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第三十話

続きです。


よろしくお願いします。

 


 私は入学式の時、皆さんの心に三つの木を植えてもらいました。それは今、皆さんの中で大きく育ったことでしょう。そして今日皆さんはーーーーー




「三年A組。代表。間野和馬」


「はいっ」


 どうせなら帽子のてっぺんのから垂れ下がる房を反対側にぐりんってやって、校長先生の、諸君、卒業おめでとうっという声を合図にそれを空に向かって放り投げる、って感じの、いつか観た海の向こうの青春ドラマみたいなことをやってみたかったけどそれは大学の話だったななんて思いながら、私は私たちのクラスの代表者、学級委員の間野君が壇上でクラス全員分の卒業証書を受け取る姿をちょっと重そうと眺めている。

 実は二年生の終わり頃からその役をやりたいなって密かに思っていたんだけど、私が三年生になって早々、その役は代々学級委員が務めることになっているという事実を先生に聞かされてやらないことにした。雑務に時間を取られる学級委員になるなんて私にはあり得なかったし、私にも私のやることがあって、それを犠牲にしてまでやりたいことでもなかったから。

 物事の優先順位というものが誰しもにあり、私が高校生活を送る上で最優先にしたことは、この高校生活を明日香と一緒に過ごすことで、何かを抱えているように思えて何となく放って置けなかったあまちゃんと過ごすこと。

 そして私がこの三年間で成し得たことは、何かの大会で優勝したとか新記録を出したとか全国に行ったとか表彰されたとか、みんなで一つのことを成し遂げたとか学校に貢献したとか、何かが上手く出来るようになったとか誰かに誉められるとか讃えられるとかそういうことでは一切なく、明日香とあまちゃん、そこに割と頻繁に理香や亜衣、時々玲さんやなーさんを添えて楽しく過ごす日々を繰り返して、小さいながらも私が完璧だと思う、私たちの一つの世界を創り上げたこと。

 それはもうすぐ完璧なものじゃなくなってしまうけど、先に進むということは今を過去にするということだから、続いて行くものと終わるもの、変わり行くものと変わらないものがあるのは当然で、明日香と離れること、今まで在った完璧な世界、私の居場所を失うことは悲しくもあるし寂しくもあるけど、それに怯えていた私はここに来てようやくそれを受け入れるつもり、くらいの気持ちにはなれた。笑ってまたねとはいかないだろうけど、どの道変化の訪れは早いか遅いかの違いでしかなくて、それから逃げることは出来ないから。そんなこと私は遠にわかっていたけどその日が来ないようひとりぼっちで願っていただけ。


 そんな私が変わったのはやっぱり玲さんのお陰。私もいつか玲さんと真里さんのようになりたいと思えたから。ありったけの愛情と信頼を寄せる相手を私も手にしたいと思ったから。友情とか親愛の情という意味では私にとってその相手は明日香だけど、私と精神的にも肉体的にも愛を交わす相手に明日香はなれないから。


 とは言え私が抱えるモノについてもいまだ不安しかない。それでも私も私の道を行く。私はこれから私の居場所を探す旅に出る。明日香との別れを辛い辛いと悲しみながらもそれは結局自分のため。私がちゃんと幸せになるためにしなきゃいけないこと。ここではそれが出来そうもない。だから行く。けどやっぱり辛いなぁと、こんなふうに私が思うことはたくさんある。そのたくさんの思いをぐちゃぐちゃにしながら、正解なんてわからなくてもとにかく私は前に進んで行く。


 そして不安と言うならもう一つ。私がその旅を始める前に、私は私がどういう種類の人間なのかを明日香に話そうと思う。どう転ぶのかわからないけど叶うなら、私を知っても明日香には、なんだよ、そんなことかよ、そんな顔して何を言われるのかと思ったぜーって笑って受け入れてくれたらなって思う。変わらずにいてくれたらなって思う。



「三年F組代表。佐藤康介」


「はいっ」


 私の意識がここになくても式は粛々と進んでいた。

 佐藤? あ、馬鹿佐藤じゃんと私の意識は引き戻されて、特に見たいわけでもなかったけど席から立ち上がってのこのこ壇上に上がって行く佐藤を姿を私は目で追っていた。


 佐藤。私の何を気に入ったのかわからないけど、どうやらアイツは私のことを好きらしい。

 それは私も何となくわかっていた。佐藤の素振りからしてもそうなのかなぁ、嫌だなぁ、何もなければいいなぁって思っていた。

 人の心の在り様はその人の自由だから誰を想おうが誰を好きになろうがそれも自由だけど、なんて言うか、私はいつも嫌嫌オーラ全開で相手をしていたし、女の子は他にもいっぱい居たわけだから、もうちょっとこう、どうにかならなかったのかなぁって思う。




