エピローグ
赤い月が照らす夜。
そいつはついにたどり着いた。
対魔王殲滅部隊所属、第零班隊長、生きる伝説と名高い人物。
通称、「勇者」が。
第零班の精鋭わずか4人の仲間と共に、勇者率いる一行はついに目的地、魔王が住む城、「魔王城」にたどり着いた。
たどり着いてからも尚、勇者率いる第零班の力は圧倒的だった。
勇者が有する武器、「國落し」の威力もさることながら、他四人の仲間の勇者に負けず劣らずの力で10層もある階層をものの数分で突破し、疾風のごとく魔王が待つ最後の扉にまでたどり着いたのだから。
その勇者たちがまだ10層中の1層目で戦闘を繰り広げている頃、魔王城にあるとある一室では、若き魔の戦士が戦闘に備え支度を整えていた。
魔王に比べると小柄だが、人間大で表すとなるとそれなりに大きな身体。
まだ実年齢も10代後半ということもあってか、歳相応に若い肉体。
特徴的なのは、眼であろう。
魔王の実の息子とだけあって、しっかりと魔王の血を引いているその瞳は深紅に染まっていた。
魔王の実子、名をフェニックスと言う。
そのフェニックスの隣に落ち着いた雰囲気で立つ女性。
黒いメイド服に身を包み眼鏡をかけていても目の鋭さが際立つ。
「お待ちくださいフェニックス様。魔王様からのご命令は給われていないはずです」
「うるさいぞサキュバス。メイドの分際で主の俺に逆らうというのか?」
「わたくしの現主様は、魔王様ただお一人です。失礼ながらフェニックス様はわたくしの主様ではございません。わたくしはただ、魔王様のご命令によりフェニックス様の身辺のお世話をしているにすぎません」
「ちっ……なら、お前には関係のないことだ。ここから失せろ」
「そういうわけには行きません。今お脱ぎになったこのお召し物に関してもそうですが、フェニックス様が今着用している戦闘服。それは誰が洗うものとお思いですか?」
「お前が懸念してるのってそこなのか……?」
「他に何があるとおっしゃりたいのですか?先ほども言いましたが、わたくしは魔王様の命を受けてフェニックス様の身辺のお世話をしているのです。言うならば、フェニックス様のお世話をすることこそが仕事なのです。これ以上余計な仕事を増やさないで頂けますか?……給与が増えるわけでもないのに」
「お前よくそんなんで家で働いていられんな」
「それはもちろん、魔王様やほかの方々の前では猫を被っているからです。このような暴言や姿はフェニックス様の前でしか出せません」
「俺の前でも出すなよ。俺は魔王の息子だぞ?」
「確かに。息子……ではいらっしゃいましたね」
「何が言いたい?」
「いえ」
「ふん。お前も他のメイド達と同じように俺をバカにしてんだろうけどよ」
「いえ。わたくしは決してフェニックス様をバカにするなど致しません。その完成された容姿のどこをバカにすると言うのですか?」
「それは結局容姿以外をバカにしてんだよ」
その言葉を最後に二人の会話はなくなった。
理由は二つ。
一つは、フェニックス自身もうしゃべることが無くなり、支度に勤しんだため。
もう一つは、魔王の間に敵が侵入したため。
「うし。行くか」
「お待ちくださいフェニックス様」
「なんだよ?また止めようって言うのか?」
「いえ。そのような無粋な真似ができるはずがございません」
「さっきは止めたじゃねーかよ……」
「先ほどのは小言です。止めたわけではございません」
「だからそういことを俺の前でも言うなって」
「フェニックス様」
急に真剣になるサキュバスの表情にフェニックもまた真剣に向き直った。
サキュバスの表情はコンマの単位でしか変わっていないのだが、そのわずかな表情の変化を長らく付き合ってきたフェニックスは見抜くことができた。
「ご武運を」
「おう。任せろ」




