初めての買い物
セレストさんに手を引かれて駅へ向かう。
これから西の商店通りに行くのだとか。
グランツェールには東西南北それぞれに商店通りと呼ばれる大きな道があり、名前から分かるように、色々なお店が軒を連ねているらしい。
「気に入る服が見つかると良いですね」
セレストさんの言葉に頷いた。
駅で少しの間、馬車を待ち、やって来たそれに乗る。
最初に乗った馬車よりも人が多い。
セレストさんはわたしを膝の上に乗せて座って、周りの人達から微笑ましい視線を受けつつ、目的地の駅に馬車が着く。
乗った時と同じくセレストさんに降ろしてもらう。
お金を受け取ると馬車はゆっくりと動き出し、セレストさんと馬車を見送った。
「街の中を歩く時は道の端に寄って歩いてくださいね。あのように馬車が道を通るので、真ん中を歩くと危ないです」
「わか、た」
セレストさんと手を繋いで歩き出す。
「商店通りには小さな露店が多いです。その分、人も多いので逸れないように気を付けましょう。もし逸れた時はあの大きな赤い屋根のところに来てください」
セレストさんが指差した先には大きな建物があり、一際鮮やかな赤い三角屋根が見えた。
あれならどこにいても分かりそうだ。
もう一度頷き返す。
「今日は服なので、露店ではなく建物の方のお店に行きます。靴と服、下着、寝間着も必要ですね」
セレストさんの言葉に申し訳なく思う。
「ご、め、なさ、お、かね、なぃ」
セレストさんが緩く首を振った。
「大丈夫ですよ。人間を引き取ると国から補助金が出るので、お金の心配は必要ありません。こう見えて高給取ですし、番を養うくらいの甲斐性はあるつもりです」
「ユイは気にしなくていいのですよ」と言われる。
……補助金が出るのはありがたい。
金銭的にセレストさんに完全におんぶに抱っこというのは落ち着かないし、申し訳ないしだったので、ホッとした。
セレストさんと歩きながら商店通りを眺める。
髪飾りを売っている店、木製の食器を売っている店、バッグやポーチといった日用雑貨を売っている店など様々だ。
「通りのこちら側から来ると日用品や雑貨が多いですが、反対側から来ると食べ物が多いんですよ」
通りすぎながら露店を眺めていたから、セレストさんがそう教えてくれた。
商店通りをしばらく歩いた後、セレストさんが建物の前で立ち止まる。
「ここは子供服を専門に扱っているお店です」
セレストさんが扉を押して開けると、カラン、と少し低い鈴の音がした。
「いらっしゃいませ」
中へ入れば店員だろう人の声がする。
「こんにちは、この子の服を買いに来ました」
「人間の女の子です」というセレストさんの言葉に、わたしは小さく頭を下げた。
店員はやや年嵩の女性で、わたしを見るとニコリと微笑んだ。
「可愛らしいお嬢様ですね」
女性が屈んでわたしと目を合わせた。
「お嬢様はお好きな色はございますか?」
首を振れば、セレストさんが言う。
「似合いそうなものを見繕っていただけますか。それと、あれば下着や寝間着、服に合った靴も購入したいと思っています」
女性が「かしこまりました」と頷いた。
店内には他にも何人か店員がおり、女性が他の店員に指示を出すと慌ただしく動き出す。
女性の横にあった空いていたハンガーラックにどんどん服がかけられていく。
「試着はどうなさいますか?」
「ユイ、服を一度着て、似合うかどうか確かめてみますか?」
女性とセレストさんに問われて頷いた。
買ったのに大きさが合わなかったら困るので、大きさの確認も兼ねて試着はしたい。
わたしが頷くと女性が「着替えはこちらでお願いいたします」と案内される。
あまり広くないスペースを床につくほどの長いカーテンで間仕切りしてあった。
セレストさんが女性に何事か言うと女性が頷く。
「お着替えのお手伝いをさせていただきますね」
女性が言って、入ってくる。
「ユイ、この方は大丈夫ですよ。服の着方を教えてくれるだけですからね」
……あ、そっか。
戦闘用奴隷の八番は今着ている服しか知らない。
他の服を着たことがないので、見ても、それをどういう風に着るのか分からないのだ。
わたしは前世の記憶もあるので着方を間違えるということはないと思うが、一応、ついてくれたほうがありがたい。
セレストさんがブーツの紐を緩めてくれて、少し段になっている着替えスペースに上がる。
「お、ねが、ぃ、し、ます」
女性が頷いて、服を片手にカーテンを閉める。
一瞬、体が強張った。
でも微笑む女性からは敵意を感じないので、それも本当にほんの僅かな時間だった。
「失礼します」と声がかけられて、ポンチョを脱がされる。
下は奴隷の時に着ていた服のままだ。
しかし女性は全く気にしていない様子でそのボロボロの服を脱がせ、そしてそこで一瞬止まった。
それからカーテン越しに別の店員を呼んで、下着も持ってくるように言った。
「少々お待ちください」
肩にふわふわの膝掛けのようなものがかけられる。
少しして、カーテンの間から差し込まれた手から女性は恐らく下着だろうものを受け取った。
「お嬢様、まずは下着をつけましょう」
頷けば、下着代わりに巻いていた布が外される。
そうして下着を身につけた。
上はタンクトップのような形をしており、下は短パンに近い。サラリとした肌触りで色は白だ。
警備隊で借りていたものよりしっかりとした生地で肌触りも良い。
そこに長い靴下を履かされる。
靴下は膝上で、リボンで結んで留めるようだ。
「きつくありませんか?」
問われて頷く。
「だぃ、じょ、ぶ、です」
それからスカートを穿く。
白いフリルのスカートだ。
次に被るように服を着せられる。
袖を通して服が下された。
鏡を見れば、服はワンピースだった。
淡い水色で、襟と袖、裾に白いレースとフリルがついており、胸元にはちょっと大きめの青いリボンがある。
……ちょっと可愛すぎるかも。
そう思っている間に頭に帽子も乗せられた。
「靴はこちらを」
淡い水色のそれはワンピースに合わせたものだ。
青い小さなリボンがついていて、服とお揃いで、白い靴下と合わせると大変可愛らしい。
最後に女性が裾を整えてカーテンを開けた。
服を見ていたセレストさんが振り返る。
「ああ、よく似合っています」
セレストさんが近付いて来ると、わたしの前で膝をついた。
……ちょっと可愛すぎないかな?
