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魔王が居座るせいで始まりの町から出られません  作者: 団 卑弥呼
【第1部】はじまりの旅が始まらない
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第十二章③ 初代~六代を巡る旅

 あれからどれくらいの時間が経っただろう。


 一瞬だったような、一分の経っていないような。苦しすぎて、時間を意識する余裕がない。

 搾られる感覚は一定だ。波がないのは助かるが、一定だからこそ苦しいこともある。常に一息つけず、ずっと同様に苦しいままなのだ。



 一世は俺に色々教えてくれた。戦い方や魔力の使い方。覚えられる気はしなかったが、気を紛らわせるのに雑談は助かった。何もしていないと、すぐ意識が途切れそうになる。一世にもそのことがわかったのだろう、俺がつらくなると、すぐに話題を振ってきた。


 戦いの話が終わると、一世は自分の人生について語り始めた。


 貧しい漁村に生まれたこと。強すぎる魔力を持つため、村で虐げられたこと。

 世界を放浪して、道々で人々の優しさに触れたこと。

 魔術師の集まる都市に行き、技を磨いたこと。そして同朋に裏切られて街を追われたこと。悔しかったが何もできなかったこと。

 またも放浪して、奥さんに出会ったこと。

 初めて定住して、子供が生まれたこと。人生最大の喜び。

 でも義両親に魔力を恐れられ、村を去ったこと。そして決意。本当に困っている人へ、魔力による救済を行うこと。

 それが魔術師の評判を改め、義両親に認められること。家族一緒に暮らすべく、奮闘したこと。


 今よりも魔力の存在が認知されていない時代に、いかに苦労したか。いかに喜びを見出したか。一世の人生が映像を伴って、俺の意識に流れ込んだ。

 俺は話に集中できないが、もし体があってきちんと話を聞けたなら、号泣していたに違いない。そんな話を、一世は事もなげに話してくれた。



 自分が語り終わると、一世は俺の人生について尋ねた。俺は集中できないながらも、自分について話した。支離滅裂だと自分でも思ったが、一世は楽しそうに聴いていた。

 もっとも、一世はその気になれば、俺の意識から直接過去を読み取れる。そうしなかったのは、純粋に俺との会話を楽しんでいたからに違いない。

 でもこの時の俺はそこまで思い至らず、なぜこんな場面でのんきな話をさせるのか理解できなかった。



   ×    ×    ×



 時間は無限にあった。いや、あるように感じられた。搾られる感覚は未だ変わらない。ただ良くも悪くも慣れたと思えた。



   ×    ×    ×



『そろそろだな』と一世の声がした。

「何が?」

『俺の時代が終わる』

 終わった! 俺は嬉しかった。


 だが一世の次の一言で、喜びが失せた。

『お前とも、もうお別れだな』


「もう会えないんですか?」

『そうだな。俺たちは、後継者を育てるためにここにいる。魔王が消滅したら、俺らも消えるよ。もうここに留まる理由がないからな』

「もっと、ちゃんとお話ししたかったです」

『はは、俺もだよ。もっとちゃんと一緒の時間を過ごしたかったさ。でも俺は満足だ。最後に可愛い子孫に会えたんだからな』


 搾られる感覚が強まり、俺は存在すべてが引っ張られるのを感じた。最後に何か言いたいのに、言葉を紡げない。


『元気でな』

 一世の声を最後に、俺の意識は途絶えた。



   ×    ×    ×



 次に会ったのは、一世の息子、アズール二世だった。気がついた時には、前回同様、彼の意識と一体化していた。


 二世も同じだった。搾られる感覚。そして他愛もないお喋り。ただ一つ違うのは、父に会った感想を聞けたことだ。

 二世は物心つく前に父と別れたため、父である一世に会ったのは役目交代の時だけだったらしい。王都に来てすぐ、地下にいるのは知っていたが、まったく寄りつけなかったそうだ。地下には常に激しい魔力が流れ、修行前は地下への入口に近寄ることすらできなかったそうだ。


 修行の話は、一世から聞くことはできなかった。だから最初の後継者である二世の話は新鮮だった。そして一目でも父に会えたことを羨ましく思えた。


 こう書くと、俺に余裕があるように見えるかもしれない。だが実際には、最初の頃と何も変わっていない。相変わらず魔力の流れる方向はわからないし、搾られ続けて苦しい。


 修行前、ケンジャは戦いを強制せず「あなたの意志が大切」と言っていた。今になってその理由がわかった。

 もし誰かにやらされていたなら、俺は耐えられなかっただろう。なんでこんな目に遭うんだと嘆き、精神ごと消滅していたに違いない。

 だが俺がやると決めたことだから、気を強く持つことができた。もしただ戦わせるだけなら、ケンジャもルルも、簡単に俺を誘導できただろう。しかしあえて逃げる道も提示し、俺の意志で決めさせた。

 これもすべて、本当に勝ってほしいから。死なずにいてほしいからなのだとわかった。搾られる中でまともに思考できたわけではないが、常々俺はそう思っていた。



   ×    ×    ×



 アズール二世も、俺の話を楽しそうに聴いてくれた。俺も彼の人生を味わった。俺の人生は語るに足りないかもしれない。

 でも語るうちに、俺は人生についてボンヤリ考えるようになった。なんとも言葉にできないけれど……。



   ×    ×    ×



 そして時間はやってきた。俺は次へ飛んだ。三世、四世……誰もが俺を好意的に迎え入れてくれた。本当に耐えがたい時間だったが、彼らに会えるのが楽しみだった。彼らの人生を聞くのが楽しみだった。


 病弱で七歳まで生きられないと言われた人。

 画家の夢があった人。

 役目のせいで親に猛反対され、好きな人と結婚できなかった人。


 同じ役目を負っていても、彼らの人生は何一つ同じではなかった。それぞれが生きていた。夢があった。


 彼らの人生に触れるたび、俺は魔王が恨めしくなった。魔王は何人の人生を奪ったのだろう。

 だが先代たちは誰一人として自分の人生を悔やんでいなかった。魔王を恨んでいなかった。


『そもそも魔王は、この国の酷い仕打ちから生まれた存在だからね。僕らには直接関係がなくても、この国は隣国の住人たちの人生を奪った。自分や子孫たちの人生を諦めるのは残念なことだけど、憎むべき相手を間違えちゃいけないよ』


 俺が怒るたびに、先代たちはこう言って俺を諭した。理屈としてはわかるが、感情としては納得できない。だが搾られる感覚のせいで、恨みも長くは続かないのであった。


   ×    ×    ×

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