第九章② サザムの過去
大人二人が青空の下、広場にテーブルチェアを置き、向かい合って座っている。はたから見たら、相当滑稽な姿だっただろう。
「左目、ごめんねぇ。痛かっただろ」
サザムはわざとらしく、自分の左目下の頬をツンツンと指で叩いた。頬肉が下がり、まるでアッカンベーしているようだ。
「いや、別に」
魔力や精霊が見えるようになって感謝してる。なんて嫌味を言いたいところだが、敵に不要な情報を流す必要はない。極力自分のことは喋らないことにした。
「君らが俺の駒を壊しちゃったからね。俺も頭にきちゃってさ。補充だって難しいんだよ」
「駒って、ノコたちのことか?」
「君は知らないんだろうけど、この国生まれであれほどの魔力を持つ人間ってのは珍しいんだ。だからよくも余計なことをしてくれたって思ってね。あんな焼印を押すから、再利用もできない。まったく余計な食い扶持だよ。いっそ殺してくれたらよかったのに」
嫌味でも言っているのかと思ったが、サザムの目は真剣そのものだ。
「守り神の力を使えば、解呪できるんじゃないか」
賭けとして、あえて守り神の名を出してみた。もしサザムが「できる」と言えば、守り神を手中に収めたことになるからだ。正直にいうとは限らないが、その反応は一つの目安になる。
「いや、いいんだ。代わりを用意することにしたから」
「代わり?」
妙な話だ。先ほど「補充だって難しい」と言ったのに。
「ところでさ、十五年くらい前に魔王を倒したのってアズール君だろ?」
魔王と言われて、ドキッとした。ここは何と返すべきか?
俺が悩んでいる様子を見て、サザムは察したのだろう。勝手に続けた。
「予定通りに魔王が消えてなくて、びっくりしたでしょ」
「なぜそれを知ってる?」
「そんな君に、ぜひ知ってほしいことがあるんだよ」
サザムはニヤニヤと笑った。こちらの言い分など聞く気はないようだ。
「今から約三百年前に、この国では大虐殺が起こりました。そのせいで魔王が生まれました。ここまでは知ってるね?」
「まあ」
「君の国に現れた魔王は、守り神をベースに住人の魂や怨念が集まったもの。ですが──」
サザムは続きを言わず、俺が焦れるのを見てニヤニヤしていた。
「早く!」
「そう焦るなって。──集まったものですが、住人のすべてではありませんでした」
「は?」
「実はあの虐殺にはたった一人、生き残りがいたのです」
「はあ?」
まったくの初耳だ! 過去に初代が跡地に行った時は、誰も残っていなかったのに。
まあ、初代が行った時には虐殺から三年近く経っていたし、きちんと調査したわけではない。だから気づかなくても仕方ないだろう。
ただあの跡地を見た限り、生存者がいるという情報は信じられない。
「知らなかった?」
「まあ」
「じゃあ、その生き残りがどうなったか、知ってる?」
「わかるわけないだろ」
「では無知なアズール君に教えてあげよう」
サザムは椅子に座り直し、俺に向かって身を乗り出した。
「確かに、あの惨事でみんな死んだよ。ただ、たった一人、あの場にいなかったんだ。小さな男の子が。その日は親父に怒られて、拗ねて山に隠れたんだ。そしたら、心配した家族が迎えに来てくれるんじゃないかと願ってね。でも夜になっても誰も来なくて、そろそろ帰ろうかなんて考えていた頃、奴らがやってきた。そう、お前たちの愚かな先祖な」
サザムは俺を指さした。あまりに指先が近くて、目を突かれるかと思った。
俺の焦りを悟ってか、サザムは微笑んで指先を下ろした。
「ドンパチ始まったのは、遠くにいても聞こえたよ。凄まじい轟音と悲鳴がしてさ。その子は隠れ場所で、さらに身を小さくしてブルブル震えていた。戦火に巻き込まれなかったけど、距離は大して離れていなかったしね。もう怖くて怖くて。この時間が早く過ぎ去るように願った。その願いはなかなか叶わなかったけど、ついに叶った! 爆音が止まって、野蛮な声が聞こえなくなって、大勢の足音が消えて、辺りが完全に沈黙したんだ。それでもしばらくはその場から動けなくて、次の夜がやって来る頃、少年は町に戻った。そして見たんだ。変わり果てた故郷を。焦土って言葉、よく生まれたよね。本当に焦げてるんだよ、大地が。自分の家に行こうにも、ああも目印がないと探しようもなくて。あと臭いが酷いんだよ。仕方なく口で呼吸したけど、臭いが喉奥にこびりついてきてさ。自分の唾液ですら飲み込めなかったね。それでもなんとか自分の家に帰ったよ。まあ、そこが本当に少年の家があった場所かわからないけど。働き盛りの男や女は連行されたが、使えない子供や老人はどうなったと思う? これだよ、コレ」
サザムは手刀で、自分の首を切る仕草を見せた。
「まあ、死体なんてなかったけどね。全部焦げて蒸発してたから」
サザムは俺の目をジッと見た。
「全員殺したんだよ。なぜかわかる? 下手に生かしておくと、復讐されるからだ。奴らの自衛として、罪なき市民が根絶やしにされたんだ」
サザムの目がだんだんと血走る。
「若干五歳の子供がそんな光景を見たら、どうなると思う? トラウマだよ。強烈なトラウマ。もっと小さかったら覚えてないだろうし、もっと大きかったら恐れて下手なことをしなかっただろう。でも五歳だ。割り切れるほど大人じゃないし、すべて忘れてやり直せるほど子供じゃなかった。憎い。ただそれだけ。敵への圧倒的な憎悪。愛する父を、母を、祖父を、祖母を、弟を、家族すべてを奪った。近所のおじさんおばさんも、親戚も、もういない。親友も死んだ。幼なじみも死んだ。でもすべて焼けて、骨すら残ってない。いったいどんな兵器を使いやがった! なぜ自分たちがこんな目に遭わなきゃいけない!」
サザムの呼吸が激しくなる。真っ赤になった白目がギラギラと光っている。
「……もうさ、すべてが憎くてしょうがないだろ。こんな状態になったら。アズール君だったらどうする? 殺したくなるだろ、すべてを」
「……」
サザムの気迫に、俺は何も言えなかった。
「君、前に俺に言ったよね。『何がしたいんだ』って。君がずーっと知りたかったのはコレだよ。満足したかい?」




