わたし達の報告
グランツェールに帰ってきた翌日、セレストさんと一緒に第二警備隊に向かった。
今日はまだお休みだけれど、予定より早く帰ったので第二警備隊の隊長さんに報告に行くのだ。
それにディシー達にも会いたい。
一月も離れていたから、ディシーの顔が見たかった。
「私が報告に行っている間、ユイは受付のそばで待っていていただけますか?」
「うん、分かった」
馬車に揺られて詰め所近くの駅に着き、少し歩く。
詰め所に着いたので受付に行くと、ディシーがいた。
「ユイ、ユニヴェールさん、おかえりなさい!」
「うん、ただいま、ディシー」
「ただいま戻りました」
ディシーが嬉しそうにニコニコしているので、わたしも嬉しくなる。
セレストさんがディシーに声をかける。
「ジェラール隊長に会いたいのですが……」
「面会のご予定でしょうか?」
「いえ、そうではありませんが、帰還したら報告に来てほしいと言われています」
「かしこまりました。どうぞ、奥にお進みください」
それから、セレストさんがわたしを見た。
「では、私は報告してきますね」
「いってらっしゃい」
セレストさんがこちらを気にしながらも廊下の向こうに消えていった。
それを見送ってからディシーに話しかける。
「ちょっと話せる時間、ある?」
「うん、あとちょっとで休憩だから。それでもいい?」
「大丈夫、待ってるね」
受付から見える位置に置かれたソファーに座って待つ。
第二警備隊の受付は人が結構来るらしく、ディシー達は忙しそうだ。
それでも、笑顔で対応していてすごいと思う。
ぼんやりと受付を眺めていれば、交代だろう人が来て、ディシーが出てくる。
「お待たせ!」
「ううん、そんなに待ってないよ」
「談話室に行こう? この時間は誰もいないし」
ディシーと二人で談話室に移動した。
確かに、ディシーの言う通り、談話室には誰もいなかった。
二人でソファーに腰掛ける。
「思ったより早かったね」
ディシーの言葉に頷き返した。
「帰りは『お急ぎ便』だったから一週間半で済んだよ」
「そうなんだ? でも王都まで馬車で二週間かあ。……遠いなあ」
ディシーの弟は王都の商会で働いている。
手紙のやり取りをしているようだけど、配達代が高くて頻繁には難しいらしい。
「私もいつか王都に行ってみたいな! そのためにもお金を貯めないといけないけど、つい、あれもこれもって欲しくなっちゃうんだよね」
「分かる」
「余計なもの買っちゃって、よくヴァランティーヌに『何に使うんだい?』って言われるんだ〜」
ディシーの部屋は物が多い。散らかっているという意味ではなく、とにかく色々ある。
でも、あれこれと買いたくなる気持ちは分かった。
奴隷の時は自分のものなんて一つもなくて、だからこそ自分のものが嬉しくて、欲しくなる。
「乗合馬車ってどんな感じ?」
「普通の街の馬車と同じだよ。距離が長いだけ。でも、お尻は痛くなりそう」
「板張りの座席って固いよね。私、いまだに街の馬車でもお尻が痛くなるよ」
「王都に行くなら対策は必要だと思う」
ディシーが「そっか〜」と笑った。
わたしはセレストさんが膝の上に乗せてくれていたから痛くなかったが、もし座っていたら一日か二日でお尻が痛くなってしまっていたかもしれない。
「……あのね、ディシー」
横にいるディシーを見れば、見つめ返される。
「なぁに、ユイ?」
これを言うのは勇気が要るけれど、ディシーには絶対に伝えたかった。
* * * * *
「わたし、霊樹の実を食べることにしたよ」
ユイのその言葉を聞いた時、最初に感じたのは安堵だった。
それから、一瞬遅れて嬉しさが込み上げてくる。
霊樹の実をもらった時、ユイは迷っていた。
……私のことは気にしなくていいのに。
ユイと同じように歳を取っていけなくなっても構わない。
ユイがユニヴェールさんと幸せなら。ユイがこれからも沢山の幸せを見つけられるなら。
何より、ユイが長生きしてくれたら死ぬ時に看取ってもらえるだろう。
「そっか。……良かった」
そっとユイを抱き締める。
「ディシー、嫌じゃない……?」
「嫌じゃないよ。前にも言った通り、わたしはユイに実を食べてもらいたかったから」
「何で? ディシーのほうが先におばあちゃんになっちゃうのに……」
ユイに訊き返されて笑ってしまった。
「だからこそだよ。だって、大好きなみんなに囲まれる最期ってすごく素敵でしょ?」
「……そうかも」
ふ、と笑う気配と共にユイが抱き締め返してくれる。
……私は寂しいのは嫌だから。
ユイが先に死ぬより、自分が先に死ぬほうがずっといい。
