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虹の死神  作者: 九JACK
虹の死神
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赤切

 キミカさんから、日記を預かりました。彩雲の死神、赤の席のミアカです。

 キミカさん、なんだか記録が途中で止まっているようなのですが、大丈夫でしょうか? 早めに書ききって、返しに行くとしましょう。

 キミカさんに頼まれたのは、私の過去を綴ることです。大して面白くもないですけど、膨大な時間、続いてきた一部に自分の過去がなるのかと思うと、ちょっとわくわくもします。


 私は救国の英雄の家に生まれました。

 私のいたララクラ共和国は世界の中でも文明の発達が早かった都市とされ、その歴史は古いものだと二万年以上前のものとされます。今のララクラになるまで、紆余曲折あるのですが、ララクラにおいて、救国の英雄と称されるのは二万と一千年ほど前に存在し、ララクラの礎となる国を築いた女傑■■■・アーゼンクロイツです。セッカさんのお姉さんはおそらく■■■の兄弟の血筋の方ではないでしょうか。英雄■■■は民が安定したところでとある男性と結ばれ、アーゼンクロイツからオウガという苗字になったとされます。

 英雄■■■については私の屋敷に資料が残っていますから、もし興味があれば、今度案内いたしますよ。

 英雄■■■は淡い金髪に青灰の目が特徴とされています。歴史資産として残る■■■の容姿とおとぎ話として伝わる■■■の容姿は若干異なりますが、私の容姿は歴史資産として残る我が家の家宝「女傑の立ち姿」という■■■の肖像画に似ているとされています。私は毎日鏡を見ると、そこに英雄を見ることができました。子どもながらに「英雄」という言葉に憧れていたのでしょうね。

 英雄と同じ容姿で生まれた私は「英雄の再来」としてオウガ家で祭り上げられました。何せ、オウガ家は■■■の直系一族でありながら、淡い金髪と青灰の目の両方を併せ持つ子どもはいなかったからです。私の父はベージュ色の髪をしていました。色素が薄くて、陽の光に透かすと、金色にきらきら光って見える父の髪のこと、私は好きでしたよ。

 私が女で、淡い金髪で、青灰の目だったのが、両親をおかしな方向へ走らせてしまったのでしょうか。私は男の子として育てられました。英雄■■■をなぞるような人生を歩ませたかったのだと思います。それが私のためだったかなんて、わかりません。わからなくていいんです。世の中、わかることがいいことばかりではありませんからね。

 英雄■■■は当初、男性兵士として性別を偽り、功績を上げていったそうです。男性では思いつかない発想が、■■■を上へとのし上げたのでしょう。■■■の不思議なカリスマは肖像画を通しても伝わってくるくらいですから、■■■がひとたび活躍すれば、それは吟遊詩人が語らずにはいられないくらいに評判となったとされています。

 ララクラはアセロエと戦争をしていました。そんな折に生まれた私は■■■になるべきだ、と両親は考えたのかもしれません。女の子には「ミア」と二文字の名前をつける予定だったそうですが、私の容姿を見た両親は英雄と同じ三文字の名前にしたそうです。男性名は三文字が主流だったそうなので。

 私の名前に「ミア」の面影がしっかり残っているのは、両親が私を私として愛してくれようと、最後まで悩んだ結果だと思うことにしています。

 確認はできません。シリンさんは知っているかと思いますが……私の両親は既に亡いので。

 私は少年兵として、ララクラの軍に入隊しました。両親に鍛えられたのと、元々素質があったのでしょうね。階級は大尉まで上がったんですよ? 大尉に上がって……当時は十八歳でしたか。軍にも親にも、期待されていたんです。


「やっぱりミアカは、英雄の生まれ変わりね」


 母にそう言われるのが、どんなに誇らしかったことか。

 けれど、大尉に上がって間もなく、戦闘で私は、女性だとバレました。それ自体は大した問題ではないのですが、救国の英雄の家の者が国に虚偽の申告をした、というのは大きな波紋をもたらしました。もしかしたら、国家転覆を目論んで、軍に潜入させていたのかも、なんて高官たちが揃いも揃って震え上がって。笑っちゃいますよね。英雄の血を引く者はもう私と父しかいないのに、たった二人しかいないのに、国家転覆だなんて。

