赤い空
案外と情報が集まったな。特にリクヤ。
口は悪いが根はいいやつだからか、聞き込みで一番情報を得たようだ。場所の影響もあるようだが。
とりあえず今有力なのはパシェから得た情報だ。
「リクヤの推測は当たらずしも遠からずって感じか……?」
考えたくはないが。
「何にせよ、プジェロという街に行ってみる価値はあるでしょう」
「だな」
異論はない。ユウヒに留守を任せて、おれたち三人はプジェロの街へ調査へと向かった。マザーも素直に街へ扉を繋げてくれるあたり、この調査に興味があるか、暇かのどちらかだろう。ユウヒに聞いたところ、ここ数日任務がないとのことだったので、おそらく後者だ。
任務がないのはいいことだと思う。
プジェロの街は、よくも悪くも普通の街だった。
飛び抜けていいところがあるわけでもなく、かといって治安が極端に悪いとか、そういうことはない。特筆するところのない街だった。
情報通り、ストリートチルドレンはその街にいた。存在するのは悲しいことのはずなのに、彼らが無事であることにおれたちは思わず胸を撫で下ろした。
周辺の街はストリートチルドレン失踪が起こっているのに、この街だけは変わっていないという。街の者にストリートチルドレン失踪のことを話すと、大層驚いていた。
しかしながら、「白ずくめ」はこの街にも足を運んでいたようで、何人からか目撃情報を得た。だとしたら益々不思議だ。何故この街の子どもは無事なのか。
「そういえば、ストリートに最近来た女の子はいなくなってたよな」
「ああ、あのめんこい子なぁ。名前持ちの」
ふと話題に上がったその人物に反応する。
「その子はいなくなったのか?」
「んだー、あの子来てからストリートの子どもは盗みより物乞いする方が多くなってなぁ」
「わしらも情がねぇわげでねぇべしな」
「でも最近見ねぇな……そういえば子どもらも、見た感じ元気ねぇみてぇだし、なんか関係あんでねが?」
興味深い。
これは子どもたちに直接聞いてみる価値がありそうだ。
それにしても、その子だけがいなくなったということが気がかりだ。そこから導かれる推測は……
「身代わり、ですかね」
「もしくは生け贄、か?」
後者は同意しかねるが、まだ善悪の分別がつかないうちに捨てられた子どもたちだ。そう責めることもできない。
どちらにせよ、悲しいことだ。
「そういえば街のやつら、その女の子が最近来たっつってたよな? 来たってことは、別の街からだろ? ストリートチルドレンが移住するとかあんのか?」
「言われてみれば、確かに」
リクヤの指摘は鋭かった。今回の件、よく気がつくな。
「移住というと変だが、活動地域を変えることはあるはずだ。例えば、前いた街で他のやつらに負けた、とかな。女の子だったんなら、あり得なくはない」
「……胸糞の悪い話だ」
ストリートチルドレンというだけで胸糞は悪いに決まっている。
けれど、その女の子、聞いた限りでは、そんなか弱い存在には思えなかった。その子が来てからストリートの様子が変わったというのだから、それなりの信念を持ち、ストリートという下級地位にありながらもカリスマを持っていた可能性がある。その子がいなくなってから子どもたちに元気がないと聞くし、結構な影響力があったんじゃないだろうか。
そう考えると、やはり不自然な部分が多すぎる。
思考を巡らせながら、おれたちはストリートへ向かった。
ストリートチルドレンが集うような場所は薄暗いのが当たり前なのだが、そこは、それを差し引いても暗い気がした。明暗ではなく、雰囲気が。街の者が言っていた、「子どもたちに元気がない」というのが正しいことがわかった。
複雑な心境になりながらも、一人に声をかけようとすると、おれの白い衣装を見た瞬間に逃げられた。……地味に傷つくしデジャブだ。
仕方なくおれは別な場所に行き、キミカたちに任せた。おれはおれで、街の者に更に聞き込みをした。
すると、女の子について新しい情報が得られた。
女の子はある日、見慣れない、身なりのいい者たちにこの街に連れて来られたのだという。女の子も、育ちがよさそうで、とても貧困しているようには思えない、立派な仕立ての服を着ていたという。
