第三章③ なんで血の汚れって洗っても落ちないんだろう
女子たちを引き連れ、俺はシャナの小屋に向かった。ひとまず村で女子たちを保護してもらい、適切な処置をしてほしいと思ったからだ。
小屋付近には無数の松明が揺らめいている。まるで村人たちの焦りを表現しているようだった。
小屋に着くと、十名の男がいた。老夫以外は知らぬ顔である。いずれも不安そうな顔をしていたが、シャナが駆け寄るやいなや、全員の表情がほころんだ。そして女子たちを温かく受け入れてくれた。
だが、俺に対しては、誰もが冷ややかな視線を送ってくる。俺にはその理由がわからない。なぜシャナや女子たちを救出したのに、俺には労いの一言もないのか?
もちろん俺は、御礼を言われたいわけではない。見返りがほしいわけでもない。ただあまりに存在を無視されるので、率直に言って不快だった。
村人たちが女子を保護すると、老夫が俺のもとへやってきた。しかしシャナを俺から遠ざけ、自身も一メートルほど距離を取ってから声をかけた。
「シャナを助けてくれたこと、礼を言う」
「いえ」俺は軽く頭を下げた。
「だが早急にこの場を立ち去ってほしい」
「は?」
「実は、シャナを探している途中、死んでいる男を見つけた。我々の知らない顔だが」
なんと物騒な! 俺は他人事として驚いた。
だがすぐに気づいた。奴隷商人の頭のことかもしれない。重傷を負ったので、部下たちが見捨てて逃げたのだろう。
こんな短時間で死ぬ怪我とは思えないが、出血多量で逝ってしまったのだろうか。
「我々は殺人鬼を匿うわけにはいかない。悪いな」
この時、俺は初めて気づいた。身体中に返り血を浴びたことを。大量ではないが、剣にも衣服にもべったりと血しぶきの跡が残っていた。
俺はもう、何も言えなかった。
殺すつもりで挑んだが、殺したのは俺ではない。弁明したりヤツらの悪行を語ってもよかったのだが、老夫は俺の話など受け付けないだろう。完全に俺を拒絶している。俺を見る瞳には厳しさと頑なさが浮かんでいた。
「……すみませんでした」
「いや、こちらも悪い」
「明日の朝……」と言いかけてやめた。老夫の眼差しが鋭くなったからだ。
「いや、今すぐにでも発ちます。荷物だけ取らせてください」
「……ああ、悪いな」
俺は小屋に入り、置き去りにしたギターを背負い、薬草を詰めた袋を持った。そしてお椀を手に小屋を出た。
「これをシャナに」
老夫の後ろに隠れるシャナに、俺はお椀を手渡した。
「特に身体が痛む時、二粒飲むんだ。それで一日中効く。足りなくなったら、魔法薬の店で同じものが買えるから」
受け取ったシャナは、何度もうなずいた。
「お世話になりました」
俺は二人に向かって頭を下げた。
「道はあっちだ」
俺は老夫が指さした方向に向かって歩いた。
「ねえ!」
背後でシャナの声。振り返ると、シャナが駆け寄ってきた。
「キノコ!」
シャナはポケットから次々とキノコを取り出す。どれも食用キノコだった。
「ありがとな」
俺はキノコをポケットに詰めると、シャナの頭をポンポンと叩いた。そして痛い視線を感じながら、その場を去った。
森はすっかり夜である。しかしなるべく小屋から離れなければならない。俺とルルはひたすら歩いた。
途中、川を見つけた。普段シャナが水汲みする川だろう。
ここからさらに離れるべきだが、俺は足を止めた。そして血を洗った。腕に書いた術式が消えないよう、適当な石に術式を書いてから、脱いだ服を川に浸した。本当は全身浸りたいところだが、夜の森は冷える。上半身裸でさえ、震えが出るほどだ。だが今は一刻も早く血を洗い流したかった。
幸い下衣はあまり汚れていない。ひとまずこのままでいいだろう。問題は上衣だ。服の模様かと思うくらいに、血しぶきの跡が目立っている。洗剤なしだと、今はこれ以上は落とせない。というか、どんなに洗っても落ちないだろう。
俺は剣術で何度も斬り合いをしたが、実際に生身の人間を斬るのは初めてだった。仕方ない行為だといえ、今になって人を斬った恐ろしさや罪深さが浮かんできた。決して人を斬ったことへの恐れではない。斬った感触は、別になんとも。当たり前だが、鮮血が出るとか、人特有の現象を生で見たという感じだ。
だが真に恐ろしいのは、人を斬ったことで世間から向けられる眼差しの恐ろしさ。悪人として扱われることに、なんともいえない悲しみを感じたのである。
濡れて冷たかったせいもあるが、その日は同じ上衣を着たくなかった。おかげで上半身裸で過ごす羽目になった。
川を離れて道に合流し、かなり南下してから俺らは眠りについた。ルルを抱いて寝たおかげで、なんとか一晩の寒さは凌げた。