 それだけ、戦争という恐慌の中で、人々の心が不安定になっていたんでしょうけど。

 私は性別詐称の罪に問われました。それまでの功績や私の人となりを知る上司からの働きかけもあって、私は軍属を認められました。階級は大尉で据え置き。

 国家転覆を目論んでいるとされたにしては軽い刑で済んだものです。上司が優秀な人でしたし、私は私なりに、戦場で人助けをしていました。それに結局、あの高潔なる■■■の末裔が国家転覆だなんて目論むはずがない、と信じたかったのでしょう。事実、目論んではいませんからね。

 私はそんな、大人たちが懊悩する間、自宅謹慎をしようと……軍という場所をなくしたら、家以外、居場所がなかったので、帰るならそこしかなかったんです。だから帰ったんです。

 そこでは国からの通達を受けた両親が待っていました。ものすごく怒っていて、罵詈雑言を吐かれたと思います。あのときのことは、ぼんやりとしか覚えていなくて……私が忘れたくて忘れた記憶なので、思い出さなくていいんですけど。

 何がいけなかったんでしょう。私が女に生まれたこと? 淡い金髪だったこと? 青灰の目をしていたこと? 英雄の家に生まれてしまったこと? 親が、私の性別を偽り、私を男として育て、軍人にさせたことは、間違ってはいないと思うんです。私は最終的に軍で居場所ができましたし、私は両親を否定したくなかったですから。あの人たちの正しさは、私の中では正しいままなんです。そうですね、変な子かもしれませんが、私は──英雄に仕立て上げられたかったんです。

 だって、英雄■■■に憧れていたのは、私も同じだったんですよ。毎朝、鏡を見るたびに、彼の英雄の眼差しを受けているようで、背筋がぴん、と伸びました。この姿に、この眼差しに、恥じない生き方をしようって、思ったんです。今でもそう思うくらい。……私にとって、この容姿は誇れるものだった。

 英雄の人生をなぞって、英雄になれるのなら、なりたかった。そんなの、普通のことじゃないですか。女の子がおとぎ話のお姫さまに憧れるのとおんなじことですよ。

 私を失敗作だとした両親は、私の腹をひたすらに殴り続けました。私の性別が、憎かったんでしょう。きっと、私の容姿も憎かったはずです。でも、私の顔を傷つけることはできなかった。だって、そこにあるのは英雄■■■の顔ですもの。だから、両親は私の体を壊そうとした。

 ええ、八つ当たりです。何を願って、私に英雄の軌跡をなぞらせようとしたのかはわからないままですけど、きっと悔しかったんでしょう。念願が叶わなかったことが。

 私は両親の言いなりでしたから、殴られるままでした。両親は正しくて、悪いのは自分だと思っていますから。それで、私の女性としての器官が潰れて、英雄の血が途絶えたとしても、私は両親をずっと信じています。

 いつの間にか意識を失っていた私は、両親の死に目に逢えなかったので。そう信じ続けることで、親の死に目に逢わなかった罪を漱いでいるんです。

 罪。

 そういえば、ユウヒさんという方の罪は、「世界の人々を見捨てたこと」でしたか。たぶん、私の罪の中には似たような、途方もないような、今更言ってもどうしようもないことが、含まれていると思うんです。

 私の罪は「軍人として人を殺してきたこと」「救護としてたくさんの人を延命したこと」それから「これから生まれるはずだった命の可能性を絶ったこと」でしょうか。女性器を壊されるのを抵抗もせずに受け入れたことも罪のうちだと思います。

 罪を受け入れ、罪を漱ぐことを私は正しいと思います。マザーという方の思想はそういう意味では間違っていないと思うのです。

 両親の死に目に逢えなかったこと以外はわりと悔いのない人生でした。■■■のようになれなくても、あれから救護班長という肩書きを得て、人を助ける軍人となったのも、いい思い出ですし、救護班のみんなも、私によくしてくれて、性別詐称のあった私を差別する人はいなくて、上司や同輩や少し先輩の身近な人たちは少しばかり無茶をする人ばかりでしたけど、彼らを時々窘めて、激励するのは楽しかったです。

 戦争も終わりましたから。本当に。穏やかな気持ちで、今、ここにいます。

 シリンさんと再会できるとは思いませんでしたが。どこで何が繋がってしまうか、本当にわからないものですね。

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