第三章② 戦略的撤退
石には魔力がこびりついていた。
「おいおい、どういうことだ?」
いや、よく考えれば、直前までジュニアが変化させていたのだから、石に魔力がまとわりつくのは当然だ。
しかしジュニアの魔力とは別に、他の魔力がこびりついている。まるでリンゴの表面に、小さなムカデが数匹這いまわっているようだ。
それに気づいた途端、俺は石を放り投げてしまった。
「この気色悪い魔力は誰のだ?」
「ノコだよ。どんなに消し去っても、しぶとく残るんだ」
俺はノコの魔力を知らない。というか、必要がなければ魔力は見ない。普通に生きている分には魔力を見なくても困らないし、仕事でも使う必要がないからだ。
それに魔力で攻撃するような、悪意ある人間には会ったことがない。まあ、十五年前にポートで指名手配された、たった一人を除いては──。
ジュニアは続けた。
「ノコは呪術師だよ。最初はその石も怨念まみれだったんだ。無効化しようとしたけどしぶとく消えないから、物質ごと変化させたんだよね。その時に僕の魔力で上書きしたんだけど、父さんに見せようと思って、わざと残しておいたんだ。ああ、怨念は消したから、今あるのは純粋にノコの魔力だけ。だから安心して」
ノコの魔力は縦横無尽に、しぶとく石の表面を動き回っている。しかし魔力の線自体は細く、弱々しいものだった。とてもじゃないが、俺たちに友好的な人物の魔力には思えなかった。
「呪術ってスゴイよね。そんなに小さな魔力でも、怨念を使えば何倍にも力が増えるんだから」
「ノコは何が目的だ?」
ようやく俺の口から出たのは、純粋な疑問だった。
「こんなことして意味ないだろ。アイツに何の得がある?」
「それはわからない」
ジュニアは悲しそうに言った。
「僕も調べたんだけど、全然わからなかった。でもこの町、どこか変だよ。早く逃げた方がいい」
この時点で、俺は何一つ理解できていなかったと思う。ただ、早く逃げた方がいいというのには賛成だ。ダイヤモンドは偽物だし、ここに残る理由はない。むしろノコが何を考えているかわからない以上、長居するのは危険だ。俺の経験上、呪術師は危険な奴が多いから。
双方の意見を聞かないのかと、普段の俺なら思うだろう。一方の意見を信じるのは良くない。だが、俺の本能が「これはまずい」と囁いている。ノコの魔力を見たら、尚更だ。あんな気味悪い奴と付き合いたくない。
俺はジュニアを信じた。だからすぐさま荷物をまとめ、宿を出た。