 朝、私が昇降口を入る手前でリボンの入った箱を持って待ち構えていた在校生、体育館裏で会った二年生の子たちのうちの一人、アウトローぽっい佐々木さんにリボンを付けてもらっているところにのこのこやって来て、帰る前に体育館裏に来てくれと大きな声で言われてしまった。来るまで待ってるからなとも言われてしまった。そして私の返事も待たず、私に嫌だよと言う暇を与えずに自分が言いたいことだけを言ってとっとと校舎に入って行った件の男。

 ソイツは時と場所を弁えず、周りにいた生徒たちの少なくない注目を集めて勝手に人を巻き込んでおいて、椎名、佐藤に告白されんじゃね? 的に注がれ捲る好奇の視線から一人だけ逃げやがったのだ。


「ちっ」


 やってくれたなあの男めと、私は小さく舌打ちをかました。年相応と言えばそうなんだけど、私の周りがひそひそ話しつつ他人の恋愛事情で盛り上がっているのも気に入らない。

 断るためにわざわざ後を追うのは嫌だからそのまま放って置いたけど、今まで散々お世話になったなぁ、覚悟しろよこらぁ的なお礼参りの線は考えられないから、周りもひそひそ言っているように間違いなく告白だよなぁと私は思った。

 だけど一応第三者の意見も直接に伺っておくべきところだと私は藁にもすがる思いで訊ねてみた。


「と言うことで佐々木さん。今のどう思う? 何が起こると思う?」


「どう見ても告白されるとしか」


 と、私たちのことを目の前で見て驚いていたアウトローぽっい佐々木さんに訊いてみたらやっぱりそう思ったみたいだった。


「だよね」


「いいなぁ」


「それはどうかなぁ」


 佐々木さんも周りと同じように野次馬根性丸出しで、どうなるんだろうこの二人はとやけに目をキラキラさせているけど告白なんて私からすれば飛んでもなく迷惑な話だし、来るまで待っているなんて殺し文句じゃなくてこっちの罪悪感を掻き立てるだけの寧ろ脅し文句以外の何物でもない。佐藤とは予備校が一緒だったこともあって他の男子よりは話す機会が多かったからと言って、私は今まで取ってきたスタンスを変えたりしない。つまりスルー。


 勘違いしたのかさせたのかわからないけど自分ならとか思われても私は知らない。来るまで待っているというのなら待ちたいだけ待っていればいいし、いつまでも姿を現さないことで全てを察すればいい。呼び出されたからと言って私の時間と労力を使ってまでわざわざ顔を出さなきゃならない理由も義理もこっちにはない。大体において、私は行くと返事をしていないし。私の意思をちゃんと確認しない佐藤が百パー悪い。


「うん」


 私はいつものように行かないことにした。これで解決。私には何の問題もない。


「まぁいいや。佐々木さん、リボンありがとう」


「あ、いえ。あ、卒業おめでとうございます」


「ありがとう。元気でね」


 にこっこり微笑んでお礼を返すと佐々木さんは顔を真っ赤にした。はわわって言いそうなくらいに。

 顔真っ赤ってどういうリアクションなんだろうなぁって、それをくすくす笑いながら私は校舎に入って行く。何気なくしているようでもこれが最後。ここで同窓会でも無い限り二度とこの昇降口も通らない。今日ここですること全てが私の高校生としてのやり納め。


「いやいや」


 そんなこと思っても単に靴を脱いでサンダルに履き替えるだけだしなぁって思いながら自分のクラスの下駄箱の前まで行くと、その先の廊下で既にやり納めた明日香とあまちゃんが私を待っていた。


「遅い」


「なに言ってんだよ水野。私らもいま来たとこじゃねぇかよ」


「いーや。待った。超待った。待ちくたびれた」


 言い掛かるあまちゃんはおかんむり。絶対正しい明日香の言葉を否定して、腰に両の拳を当てた姿で私を睨んでいる。それを明日香がいきなり手に負えなくなった隣の人を苦く笑っている。


