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恋人らしいこと(1)

 





 王都からわたし達が帰ってきてから半月、グランツェールに冬が訪れた。


 寒さが増しているのでもう少しすれば雪が降るかもしれない。


 居間の暖炉の前にある絨毯は毛足の長いものに変わり、その上にわたしとセレストさんはいた。




「送った手紙は今、どの辺りにあるのでしょうね。……両親のもとに着くまではまだしばらくかかるとは思いますが霊樹の実や結婚のことを、弟達には無事に帰ったことを伝えてあります。……弟達にはもう届いているかもしれません」


「アルレットさんとジスランさんにも早く届くといいね」


「そうですね」




 絨毯の上に座ったセレストさんの膝の上に、わたしは横向きに座っている。


 ジッとセレストさんを見ていれば、目が合って微笑み返される。




「どうかしましたか?」




 問われて、セレストさんの手を握る。




「セレストさんはわたしと一緒にいて、ドキドキしない?」




 わたしの質問にセレストさんが目を瞬かせた。


 そうして、目元を和らげるとわたしを抱き締める。




「ユイと一緒にいることに慣れたので、常にドキドキはしないですね」


「ドキッとすることはある?」


「ええ、それはありますよ。ユイも大人になりましたから──……」




 背筋を伸ばして、話しているセレストさんの頬に触れる。


 そのままキスをした。


 唇同士が触れて、離れると、セレストさんの縦の瞳孔が動く。


 キスをすると必ずセレストさんの目に変化があるけれど、瞬きをするとすぐ戻ってしまう。




「……ドキッてした?」




 セレストさんが照れたふうに微笑む。




「ええ……ユイは時々、とても大胆ですね」


「セレストさんと沢山一緒にいたいし、触れていたいし、言葉だけだと好きって気持ちが伝えきれないから、こうしたら伝わるかなって」


「とても伝わってきます。……嬉しいですよ」




 セレストさんがわたしの額にキスをしたので、思わずムッとすれば、小さく笑われた。




「ユイ、わたしの首に触ってみてください」




 セレストさんの手が、わたしの手をその首に当てさせる。


 意外とがっしりとした首から、トクットクットクッと速い鼓動を感じた。




「私の鼓動が少し速いでしょう?」


「うん」


「ユイに口付けてもらえるといつもこうなのです」




 やっぱり照れた顔で微笑むセレストさんに、わたしのほうがドキッとしてしまう。




「あのね、セレストさん……」




 腕を伸ばしてセレストさんの首に抱き着く。


 密着したら、わたしの鼓動もセレストさんに伝わるだろうか。




「……額の口付けも嬉しいけど、唇にしてほしい」




 返事の代わりにギュッと抱き締められる。




「ここはセレストさんだけの場所だから」




 ちょっと体を離せば、目元を赤らめたセレストさんと視線が合った。


 その顔が近づいてきたので目を閉じると、唇に柔らかな感触が触れる。


 一度触れて、離れて、もう一度重ねられる。


 少しして離れたセレストさんの顔が微笑み、わたしの頬に大きな手が触れる。




「ユイ、あまり私を煽らないでください。……あなたを大切にしたいんです」


「でも、セレストさんからも口付けしてほしい」




 セレストさんがわたしの頭を撫でる。




「私も、何度でもしたいと思っていますよ。ユイとの触れ合いは幸せを感じます」




 言って、セレストさんがもう一度唇にキスをくれる。


 それが嬉しくて笑えば、セレストさんがわたしの額にキスをする。




「ですが、そのうち唇だけでは足りなくなってしまうでしょう」




 ふ、と笑ったセレストさんは綺麗だった。




「私はこう見えて、とても欲深いんですよ」




 思わず見入っているとセレストさんがまたわたしの頭を撫でた。


 わたしを抱き寄せ、セレストさんが言う。




「ですから、ユイも結婚式を迎えるまではほどほどにしていただけると助かります」




 それについ頬を膨らませてしまった。




「恋人らしいことがしたいのに……」


「こうしているのも十分、恋人らしいですよ」


「……もっとギュッてして」




 セレストさんがもう少しだけ、腕に力を込める。


 ピッタリと触れ合うとセレストさんを感じられて嬉しいし、ドキドキするけど、安心もする。




「ユイは意外と甘えたがりですね」




 セレストさんの微かに笑いが交じった声が響く。


 その肩口に頭をこすりつけながら返した。




「……セレストさんのせいだよ」


「私のせい、ですか?」


「沢山抱き締めて、膝に乗せて、手を繋いでくれるから、セレストさんの温もりが一番安心するって覚えちゃったの。……わたしが甘えたがりなのはセレストさんのせい」


「なるほど」




 また、セレストさんが笑い混じりに返してくる。


 セレストさんが腕を離せば、わたしも解放された。


 代わりに片手を繋ぎ、指同士が絡められる。




「是非、沢山甘えてください」




 わたしの頭にセレストさんが頬を寄せてくる。




「もう一回ほしい」




 ん、と顔を上げればセレストさんは目を丸くして、すぐに破顔した。


 そっと優しい口付けが降ってくる。


 ……わたしがこんなにわがままを言えるのはセレストさんだけだ。






* * * * *






 以前から感じていたが、どうやらユイは『恋人らしさ』にこだわりがあるらしい。


 ……それは憧れかもしれないが。


 付き合う前も『恋人になるために』と一生懸命セレストに近づいたり触れ合いを増やそうとしたりして、付き合って──……特に霊樹の実を食べると決めてからはより『恋人らしさ』を望んでいるようだ。