そんな格好は何もかもが普通なこの街では目立つことこの上ない。故に、目に残っていたのだという。
けれどそんな身なりよりも目を引いたのは、女の子の頬だった。赤く腫れていたらしい。女の子は終始、お連れの者とは目を合わせず、ただ前を見ていたということだった。
捨てられた、というまざまざとした光景が目に浮かぶが、その経緯が全くといっていいほどわからない。
通常、捨て子というのは貧困の末、やむにやまれず捨てる、といったイメージがある。もちろん、その限りではないのだろうが、その女の子の例はあまりにもイレギュラーだった。
ストリートの仲間入りを果たしたその子は、高飛車なところはなく、心優しい少女だったため、街にも子どもたちにも、すぐ受け入れられた。食べ物を強奪するような真似はせず、分けようとしても、「自分は大丈夫だから」と辞退する子だったとか。
人のできた子だなぁ、と思っていると、キミカとリクヤが戻ってきた。
二人からの聞き込みの結果から量った女の子の性格は、おれが思ったものと大差なかった。
元々裕福な家庭で育ったその少女はストリートでは珍しい「名前持ち」で、「アリア」と名乗ったらしい。
アリアは、ストリートの現状を悲しみながらも、盗みなどを働かないと子どもたちが生きていけないことを理解し、黙認していたという。物分かりのいい子だったようだ。
子どもたちの中では年齢が高めの十二歳だったようだが、体格はお世辞にもいいとは言えない、むしろ華奢な印象の子どもだったらしい。
けれど芯が強く、我慢はストリートの誰よりもできた。裕福な家で育ったにしては珍しい質だ。
年長だから、ということで子どもたちの世話を焼いていたらしく、ストリートの子どもたちはそれなりに整ったなりをしていた。お人好しなのが窺える。
そうやって平和に楽しく、助け合って生きていたある日のこと、そいつは現れたのだという。
白ずくめ。
白衣の人物。アリアは薬の臭いが独特なことから、何かの研究員と見抜いたようで、果敢にもその白衣と交渉したらしい。
「貴方たちの実験には私が付き合いますから、他の子どもには手を出さないでください」
本当に、いい子なのだなぁ、と思う。
そんなアリアの言葉に心打たれたかどうかは知らないが、研究員たちはそれに従い、アリアだけを連れて、以来ここに来なくなったということだった。
身代わり、という推測が正しかったらしい。
高潔な少女だ。頭の回転もいい。そんな彼女が今どうなっているのか……想像したくない。
人体実験、というおぞましい文字の羅列が現実に行われている証明なのだから。
それに、この街の子どもは救えても、他の街にだって子どもはいる。おれたちが事前に調査した、レクロエ、サスラエ、アロワナ、パシェのように。
その事実に気づいて、もしかしたらアリアは絶望しているかもしれない。悟くて優しい彼女のことだ。
そんな子どもを一体何に使おうとしているのか。沸々と怒りが込み上げてくる。人間を、しかも子どもを使った実験なんて。
「……そんな非人道的行為に関係があるからこそ、私たちの今回の行動をマザーは黙認しているのかもしれないですね」
キミカの一言にはっとする。
マザーが黙認する、その意味。
死神になりうる人間が、大量に生まれる──
「んな……」
「もちろん、子どもたちではなく、その研究員とやらの方ですよ。たくさんの子どもを拐って実験するということは、それだけたくさんの子どもを犠牲にするかもしれない、ということです」
死神とは、人間の寿命を操作したことが罪となり、魂を刈り取る贖罪を課されるもの。
人間の命を、弄んだやつがなるもの。
「犠牲が出れば、私たちに任務が来るということでしょう」
「犠牲が出てからじゃ遅いだろ!!」
リクヤが熱くなるのもわかるが……
「……既に犠牲は出ているかもしれないぞ?」
ストリートチルドレンの失踪事件は各所で勃発しており、日にちも経っている。「実験」が始まっていてもおかしくないのだ。
──それに、
「おれたちは『未遂』の段階じゃ動けない。未然に罪を防げないのと同じで」
そんな残酷な現実が、目の前にあるのだ。