「はいはい。ごめんごめん」


 結局私が最後だからサンダルに履き替えながら待たせたことを適当に謝って、私がふたりの側まで歩いて行けば、誰も何も言わずとも流れるように並んで階段へ向かう私たち。


「で。行くの?」


「行かないよ」


「そ」


「ま、椎名だしな」


「まぁね」



「ふたりは?」


「私はお姉様って言われたぞ」


「けっ」


「けってなんだよ」


「べっつにー。あまちゃんは?」


「握りつぶして踏み潰した」


「何をだよ」

「え。まさか……」


「はっ」


「やっぱ水野って怖えわー」

「ほんとだよね」



「カラオケ」

「カラオケ」

「カラオケ」


「え。なに。みんなカラオケなの?」


「ファミレスじゃ人数多過ぎだろ? 飲み屋ってわけにもいかねぇし、他にいい場所もねぇしな」


「まぁ、そっか」



 並んで階段を上がっている途中、そんな会話をして、


「んじゃ帰りな」


「うん。あとでね」


「わかった」


 四階まで上がったところで私たちは別れた。






 卒業証書の束を持った佐藤が壇上から降りて来る。一年の頃は接点は無く、二年になってすぐみっちーたちを介して二言くらい話をして以降、廊下で会えば少し話をするようにはなったけど、話しかけるのはいつも佐藤の方からだったし、その時に何を話したかなんて私は全く覚えていない。一緒になった予備校でも私から話しかけたことはない。私は佐藤に対してもそういうふうに接してきた。


 男子から好きと言われても私は知らない。私はそんなこと言われたくない。私がこれまで取ってきた態度を酷いと思われていても冷たいと思われていてもアイツ何様だよと陰で言われていても関係ない。私が私である以上可能性は皆無。さっきも言った通り、私は男の子なら分け隔てなく誰にでも会話はしても素っ気なく接してきた。私は叶わない恋が凄く辛いことを知っている。だからこそ、そうならないように私が出来ることをしてきたんだから。


 頭の隅でそんなことを考えながら佐藤を目で追い続けていたら目が合った。佐藤は私に向かってにこやかに笑って親指を立てたけど私はただ目を逸らして前を向いた。待っていても時間の無駄だと気づけばいいと思って。



 ということで、暖かい日が少しずつ増えてきた三月の真ん中の今日は、花に見立てたリボンをブレザーに付けた私たちの卒業式だよ。



「卒業生、起立」


 それがもう終わる。単に高校を卒業するってだけじゃない。色んなことが終わるんだよ。そして新しく始まるんだよ。







「じゃあな。みんな元気で頑張れよ。あと、私物はちゃんと持って帰るように」


 式が終わってぞろぞろと教室に戻り、担任からあらためて一人一人に卒業証書と筒を渡されたあと、やけにあっさりした別れの言葉を残して担任は教室から消えた。


「それじゃあ、駅前のダシックスに四時だからなー」


 名残を惜しむようにみんなが話し出したなか響いたのは我らが代表、間野君の声。それに続いておー、とかわかったーとあちこちから声がした。

 このあとこのクラスの打ち上げというかお別れ会というか、そんなのがカラオケ屋さんで行われる。間野君はその幹事。四十人居るクラスメイトの内の三十一人が参加するというかなりの規模。


「じゃあ一度帰るよ。みんなもそうでしょ?」


 みっちーたちと少し話をしてから、私は鞄を持って持って立ち上がった。


「だねー」


 その荷物をみっちーにガシって掴まれるデジャブ。確かどこかでもこんなことがあったような。


「えっと? なに?」


「そうけど椎名。そのまま来ないとか無しだからね」


 その言い方、今更ながら私は一体みんなにどう思われているのか。そんな疑問が湧いてくる。私はそんなに付き合い悪かったっけ?


「わかってるよ。しかしまぁよく押さえたよね」


 ダシックスのパーティルーム二部屋。公立の行事は横並びだからどこも今日が卒業式。カラオケ屋さんは駅前に三件。明日香のクラスもあまちゃんのクラスもカラオケだから他校を含めた争奪戦が起こりそうなのに。


「そりゃあ間野だから」


「だよね」


 この話は早いうち、去年の文化祭あとに回って来た。私はそのご案内、ノートの切れ端を見ながらどうしようかなって思ったら、いきなりみっちーとこのクラスで仲良くしていた子たちにガシっ、ガシって両腕を掴まれた。


「椎名」


「なに?」


「まさか参加しないの?」


「するよね?」


「するでしょ」


「怖い怖い」


 椎名は体育祭の時も、文化祭の時も来なかったんだから、最後くらい参加しなよって言われてしまって、そのなんだかよくわからない圧に負けて、出に丸をつけた切れ端を間野君に渡すついでに参加費ウン千円も払ったよ。


 その時は明日香のクラスもあまちゃんのクラスも何も決まっていなかったけど、少し前、ウチに泊まりに来た明日香とあまちゃんに卒業式のあとクラスでなんかあるのと訊いてみたら、明日香も私と似たようなことになっているし、あのあまちゃんもクラスの会に参加するって言っていた。