そう思ってみても、セレストさんがニコニコしながらわたしを見ている。
店員だろう人達も同じように笑顔だ。
「へん、なぃ?」
「はい、変ではありませんよ。見慣れない格好なのでそう感じるかもしれませんが、とても可愛いです」
……なるほど、見慣れないだけなのかも?
改めて姿見で自分の格好を確認する。
八番の感覚だと変な感じがするけれど、前世の記憶を基準にすると確かに可愛らしい女の子だ。
「着てみて、動き難かったり苦しかったりはしませんか?」
訊かれて、その場で一度くるりと回ってみる。
特に苦しいとか動き難いとかもなく、むしろ今まで着てきたどの服よりも着心地はいい。
「なぃ」
「では今着ているものは全部買いましょう」
後ろから「ありがとうございます」と女性の声がする。
「他の服も着てみますか?」
セレストさんの問いに頷いた。
前世では服はほぼ母に買ってきてもらっていたので、こうして試着して選ぶというのは意外と楽しかった。
* * * * *
ユイが次の服に着替えて現れる。
これで五着目だが、どれを着ても可愛らしい。
傷んでいるがふわふわの亜麻色の髪に、ぱっちりしたオレンジがかった赤の紅茶色の瞳、はっきりした顔立ちは幼げで可愛らしい。
痩せすぎているのと年齢のわりに小柄なのは心配だが、全体的に見ても、整った容姿をしている。
そしてどの服を着ても可愛い。
番の欲目と言われればそうなのかもしれない。
だが、可愛いものは可愛い。
「いいですね、これも買いましょう」
初めて服を買うのが楽しいのか、ユイは勧められるままに服を試着している。
店員達もセレストがユイの服を大量に買うつもりだと分かったからか、遠慮なく彼女に似合うものを持ってくる。
その中でもユイはワンピースが好きらしい。
最近流行り出した女性向けのズボンもあるが、それよりも、ユイはスカートやワンピースの方を好んでいるようだ。
店員が差し出すとズボンよりもスカートやワンピースの方をよく指差す。
実際、スカートやワンピースの方がユイには似合う。
ズボンが似合わないというわけではないけれど、子供なので、ズボンを穿くと髪の短さもあって男の子に見えてしまう。
それはそれで可愛いのだが。
丈の短いワンピースも可愛いが、丈の長いものも、少し大人っぽくて、背伸びしている感じがして微笑ましい。
どんどんとユイの服や靴が積み上がっていく。
……ああ、そうか、なるほど。
セレストはそれを眺めながら充足感に包まれていた。
昔から、竜人の父が母にあれこれと物を買い与えたがり、何故そこまでするのだろうと不思議だったが、今なら分かる。
番のために自分に出来ることがあるのが、ただただ嬉しいのだ。
「可愛いですよ」
駆け寄ってきたユイにそう声をかける。
ユイが一瞬俯いて、見上げてくる。
…………あ。
ユイの口角が少しだけ上がった。
見間違いかと思うほど小さな変化だったが、セレストはそれを見逃さなかった。
……笑った?
