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虹の死神  作者: 九JACK
死神の因縁
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藍に来た

 今日も死神界は平和だ。

 と、思ったが違った。

『おはようございます』

 マザーの声から一日が始まる。思わず、ぎくりとした。キミカ、リクヤも同じだったようで、肩を跳ね上げる。ユウヒだけが予想していたかのように、何の反応も示さず、今日の新聞をぺらりとめくり、口にする。

「朝からなんですか? マザー」

 新聞から顔も上げずに問う。けれど、興味深い記事があるわけでもなさそうで、記事を見通す目は冷めている。

 よくぞ聞いてくれました、とばかりにマザーがふふ、と笑った。マザーが感情を見せるとは、世界も終わるのか、と冗談みたいなことを考えていると、マザーは嬉しそうな声で告げた。

『今日はアイラの封印が解けるのですよ』

 ユウヒがば、と新聞を机に置いた。

「本当ですか?」

『嘘吐いてどうするんですか』

「なあ、アイラって誰だ?」

 ああ、そういえば、リクヤには記憶がないんだったか。おれが軽く説明する。

「虹の死神、藍の席候補だ」

「仲間ってことか」

 虹の死神に仲間意識を抱いたことはないが、そうなるのか。

「でも、封印って、何か悪いことでもしたのか? そいつ」

 リクヤの発言に空気が凍った。リクヤ以外の全員が思っただろう。「お前が言うか」と。

 だが、アイラの望みでリクヤの記憶は失われている。故に、思っても口にはできない。もどかしいことだ。

 その話題には触れず、キミカが首を傾げる。

「問題は、誰が行くかですね」

 そう、虹の死神には迎えがいる。死神のマントと罪の数値をつけるためだ。

 とりあえず、リクヤは外すとしよう。

「なんでだよ」

「顔馴染みが行った方がいい」

 嘘だ。アイラとの顔馴染み具合で言ったら、リクヤが一番顔馴染みなのだ。言わないが。

 リクヤが納得してくれたのでよしとしよう。

「おれとキミカでいいんじゃないか? アイラは死神になることをわかっているんだし、抵抗とかしないだろう」

「そうですね」

「え、こいつと残るのかよ」

「私が行きたいです」

 二対二。面倒なことになった。と思って、四人が四人共、期せずして同じ中空を見る。

 マザーはそこにいるわけではないが、流れから察したのだろう。審判を下す。

『セッカとキミカで行ってください』

 おれとキミカの勝利だ。リクヤががっくりと肩を落とし、ユウヒは肩を竦めて新聞を再び手にする。

 そこでマザーが再び指示を出す。

『ユウヒには話があります。二人は気をつけて行ってください。アイラは歴代の死神でも最強クラスの実力です。ないとは思いますが、暴走したら手がつけられないでしょう』

「……なるほど、それでおれを当てるのか」

 おれは暴走すると、まあ孤児院一つを潰すくらいには暴れられる。

 ちなみに、アイラは人間と吸血鬼を壊滅させたそうな。そんな相手だ。油断は禁物である。

 まあ、アイラは封印されたことによって、力をだいぶ制御できるようになったのではないかと思う。でなければ、封印の意味はない。

 まあ、アイラが暴走するとすれば、相当血に飢えているときか、アルファナに何かあったときだろう。アルファナは随分前に浄化している。アルファナ絡みで何かはないだろう。アルファナの魂は輪廻して、新しい生を受けているのだろうか。

 そういえば、吸血鬼が死神になると、吸血衝動とやらはどうなるのだろう。……いや、それはおとぎ話で、吸血衝動なんてものはないのかもしれない。

 おれが考えるうちにマザーはてきぱき指示を出す。

『セッカとキミカは玄関の扉から出てください。ユウヒは寝室の扉へ』

「了解」

 かくして、久しぶりに外に出る。


 マザーの気遣いだろう。外は夜だった。でないと、アルビノのおれは出歩けない。月明かりでも眩しいくらいだ。マントを深く被る。……いや、本当はローブというのはわかっている。だが、マザーの謎の拘りは未だ顕在である。

 確かに「死神のローブ」より「死神のマント」と言った方が格好はつくだろうが……いやはや、マザーがこういうのを気にするような人物とは思ってもみなかった。

「月が綺麗ですねぇ」

「キミカ、おまえもおれも男だ」

「セッカは一体何を想像したんですか」

 言葉そのままの意味だったらしい。恥ずかしいではないか。紛らわしい。

 それにしても、とキミカは口元に人差し指を軽く当てて疑問符を浮かべる。

「吸血鬼って本当に存在するんですねぇ。ずっとおとぎ話の存在だと思っていました」

 今から吸血鬼を迎えに行くというのにその話題か、とは思ったが、気持ちはわかる。おれも同じだ。

 吸血鬼は空想の産物だと思っていた。竜や神のように。おとぎ話に出てくる、恐ろしい怪物だ。

 思い返すと、アイラも村一つを滅ぼしたというのだから、確かに怪物ではある。アルファナから聞いた話だが、吸血鬼が不老長寿であることは確からしい。本格的におとぎ話のようだ。

