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「疲れただろう」
お披露目を終えて。
ドレスを脱ぎ、湯浴みを終え居室へ入ると既にアレク様がいた。
ソファーの前のテーブルにはお茶と焼き菓子が並んでいる。
「いえ……大丈夫です」
隣へ腰を下ろすと、アレク様自らお茶をカップに注いでくれる。
心地良い香りが広がるお茶を口に含むと、温かさと優しさがゆっくりと身体中に染み渡っていくのを感じた。
「式が無事に終わって良かった」
お酒を飲みながらアレク様が言った。
「エドガルドもぐずらなかったな」
「はい。良かったです」
今日のお披露目式では、エドガルドのお披露目も行った。
それまで家族以外の前に出したことはなかったが、大勢の貴族たちの前でも泣くこともなく、終始笑顔を振りまいていた。
「一歳で既に肝が据わっている。将来が楽しみだ」
口元に笑みを浮かべてそう言うアレク様は……すっかり父親の顔だ。
結婚前に誓った通り、アレク様はたくさんの愛情を注いでくれる。
事あるごとに私を褒め、言葉や態度で気持ちを伝えてくれる。
――以前のアレク様とは別人のようで、当初は戸惑ってしまったけれど。
そしてエドガルドのことも、自分の子供のように可愛がってくれている。
難産の末にようやく生まれた時は、泣いて喜んでいたという。
エドガルドという名前もアレク様が付けてくれた。
この一年半、毎日アレク様の愛情を注がれて……結婚のお披露目を終えた、今夜。
私も彼に伝えないとならないことがある。
「アレク様」
私はアレク様へと向いた。
「私がこうやって、エドガルドと共に生きていられるのは、全てアレク様のお陰です」
本来ならば、私たちは引き離されてもおかしくはなかったのだ。
「ありがとうございます」
「何、私が望んだことだ。私は君に償わなければならないのだから」
アレク様の手が私の手に重ねられた。
「ルイーズ。君は幸せか?」
「はい。私は今、とても幸せです。今日のお披露目も無事に迎えられました。……それで、あの」
一度言葉を区切ると、覚悟を決めるように――アレク様の手の上に、もう片方の手を重ねる。
「ルイーズ?」
「私は……アレク様と、本当の夫婦になりたいです」
「え?」
「あの……その。いつまでもこのままでは……それに……エドガルドにも兄弟がいた方がいいと……思いますし」
「――ルイーズ、それは……!」
かあっと顔が熱くなる。
こんなこと、自分から言うのはとても恥ずかしいけれど……私が言わないと、アレク様からは切り出せないだろうから。
私の気持ちが向くまではと、アレク様は私の手を握ることしかしない。
それは辛いことなのだろう。
今でもエドを愛している気持ちはある。
けれど、アレク様もまた私にとって、特別な人なのだ。
だから私は……彼の愛情にお返ししたいのだ。
「ルイーズ。……抱きしめていいか」
アレク様の言葉に頷く。
恐る恐る伸ばされた手が私の肩に触れる。
ゆっくりと――けれどすぐに強く抱きしめられた。
「ルイーズ……愛している」
「……私も、お慕いしています」
愛している、と言うのは正直抵抗がある。
心の中にエドへの想いを残しながら、アレク様にも惹かれている。
こんな二人を想う自分の気持ちが後ろめたいし、黒いシミのように暗く心に広がる時もある。
けれど、この感情はきっと一生、私の中にあるのだろう。
この想いを抱え続けていかなければならないのならば、私は、私を今愛してくれるアレク様の想いに応えたい。
それがアレク様やエドガルド、そして私自身のためなのだろうし、生きていくということなのだろう。
息がかかるくらいアレク様の顔が近付く。
目を閉じると柔らかなものが唇に押し当てられた。
「……ルイーズの唇は想像していた以上に柔らかくて、気持ちがいいな」
目を開くと優しい瞳が私を見つめていた。
エドやエドガルドとは異なる、アレク様の瞳に映る私は――どんな瞳で彼を見つめているのだろう。
私は、こんな私を愛してくれるアレク様の想いに応えられるのだろうか。
「私は本当に世界一幸せだ。君のことも幸せにするよ」
そんな不安な心の声が聞こえたのかのように。
アレク様は私をもう一度強く抱きしめた。
抱きすくめられる、その痛みと熱が心地良くて。
「私は……もう幸せです」
じんわりと、アレク様の熱が自分へと伝わるのを私は感じていた。
おわり
最後までお読みいただきありがとうございました。
今回はせつない話を書いてみたいと思いました。
『公太子』という呼称について。
大公位の第一継承者を何と呼ぶか調べたのですが、日本語だと全て「皇太子」になるんですね。モナコ公国皇太子とか、サウジアラビア皇太子とか。
でもそれだと自分の中で変な感じがしたのと、今まで書いてきた中で『王太子(王国)』『皇太子(皇国)』と分けて使っていたので、ここでは『公太子』という言葉を使っています。
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