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魔王が居座るせいで始まりの町から出られません  作者: 団 卑弥呼
【第3部】おわりの町ですべてが終わる
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第九章② サザムの過去

 大人二人が青空の下、広場にテーブルチェアを置き、向かい合って座っている。はたから見たら、相当滑稽な姿だっただろう。


「左目、ごめんねぇ。痛かっただろ」

 サザムはわざとらしく、自分の左目下の頬をツンツンと指で叩いた。頬肉が下がり、まるでアッカンベーしているようだ。


「いや、別に」

 魔力や精霊が見えるようになって感謝してる。なんて嫌味を言いたいところだが、敵に不要な情報を流す必要はない。極力自分のことは喋らないことにした。


「君らが俺の駒を壊しちゃったからね。俺も頭にきちゃってさ。補充だって難しいんだよ」

「駒って、ノコたちのことか?」

「君は知らないんだろうけど、この国生まれであれほどの魔力を持つ人間ってのは珍しいんだ。だからよくも余計なことをしてくれたって思ってね。あんな焼印を押すから、再利用もできない。まったく余計な食い扶持だよ。いっそ殺してくれたらよかったのに」


 嫌味でも言っているのかと思ったが、サザムの目は真剣そのものだ。


「守り神の力を使えば、解呪できるんじゃないか」

 賭けとして、あえて守り神の名を出してみた。もしサザムが「できる」と言えば、守り神を手中に収めたことになるからだ。正直にいうとは限らないが、その反応は一つの目安になる。


「いや、いいんだ。代わりを用意することにしたから」

「代わり?」


 妙な話だ。先ほど「補充だって難しい」と言ったのに。


「ところでさ、十五年くらい前に魔王を倒したのってアズール君だろ?」

 魔王と言われて、ドキッとした。ここは何と返すべきか?


 俺が悩んでいる様子を見て、サザムは察したのだろう。勝手に続けた。

「予定通りに魔王が消えてなくて、びっくりしたでしょ」

「なぜそれを知ってる?」

「そんな君に、ぜひ知ってほしいことがあるんだよ」


 サザムはニヤニヤと笑った。こちらの言い分など聞く気はないようだ。


「今から約三百年前に、この国では大虐殺が起こりました。そのせいで魔王が生まれました。ここまでは知ってるね?」

「まあ」

「君の国に現れた魔王は、守り神をベースに住人の魂や怨念が集まったもの。ですが──」


 サザムは続きを言わず、俺が焦れるのを見てニヤニヤしていた。


「早く!」

「そう焦るなって。──集まったものですが、住人のすべてではありませんでした」

「は?」

「実はあの虐殺にはたった一人、生き残りがいたのです」

「はあ?」


 まったくの初耳だ! 過去に初代が跡地に行った時は、誰も残っていなかったのに。

 まあ、初代が行った時には虐殺から三年近く経っていたし、きちんと調査したわけではない。だから気づかなくても仕方ないだろう。

 ただあの跡地を見た限り、生存者がいるという情報は信じられない。


「知らなかった?」

「まあ」

「じゃあ、その生き残りがどうなったか、知ってる?」

「わかるわけないだろ」

「では無知なアズール君に教えてあげよう」


 サザムは椅子に座り直し、俺に向かって身を乗り出した。


「確かに、あの惨事でみんな死んだよ。ただ、たった一人、あの場にいなかったんだ。小さな男の子が。その日は親父に怒られて、拗ねて山に隠れたんだ。そしたら、心配した家族が迎えに来てくれるんじゃないかと願ってね。でも夜になっても誰も来なくて、そろそろ帰ろうかなんて考えていた頃、奴らがやってきた。そう、お前たちの愚かな先祖な」


 サザムは俺を指さした。あまりに指先が近くて、目を突かれるかと思った。

 俺の焦りを悟ってか、サザムは微笑んで指先を下ろした。


「ドンパチ始まったのは、遠くにいても聞こえたよ。凄まじい轟音と悲鳴がしてさ。その子は隠れ場所で、さらに身を小さくしてブルブル震えていた。戦火に巻き込まれなかったけど、距離は大して離れていなかったしね。もう怖くて怖くて。この時間が早く過ぎ去るように願った。その願いはなかなか叶わなかったけど、ついに叶った! 爆音が止まって、野蛮な声が聞こえなくなって、大勢の足音が消えて、辺りが完全に沈黙したんだ。それでもしばらくはその場から動けなくて、次の夜がやって来る頃、少年は町に戻った。そして見たんだ。変わり果てた故郷を。焦土って言葉、よく生まれたよね。本当に焦げてるんだよ、大地が。自分の家に行こうにも、ああも目印がないと探しようもなくて。あと臭いが酷いんだよ。仕方なく口で呼吸したけど、臭いが喉奥にこびりついてきてさ。自分の唾液ですら飲み込めなかったね。それでもなんとか自分の家に帰ったよ。まあ、そこが本当に少年の家があった場所かわからないけど。働き盛りの男や女は連行されたが、使えない子供や老人はどうなったと思う? これだよ、コレ」


 サザムは手刀で、自分の首を切る仕草を見せた。

「まあ、死体なんてなかったけどね。全部焦げて蒸発してたから」


 サザムは俺の目をジッと見た。


「全員殺したんだよ。なぜかわかる? 下手に生かしておくと、復讐されるからだ。奴らの自衛として、罪なき市民が根絶やしにされたんだ」


 サザムの目がだんだんと血走る。


「若干五歳の子供がそんな光景を見たら、どうなると思う? トラウマだよ。強烈なトラウマ。もっと小さかったら覚えてないだろうし、もっと大きかったら恐れて下手なことをしなかっただろう。でも五歳だ。割り切れるほど大人じゃないし、すべて忘れてやり直せるほど子供じゃなかった。憎い。ただそれだけ。敵への圧倒的な憎悪。愛する父を、母を、祖父を、祖母を、弟を、家族すべてを奪った。近所のおじさんおばさんも、親戚も、もういない。親友も死んだ。幼なじみも死んだ。でもすべて焼けて、骨すら残ってない。いったいどんな兵器を使いやがった! なぜ自分たちがこんな目に遭わなきゃいけない!」


 サザムの呼吸が激しくなる。真っ赤になった白目がギラギラと光っている。


「……もうさ、すべてが憎くてしょうがないだろ。こんな状態になったら。アズール君だったらどうする? 殺したくなるだろ、すべてを」

「……」


 サザムの気迫に、俺は何も言えなかった。


「君、前に俺に言ったよね。『何がしたいんだ』って。君がずーっと知りたかったのはコレだよ。満足したかい?」

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