第十二章① お待ちかねの修行編スタート
傍から見たら、俺は愚かだと思う。でもこの時の俺は、ビックリするくらい冷静だった。
感情的にはぐちゃぐちゃだが、頭は冴えている。なんだか、どうしたらいいか理解しているような、やるべき使命に目覚めたような、そんな気持ちだった。
その思いはケンジャに届いたのだろう。
この先、止めたり迷わせるようなことは口にしなかった。
「あなたがすべきことは、二つあります。まずは魔力の使い方を学ぶこと。今まで封じ込めていたせいで、あなたは巨大な魔力を使う方法を知りません。巨大な魔力は、利用者を振り回します。だからまず魔力に慣れ、操作をマスターすることです。
次に、魔力の底上げをします。あなたは生まれつき膨大な魔力を持っています。あなたの左目は悪いですよね。その分の差が、魔力として加算されています。埋蔵量だけ見れば、歴代トップクラスでしょう。しかし、それだけでは足りません。特に術式のない今は、あなたの限界を超える必要があります。そのためにも修行し、今以上の魔力を引き出すのです」
「魔力はわかったが、肝心の倒し方は?」
「すべての修行が終わった時に、自ずと理解できます」
「わかった。でも今から修行って間に合うのか? もう魔王の指定した時間まで、あまりないと思うけど」
「大丈夫。精神世界に、肉体での時間尺度は関係ありません。一瞬の内に終わっているでしょう」
なんだ、そんなもんか。口には出さないが、俺はホッとした。だがその心をケンジャに読まれたのだろう。声を落として、ケンジャが続けた。
「しかし失敗すれば、死に直結する修行です。精神へ甚大なダメージを受け、廃人になるかもしれません。難しいことはありませんが、過酷な修行です。それでもやりますか?」
普通なら、辞退するだろう。少なくとも腰が引けるはずだ。だがこの時の俺は、何気ないことのように思えた。
「もちろん」
「よろしい、ではこちらへ」
俺はケンジャに促され、地下墓地を歩いた。歴代の勇者の間を通り抜け、俺は部屋の奥へ向かった。
突き当りに円形の台座があった。台座は、二人並んで座れそうなほど大きかった。
「ここは、術式の要です。歴代の勇者たちはここに座って、術式に魔力を送り続けました」
「意外に広いんだな」
「ええ。切り替える時には、どうしても二人座ることになりますから」
俺は台座に顔を寄せた。座面の中央、やや外れた場所に、不自然な穴が二つ空いていた。
「この穴は?」
「剣を挿す穴です。柄頭に手を置き、大地へと魔力を通すのです」
「なんで剣を使うんだ?」
「魔力の伝達を高めるためです。媒介として、剣が最適なのです。ただ剣も朽ち果てるので、一人一本持っていました」
俺はヨークの剣を思い出した。そういえば、刀匠の本に作り方が載っていたと言っていた。
魔王に瞬殺されたのには驚いたが、戦う用じゃなく「儀式として最適な剣」と考えれば納得だ。究極の剣に間違いはないし、魔王を倒すのに絶対必要だ。
「幸いお父様の剣は、まだ朽ち果てていません。代わりに使いましょう」
いつの間にか用意したのか、ルルが俺に剣を手渡した。年季が入った剣だったが、今まで握ったどんな剣よりも重みを感じた。
「これからあなたには、過去を追体験してもらいます。精神を過去に飛ばし、先代たちと共に魔王と戦っていただきます」
「戦うって、どうやって?」
「あなたの意識を、先代の勇者たちに憑依させます。彼らの一部となって、魔王に立ち向かってください。どうするか、具体的な方法は先代たちが教えてくれます。あなたは自分が持てるすべてを使って、彼らをサポートしてください」
「それだけでいいのか?」
「そう、それだけです。しかし気を付けてください。これから起きることは、夢でも何でもありません。現実です。過去に起こった出来事でも、あなたへの負荷やダメージは、間違いなく本物。今の自分に跳ね返ってきます。ちょっとの油断が取り返しのつかない事態を引き起こすのをお忘れなく」
ケンジャは険しい顔で忠告するが、俺はいまいち理解できなかった。軽いことだとは思っていないが、過保護から大げさに告げているんじゃないかと思った。
ケンジャは呆れたように、しかし仕方ないといった様子で続けた。
「本当なら、もっと手順を踏んで、安全な修行を行います。この修行は最終段階、しかも一日数分しかできない修行でもあります。
しかし今は、そんなことを言っていられません。時間が足りないのです。だからどうか、実践で魔力の使い方を学んでください」
「わかったよ。で、どうすればいい?」
「台座の穴に、剣を突き立ててください。そして柄頭に両手を載せて──」
ケンジャが促すままに、俺は台座の上に立った。まるで出陣を待つ騎士のような立ち姿になった。
これから何が起こるのだろう。急に緊張してきた。ルルは熱い眼差しで俺を見ている。
ケンジャは両手の平を合わせると、静かに目を閉じた。何が起こるのだろう。何をしているのか。それを考える間もなく、俺の意識は急激に引っ張られた。驚きを感じる前に、俺の意識は途絶えた。
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