「それにユイが長生きして、ユニヴェールさんと幸せでいてくれたら安心だしね! もし先にユイが死ぬことがあったら、私、すごく泣いちゃってダメだと思う」
「わたしもすごく泣くよ」
「ふふ、嬉しい」
ユイに笑顔で見送ってほしいけど、泣いてくれるのも嬉しい。
ずっと、ユニヴェールさんがユイの番だと聞いた時から思っていた。
「……私なんて気にせず、幸せになっていいんだよ」
ギュッとユイの腕に力がこもる。
「……やだ」
ユイの小さな、でもハッキリとした声がする。
「ディシーも幸せじゃないと、やだ」
「大丈夫だよ。ユイが幸せなら、私も幸せだから」
「わたしもそうだよ」
体を離し、二人で顔を見合わせる。
「やっぱり私達、両思いだね」
こうして笑い合えるだけで、十分幸せだ。
「ユイ、話してくれてありがとう!」
「ディシーも背中を押してくれてありがとう。あとね、十八歳になったら結婚するって、セレストさんと約束したよ」
「えっ、そうなの!? 結婚式には招待してね……!!」
親友の結婚式に出られるなんて、すごく幸せなことだ。
ユイが小さく笑って頷いた。
「絶対、招待する」
* * * * *
ディシーに話し終えた後、受付に戻るとセレストさんが近くのソファーにいた。
「セレストさん、お待たせ」
「いえ、それほど待っていないので大丈夫ですよ」
セレストさんに近づくと自然に手を取られて繋ぐ。
ディシーがこっそりセレストさんに言う。
「おめでとうございます。それと結婚式、楽しみにしています……!」
「ありがとうございます。ディシー達も必ず招待しますので、是非来てください」
「はいっ」
セレストさんとディシーが嬉しそうにヒソヒソと話していて、わたしはなんだかほっこりした。
それからディシーは受付に入り、わたし達もヴァランティーヌさんとシャルルさんに会うために訓練場に向かった。
並んで歩いているセレストさんはどこか機嫌が良さそうだ。
「セレストさん、嬉しそう」
と、言えばセレストさんが頷いた。
「ええ、ディシーに結婚の話もしてくれたことが嬉しくて、つい……」
「親友だからちゃんと話すよ?」
「そうですね」
嬉しそうな表情でセレストさんが言葉を続ける。
「私達のこれからを、ユイが誰かに話してくれることがとても嬉しいのです。私と生きる道を選んでくれた。……本当は大声で自慢したいくらい、嬉しくて幸せなんです」
繋がった手にキュッと力が込められる。
わたしもそれに握り返し、セレストさんに笑いかけた。
「大声はちょっと恥ずかしい……かも」
「ええ、ですから心の内に留めているのですが……完全には隠しきれませんね」
セレストさんが照れたふうに微笑んだ。
……可愛い。
建物から出て訓練場に着くと、脇の休憩スペースにヴァランティーヌさんとシャルルさん、それからウィルジールさんもいた。
ウィルジールさんは制服姿だった。昨日帰ってきたばかりなのに、もう出仕しているらしい。
こちらに気付いたウィルジールさんが手を上げ、ヴァランティーヌさんとシャルルさんも振り返る。
三人に近づき、セレストさんと二人で「お疲れ様です」と声をかけた。
「おかえり、セレスト、ユイ」
「二人ともおかえり」
ヴァランティーヌさんとシャルルさんに言われて頷き返す。
「ウィルはもう出仕しているんですか?」
「ああ、宿舎にいてもやることないしな」
セレストさんが後ろからわたしを抱き締める。
……そうだ、二人にも伝えないと。
「あのっ」
全員の視線がわたしに集まる。
ちょっとドキドキするけれど、嫌なものじゃない。
ここにいる人達はみんな優しいから不安もない。
このドキドキはわたし自身が緊張しているからだろう。
……セレストさんと生きていく、覚悟を伝えるため。
「わたし、セレストさんと生きていくって決めました……!」
ヴァランティーヌさんとシャルルさんが目を丸くする。
「十八歳になったらセレストさんと結婚して、ずっと一緒にいます……!」
ヴァランティーヌさんとシャルルさんの表情はすぐに明るいものに変わった。
「決めたんだね、ユイ。セレストとの未来を考えてくれて嬉しいよ」
「ユイの決めた道の先が良いものであること願っている」
まるで自分のことのように喜んでくれる二人に自然と笑みが浮かぶ。
けれど、ウィルジールさんが「でもさ」と少し不満そうな顔をする。
「結婚しても、たまには俺達と飲みに行ってくれよ?」
「ユイが一緒であれば」
「ああ、番もいて構わないさ」
ウィルジールさんがニッと笑ってセレストさんの肩に手を置いた。
「本当に良かったな、セス」
