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虹の死神  作者: 九JACK
死神の因縁
43/150

藍の痕跡

 マザーに扉を繋いでもらい、外に出る。出た先は屋内のはずだが、ざっと風の吹き抜ける感覚がした。

 砂の混じった風。少し口に入ったのだろうか。じゃりじゃりとした感触が口の中でする。

 あまり景観がいいとは言えないが、まあ、見ようによってはこれもこれで趣があると言えるくらいに研究施設は損壊していた。

 重機で突き破ったような壁、辺りに散らばる瓦礫。屋根は吹き飛んだのだろうか。空が雲一つなく青い。

 普段ならば清々しいような天候も、竜鱗細胞という極悪非道な実験の成果だと思うと複雑な心境にならざるを得ない。屋根を吹き飛ばすとは一体何をどうやったら成せる業であろうか。本物の竜のように飛べるようにでもなったのだろうか。それとも火でも吹いたか。

 焦げ跡は見られない。火を吹いたはないだろう。

 そんな冗談を言っている場合ではない。

「ユウヒがまだ見つけていない資料を探そう。できれば、アリアのことも」

「……そうですね、もっとも」

 キミカが辺りをぐるりと見回してから応じる。

「この状況下で生きていることの方が難しいでしょうが」

 それはもっともだ。だが、研究施設は地面から出ているのが全てとは限らない。あまり砂漠とイメージは合わないが、地下があることだって、一概に否定はできない。

「被験者01ってやつが、全部破壊したとは考えにくい。他の被験者が生きていたらな」

 自分と同じ立場の子どもを放っておける性格とは思えない。被験者01も元を辿ればストリートチルドレン。ストリートの者は助け合わなければ生きていけない。そうやって盗みをはたらかれると困るものだが、彼らの生計はそうして成っていくのだから、多少は目を瞑ることも必要だろう。

 そんな命の尊さを知るストリートチルドレンだからこそ、被験者としての仲間意識は高かったのではないかと見る。あるいは、そういう倫理観を持った一人によって、道徳心を蘇らせる可能性だって、なきにしもあらずだ。……例えば、アリアとか。

 施設跡を探し、見て回る。声を上げてみるが、反応はない。

 まさか、全員死んでいるのか?

 嫌な予感がよぎる中、一人静かに探していたキミカが何かを見つけたらしく、マントで地面を拭っていた。

「どうしたキミカ」

「いえ……ここに継ぎ目があるようなのですが」

 言われると、キミカの指した辺りに筋が見えた。少し砂が詰まっている。冗談のつもりで考えていた地下施設説だが、案外本当かもしれない、と考えた。

 しかし、そこで新たな問題に直面する。その地下に通じる扉らしきものには取っ手がない。つまり、開けられない。引き戸かとも思ったが、開かない。とにもかくにも開けるためのとっかかりがないのだ。

 すると、リクヤがすたすた、悪い目付きで扉とおぼしきものを見る。

「何に手こずってんだ?」

「開かなくて」

 キミカが苦笑する。リクヤは地面すれすれまで顔を寄せる。アイラから聞いていたが、相当な近眼らしい。何故生前に眼鏡をかけていなかったのか、不思議でならない。

 ようやくそれが地下への扉であることを認識したらしいリクヤが、呆れたように言う。

「こんなん、ぶっ壊しゃいいだろ」

「お、おい」

 止める間もなく、リクヤの拳が扉を貫き、ぼろぼろに壊す。階下に人がいるかもしれないとか考えないのか、この単細胞は。それもそうと、随分脆い扉だった。リクヤの腕力がとんでもないだけかもしれないが。

「ほら、開いた」

「リクヤ、下に人がいたらどうするつもりだったんですか」

「あっ、いけね」

 キミカに指摘されてようやく気づいたらしい。もう少し色々考えてから行動してほしいものだ、とおれは呆れて溜め息を吐いた。

 言い訳がましくリクヤが続ける。

「いや、だって、物音一つしないから、てっきり人がいないもんだと……」

 その言い訳に、おれとキミカは期せずして顔を見合わせる。物音がしないなんて気づかなかった。

 地面の下の物音なんて、気にも留めなかった。地面に顔を近づけるという発想がまずをもってなかった。

 試しに地面に顔を近づけてみる。すると、確かに物音はしない。物音はしないが、風の音に紛れて聞こえないという可能性も考えられる。

 それをきっぱり階下からしないというには弱いような気もするが。

「本当に誰もいないようだぜ」

 開けた扉──というか穴に首を突っ込んで地下の様子を見たリクヤがどや顔で報告。なんかむかつく。まあ、とりあえず被害がなくてよかった。何の罪もない扉は壊れたが。

「入ろうぜ。階段がある」

「階段?」

 見えないが。

「この取っ手を掴んで降りていくんだ。梯子とかでもやるだろ?」

「はしご?」

 キミカが首を傾げると、リクヤが驚いたように目を見開く。梯子を知らないのか、と絶句する。

 仕方ないだろう。生前病床にいるのがほとんどだったキミカが梯子なんて体力を使うものを使うところが想像できない。まあ、リクヤは死神になってからまだ日が浅い。そういう事情を知らなくても仕方のないことだろう。