 そういえば、実在するという話は生きているうちには聞いたことがなかった。だが、たかが十五年の命である。物を知らなくても仕方ないだろう。

 だが、キミカも知らないのは意外だった。無理矢理延命されたとはいえ、おれの倍くらいは生きているのだ。

 ……そう思い始めると、なんだろう、違和感がある。

 この世界は、一体……

 なんて思っているうちに、見覚えのある姿が見えてきた。……二つ。

「嘘だろ」

「やっほ」

 軽いのりで返事をしたのはもちろんアイラではない。その隣に立つ女性。夜闇に溶ける藍色の髪に一際目を惹く金色の瞳。……それは他と間違えようがない。

「まさか……アルファナ」

「ええ、久しぶりですね。まあ、今はアルミナって名前ですけど。ミーナって呼んでくださいな」

 アルファナの転生体に予期せず遭遇してしまった。というか、今アイラを宿している少年──吸血鬼は不老長寿だから本当に少年かはわからない──と知り合いなのだろうか。一緒に来たということは。

 おれの視線の動きを察してか、ミーナが少年を示した。アイラによく似ているが、前髪が長くてよく表情が見えない。

「紹介するわ。アイラを宿している弟のリーダ。まあ、今日、解放されるんだけどね」

「……こいつの体はどうなる」

 当然の疑問だ。アイラとリーダは一心同体。アイラの魂の封印が解けたとして、実体となる体がアイラにはない。

「心配は必要ない。何千年も前の話になるが、おまえの体は保存されている。そっちに魂を移すとのことだ」

「……なんでもありな死神だな」

 言うな。

 おれがアイラをじとっと睨む中、ミーナとキミカがほんわかと話していた。

「アイラさんと一緒になれたんですね」

「姉弟だから、複雑な心境よ。本当は結ばれたかったのだけれど……ままならないわね」

 ままならないという言葉を聞くと、思わずマザーが関与しているような気がする。考えすぎか。

 確かに、姉弟で結ばれるのはあまり好ましくないだろう。近親なんたらというやつだ。おれはちゃんと学んだわけではないのでよくは知らないが、近い血縁の者同士で子作りをした場合、その子どもには障害ができる可能性が高いとかなんとか。人間の理屈だが、吸血鬼にも通用するのだろうか。いや、それ以前に、周囲の見聞というやつがあるだろう。

 話が逸れるが、その辺を踏まえて考えると、おれと姉は結ばれなくてちょうどよかったのかもしれない。……月が綺麗ですねと同じような類の「雨音が響いていますね」の意味はちゃんと調べた。調べてから、ひどく後悔したのは言うまでもないことだろう。

 話を戻そう。

「というわけで……キミカ、そこの家の扉を」

「えっ、他人の家を勝手に」

 ミーナは驚くが。

「マザーの能力は知っているはずだ。扉と扉を繋ぐことができる」

 キミカが開いたそこは、霊凍室になっていた。ミーナはその風景を見て、なんとなく思い出したようだ。

 アイラの体を引っ張り出してくると、当のアイラは遠い目をしていた。

「なんでもありだな」

「今後おまえが幾度となく経験することだ。慣れろ」

「厳しい死神さまだ」

 いや、慣れろ以外にかけられる言葉がないだけだ。

 アイラが、自分の体に近づこうとすると、ミーナがそれを阻んだ。

「なんだ? アル」

 不思議そうにするアイラに、ミーナは悪戯っぽく笑みを浮かべ──口付けた。

 キミカがきゃあ、と頬を朱に染める。年齢の割に初な反応だ。おれは驚きはしたが、動じない。ただ、相手の体は弟のものなので、どんな思いなんだろうと気になりはした。それだけだ。

 それからミーナはアイラの本体にも口付けした。すると、アイラの目がゆらりと開かれていく。なんとなくだが、わかった。口移しというやつだ。それが魂とは驚きだが。

「あ、姉上……」

 アイラからリーダに戻ったらしい弟が頬を赤らめている。こっちも初だ。さては見た目通り若いのか。

 アイラは少し自分の唇に触れて、全く、と呟き、ミーナを見た。口元が少し嬉しそうに笑んでいるのをおれは見逃さなかった。

 アイラは立ち、リーダの前へと向かう。向き合ったところで、ぽんぽん、とリーダの頭を撫でた。

「迷惑かけたな。もう俺はいなくなるから、大丈夫だぞ」

「あ……」

 リーダは本能で何が起こったのか察したのだろう。ぽろぽろと涙していた。それが嬉し涙なのか悲しくて泣いているのかまではわからない。

 ただ、確実なことはある。

 これで一つの物語が終わり、新たな物語が幕を開けるのだ。



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