 セレストも応えたいと思うことは多々ある。


 だが、応えた後に理性を保てるかは分からない。


 セレストは理性的な竜人だ。他者からも言われ、自覚もあった。


 しかし、ユイから甘えられたり触れ合いをほしがったりされると可愛すぎて駄目だ。


 ユイはまっすぐで素直な性格で、社交辞令やセレストの機嫌を取るためではないと分かるからこそ尚更、理性がぐらつきそうになる。


 今も暖炉の前。敷かれた絨毯の隅に座ったユイが自身の膝を叩く。




「セレストさんに膝枕したい」




 セレストはユイに一度もそれをしたことがないのだが、どこから知識を得てくるのか──……と、そこまで考えて、ディシーから借りている恋愛小説だろうとすぐに思い至った。


 最近はあまり読んでいないが、そういった場面が小説の中にあった。


 期待に満ちた紅茶色の瞳に見つめられると断れない。




「私の頭はユイには重いでしょう」


「じゃあ、ちょっとだけ」




 どうしてもやりたいらしい。


 セレストも嫌で言っているわけではないため、ユイがやってみたいというなら断る理由はない。


 絨毯の上に寝転び、暖炉のほうを向いて、ユイの膝に頭を傾ける。


 最初はできる限り重みをかけないように気を付けた。


 けれども、ユイの細い手がセレストの頭に触れた。




「乗せていいよ」




 促されて、そっとユイの膝に頭を乗せた。


 こんなことを誰かにしてもらったのは、幼い頃くらいだ。


 まだ弟達が生まれる前、母にしてもらったという記憶があるものの、それもおぼろげだ。


 ……細い。けれど、柔らかい……。


 ユイに膝枕をしてもらえて嬉しいが、少し落ち着かない気分でもあった。


 ユイの手がセレストの頭を撫でる。




「重くないですか?」


「重いけど、してみたかったからすごく嬉しい」




 ユイの声が頭上から聞こえるというのが珍しくて、面白い気もする。


 そんなことを考えていたが、不意に耳をツッ……と触られて肩が跳ねた。




「っ……!?」




 驚いて仰向けになれば、目を瞬かせるユイと視線が合った。


 我ながら思いの外、強く反応してしまった。




「ごめんなさい」




 まずいと思ったのか、ユイが反省した様子で肩を落とす。


 それにセレストのほうが罪悪感を抱いた。




「いえ……誰かに耳を触られるということに慣れていないので驚いてしまっただけです」


「耳、触られたら嫌だよね」


「ユイに触れていただけるのは嫌ではありませんが、声をかけてからにしてもらえると嬉しいです」




 ユイがジッと見つめてくる。




「……耳、触ってもいい?」


「ええ、良いですよ」




 また暖炉のほうを向けば、ユイの指が優しくセレストの耳に触れる。


 輪郭を辿るように耳の縁を撫でられると少しくすぐったい。




「セレストさんはピアス着けないの?」


「痛いのは苦手なのでしませんね」




 子供っぽい理由かもしれないが、竜人は体が頑丈なので穴を開けるのも苦労する。


 何よりピアスを着けたいと思ったことがないため、わざわざ穴を開けることもなかった。


 ユイにイヤリングを買ったことはあるものの、この華奢な体の、小さな耳に穴を開けさせるなんてとても恐ろしくてピアスを勧めるなんてできない。


 ユイも何も言わないので、このままで良い。


 ふふ、と頭上でユイが小さく笑った。




「セレストさん、可愛い」




 それに今度はセレストが目を瞬かせてしまった。




「私が可愛い……?」


「うん、セレストさん時々可愛い。……可愛いセレストさんも好き」




 その言葉にセレストは少し複雑な心境だったが、好かれているのだから喜んでおこうと思った。


 ユイの手が耳から離れ、セレストの頭をまた撫でる。


 いつも撫でられる側だからなのか、どこかぎこちないその手つきが愛おしい。


 ずっとこうしていてほしい。


 ……だが、そろそろ足が痺れてしまうだろう。


 セレストはゆっくりと起き上がってユイに顔を向けた。




「私も膝枕をしてもいいですか?」




 ユイが「うん」と頷いたので場所を交代する。


 セレストの膝の上にユイの頭が乗ると、小さく感じられた。