 しゃーねーな、とリクヤが言うと、リクヤは梯子というと少し違うが、取っ手が壁から出ているタイプの階段を何度か上り下りして見せた。慣れているらしい。生前にやっていたのだろうか。まあ、自警団というくらいだから、梯子の訓練をしていてもおかしくない。

 キミカはリクヤに介助されながらおっかなびっくり降りていった。おれはというと。

 ばっと飛び降りた。

「あ、それの方が速かったな」

「前々から思ってましたけど、セッカって時々ものすごい神経してますよね……」

 リクヤは感心し、キミカは引いた。おれは三階から突き落とされたこともあるので、これくらいの高さは屁でもない。ただ、一般的ではないだろう。キミカには些か刺激の強いものを見せてしまった。頼むから勘違いしないでほしい。これは生前の経験と死神になったことによる身体能力の向上に伴い、できるようになったことだ。化け物を見るような目で見ないでほしい。切実に。

 けほ、と一つ咳をした。咳払いというわけではない。単に、その場が埃っぽかっただけだ。先程リクヤが起こした災害的破壊によるところが大きいだろう。下に来たから砂を孕んだ風を受けることもないだろうという読みが甘かった。上から土埃が降り注いでくる。天からの光を返して雪のように、一種、幻想的にも見えるが、埃は埃だ。幻想もへったくれもない。

「はあ、少しは考えろよ」

「わりぃわりぃ」

 特に悪びれた様子もないリクヤに鉄拳制裁でも与えてやろうかと思ったが、無益な争いは控えるべきだ。虹の死神同士の殴り合いなんて新たな災害を生むだけ。

 ……などと考えるうち、キミカが何かを見つけたらしく、息を飲むのが見て取れた。

「どうした?」

「セッカ、あれ……」

 キミカが指で示した先におれとリクヤは同時に目を向け──見たことを後悔した。

「なんだ、これ……」

 思わずそう呟きたくなるリクヤの気持ちもわかる。だが、おれははっきり言葉で表現できるほどに理解できていた。

 ユウヒの持ってきた非道な実験内容の中にあったはずだ。──水槽に沈める実験が。

 事実、目の前にあるのは巨大な水槽。中の水は汚れをいくらか孕んでいるが、中を見通せる程度の透度はある。その中には、何人もの子どもが両手両足に重そうな枷をつけられていた。肌がふやけているからか、血が滲んで見られる。ふやけているのは手首だけでなく、全身だ。顔にしわが寄っている。それに全員、もう息はない。もがき苦しむ様子も見られないのだから。

「ひっでぇな……」

「こんなことって」

 リクヤにより目を塞がれたキミカはすとん、とその場に崩れる。腰が抜けたのだろう。

 おれはキミカの介抱をリクヤに任せ、資料がないかを見た。地下は上に比べて原型を保っている。水槽にさえ目をやらなければ、普通の研究室だ。

 机を調べる。机には紙の束がいくつも纏められていた。被験者は五十人以上は集められていたようだ。何番失敗、何番成功、というような資料が何枚も見つかる。ユウヒに見せられたのと似たようなものなので、ここは見過ごしておこう。胸糞が悪くなるだけだ。

 そう思って、机の上にある他のもの……と目をやると、見覚えのあるものを見つけた。アーゼンクロイツの家でフィウナ嬢が操作しているのを見たことがある。これは機械というやつだ。ぱそこんとか言っていたか。

 データが何か残っているかもしれない、と思い、起動させようとスイッチを探す。確かフィウナ嬢は丸に棒が生えたようなボタンを押していたと思う。

 見つけた、と思って押すと、いきなり、一人の少年が画面に映った。〇と一ばかりが並ぶ背景の中に存在していたのは茶髪蒼眼の十五歳くらいの青年だった。理知的な雰囲気を纏っている。研究員の一人にしては、背景がおかしい。それに、少年自身はノイズが走っているかのように映像が安定せず、体から電子の光を立ち上らせている。

「これを見ているということは、僕と被験者01が旅立った後ということですね。誰が見ているかは知りませんが、はじめまして。僕はアーティファクトインテリジェンス……人間に移植された擬似人格のアインと言います。あなたがこの映像を見ているということは、僕と被験者01……フランの融合実験は成功したということでしょう。

 それによって何が引き起こされるかは今の僕には到底想像がつきませんが……一つ、頼みを聞いてください」

 映像から流れる声に気づいたリクヤとキミカも寄ってくる。

「映像資料か」

「誰ですか?」

「アインと名乗っている。アーティファクトインテリジェンスとは確か……人格のようなものを持った機械のはずだが」

 ただのアーティファクトインテリジェンスにしては少年は流暢に喋る。様々な疑問が頭の中を渦巻いたが、アインの次の一言に、疑問など吹き飛んだ。

「アリアを弔ってあげてください」



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