まじまじと見ても、もうユイの表情は戻っていたが、確かに笑っていた。
「ユイ、楽しいですか?」
ユイが頷く。
「は、ぃ、たの、し、です」
その返事に安堵する。
ユイが喜んでくれて良かった。
「あの、もう十着以上になりますが、どうされますか?」
店員の一人が囁いてくる。
もうそんなに選んだのか、と驚いた。
そしてセレストは頷いた。
「全て購入します。下着や寝間着も多めにお願いします。……今着ているもの以外はここへ送ってください」
テーブルのカードに住所を書いて渡す。
とりあえず、これだけあれば当分は困らないだろう。
その後は試着室の中で下着と寝間着を選んでもらい、最後の服のまま、ユイが戻って来た。
「着ていた服はどうしますか?」
そう問うと、ユイは首を振った。
「いら、なぃ」
「分かりました」
ユイが元々着ていた服はかなりボロボロだった。
それに触ってみて気付いたが、生地は安物でゴワゴワとして硬く、いくつも縫い目があり、裾や袖も合っていなかった。
思い入れがないなら捨ててしまった方が良い。
「すみませんが、着ていたものは処分してください」
店員は慣れた様子で頷いた。
購入したものの代金を計算してもらい、それをセレストは一括で支払った。
ユイの衣服を多めに買おうと思っていたので、金はそこそこ持っており、問題のない金額だった。
「ありがとうございました」と店員全てから声をかけられつつ、ユイの手を引いて店を出る。
今は冬だが、ケープのおかげか寒そうな様子はない。
最初に贈ったそれはスノースパイダーの糸で織った特別なものだ。
スノースパイダーは雪深い山に生息する人の頭ほどの大きさの白い蜘蛛で、その蜘蛛の糸は柔らかく、滑らかで、雪の中でも凍ることがなく、その糸から作った服は冬は暖かく、夏は涼しく、着心地が非常にいい。
そういうこともあってスノースパイダーの糸で織ったものは高価だが質が良く、子供が生まれると子供のためにお包みを作ったり、成人した子供に「将来大変な思いをしないように」と願いを込めてローブやケープなどが贈られたりする。
……ヴァランティーヌは呆れていたが。
普段使いでスノースパイダーの糸で織ったものを贈るというのは過保護なのかもしれない。
しかし、これが一着あるだけでユイが寒さに凍えることがないと考えた時、他を買おうとは思わなかった。
駅に着き、馬車を待っている間もユイはケープの下から覗く服を飽きずに眺めている。
表情は変わらないが、瞬きすら忘れてジッと服を見つめる姿からは喜んでいる雰囲気が感じ取れた。
「いい服が買えましたね」
そう声をかければ顔を上げたユイが大きく頷いた。
今は淡い緑色のワンピースを着ており、裾のスカートからは白いフリルが覗いている。
植物の刺繍が入った靴下に、モスグリーンの靴を履いていて、頭には耳の後ろを通して頭の上で同じくモスグリーンのリボンが結ばれていて可愛らしい。
白いケープがよく合っていた。
もう、ユイは奴隷だと分からないだろう。
首には隷属の首輪を長くつけていたせいか跡が残ってしまっていたので、店員に話して首元が隠れる服を選んでもらった。
「かわ、ぃ、い、う、れし、です」
ユイが喜んでくれればそれでいい。
「季節ごとに服が必要ですから、また買いに来ましょう」
言いながらも胸の中に切なさが込み上げてくる。
ユイは人間だ。
竜人であるセレストからしたら、あっという間に成長して、年老いて、先に逝ってしまう。
こういうことが、あとどれだけ続けられるのか。
きっと、ユイは数年もすれば立派な女性となる。
人間のユイは番を本能的に判別出来ないため、もしかしたらセレスト以外の男を好きになるかもしれない。
どれだけセレストと共にいてくれるかも分からない。
この手が離れてしまうことを想像するだけで、胸が張り裂けそうなくらいに苦しくなる。
それでもユイと距離を置きたいとは思えなかった。
頷くユイに内心で安堵の息を吐く。
馬車がやって来て、ユイを馬車に乗せ、セレストも中へ乗り込んだ。
空いている席に座り、ユイを膝の上に乗せる。
それから馬車がゆっくりと動き出した。
ガタゴトと小さく揺れる中、腕の中のユイの頭が次第に前のめりになっていく。
「ユイ?」
声をかけても返事がない。
ふっと腕の中の重みが増した。
横から覗き込めば、ユイは眠ってしまっていた。
……無理もない。
今日のユイは初めて尽くしだったのだ。
新しい家に、初めて出会う人ばかりで、大勢の人々がいる街に出て、初めて服を買って。
慣れないことばかりで疲れたのだろう。
ユイが落ちてしまわないように小さな体を横向きに抱え直し、自分に寄りかからせる。
全く起きる気配がない。
「寝る子は育つと言いますからね」
これからは沢山寝て、沢山食べて、沢山遊んで。
健康的に、元気になってもらいたい。
そっとユイの頭を撫でながらセレストは微笑んだ。
今はまだ番だからユイを大事に感じているが、これから先、ユイのことをもっと知っていきたい。
そうしていつか、ユイ自身が好きだと言えるようになりたい。
たとえ一緒にいられる時間が百年に満たなくても、この子との時間を大切にしていきたい。
「でも、ゆっくり成長してくださいね」
その分、長く、一緒にいて欲しいから。
* * * * *