 出会った当初より成長しているはずなのに、小さなその頭や細い首を見ると心配になる。


 ころりと仰向けになったユイが嬉しそうに目を細めた。




「セレストさんの膝枕、好き」




 思わず、ユイの頭を撫でる。


 ふわふわの少し癖がある髪は触り心地が良くて好きだ。




「ユイの耳も触れていいですか?」


「いいよ」




 人間の耳は竜人と異なり、丸い。小さくて、丸くて、何度見ても可愛らしい。


 竜人は長身が多いため、人間は小さく感じる。


 爪で傷付けないようにユイの耳に触れると柔らかい。




「やはり、ユイは耳まで可愛いですね」




 と、言えば、ユイが不思議そうな顔をする。




「耳まで……?」




 先ほどセレストが『可愛い』と言われた時とそっくりな反応だったので笑ってしまった。


 ……やはりピアスは良くなさそうだ。


 こんなに柔らかい耳に穴を開けて、何かを着けるなんて危ない。




「頭、重くない?」




 ユイの問いかけにセレストは頷いた。




「むしろ軽いくらいです」




 数秒、ユイが何かを考えるようにセレストの顔を見つめてくる。


 何故か起き上がってしまった。


「ユイ?」と名前を呼ぶと、ユイが膝の上に横向きに座り、抱き着いてきた。




「こっちのほうがセレストさんに近くて好き」




 甘えるように頭をこすりつけてくるユイが可愛い。


 セレストも抱き締め返し、細い体を両腕で囲う。


 顔を上げたユイがまたセレストを見つめてくるので、そっと唇を重ねる。




「……これ以上は、今はいけませんよ」




 そう言えば、ユイが少しばかり不満そうに唇を尖らせた。


 指でそれをつつけばユイにその手を取られ、指に口付けられた。


 小さな唇が触れる柔らかな感覚に自然と笑みが浮かぶ。




「ユイは悪戯っ子ですね」


「セレストさんだけだからいいの」


「ふふ、確かに私だけならいいですね」




 ユイが小さく笑い、セレストの手に顔を寄せる。


 恋人になってからはこういったふうによく甘えてくれるのでとても嬉しいが、ドキッとする。


 今日は甘えたい気分のようで、べったりとくっついてくるユイに幸せな気持ちになった。






* * * * *






 わたしが甘えるとセレストさんが実はとても喜ぶことに気付いた。


 元からそういう雰囲気はあったけれど、霊樹の実を食べると決めてからセレストさんも少し変わった気がする。


 ……安心したのかな?


 人間の寿命よりかは長生きするからホッとしたのかもしれない。


 わたしも積極的に好意を伝えて、言葉だけじゃなく行動でも伝わるようにがんばると、セレストさんが幸せそうに笑ってくれる。


 以前よりもわたし達の距離は確実に近づいている。


 わたしも長く生きるならと焦るのをやめた。


 今は焦ってないけど、それでもセレストさんにいっぱい気持ちを伝えると決めた。


 セレストさんが先に死ぬかもしれないし、わたしが先に死ぬかもしれない。


 どちらにしても、わたしは沢山セレストさんに『好き』を伝えて、後悔のないように生きたい。




「セレストさん」




 第二警備隊に出仕する道の途中で呼べば、セレストさんが「はい」と返事をしてくれる。




「大好き」




 わたしの突然の言葉にセレストさんは嬉しそうに微笑んだ。




「私も大好きですよ、ユイ」






 

「元戦闘用奴隷ですが、助けてくれた竜人は番だそうです。」16日はコミカライズ更新日です!

今月12/16はなんと電子コミックス3巻も配信( ˊᵕˋ* )

是非お楽しみに。私も毎月楽しみです。

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― 新着の感想 ―
くそっ!じれってーな 俺ちょっとやらしい雰囲気にしてきます!!(画像省略)
あ...あまい! ご褒美でしょうか!? すごく楽しくよませていただきました。
 溶けるような甘いふたり。。。  飲めるフレンチトーストどころか、読める角砂糖だか氷砂糖すぎて、この平和なあとに反動で読める激辛メニューがやってきそ~ってのは、考えすぎですかね?
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