燈々と
白ずくめ、と罵られて帰ってきたおれが、結局答えを出せないまま時間を浪費していると、夕方の鐘と共に、キミカとリクヤが帰ってきた。
リクヤは眼鏡をかけているにも拘らず悪い目付きで、キミカは夕刊を携えて入ってきた。
「何か進展はあったか?」
「あのじぃさんくっそ頑固」
リクヤの開口一番にお前が言うかという突っ込みを飲み込む。おれはキミカに目線を送った。が、キミカは夕刊に目を落とし、こちらを見ていない。
よほど夕刊に刮目すべきことが書かれているのだろうか。閉口し、眉根を寄せ、悩ましげだ。
「おーい、キミカ。どうしたんだ?」
それが五分ほど続くものだから、新聞とキミカの間で手を振ってみた。すると、はっとしたようにキミカはおれを見た。
「あ、すみません。なんでしょう?」
「ハナクラストリートについて。あれから何か話は聞けたのか?」
「ああ……」
するとキミカの顔には苦い表情が灯る。
「もしかして、結果が芳しくなかったのか?」
「ああ、いえ、何も聞けなかったわけじゃありませんよ。ねぇ、リクヤ」
「おうよ」
キミカに話題を振られてあからさまに上機嫌になるリクヤ。いつもながら単純だ。
その調子で説明していく。
「最初はあのじぃさんよぉ、『お前らもあの白ずくめの仲間か!? なら寄るんじゃねぇ!』ってぴりぴりしてすごい剣幕でな。キミカと一緒に宥めて、どうにか話が聞けたんだ。
どうもその『白ずくめ』ってのがハナクラストリートチルドレン失踪に関わりがあるような話だったなぁ」
「……『白ずくめ』?」
おれを指してかの店主が言った言葉だ。その白ずくめとやらが子どもの失踪に関わっているのだとしたら、それを知る者は偶然とはいえ白ずくめな格好のおれを毛嫌いするのも道理だ。
しかし、当然おれは子どもを拐った覚えなどない。
その疑問を埋めるよう、リクヤが続ける。
「蓋を開けるとじぃさんは子ども好きだったんだけどな。そりゃ経営上店のもん盗まれるのは許せたことじゃねぇけど、子どもたちが生き延びるためにやってることだって、半ば容認してたらしい。まあ、あの商店街の暗黙のルールになるくらい、子どもが溢れてたんだ。
そんな子どもたちがなんとなく日に日に少なくなっていったことに気づく少し前に、じぃさんは『白ずくめ』の若い男にハナクラストリートの場所を訊かれたんだと。そのときは別に不審がることもなく──たまにストリートには善意で食い物とかを与えに行くやつがいるらしいから、そういう類の人間と思って快く教えたらしい。
……考えてみれば、の話だが、その辺りを境に、子どもが減っていったし、その間に『白ずくめ』を見たのはじぃさんだけじゃなかったらしい」
「それで、その『白ずくめ』が子どもを拐かしてると警戒したわけか」
納得である。
まあ、もう子どもがいないのに『白ずくめ』がハナクラストリートに来るのかは謎であるが。
待てよ。
「そもそもそいつらが仮に子ども失踪の犯人だとして、目的はなんだ?」
そう、人拐いには理由がある。大抵の場合、金だが。
家のないストリートチルドレン相手では、身代金を要求する相手がいないだろう。まさか、近くで、盗難被害が多発しつつもストリートチルドレンの行動を見守っていたセイバ商店街に金やら商品やらを要求する、というわけではないだろう。容認していたとはいえ、ストリートチルドレンの被害に遭っているのだ。いくら親心があっても商売で自分の生活を立てる方が優先になる。そんなことは目に見えているだろうし、説明していてこのやり方は回りくどいことこの上ない。
それに、子どもは「日に日に」減っていったということだ。そりゃ、一気に何百人も拐えば人目につくことは考えなくてもわかる。それにしたって……リクヤからの報告を聞くに、子どもが全員いなくなるまでは悠に一ヶ月以上はかかっているということ。
