。……こんなに青臭いものを、竜人に飲めと……?」
竜人は肉や人の手が入ったものが好きだというけれど、野菜はさほど好きではないらしい。
今までセレストさんが食事の中で何かを嫌って手をつけなかったことがなかったからこそ、嫌がっている姿は新鮮だった。
わたしがまじまじと見ていたからか、セレストさんがこちらに気付くと困り顔をした。
「好き嫌いするような歳ではないだろう」
「これは好き嫌いではなく、種族的な問題だ」
「ジスは結婚式までの三月の間、私と共に欠かさず飲んだ」
お義母様の言葉にセレストさんがピタリと固まった。
その顔がゆっくりとお義父様に向けられる。
「本当に?」
「……番の願いを断れると思うか?」
「ああ……」
何かを納得した様子で、若干の呆れが感じられる声をセレストさんが漏らす。
お義父様も少し困り顔をしていて、セレストさんとの間に微妙な空気が流れた。
「結婚式は二人にとっての大事な日だろう」
「新郎に美しさは必要ないのでは?」
「新婦が美しいのに、新郎がくすんでいたらおかしいじゃないか。ユイとセレスト、二人とも綺麗な状態で式に臨むほうがいいに決まっている」
「それは、まあ……」
セレストさんがグラスを見て、躊躇っている。
わたしはグラスに手を伸ばした。
「セレストさん、まずわたしが飲んでみるね」
「え?」と、セレストさんの驚く声がしたけれど、グラスに口をつけた。
口の中にドロリとした液体が入ってくる。
最初に感じたのは果物の控えめな甘さだった。
……リンゴか、バナナ……?
でも、舌に甘みを感じた瞬間、葉野菜特有の青臭さが鼻に突き抜けていった。
「!?」
舌にあったはずの甘みが、青臭さを感じた瞬間にえぐみに変わる。
ドロッとしていて、青臭くて、苦味は少ないけれどほのかに酸味と甘みがあって──……何故か少し粉っぽい味もして、でもやっぱり青臭さがガツンとくる。
……まずい……。
それでも口の中に入った分は飲み込んだ。
飲み込んだはずなのにまだ口の中に強く青みを感じる。
「ユ、ユイ、大丈夫ですかっ!?」
狼狽えるセレストさんに何とか頷き返した。
「……すっごく、青臭い……」
「色々な野菜と果物をすり潰して、液体にしたものに蜂蜜を入れたものだ」
「ユイ、紅茶を飲んでください」
セレストさんが心配そうにわたしの背中に手を添える。
わたしは覚悟を決めてグラスにもう一度口をつけ、上に顔を向ける。
その勢いのまま、グラスの中身を全部飲み干した。
思わず、勢いよくグラスをテーブルに置いてしまった。
「もっと味を良くしないとセレストさんには無理です……!」
お義母様が目を瞬かせた。
「そんなに不味いか?」
「不味いですっ」
「そうか……」
今度はお義母様が困った様子で眉尻を下げた。
……もしかして、お義母様はそれほど不味いと思ってなかった?
でも、人間のわたしが強烈な青臭さを感じるのだから、五感の鋭い竜人のセレストさんには苦痛だろう。
「結婚式まで、セレストさんにつらい思いをさせるのは嫌です」
セレストさんには嬉しい気持ちで結婚式を迎えてほしい。
式まで『この苦痛が終わる』という数え方ではなく、できれば『あと何日で結婚』という喜びの数え方をしてほしい。
「お義母様、味の改良はできませんか?」
「味の……なるほど、青臭さが軽減するだけでも違うかもしれない」
それにわたしは何度も頷いた。
横にいるセレストさんは、とりあえず目の前のこれを飲まなくても良さそうな流れに気付いたのか、少しホッとした表情をしている。
「セス、数日ここに通っても? 使用人から意見を聞きたい」
「ああ、好きにしていい。……レリア。すみませんが、セリーヌと共にしばらく母に付き合ってやってください」
「かしこまりました」
レリアさんが頷いた。
口の中の青臭さを紅茶で流し込みつつ、思う。
……エルフってみんな美人だけど、美容に気を遣ってるんだ。
だけど、さすがにわたしもこれを毎日飲めと言われたら少しつらい。
戦闘用奴隷だった頃にカビたり、カチカチになったりした黒パンも食べたし、味のほとんどしないスープだって飲んだけれど、この秘伝のジュースはそれとは違う不味さだった。
「セレストさん?」
横にいたセレストさんがグラスを持ち、そっと鼻を寄せる。
かなり青臭く感じるのか眉根を寄せていて、まるで親の仇でも見ているみたいな顔になっている。
少しだけ口に含み、そして、セレストさんが咽せた。
「大丈夫?」
顔を背け、思い切り咽せているセレストさんの背中を軽く叩く。
あまりの青臭さで気道のほうに入りかけてしまったのかもしれない。
盛大に咽せるセレストさんを見て、お義母様が微妙な顔をした。
「……悪かった」
竜人には受け入れにくい味だとようやく分かってもらえたらしい。
セレストさんも紅茶を飲んだけれど、何とも言えない顔をする。
「……私には無理だ」
「そのようだ」
お義父様が手を伸ばし、セレストさんがちょっとだけ飲んで挫折したグラスを掴んだ。
そうして一気にそれを仰る。
セレストさんが少し身を引いた。
「……久しぶりの味だ」
そう呟いたお義父様の表情はとても険しかった。
16日は「元戦闘用奴隷」コミカライズ更新日!
是非漫画のユイとセレストもお楽しみに( ˊᵕˋ* )