「ま。これが最後かも知んねー奴らもいるしな」


「そっか。あまちゃんは?」


「最後くらいべつにいいかって。仲良くなった子たちもいるし」


 その言葉を聞いて、このあまちゃんが私たち以外の誘いに乗るなんてと、私と明日香は思わずながらも示し合わせたかのように驚きの顔を見合わせてた。私と明日香は同じような感慨を覚えていたと思う。


「いやぁ。あまちゃん成長したんだねぇ」

「だよなぁ」


「ふたりのお陰だから。ありがとう」


 私と明日香は固まった。手は出されてもまさかこのツンツクツンのあまちゃんからそんなにも素直にお礼を言われるなんて思いもしなかったから。そもそも私たちはあまちゃんの側に居ただけで、変わったのはあまちゃん自身がしたことだから。


「ねぇ」


「ねぇ。ふたりともっ」


 私たちは無言。その衝撃は暫く収まらなかったから。


「シっシっ」


「いたっ。はっ」

「あぶねっ」


 あまちゃんのお陰で茫然自失の状態から再起動出来たよ。明日香は野生の勘が働いて素早く避けたみたい。さすがだね。ははは。





 クラスメイトの集まりには必ず行くからと念を押して教室を出た。廊下を歩く私にチラチラ視線を送ってくるのは朝のことを見た人か聞いた人だろう。


「帰ろう」


「おう」

「うん」


 明日香とあまちゃんと合流して階段を降りる間も昇降口で靴を履いている時も、あれ? 行かないの? みたいな目を何人かに向けられたけど体育館裏に私は行かず明日香とあまちゃんと一緒に校舎を出た。


「写真撮ろう」


「お。いいな」

「わかった」


 卒業生で混み合う校門の所で校舎をバックに先ずは一人で、それから二人でペアを変えて、そして最後に三人一緒の写真を撮り合いっこして、満足した私たちは校門を抜けた。

 そこにいた同級生に、一緒に写真撮ろうとか最後に一枚とか言われるかなぁって思ったけどそれはなかった。私たちが嫌われているんじゃなくて、みんな明日香とあまちゃんが怖かったんだろうし、ともすれば私たちの完璧な世界が眩しすぎて触れることに躊躇したんだ、と思うことにした。


 ちなみにだけど履いていたサンダルはゴミ箱に捨てたよ。お世話になった思い出の品だけど、今日もトイレに行ったから、まぁ、そう言うことで。



「終わったね」


「な」


「うん」


 最後の通学路を駅に向かって歩く私たちはもう高校生ではなくなったけど、明日も明後日もその後も朝駅に行けば明日香がいて、降りる駅にはあまちゃんがいて、三人揃って学校に行って、帰りも揃ってマクダナルに寄ったりどこかで遊んで帰る日々が続いて行きそうに思えてまだ実感はない。今だって明日香のマクダナルに行こうぜーってお誘いに、私もあまちゃんも自然にいいよって返したし。


 けど、明日からは制服を着てここに来ない。駅にもモールにも通りにも。制服を着た私たちはもう居なくなる。それを寂しく思うのは全然おかしくないって私は思うけど四月からの私たちはニュービーとして目の前に新しく広がる世界を、翼を広げてある程度自由にばっさばっさと羽ばたくのだ。

 ここである程度と、自由に制約が付くのは私たちがまだ一人で責任を取れる大人じゃないからだよ。ウケる。


「はっはっはっ」


「なんだよ椎名もかよ。まじで勘弁してくれよ。私一人じゃ面倒見切れねーつの」


「明日香。大丈夫。私もいるでしょ」


「だから不安しかねぇんじゃんか」


「あ?」


「あ?」


「ちょっと。なんで揉めてんの? だめだよ仲良くしなきゃ。いた。ふたりして何すんのさー」


 私がふくれて怒ってみせると明日香とあまちゃんが逃げ出した。私はふたりを追いかけて行く。最後だから周りに迷惑になるからやめておけなんて細かいことは言いっこ無し。


「待てー」


 何度もこれで最後だって思ったけど、こうしてふざけていると私たちはいつまでも続いていくような気になってしまう。けどやっぱりそれはあり得なくてこれが制服でする最後のおふざけ。色んなことをたくさんしたけどやり残したこともたぶんいっぱいある。それにはもう私の手は届かない。


「うっ」


 そう思うと私の目が霞んでいく。本当に泣けてくるけど泣くのはもう少し先にしたいから、私は少し先を行くふたりに気づかれないように立ち止まって制服の袖で涙を拭った。


「ふぅ」


 そして私は再び走り出す。このおふざけの終わり、一つの終わりに向かって。


「待てやこらー」




お疲れ様でした。お付き合い超ありがとうございます。


安心してください。あまちゃんが握り潰して踏み潰したものは下駄箱に入っていたラブレターです。


あと、ヤスデが………


読んでくれてありがとうございます。

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