「ええ。……ウィルにも今まで心配をおかけしました」
「いいって、結果良ければ何とやらって言うだろ」
ウィルジールさんの手が二度、セレストさんの肩を叩く。
ヴァランティーヌさんとシャルルさんも微笑んだ。
「ディシーには話したかい?」
「はい……喜んでくれました」
「そうだろうねぇ。でも、一番喜んでいるのはやっぱりセレストさね」
ヴァランティーヌさんの視線を辿って見上げれば、セレストさんがニコニコしていた。
さっき言ったように、わたしが誰かにこの話をするのが嬉しいらしい。
「まあ、これくらいで済んでいるなら可愛いもんさ。セレストの父親の時なんて、結婚が決まってから顔を合わせた相手全員に自慢して回るから、周りも母親のほうも最後は少しうんざりしていたからね」
「だが、番と結ばれた竜人は皆、そういう傾向がある」
「竜人は番と両想いになれると浮かれるからな」
三人が言い、セレストさんを見る。
セレストさんが困ったように微笑んだ。
「正直に言えば私も浮かれています。ただ、ユイが嫌がることはしたくないので、我慢しています。……それにユイの口から皆に伝えてもらうほうが嬉しいですから」
そう言ったセレストさんは本当に嬉しそうで、ちょっと可愛い。
三人はそんなセレストさんに小さく笑った。
それにしても、セレストさんの母親であるアルレットさんは本当に色々と大変だったのだろう。
父親のジスランさんは典型的な竜人タイプで、アルレットさんに関係することとなるとどうしても暴走しがちになってしまうそうで、でもその話を聞いているといつも『竜人だから』とみんな苦笑する。
他の竜人もきっと多少の違いはあっても似たような感じなのだと思う。
……セレストさんはすごく理性的だ。
「セレストさん、アルレットさんとジスランさんに手紙で伝えてね」
「はい、必ず送ります」
セレストさんがご機嫌なのは、少し浮かれているからだ。
「ユイが十八歳になったら結婚するとして、来年の秋くらいから準備が必要そうだねぇ」
「誕生日と同時に式を挙げるのか?」
セレストさんがわたしを見下ろす。
「わたしはいつでもいいよ」
十八歳の誕生日に結婚式を挙げてもいい。
セレストさんと一緒になるって決めたから、今この瞬間だっていいくらいだ。
「それでしたら、春はいかがですか? 冬場は寒いのでドレスでは風邪を引いてしまうかもしれませんし、雪が降っているとイヴォンやシルヴァンの負担も大きいので」
「確かにな」
セレストさんに、ウィルジールさんが頷き返す。
……そっか、招待する人達のことも考えなくちゃいけないんだ。
冬では雪が降っていて、グランツェールに来るまで大変だろう。
「十八歳の春に結婚します」
「はい、そうしましょう」
他の三人も嬉しそうに互いに顔を見合わせる。
「アタシ達も服を用意しておかないとね」
「それと花だな」
「じゃあ、俺は式の後の打ち上げ場所でも予約しとくか」
それにわたしは首を傾げた。
「お花と打ち上げ場所?」
「ああ、ユイは結婚式は知ってても細かなことは知らないんだね」
ヴァランティーヌさんが結婚式について教えてくれた。
この世界では結婚式に新郎新婦の家族や友人、知り合いなど──……つまり、招待の手紙を受け取った側が結婚式の当日までに新郎新婦に花を贈るのが一般的な習慣らしい。
花は基本的に式場に届けられ、それらで新郎新婦が歩く道が飾られる。
様々な色の花で飾られ、祝福された『夫婦の道』を歩き、みんなの前で結婚の誓いを立てる。
それで結婚式は終了らしい。意外と簡素なものだ。
新郎新婦が式後に過ごす時間を作るために、式は短く済ませるそうだ。
そして出席者は新郎新婦が幸せな結婚生活を送ることを願い、一晩、楽しく飲み明かす。
「その飲み代は新郎新婦が出すから、結構お金はかかるけどねぇ」
と、ヴァランティーヌさんが苦笑する。
確かにと思っていれば、セレストさんが微笑んだ。
「ユイ、大丈夫ですよ。私はこれでも高給取りですので、今までしっかり貯金はしています」
「わたしも貯金から出したい。……わたし達のことだから」
「はい、ありがとうございます」
ニコニコ顔でセレストさんが頷いた。
まだしばらく先の話だけど、結婚式がすごく楽しみだ。
「結婚式までにがんばって綺麗になるね」
セレストさんがキョトンとして、それから耐え切れないといった様子で抱き締められた。
「ユイは今も綺麗で可愛いですが……楽しみにしていますね」
セレストさんの横に立っても恥ずかしくないように。見劣りしないように。
大切な結婚式のために色々とがんばらないと。