ストリートチルドレンが引き取り手を見つけて旅立った、と考えるには、ぎりぎり理に敵う期間だ。それだけ自然に人拐いを済ませたかったのだろう。まあ『白ずくめ』という目立つ格好で足しげく通い、商店街の人々の印象に残ってしまっている辺りは、詰めが甘いと思うが。
当然、リクヤとキミカは各商店の人物に『白ずくめ』について聞いて回ったという。しかし、『白ずくめ』という特徴以外あまり情報がなかったらしい。
正確に言うと、
「他の目撃者によれば、『白くて見慣れない格好をしていた』ということでした」
見慣れない格好。
ぼんやりとしているが、ただ『白ずくめ』と言われるよりはましな情報だ。
つまりは白という色が印象に残る格好だったと推察できる。
「何か、職業関係の衣装でしょうか」
「うーん……」
キミカのその意見は全うだ。全うなのだが、俺はどうしても唸ってしまう。
何故なら、『白』で『仕事着』だとまず真っ先に浮かぶのは『医者』──どうしても、アーゼンクロイツの名がちらついた。
おれがいたときの当主の医療ミス以来、悪い噂は聞いていないのだが……ううむ、どうしても身内贔屓というか、そういうのが出てしまう。
アーゼンクロイツと関係があってほしくないのだ。
あまり思考がいい方向に向かない、とおれは少しばかり現実逃避のように話題を逸らす。
「そういえばキミカ、やけに熱心に新聞を読んでいたが、変わった記事でもあったか?」
「のか?」
それはリクヤも気になっていたらしく、乗ってくれ、キミカも切り出さざるを得なくなった。
「……ですね、この件と関係なくもなさそうですから、話しましょうか」
言うと、キミカは読んでいた新聞をテーブルに広げ、一つの見出しを示した。それは社説とかいう、社会問題を題材にした小難しい話題について筆者が論議を展開していくという、一般的にはあまり面白くない項目だった。アーゼンクロイツにいた時代は新聞は読んでも社説にはどうも興味が持てず、読まないでいたが。
おれは見出しに踊る文字の羅列に目を惹き付けられた。
『最近のストリートチルドレン減少傾向について』
記事の内容自体はくそ面白くもない。淡々と、どこの街で何人減ったとか、前年との比較やら、わけのわからん数字の羅列だったが、とりあえずストリートチルドレンがレクロエ街以外でも減っているということがわかった。
社説の締めくくりが『捨て子であるストリートチルドレンが減少傾向にあるというのは非常に喜ばしいことである』なんてなっているのがとても胸糞悪かったが、まあ社会的に見れば、ストリートチルドレンとは行き場をなくした悲しい子どもであるし、いない方がいいかもしれない。
しかし、かなりこれは気になる。今のおれたちにとって。
他の地域でもストリートチルドレンが減少している。単なる偶然と言われればそれまでだが、もしも、これがハナクラストリートの一件と繋がっているとしたら。
──ストリートチルドレンを狙った誘拐事件が起こっているのだとしたら。
目的が不明で気味が悪い。そして消えた子どもたちがどうなっているのか……予想できないというのもむず痒い。
しかも拐われたのはストリートチルドレン。捨て子で、世間から爪弾きにされた存在。行方を眩ましても、せいぜいこんな社説の一節に扱われるだけで、捜索しようなんて物好きはかなりの確率で現れないだろう。
と、なると……
おれはリクヤを見た。目が合うと焔が幻視できるほどにたぎっていた。キミカを窺うと、静かに頷く。
マザーは何も言ってこない。よって、任務がないこと──つまり手が空いていることがわかる。
そうなればすることは一つだ。
「この案件、納得がいくまで調査するぞ」
意思確認はするまでもなく、勢いのいい同意が返ってきた。




